幕間2:第一勇者は退屈している
彼「ハイロ・ライロ」は異世界人である。
地球で言うところのFPSゲームで対戦をやっていた時に、ここ「ロレンシア」に勇者として召喚された。彼が異界の地に降り立っての第一声は「今いいところだったんだけど?」と、自分の置かれた状況をまるで意に介した様子はなかった。
その後、彼は自分にギフトと呼ばれる力が備わったことを教わり「この国を救って欲しい」と頼まれる。
ハイロはこれを即座に拒否。その理由は「面倒だから」の一言で済まされた。
答えに納得出来ない者が食い下がるも、ハイロは相手にしなかった。だから王国は条件を出した。国を救ってくれるのならば、その働きに応じた報酬を約束すると…
この条件をハイロは飲む。当然ハイロも幾つか条件を付け加える。報酬は自分の世界で換金が可能であるものに限定し、自分の行動は元の世界に帰るために必要な「魔王の討伐」に関与するものだけにした。
こうして、ハイロはロレンシアの勇者となった。
だが「一国の王への態度ではない」と憤り、その実力が疑わしいという理由に決闘を申し込んだ騎士がいた。決闘は驚く程スムーズに執り行われることとなり、開始僅か三秒で決着となる。
ギフト「兵器具現」によってハイロの手に収まった銃から放たれた弾丸は、的確に相手騎士の眉間を捉え絶命させた。
「鬱陶しいし、面倒だからこれで最後にしてくれる?」
この余計とも言える一言で、王国騎士団はハイロを目の敵とする。その結果、魔族領侵攻の際、ハイロに与えられた任務はどれも王国の常識では考えられない無茶なものばかりだった。
しかしハイロは何も言わずに任務を完遂してみせた。
ある時は狙撃、またある時は空爆を行い、両手にガトリングを装着したパワードスーツで戦場を一人闊歩した。彼と対峙したオークの軍勢は一人残らず肉片と化した。
この時、すでにハイロは自身のギフトを理解し、使いこなすことで、この世界における自分の強さを正確に把握出来ていた。
「自分が兵器と認識している物を具現化する能力」
それがハイロの出した自分の能力の答えである。
兵器と認識するならば軍事衛星だろうと具現化出来た。小型の衛星を打ち上げ、それとリンクすることで敵の位置を常時把握し、一方的な展開へと持ち込んだ。こうして、ハイロの初陣は蹂躙から始まった。
科学技術の差は圧倒的なまでの戦力差となった。パワードスーツの機動性と耐久性はこの世界の騎士の武装とは比べる対象にすらならなかった。具現化される銃器は魔法や弓とは威力も射程も別格だった。
ロレンシア軍は止まらなかった。いや、ハイロを止めることが出来る者が、侵攻した魔族領には誰もいなかった。
大戦果を挙げて意気揚々と王都へ凱旋した王国軍…待っていたは割れんばかりの歓声である。笑顔でその歓声に手を振り応える騎士達とは対照的に、ハイロは終始つまらなさそうな顔をしていた。事実、彼は不満であった。
ギフトというハイロの知るゲームの中にありそうなシステムは面白かった。その力で戦うことも最初は楽しく感じていた。
だが、相手が弱すぎた。
戦闘があまりにも一方的過ぎて作業となんら変わりがなかった。ゲームを面白くするための相手がそこにはいなかったのだ。そんな不完全燃焼のハイロを無視するように状況は変わっていく。
その日、王の間で読み上げられたその戦果は圧巻の一言だった。彼はたった一人で騎士団全体の戦果よりも大きな戦果を挙げていた。前代未聞の戦功に、どう報いれば良いか誰もわからないという問題が発生する。一先ずの措置としてハイロは男爵位を得た。ハイロにしてみれば爵位などどうでも良いことだったが、宰相の「爵位を金で買おうとする輩はどこにでもいるので、資産と思って頂ければ幸いです」という言葉に納得して頷いた。
そしてこの一件で王は新たな勇者の召喚に踏み切る。
こうして二人目の勇者「デビット・ローセン」が召喚される。ハイロが彼に持った第一印象は「軽率な男」である。
事実、彼は考えることが不得意で、頼りにならない程度の腕っ節を頼る、一言で言うとチンピラのような男だった。その彼に周囲が浴びせたのは、第一勇者との痛烈な比較である。
