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3-6:前提の崩壊

 失敗した。

 荒れた街道を自転車で走りながら後悔する。

 弁髪だけではなくモヒカンも作るべきだったかはさておき、先の聖騎士を尋問し忘れていた。特に何をしに三番目の町に向かっていたのかを聞けなかったのが痛い。既に走り出して三時間は経過しており、戻る気にはとてもなれない。

 もし先日の事件が原因であった場合、それは何らかの通信手段があると推測される。情報の伝達速度が早ければ、襲われたことを知った教団は警戒し、建物への侵入が厳しくなる。カードを使えばどうとでもなるだろうが、やはり無駄遣いは避けるに越したことはない。

 たった三人の聖騎士の身ぐるみを剥いだだけで一億ものポイントが得られた。つまり三十人いるなら十億だ。当然、国を守っていたと言われる精鋭騎士がそれだけしかいない訳がない。となれば数百…いや数千いる可能性だってある。ならばそれらを全て剥げば百億以上ものポイントになるかもしれない。

 だからこそ、今度は大勢で来てもらうべく生かしておいたのだが…大量のポイントに浮かれすぎて、ここでの目的の一つである「神についての調査」が頭から抜けていた。

 自分達を「神の使徒」などと呼んでいたのだから、きっと良い情報が得られたことだろう。実に惜しいことをした。だがこういうことは武官に該当するであろう聖騎士よりも、司祭や司教といった文官に聞くほうが良いとも思える。

 もしかしたら「神の使徒」が自称で痛々しい聖騎士だった可能性もある。ナルシストだったから有り得そうだ。他二人も同格のように思えたが、それなら持ってる情報量も同じようなものだろう。残念ではあるが、致命的なものでもないので他で挽回しよう。聖都の前に一つ町があるので、そこで情報収集すれば良いだろう。

 この件はこれくらいにして今はペダルを漕ごう。今日中に辿り着くのは無理そうだが、出来る限り距離は縮めておきたい。ロレンシアで歩き通しだったおかげで、足にはまだ余裕がある。

 こっちに来てからというもの、着実に足腰が鍛えられているな。合わせて上半身も少し鍛えたほうが良いかもしれない。

 そんなことを考えながら走っていると、前方に馬車が見えた。全部で十台、進行方向からして三番目の町に向かうと見ていい。

 俺はその一団を避けるように街道を外れ、道を譲りその横を通り過ぎる。護衛の数十名が明らかにこちらを警戒していたが、脇にそれたおかげかいきなり攻撃を仕掛けてこられるようなことはなかった。

 ただ、馬に乗ってる護衛が三人ほど俺を追いかけてきた。

 俺を追い抜き、進行方向を遮って俺を止めると護衛の一人が馬上から槍をこちらに向かって突きつける。

「一人とか無用心通り越して馬鹿だろ。とっとと荷物置いていきな」

 敵対行動確認よし。「ファイアーボール」を発動。真ん中の一人が爆死、残りの二人は片腕を失い馬から落馬。生きてはいるものの体についた火と痛みで泣き叫び転げまわっている。馬は当たり所がよかった一頭だけが生き残り、馬車の方へと走り出した。

 異常事態を察した馬車の護衛がこちらを見ているが、助けに来る気配はない。まあ、自己責任だろうし、止めを刺すのも面倒なのでさっさと町へ向かおう。身につけているものも一目でわかるほど貧相で、金を持ってないから襲いかかってきたのだろう。ポイントには全く期待出来ないので剥ぎ取りも時間の無駄だ。

 俺が去って少しすると後方で悲鳴が聞こえてきた。遠目からなのでよくわからないが、俺を襲った生き残りが殺されたようだ。どうやら装備を剥ぎ取っているらしく、二人の護衛が死体を漁っている。

 何というか世知辛い世の中である。弱ったものは食われる定めか…野生動物がいるサバンナかここは。

 ライムがいれば面倒事は避けられると思ったのだが、数がいれば大丈夫とか思ったのかね? 馬鹿はどこにでもいるものかと、そう納得しておく。

 まあ、俺を襲った連中の末路なんてどうでもいいので、再びペダルを漕ぎ出した。




 日は変わって明け方。そこには一睡も出来なかった俺がいた。

 昨日出たばかりの精力剤の効果を検証したところ、一本飲めば半日は効果が続くことが判明した。現在のライムの変身可能時間は約九時間である。残りの三時間を俺は耐えることになった訳だ。体が火照って眠れず、朝までスライム形態のライムのひんやりとした感触でどうにか誤魔化した。

