3-1:願い事はなんですか?
ロレンシアを離れて三日目。俺は籠を付けた折りたたみ自転車で、街道という名の悪路を走っていた。
「千里眼」を使って上空から地形を確認したのだが、この国は緑が少ない。事前に調べた情報と照らし合わせると、横に長めの菱形の左端が削れたような国土を持っており、中央から西にかけて広大な砂漠が広がっている。イメージ的には中東に近い。
そんなわけで影を使って移動が出来ず、こうして自転車を漕いでいる訳だ。鞄二つを肩にかけ、残る一つを前方にくっつけた籠に入れる。ライムも籠の中のリュックサックにすっぽり収まっており、時折景色を見るためか体の一部を出している。
見渡す限り何もない平原を見ても面白い事などなく、照りつける日差しを鬱陶しいと思うくらいの暑さが自転車をこぐ足を重くする。自転車が無ければ早々に諦めて戻っていたかもしれない。サイクリングを楽しむことがあるかもしれないと取っておいたが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
さて、ここらで休憩を兼ねて昼食にする。ライムもリュックからもぞもぞと這い出ると、籠から飛び降り俺の傍にやってくる。
流石にこんな何もないだだっ広いだけの荒野で濃厚なスキンシップを取る気はなく、ライムもそれを理解しているのでスライム形態のままだ。と言うより、スライムのままの方が冷たくて気持ちが良い。
昼食の準備をする傍ら、鞄からマナポーションを取り出すと瓶のままライムに渡す。
国境を越えた辺りから獲物が極端に少なくなったので、十分な食料を確保出来なくなった。そんな時、ガチャから出たポーションに反応したのだ。それがマナポーションである。他は無反応だった。スライムって魔法生物とかそういう部類なのかね?
瓶の蓋を器用に開け、中をちびちびと飲みながら体の色を青と無色に点滅させるライムを横目にお湯を沸かす。スライムの生態は本当にわからない。
ちなみにハイロの見立てによると、魔力量から判断すればワイバーン級とのこと。やはりいたかワイバーン。だが強さがよくわからない。取り敢えずかなり強いことはわかったのでよしとする。この時、ライムを褒めて撫でたのだが、いつものように全裸の美女に変身しなかったのは幸いだった。うちの子は空気も読めるんですよ。スライムブリーダーでハーレム…あると思います。
ズルズルと醤油ラーメンを啜りながら、ふとポケットに入っていたメモ用紙を取り出し眺める。
「妖怪、飯置いてけ」がカレー粉の小さな缶を受け取る際、小さな宝石と一緒に握らせてきたメモ用紙である。そのメモには短く忠告が三つ書かれていた。
「ギフトの数を知られてはいけないこと」
どうもギフトの数を教えたことは不味かったらしく、その忠告のようだ。二つあれば真の勇者とか緑のバカが言っていたことを思い出す。確かに少々軽率だったと反省する。
「隷属の魔道具に注意すること。教会関係者に集めている人物あり。解除の道具は常に持つこと」
奴隷の売買の関係で少しなりとも調べたのだが…昔、勇者を召喚して隷属させることで戦力とした国があった。その国は大陸を統一するも、勇者達の反乱で滅ぶことになる。その際、勇者達は隷属の魔法や魔道具を徹底的に潰して回ったらしい。だが、この世から無くすことは出来なかった。
その残った僅かな魔道具を誰かが集めているらしい。それが教会関係者ではないか? との推測は聞いたことがある。確かに今いる「シレンディ」って宗教国家だったはずだ。
そんな危険なものは清く正しい勇者であるこの俺が有効活用…もとい、管理保管しなくてならない。
しかしこれを口で言わないということは、隷属解除のこの宝石は他に知られたくないということだろうか?
