3-5:聖騎士との私闘
プレゼントボックスの中身に少しがっかりしたが、これはこれで良いものではある。白金から出たものとしては今ひとつだが、用途はあるので納得しておこう。上を見たら限がないので妥協は程々に必要である。
朝食を終え、折り畳み自転車を魔法の鞄から取り出して出発の準備をする。ライムの変身はとっておく。今晩は精力剤を試す必要があるので仕方ない。
ライムがリュックに入ったのを確認して籠の中に入れて自転車に跨ると、まるで整備されていない街道を走り出す。周囲の警戒はライムに任せ、俺は自転車を漕ぎ続けた。
それから特に何事もなく自転車を漕ぐこと二時間。元は石畳であった名残を残す街道は、所々凸凹としており自転車で走るには若干不向きである。予備のタイヤがあるので多少は無茶が出来るのが救いだが、時折出っ張りにぶつかってしまい、その都度パンクしていないかヒヤヒヤした。
何もないただだだっ広だけの荒野が続く道を走っていると、砂埃を巻き上げている一団を視界に捉える。折角なので道の確認も兼ねて「遠見」を使い確認する。
どうやら馬に乗った騎士が三十名ほどの部隊のようだ。その中の三人は随分と立派な鎧を身につけている。あれが聖騎士だろうか?
進行方向からして「三番目の町」に向かっていると思われるが、この街道を走らないのはやはり整備不良で走りにくいのだろう。こちらも街道から少し外れて走ろうかと思ったが、どの道小石に乗り上げることになるだろうと思いそのまま走ることにする。
距離があるので関わることはないだろうと自転車を漕いでいると、一団がこちらに進行方向を変えて向かってくる。
また面倒事がやってくるようだ。まだこちらの情報は伝わっていないはずなので、適当に旅人の振りでもして下手に出れば大丈夫だろう。聖騎士の強さもわからない状態で、三人同時におまけ付きで影がないのは少々怖い。
不意を突いて「こんにちわ、死ね」も悪くないが、カードの消耗は抑えたい。精鋭相手では銀のカードだけでは心許無い。かと言ってライムに任せるには荷が重そうだ。
国が腐っているとは言え「聖騎士」と呼ばれているのだ。もしかしたら話が通じる相手かもしれない。それに上手くやれば何か有益な情報が手に入るかも知れない。俺はライムの入ったリュックを背負い、鞄を籠の中に入れる。これで侮られることはないはずだ。
待つことしばし、一人が先んじてやって来た。まとめて来てくれるならいっそのことストーム系で、とも考えていたがこれでは無理だ。大人しく予定通り行動しよう。
「怪しい奴め。こんなところで何をしている」
立派な鎧の騎士ではない「おまけ」がやってくるなり、喧嘩腰で睨みつけてくる。見た目三十代の髭を生やしたむさ苦しいオッサンが、馬上からこちらを品定めする。オッサンにジロジロ見られるとか不快なんで止めて頂きたい。
「街道を歩いていただけなのですが…怪しいのですか?」
村が賊に襲われてなくなるような物騒な世の中で、旅人と思しき人が一人で街道を歩いている。
自分で言うのも何だが、確かに十分怪しいな。ちなみに俺の今の格好黒のミスリル糸のローブではなく、ローレンタリアでの商人風の姿である。土地柄なのか、皆白っぽい服ばかりだから黒は物凄く目立つのだ。
「街道を一人で…それも奇妙な物を持っていれば十分すぎる程怪しいわ」
奇妙な物と聞いて自転車を出したままであることに気づく。
「あー…これはですねぇ」
どう見てもオーパーツに分類される自転車の説明に俺は言葉を濁し、どう説明したものかと考える。自転車を見られた時の対応など考えていなかったので、出たとこ勝負になる。
「騎士様に疑われるよりかはマシでしょうからお話ししますが…他言無用でお願いします。よろしいでしょうか?」
何やら曰く有りげな物言いに、おまけの騎士が「ふむ」と頷き顎の髭を触る。
「実はこの奇妙な乗り物は遺跡から発見された物らしく、偶然ロレンシアで手に入れたものなのです」
「ほう…『遺産』か」
「そんな大したものではありません。魔力があるわけでもなく、人が足で漕がなければ動かず、乗るためには練習も必要と『遺産』と呼ぶには過ぎた代物です」
久しぶりに「遺産」の名前が出てきた。そう言えば過去の文明は今と比べ、大分進んでいたらしいがどの程度のものだったのだろうか?