 それでは体の火照りが収まったところで結論だ。


 効果は抜群だ。


 栄養ドリンクのように軽い気持ちで一本飲んだが、その結果は九時間休むことなくぶっ通しである。しかも効果が切れず三時間悶絶する羽目になった。ライムに体力の概念があったらさらに酷いことになっていたのは言うまでもない。そして明日は筋肉痛だ。

 どうやら効き目が凄すぎて普通には使えない。薄めるか小分けにして飲む必要がある。もはや一種の危ない薬である。世が世なら権力者に売りつけていただろうが、売るよりも奪ったほうが手っ取り早い。そんな訳でこの精力剤は大事に保管しよう。また落ち着いた頃にお世話になりたい。

 水を一口飲んで一息つくと朝食の用意をする。最近は一日五回の交換に悩むことが多く、ポイントの節約も兼ねて使わなかったり、食べ物の交換がメインになっている。本日の交換品である食パン一斤を適当な厚さで二枚切る。それにレタスに似た野菜と燻製肉を挟むと、ケチャップとマスタードを適量かけてかぶりつく。

 市販の燻製肉なので味はイマイチだが、ケチャップとマスタードで食える味になっている。足りない野菜は野菜ジュースで補う。野菜ジュースもそうなのだが、水は使うから良いとして、お茶などの飲み物が少しずつ溜まってきた。出る確率は以前と変わらないのだが、炭酸飲料などはそう頻繁に消費するものでもないので在庫が二桁になってしまっている。

 これの使い道をどうしようかと考えながら朝食を摂りつつガチャを回す。

 白金が一つ出た以外は特に何もなく、不要なアイテムを全てGPに変換する。白金からは「複製」のカードが出た。これで白金の複製は二枚目となる。

 この「複製」のカードは現在、銀と金でも確認されており、その効果はガチャから出た物の複製である。但し、複製可能なものはランクが一つ下のもの。つまり銀なら銅が、金なら銀から出た物を複製出来る。当然白金なので金のカードが複製出来る。となると狙うはあのカード…「幸運」である。

 しかし「交換」が不可であるなら何らかの制限で複製出来ない可能性もある。そこで思い切って鑑定を使い詳しい内容を見る。


 複製のカード

 ランクに応じたガチャ産のアイテムを複製出来る。

 通常一つ下のランクの物を複製出来るが、十枚同時に使用することで同ランクのアイテムを複製できる。但し、カードは所持限界数を越えて所持することは出来ない。その場合、使用した複製のカードは破棄される。


 このような鑑定内容になった訳だが…不穏な単語が出てきた。


「所持限界数」とはなんぞや?


 恐らく文字通り、カードは所持できる枚数が決まっているということだろう。

 それはカード全体か?

 それともカード毎か?

 そしてこれには思い当たる節がある。

 先日使った「神の見えざる手」と緑と赤の獣の二種だ。「神の見えざる手」はこちらに来てしばらくたった後に手に入ったものだが、二枚目は出てこなかった。緑と赤の獣も二枚目はまだ来ていない。

 これらが所持限界枚数が一枚であったと仮定すれば、今まで出なかったことにも納得出来る。ただ、運が悪くて出なかった可能性もある。だがここでもう一つ判断材料がある。

「交換」のスキルだ。先ほど出た三種類のカードはどれも交換が不可。ここでふと所持限界数が一枚のものが交換不可なのかと思ったが、先ほど出た複製は手元に二枚。そして交換は不可である。またしても謎が増えた。「複製」のカードを実際使えば、確信は得られるだろうが少々勿体ないのでこれは保留する。所持限界数が一枚と思われるカードの使用で一先ず検証したい。

 それにしても所持限界数とはまた面倒な制限があったものだと悩む。要するにカードを大量に保持してどんどん戦力を増やしていくことができない訳だ。カードをライムに渡したら限界に引っかからないとかあるだろうか? とも思ったが、今まで散々期待を裏切っている俺のスキルにそんな抜け道があるとも思えない。

 この事実はかなり大きい。所持数に限界があるとは完全に予想外だった。

 だが、ここで俺はさらに悪いことに思い至る。

「…まさか『ボックスガチャ』じゃないだろうな?」

 思わず口から出た言葉を何度も頭の中で繰り返す。

「ボックスガチャ」とは、箱の中に入った景品を一つずつ取っていくガチャである。当然、箱の中身は取ればなくなっていくので、引けば引くほど目的の物が手に入りやすくなり、いずれ確実に目的の物が獲得出来るというガチャである。

 そう…箱の中身は取れば取るほどなくなっていくのだ。

「いや…まさかな」

 俺は自分の言葉を否定する。


 だが、もしそうであったら?