そして最後。
「特にギフトを与えることが出来ることは絶対に知られてはいけない」
これはわかる。自分でもスキルオーブはチートであることを否定出来ない。しかもギフトは「神から与えられた才能や力」と認識されている。つまり―
俺=神
という方程式が成立する。勿論、言ってみたかっただけなので本気ではない。宗教国家で神を名乗るとかトラブル臭しかしてこない。TO LOVE る臭でもお断りだ。ハニートラップ以外存在しない宗教系ヒロイン一色のハーレム系エロコメディとか誰得なんですかね?
それはともかく、これについて考えておきたいことが発生した。
「知識のオーブ」の情報である。知識のオーブを誤って使ってしまい得た情報は「世界の知識にアクセスすることで、どのような質問にも答えてくれる」というものだ。所謂「アカシックレコード」とかそんなものだろうと思っていたのだが、鑑定を使って得たこのアイテムの詳細を見てみよう。
「願いのオーブ」
世界が行使できる範囲で一つだけ願いを叶えてくれる。
願うことで使用出来る。世界の能力を超える願いは叶えられず、失敗した場合でもオーブは消滅する。
そう、新たな種類のオーブが本日のガチャで手に入ったのだ。黒から出たとは言え…またインパクトがでかすぎるときた。
帰還方法がいきなり見つかった可能性が出てきた訳だが、ここにも「世界」が出ている。もしこれでスキルオーブの説明にも「世界」が出てこようものなら無視出来ない。何せ「ギフトとは神が与えた才能や力」と言われているのだから、その「世界」とやらは神ということになる。
もっとも、ここで言われている「ギフトは神が与えたもの」が正しいのが前提になる。だが、もしここで出てくる世界が神ならば、大概の願い事なら叶えられるのではないか? どこまでなら願いが叶うのか、その判断基準が「世界」とやらにある以上、これは知っておくべきことだ。
差し当たって知識のオーブが出るのを待つか、この国で手がかりを捜すくらいしか出来ることがない。幸いかどうかはわからないが、ここは「シレンディ神国」という宗教国家。神についての情報を求めるなら最も適している。少々出来過ぎな気もするが、運が良かったと思っておこう。
しかし、願いは叶うけど出来る範囲で、しかもその範囲が世界が基準…もう訳がわからないな。叶えられない願いの場合、オーブは消滅するとか迂闊に使えない。
適当な願いで妥協することを一瞬考えたが有り得ない。「元の世界へ帰る手段をください」とも考えたが、地球は「異世界」に該当するはずだ。となれば「世界」が行使出来る範囲なのか? という疑問が湧いた。他の世界に干渉出来る力は世界が行使出来る影響力の範囲内か否か…こんなもの考えてわかるか。どうして俺のスキルから出てくる物はいつもわからないことだらけなんだよ。こんなところまでハードモードでなくていいから。俺のギフトはもっと俺に優しくあるべきだと思います。
まあ、急いで帰る必要はない。帰った後のことを考えれば、可能な限り換金可能な金目の物を持って帰るのが望ましい。何より、ライムを連れて帰ることが出来るかどうかも知りたい。色々やりすぎて、かなり愛着を持ってしまったのだから仕方ない。
しかしこうなると結んだ帰還のための共同戦線について、考え直す必要が出てくるな。こんなものを持ってると知られたら何をされるかわからん。再会するまでにどうにかしておく必要があるな。
それにしても、召喚陣によって呼び出されたので、その逆に送還陣とか必要かと思っていたが、思わぬところから可能性が出てきた。召喚は儀式によって行われる。つまり魔法だ。となれば、当然元の世界へ帰る手段も魔法となる。
魔力がない俺は魔法が使えない。儀式を行い帰す場合、俺の魔力の有無は関係がない可能性もあるが、そもそも帰る為の手段は疎か手がかりすら碌になかった。情報がとにかく不足していたのだ。何にせよ、帰るためには魔法を行使出来る協力者は必要と考えていた。
だがこの世界の連中は信用出来ない。だからこそ異世界人である勇者との接触が必要だった。彼らもまた、俺と同じ状況だと思ったからだ。