魔法科学とかありそうでちょっと興味あります。
「ふむ…」
またしてもおまけが髭を撫でて考える素振りを見せる。ダンディな紳士がやれば様になるがお前では無理だ。精々、山賊の頭が子分の捕まえてきた女を見て髭を撫でながら笑うのがいい所だ。「お前の顔には品性がない。それは止めた方が良い」などと言える状況でもないので我慢する。
丁度その時、他の騎士達もおまけに追いつきこちらを一瞥する。難癖を付けられたくないので軽く頭を下げる。
立派な鎧の聖騎士と思しき男がおまけから話を聞いている。癖のある長い金髪の美形が「ほう?」とか言いながら相槌を打っている。仕草一つ一つが大形で少しイラッとする。流石美形。何をやっても様になっているとかちょっと気に食わない。
「そこの者。お前が持っているその奇妙な乗り物とやらは『遺産』で間違いないか?」
いちいち髪をかきあげて鼻で「ふっ」とか笑う一人だけ兜をかぶっていない空気の読めない騎士が、馬の上から極自然にこちらを見下ろして尋ねる。
「遺跡から出てきた、という物を買い取っただけなのでこれが『遺産』かどうかはわかりかねます。そもそも本当に遺跡から出てきたかどうかは…」
「ああ、もういい」
俺の言葉を遮って金髪の宝○騎士が手を振る。
「『遺産』の可能性があるというのであれば、それは徴収する」
「はあ?」
何を言ってるんだこいつは? と言わんばかりの声が思わず出る。
「不服か?」
「当然でしょう。この国で手に入れたものでもないものを何故徴収されねばならないので?」
○塚が舌打ちし、明らかにこちらを侮蔑するような目で見下す。
「神の使徒たる聖騎士に口答えなど…貴様、許されると思っているのか?」
話が通じるとか思った俺が馬鹿だった。要するに「聖騎士」と言うのは他国で言う所の「貴族」のようなもののようだ。てっきり司教とかそう言った連中が貴族に該当すると思っていたのだが、聖騎士もそれに当てはまるようだ。
「私はこの国の人間でなければ信者でもありません。正当な理由もなく他者の財産を奪う行為は賊の行いです」
「我らを賊を呼ぶか!」
「不敬な奴め!」
おまけどもが人が話している途中なのに罵声を浴びせてくる。面倒くさい連中である。
「ふっ…確かに不敬である。だがその前に確認をしなくてはならない」
また金髪ロンゲの聖騎士が髪をかきあげる。癖なのだろうか?
「略式ではあるが…聖騎士の権限を以て、ここに異端審問を開始する!」
話とノリに若干ついていけていない俺を無視して勝手に何か宣言しだした。その言葉に周りのおまけが沸き立つ。単語からして魔女狩りみたいなものだろうか?
「ふっ…どうした? 異端審問は邪教徒であるかどうかを見極める為のものだ。我らと信仰を同じくしていなくとも問題ない。邪教徒でなければ良いのだからな」
どう見ても茶番です。本当にありがとうございました。
当然そんな馬鹿なものに付き合う気はない。
「ああー、もういい。もうやめだ、やめ。この話やめ」
もうどうでもいいと手を振って話を切る。ここの連中と話が出来るとか夢を見すぎた。根本的に違うことは先刻承知のはずなのに、何故話をしようと思ったのか?
簡単だ。聖騎士という立場なら得られる情報も大きいし、調べる手間が省けると楽が出来ると思ったからだ。
その結果はこれだ。少し自分の甘さが頭に来る。よって少々八つ当たりをさせてもらう。
「いちいち髪かきあげて『ふっ…』とか笑ってんじゃねぇよ。本人格好良いとか思ってるか知らねぇけど見てて痛々しいんだよ。よく周りみろよ。おまけの騎士達が若干引いてるだろ? お前は『ナルシストです』って自己主張激し過ぎんだよ。大体何でお前だけ兜かぶってないわけ? 顔見せたいの? 頭射抜いて欲しいの? 馬鹿なの? 死ぬの? それとも『自分美形キャラです』とかやってキャラ立ててんの? 止めろよ。見てて痛々しすぎて直視出来ないわ。『但しイケメンに限る』って言葉があるけどさ、お前の場合イケメンじゃなくてイタメン(※痛々しい男の意)だよ。そんなに注目されたいなら眉毛全部剃って弁髪にしてやるから、頭頂部残してその鬱陶しい髪全部剃れ。今なら三つ編みにしてリボン付けてやるから」
取り敢えず思いついたことを一気にまくし立ててみる。
何を言われたのか理解が出来ず、しばし聖騎士が呆然としたがすぐにその白い顔が真っ赤になる。
「こいつは私が殺す。手を出すなよ」
そう言って剣を抜くと周りのおまけ騎士達が後ろに下がり、他二人の聖騎士は「くれてやるから町に着いたら酒を奢れよ」と言っている。
こちらが奇妙な乗り物があるだけで馬がないからか、包囲する気はないらしく二人の聖騎士はおまけと同様に後ろに下がる。
「さて…神の使徒である聖騎士を侮辱し、異端審問を拒絶した貴様を聖騎士『ナテル・ラロ・フューズ』の名において邪教徒と認定する。これで貴様を殺してもそれは罪に問われることはない。ふっ…怖気付いたか? 安心しろ、楽には死なさん。じわじわと…」
「長い」
ダラダラと口上が長かったので、サンダーストームを発動。後ろの連中を中心にして範囲を調整し、全員を巻き込む。悪の親玉が最終戦でヒーロー相手に口上を述べるシーンはよくあるが、その最中に攻撃を仕掛けるが如き所業である。
雷が轟き悲鳴を打ち消す。電撃の副次効果で痺れて動けなくなるので、全員を巻き込んだ時点でこれにて決着である。そう思っていたのだが、目の前の金髪のロン毛は落馬しながらも耐えていた。
うわ…サンダーストームを耐えやがったよ。
おまけに動けるらしく、剣を構えて「卑怯者が!」とか罵ってくる。こいつ本当に人間か?