単純な彼はハイロに決闘を挑み、あっさりと破れる。結果、二人の間に妙な上下関係が生まれた。その敗北を機にデビットは剣を持ち始めた。この世界とは異なる系統の魔術を用いるのはいいが、素手で殴りかかるのは格好がつかないという理由にハイロは呆れる。
「素人がいきなり武器を持ったところで戦えるなら苦労はしない」
だがハイロの予想は外れ、まるで天賦の才でもあるかのように彼の剣の腕は上達した。初めて剣を持ち、僅か三週間で王国の騎士は誰もデビットに勝てなくなった頃、奪われた領土を取り返すべく、魔人と呼ばれる強力な個体が攻め入ってくる。
その報告を聞いてハイロは単独で魔人を討伐する為、急ぎ西へ向かった。小型の戦闘機を具現化し、戦場にたどり着いた時には奪った領土の半分は奪い返されていた。
報告の遅さに呆れながらも戦闘機の具現化を解除し、戦闘に介入する。そこで予期せぬ出来事が起こる。具現化の解除と同時に、情けない声を上げて地面に落下するデビットがいたのだ。
念の為助けたが、どうやら戦功を独り占めされてなるものかと、戦闘機にしがみついていたことを白状させる。ハイロは呆れるを通り越して褒めたくなった。
「馬鹿も行くところまで行くと立派なもんだな」
「俺の尊敬する兄貴が言ってたぜ。『男って奴はな、馬鹿にならなきゃいけないときがあるんだ』ってな」
ハイロの言葉に得意げに返すデビットは持ち前の探知能力を活かし、真っ直ぐに魔人へと向かう。
結局獲物を横取りされる形となったが、不思議と不愉快な気分にはならなかった。
戦闘を終え、大きな怪我こそないものの細かい傷が目立つデビットはハイロに近づくとこう宣言した。
「これからは『察知』の能力改め『絶対感知』の能力の勇者『デビット・ローセン』で行くぜ」
二本の指を顔の前でぴっと振って格好を付ける。ハイロはそんなデビットを見て苦笑することしか出来なかった。
「馬鹿にならなきゃいけないとき、か…」
「そうだ! 馬鹿にならなきゃいけないんだ」
恐らく、これをきっかけに彼は男として一つ前に進むのだろう。理屈ではない、馬鹿馬鹿しい言動に付き合わされハイロは少し声を出して笑ってみせた。
馬鹿は馬鹿なりに頑張っているのだと少し見直すも、ハイロのデビットの扱いが変わることはなかった。それは、地位と名声を得たことで、憎めなかったはずの馬鹿野郎がいつしか本当の馬鹿野郎に変わってしまったからに他ならない。
デビットが爵位を得たその日、三人目の勇者の召喚が決定し、その翌日には三人目の勇者「篠瀬葵」が召喚される。葵は自分が置かれた状況を「まるで物語の登場人物になったような気がする」と楽観していた。
「危機管理も出来ない学生」
ハイロは彼女をそう評価した。だが、その評価は次の日には変わっていた。
「初めまして、あなたが第一勇者のハイロさんですね? 私は『篠瀬葵』と言って三番目の勇者らしいです。『神眼』という目に見えるものの情報を読み取る能力を持っています。直接戦えませんが、他の勇者さん達をサポートすることになると思います」
そう言って礼儀正しくお辞儀をした葵を、ハイロは信じられないものを見るような目で見ていた。しかも、彼女は能力に関する質問にあっさりと答えてさらにハイロを驚かせた。
「まるでゲーム画面みたいに、情報が書かれたウインドウが見えるんです。情報が多すぎて目が回りそうになるんですけど、最近能力を使うコツが段々わかってきたんです」
笑顔で語る葵を見て、ハイロは「危機管理も出来ない平和ボケした危険な学生」と評価を改める。
そして聞けば聞くほど、ハイロは彼女の能力が危険なものと認識した。
視界の中にさえ入っていれば、どんな情報でも引き出せる…それこそ本人すら知らないようなことでも知ること出来るその能力を危険視した。それと同時に、戦争とは無縁であったのだろうその思考故に「神眼」という能力を使いこなすことが出来ずに潰れるだろうと確信していた。
ハイロの予想通り、彼女の明るい笑顔は一週間と持たなかった。神眼の能力は、彼女に都合の良い情報だけを与えてはくれなかった。
この世界に来て、能力を知って彼がまず初めにやったことは情報収集だった。ハイロは「兵器具現」を用いて諜報用にスパイロボットを具現化し、城中の情報を今尚集め続けている。
わかったことは四つ。