 ガチャはポイントさえあれば、幾らでも補充が出来る力ではなく、有限の力ということになる。しかもその限界はいつ来るか全くわからない。

 その為の「交換」か?

 どうしようもなくなった時の為の「願いのオーブ」か?

 考えれば考えるほど最悪な展開が思い浮かぶ。

 ただ一つ言えることは、この瞬間から俺は予定を修正せざるを得なくなった。

「願いのオーブ」は保険として持っておく必要があり、次に出た「知識のオーブ」で俺のスキル「ガチャ」の詳細を知らなくてはならない。もし帰還手段を願いのオーブで得られず、ガチャが俺の想定する範囲で最悪なものだとしたら、敵を作りすぎたことが裏目に出る。

 最終目標は「十分遊んで暮らせるだけの物を持って地球に帰ること」である。

 間違いなく遠のいた。

 まずは安全の確保の為にも、自分の基盤となるガチャについて詳しく知る必要が出てきた。今すぐに箱の中身がなくなったり、所持限界数に引っかかってカードの溜め込みに支障が出ることはないと思うが、猶予があると暢気にしてもいられなくなった。

 今出来ることは交換に頼らねばならなくなった時に備えて、ポイントを補充することだ。ガチャはこれまで通り回すが交換は控えよう。

 当面のやることは変わらないが、出来るだけ無駄遣いをなくしていかねばならない。聖騎士を生かしたことが悪い方向に動かないことを祈るばかりだ。

 サンダーストーム一枚でほぼ無力化出来たが、他がそうとも限らない。出し惜しみをして銀や金のカードを無駄に使うよりかはいっそ、白金のバースト系一枚で済ますことも考慮に入れておこう。

 今まで通りカードが使いにくくなったので、カード以外の攻撃手段が欲しい。一応使えそうな武器は日本刀とクロスボウがあるんだが、この二つは確かこんな能力である。


 斬魔刀

 魔を断つ刀。

 魔力を切る刀剣。切られた魔力は霧散する。


 カース

 呪いを放つクロスボウ。

 対象に向けられた恨みを具現化し、ボルトとして発射する。対象に向けられた恨みが大きければ大きいほど威力が増大する。


 まず前提として、俺に近接戦闘は無理だ。格好良いからという理由で日本刀に見える斬魔刀を持ってるだけで、戦闘ではおそらく使えない。となると後はこの初期に手に入れた「カース」という名のクロスボウである。その効果はなんと、対象が買った恨みの分だけ威力が上がるという代物。


 絶対に向けられたくない一品でございます。


 明らかに権力者には有効だろうが、末端の兵士達にはどの程度の威力になるか少々不安である。しかも対象によってダメージが異なるとか不安定にも程がある。矢弾を必要としないことは有難いが、今ひとつ使い勝手の良くない武器だ。

 他にも武器はあるが、どれも重くてまともに取り回せない。斬魔刀が妙に軽いからどうにか持てるだけで、俺の腕力でも使えそうなのが「道連れの短剣」のみ。

 しかもこれは記憶が確かなら「所有者が殺された場合、殺した相手に死の呪いをかける」とかいう正しく道連れの魔道具と言ったほうがしっくりするアイテムである。武器とは少し違う気がする。

 ちなみに攻撃魔法が発動するマジックアイテムは全て発動に魔力が必要なので論外です。

 結論、現状はカードによる戦闘が最も安全かつ強力である。

 いっそ全て気にせずいつも通りやろうかと思ったが、後が怖くて出来そうもない。

 やはりカードに頼ることになりそうなので、節約しながらポイントを補充し、目的のものが出るまで粘るのが現在の方針となる。

 状況が少し悪化したが、やることは変わらない。不安になるのも仕方ないが、考えてばかりいても何も変わらない。頭を切り替え、カード節約を念頭に次の町の教団施設を標的にポイントを稼ごう。

 俺はテントを片付けると自転車を取り出す。籠に入れたリュックにライムが潜り込むと、自転車に跨ると今日も荒れた街道を走り続ける。

 今日中に町に着くことが目標だ。気合入れて行きますか。


熱いものが美味しい季節になりました。

皆様、火傷には十分ご注意ください。

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