やっぱり聖騎士になるためには、人間の限界を超えるとか必要なのかね?
「人に剣を向けておきながらダラダラ喋ってる方が悪いだろ。余裕かましてボロボロにされるとか…流石聖騎士さんはやることが違いますな」
俺の挑発にナテルが真正面から斬りかかる。一瞬頭に警報が鳴るも、すぐに止む。「あれ?」と思ったのも束の間、振り下ろされた剣をリュックから這い出たライムが白羽取りの要領で掴んでいた。
「やはり邪教徒か!」
リュックから這い出たスライムを見てそう叫ぶも、ライムが剣を離さない。凄いな、どうなってるんだこれ?
体を伸ばし剣の一部を中に取り込んでいるように見えるが…大丈夫なのかね?
思わぬライムの能力に驚くが、相手はもっと驚いている。必死に「スライム如きが!」と口汚く罵るが、そのスライム如きに必死になってるお前は何なのか? ちょっと冷静に聞いてみたい。
とは言え、中々立派な剣なので時間をかけるのはライムに悪い。さっさと決めさせてもらおう。
それにしても立派な装備である。間近に見える剣を眺めて思う。決着がついたら変換することにしよう。幾らになるか今から楽しみである。そこで気がついた。
あれ? この状態ならこの剣変換出来なくないか?
そう思ったときには手を伸ばし、指が剣に触れていた。
そして一瞬の間を置きメッセージが頭の中に流れる。
魔剣ドゥーネスを28000000Pに変換しました。
変換が成功する。しかも2800万ポイントと大変良いお値段である。
「貴様…! 俺の『魔剣ドゥーネス』を何処にやった!?」
手にしていた剣が突如として消え、ライムから剣を抜こうとしていたナテルが尻餅を付いて慌てている。
「やだ、何この人…剣に名前つけてるとか、ナルシストの上に変態…」
「違う! そういう名前の魔剣なのだ!」
今はそんなことを気にしている場合ではないのにこの反応…もはや冷静ではいられなくなったようだ。
聖騎士とはシレンディが誇る精鋭の部隊だとは聞いていたが、これほど高価な武器を持っていたとは驚きである。これは鎧や他の騎士の装備にも期待が出来る。
カードの節約のため、ライムにナテルを気絶させるように頼む。その直後、立ち上がって逃げだしたナテルの後頭部を、体を伸ばしたライムがフルスイングで殴り飛ばす。鈍い音が聞こえたので硬化も出来るようだ。ただ、肩の上だったのでその勢いで俺も少し体勢を崩した。ちょっと格好がつかなかったな。
さて、それでは戦利品を回収するとしよう。
結局、生きていたのは聖騎士と思われる立派な装備の三名のみ。いや、立派な装備だった聖騎士と言うべきか。今では全員仲良く布一枚である。ちなみに一人は女だったのだが…美人でもない上にスタイルも微妙。顔のニキビが酷く、型を取る気にもならなかった。紅一点がこれでは部隊の連中も救われないな。しかも金髪が無駄にこの女よりも美形だから絶対問題抱えてる。
よろしい。ならばこの私がその問題を解決してやろう。なぁに、お代は既に頂いている。遠慮は無用だ。
と言う訳で、先の宣言通りに金髪の眉を剃って弁髪にして差し上げた。若干血まみれなのはご愛嬌だ。残念なことに三つ編みのやり方がわからず、適当に編んでみただけなので不格好な上に解けない。真っ赤な頭とリボンが金髪に映えるナイスなチョイスである。これで二人がいがみ合う未来は消えたはずだ。匠の技は異世界でも人の悩みを解決する。
敗北を機に部隊の絆が深まるのだ。多少の出費は許容してもらおう。ほとんど強奪に近い部分はあるが…まあ、向こうもやってることは賊と変わらないのだ。奪おうとした以上、奪われることも覚悟しなくてはならない。仮に文句があるのであれば、それは彼らにその覚悟がなかったのが問題なのだ。
「奪われる覚悟もなしにただ奪う」
そんな舐めた考えでは、遅かれ早かれこうなっていたに違いない。むしろ命があったことで良い勉強になったはずだ。これで更なる高みへと彼らは登るだろう。俺という壁に挑み続けることになるが、自分で蒔いた種だ。俺も受け入れよう。
こうして、俺と彼らの戦いは始まった。
いつでも来い、聖騎士達よ。きちんと装備を整えてから来るなら全力で歓迎しよう。
戦利品は累計1億2800万ポイントになりました。聖騎士超うめぇ。
ようやく更新をいつも通りに戻せそうです。