しかし結果は微妙に違った。この世界の人間を信用していないことは同じでも、彼らには魔力があった。この違いが何なのかはわからないが、これは好都合だった。こちらの世界の人間を介さずに元の世界に戻ることが出来るのであれば、それに越したことはない。
そこに日本人勇者であり「神眼」のギフトを持つ「篠瀬葵」が現れる。初めこそ、こんな世界に召喚された葵に同情したが、彼女が魔力を持っていることとそのギフトを知ると対応を変えた。
同郷であり、魔法が使え、神眼という目にするものの詳細情報を得る能力…俺にとって必要なものが見事に備わっていた。間違いなく、帰還の手段を得るために協力するには葵は理想の相手だった。どんな手段が帰還方法かわからない以上、彼女の「神眼」の能力は必ず役に立つ。
だからこそ、彼女に死んでもらうわけにはいかなかった。連れて行こうかとも思ったが、彼女にも計画があった。その為に死なないようにと相当な支援をした。だが、そこに打算があったと思わせてはならないよう気を使う必要があった。「良い人」と思われていれば、後々都合が良いからだ。
結果、少しばかり大きな出費となってしまったが、これも必要経費と割り切った。そう最後にカレー粉を要求されるまでは…在庫が十分あったので、それ自体は問題なかった。ただ手渡す際に「ちゃんと協力してあげるから安心して」と囁かれた。これが意味することは一つ…全部バレバレであったということだ。
しかもご丁寧に手渡されたメモの隅に小さく「騙されないように」との文字が書かれていた。これが葵の俺の評価なのだろう。隷属化の魔道具に注意を呼びかける辺り、逆に心配されていたことがわかる。
見事にふんだくられたわけである。いや、むしり取られたというべきか?
適応しすぎだろJK…あ、ちなみにこれは「女子高生」の「JK」とネット上で使われる「常識的に考えて」の「JK」とをかけた高度なギャグである。
笑っていいのよ?
しかしなんというか…風俗通いの初心者が悪質な店でボッタくられたときに払う授業料みたいだ。
何度女に騙されようが女を信じるルパンが偉人に思えてくる。これで女性不信に陥ったら謝罪と賠償の要求も辞さない。
すでにこちらの世界に適応していると思っていたが、まだまだ俺は甘ちゃんだったようだ。だが次はない。
ともあれ、過ぎたことをいつまでも考えていても仕方がない。俺はカップラーメンを食べ終えると立ち上がり、マナポーションを飲んで地面でぐったりしているライムを叩く。自転車に乗ると、のそのそ動いていたライムも籠へ飛び乗りリュックの中に入っていった。
自転車で走ることしばし、定期的に行うライムの上空からの偵察で村がかなり近いことがわかった。地形を確認した際に大体の村の位置は把握したが、ちょっと自信がなかったのでライムに確認してもらっていた。
水の補給をしたいので立ち寄るつもりだったのだが…村の方角から煙が上がっている。「遠見」を使って確認したら馬に乗った連中が村で暴れていた。
どうやら賊が村を襲っている真っ最中らしい。
仕方がないので水の補給を諦め方向転換する。
村? 知らんがな。
便宜上勇者と名乗ることはあっても、勇者らしい行動なんて取る気はない。面倒事に巻き込まれる前にさっさとここから遠ざかろう。
そう思っていたのだが、こちらに向かって走ってくる馬車が一台。物語の主人公ではないのだから、こういうあからさまなフラグは止めて欲しい。
やれやれと馬車とは違う方向に走り出そうとした時、馬車の後ろから身を乗り出して女性が警告してきた。
「そこの人! 馬賊が来てるから早く逃げて!」
顔は目から下を隠していたからよく見えなかったが、別のものはばっちり見えた。
まるで踊り子のようなきわどい衣装に素晴らしい巨乳が馬車に揺られて揺れておりました。あれだけ小さい布地面積で大きく跳ねているにも関わらず、溢れそうで溢れない神秘に思わず見とれてしまった。
馬車を追う馬賊に俺は向き直る。
主人公、始めました。