王国が提示している帰還方法はデタラメであること。
国を救う為と言うのもデタラメで私利私欲から魔族領土へ侵攻していること。
勇者を召喚する対価として、ギフト所持者を消費すること。
これらの事実を国王が把握していないこと。
以上が、これまでに判明した事実である。
これらを踏まえてハイロは考える。元の世界に帰るにはどうするべきか、と。
現状、協力者となれるのは勇者のみ。その勇者のうち一人は王国側についており、もう一人はギフトこそ有用ではあるが本人に問題がある。
帰還方法で頭を悩ませている中、事件が起こる。第三の勇者が引き篭ったのだ。毎日毎日飽きもせずにベッドで「帰りたい」と泣いてばかりいた。勇者にとって、葵にとって不都合な真実と、欲に塗れた権力者達の嘘は徐々に彼女の精神を蝕んでいった。その結果の逃避である。
そんな葵にハイロは何ら興味を示さなかった。それどころか元の世界への帰還する為の協力者にすらならないと、早々に切り捨てた。宰相が四人目の召喚を仄めかし、その生贄として使われることが決まったのでもはや葵の情報は必要なしと判断したのだ。
だが事は予想外の方向に進む。
四人目の召喚の前日に葵が部屋から出てきた。しかも以前のような明るい笑みを浮かべており、その挙動は周りの者達には召喚された当時のものに映った。それはまさに豹変だった。
城の中を目的地へ向かって真っ直ぐに葵は歩く。そして久しぶりに会った宰相に声をかける。楽しそうに話す葵にみるみる青ざめていく宰相…情報という武器を喉元に突きつけられ、勇者召喚の延期を余儀なくされる。一体何を話したのかは、今もハイロはわかっていない。
その日のうちに問題は起こった。
デビットが葵に噛み付いたのだ。彼は葵の「なんでも知っている」という態度と、仮面をかぶったような笑みが気に食わなかった。権力に近づき、知らず知らず性格が歪む前の彼であれば、女に喧嘩をふっかけるような真似はしなかっただろう。
そしてたった一撃で敗北することもなかっただろう。
それはただ単純に魔力で強化しただけの一撃。その一撃をデビットは股間にまともに受けたのだ。
ハイロはその光景を見て異常と判断する。
これまで何の戦闘訓練も受けたことのない学生が、油断があったとは言え魔人すらも倒したデビットを一撃で倒したのだ。その場に居合わせた男達は一様にその光景に息を飲んだ。泡を吹いて倒れるデビットを置いて葵は去っていった。
その後、デビットが憂さ晴らしに街へ行ってくると言っていたが、商人のような格好をした男に喧嘩で負けたという情報がハイロに届く。
何をやっているんだか、と呆れつつも今は目の前の異常に集中する。人が寝静まる時間を待って、スパイロボットを具現化。葵の部屋へと侵入させ、音声を拾う。その瞬間、ハイロの耳に葵の呟きが流れ込んでくる。
私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。私は生きてる。私は死なない。私は帰れる。
恐らくは毎夜毎夜繰り返されたのであろう自己暗示にも似た独り言がハイロの耳を嬲るように通り過ぎる。
環境の変化による極度の精神ストレスに加え、神眼が与える莫大な情報量が彼女を押しつぶした。その上、自らの都合で帰る方法もない場所に呼び出しておきながら、勝手に見限り生贄とするその身勝手さに怒りを覚えても、何も出来ずに命の危機を甘受しなければならない理不尽を前にし、葵は現実を受け入れられず、自ら壊れることを選択した。
(子供が持つべき力ではなかった)
この結果にハイロは盗聴を中断し、何事もなかったかのようにベッドで眠った。
翌朝、部屋を出るとそこには両腕を後ろに回した制服姿の葵がいた。ハイロは軽く目礼すると、葵が「おはようございます」と元気よく返す。何処へ向かうわけでもなく、葵に背を向けて去るハイロに小さな声が聞こえてくる。
「ねぇ、ハイロさん…昨晩は何を…」
聞いていたの?
小声のはずなのに最後の部分だけがはっきりと聞こえた。
「何か言ったか?」
そう言ってハイロが振り返ると、葵は彼を見て楽しそうに笑う。
彼女の眼からは逃れられない。
ハイロが心のどこかで待ち望んでいた退屈を紛らわす日常の変化…
だがそれでも―
―この世界は退屈だ。