2-13:置いていくもの
「そうだ! こんな男が真の勇者であるはずがない!」
血走った目の王が叫んで、一番初めに反応したのが緑のバカだった。
「幾ら二つギフトを持っていようと、我々四人ならばギフトは四つ! 行くぞ、皆!」
俺に剣を真っ直ぐ向け、他三人の勇者を見渡すと先ほどとは打って変わって元気よく声をかける。
「え? 嫌だけど?」
真っ先に応えたのは葵ではなくハイロだった。
「魔王と戦うのは帰るためだから仕方ないけどさ。人間同士の戦争とか何の関係もないでしょ? 同じ召喚された異世界人と戦うとかもっと関係ない」
「そうね。私も帰りたいから仕方なく手を貸してるけど…良い機会だし言っておくわ。私は人間同士の争いには今後一切加担しない。やるなら自分たちだけでやって頂戴」
「あ、じゃあ俺もそれで」
拒否されるとは思っていなかったらしく、その狼狽っぷりが見ていて楽しい。無駄に熱血な奴が空回りするとこんな感じだろうか?
「き、君達は! 勇者を…世界の危機をなんだと思っているんだ!?」
一瞬顔を会わせる三人の勇者…その答えは?
「そんなことよりゲームがしたい」
「拉致しておいて勇者とか笑わせないで。自分達の世界くらい自分達でなんとかして」
「あー、どうでもいい?」
どうやらハイロは思っていたよりもいい性格をしているらしい。葵も吹っ切れたように逞しくなったようで何よりだ。バカはどうでもいいな。
「実際問題、異世界なんだからどうなったって他人事だしな」
俺が笑って茶々を入れる。
「そうか…貴様が元凶か…!」
勘違い甚だしい緑のバカが剣を構えゆっくりと動く。お守りが警報を鳴らしたので、緑の剣を「転送」を使いぽいっちょ。これだけでは不安なので服もぽいっちょ。こうなったらとことん捨ててやろうかと思ったが、下着を飛ばすのは目の毒だし、あとは靴くらいしかない。流石に勿体無いので止めておこう。
こうして俺の目の前にはパンツと靴を履いただけの緑の変態が出来上がった。
このカード使えるな。
「何をした…貴様!」
片手で股間部分を隠しながら下着姿の緑が俺に指を突きつける。警報が鳴っていないので脅威はもうなさそうだ。
折角なので哀れみを込めた目で「やだ、なにこの変質者」とか呟いてみたら殴りかかってきた。警報が鳴らなかったので剣が無ければあまり強くないのだろうか?
ちなみに対処として銅のカード「石突」で足元にでっぱりを作って転倒させた。動けば最後の一枚を飛ばすと脅し、半裸の緑をニヤニヤしながら見下してやると半泣きになっていた。この辺にしておいてやろう。
緑の対処が終わると王様が怒りのあまり顔を真っ赤にして何か叫んでいる。俺だけではなく、勇者の罵倒もしてるが大丈夫か? 宰相の爺さんは逆に顔が青い。一応現実はわかっているらしい。
よし、ここは一つ王様に説教をしてやろう。そうすればきっと、現実がわかって大人しくなるはずだ。勿論他意はない。
「あのさー…了承も得ずに帰る手段も定かではない場所に呼び出して『帰りたければ魔王を倒せ』って、これ立派な脅迫だと思うんだよ。勇者とか持ち上げておきながら、やってることは拉致脅迫。やらせることは使いっぱしりか? 便利道具を呼び出してる感覚で召喚やってるとしか思えないんだよ。そんな連中の言うことを一体誰が信じるってんだ? 自分達のことすら満足に出来ない無能が国なんて作ってんじゃねぇよ。『世界の危機だから仕方ない』とか抜かして異世界人に頼るくらいなら滅びてしまえ」
ここでさらに勇者の言いたい事を代弁するのもいいが、あまり国と勇者の関係を悪くして、勇者を危険視するようになっても都合が悪い。仕方がないのでここは泥を被るつもりでガンガン行こう。
昔やったMMORPGでは盾役をやっていたので、ヘイト管理はお手の物だ。どの道、この国から出る予定だったので丁度良い。
「大体な、普通命の恩人に向かって『平民風情が』とか言って斬りかかるか? この時点で教育失敗してるだろ? 甘やかしすぎた結果、名乗りもせずに助けてもらった相手を殺しにかかるとか、非常識なことやらかして死んでんだから自業自得だろ。死んだこと嘆いて八つ当たりする前に、そんな非常識な馬鹿を育てて、人様に迷惑をかけたことをまず恥じろ。そして俺に謝れ『馬鹿な娘に育ててしまって申し訳ない』と」
この時点で王様が俺を指した指がプルプル震えて口をパクパクさせている。
どうせだからもっと畳み掛けよう。王様を煽るとかあんまりない機会だしな。徹底的に嫌われるくらいしておけば、勇者には目が行かないはずだ。
勇者三人が敵に回らないとわかった途端、この楽観的思考とは我ながら現金である。残りの一人も武器がないと役立たずと弱点が判明しているのだ。危険がないとわかった以上、多少強気に出るのは仕方がない。
「あ、そうそう…娘さんを食べさせたそのスライムなんだけど、俺のペットでさ。食べた相手に変身出来るんだ。いやー、凄い美人で毎晩助かってます。娘さんの遺体は正しく、有効活用させて頂ましたので、ご安心ください」
そこまで言うと怒りのあまり口から泡を吹いて倒れた。意外と煽り耐性がなかったようだ。まだまだネタはあったのに…王様も大したことがない。
ふと周りを見ると、やりすぎたようで葵が引いている。バカは羨ましそうだ。しかしなんで緑がこんな目で見てくるかね? お前葵に色目使ってただろうが。気の多い奴だ。ハイロは我関せずだ。こいつの立ち位置はどうなってるのやら。
「貴様…わかっているのであろうな?」
宰相の爺が脅してきた。勇者が抑止力とならない以上、この国に脅威はない。どこまでも強気で行かせて頂きます。
「あ、うん。なんか利用されそうな雰囲気だったから、いっそのこと敵対してしまったほうが面倒がなくていいかなと思った」
一体何のつもりなのかと宰相が思案している。まさか一国の王にここまで無礼を働くとは予想だにしていなかったようだ。まあ、当たり前か。どこの世界に個人で国に喧嘩を売る馬鹿がいるのか? ここにいるのだから笑い話である。
「軍隊なんて脅威でも何でもない。精鋭騎士? そいつらってそこで半泣きになってる半裸よりも強いの?」
宰相が考えていることくらいは想像出来る。
ロレンシアと敵対する意味は何か?
本当に国の軍勢と戦う気なのか?
そもそも一体何が目的なのか?
大体こんなところだろう。その答えは「特に意味はない」だ。この世界における強さは大体把握出来ている。
結論としては俺の脅威になりそうなのはギフト持ちだけ…それも強力なものに限られるため、自然と勇者くらいしか注意するものがいないのだ。
能力がバレる心配も葵が中立を貫いてくれるので問題ない。他にもあんな能力を持っているのがいたら怖いが、もしそんなのがいたらこの場にいるだろう。俺がここにいるのは予定外でも、それだけの能力者が勇者が集まるこの場にいない理由はない。どこかで別に動いている可能性も捨てきれないが、この国から出て行くつもりなので、すぐに戦争で俺に構っている余裕はなくなるから問題ない。
だが、念を押しておくに越したことはない。
「四つだ…」
「何?」
「俺が持ってるギフトの数」
少々大サービスな気もするが、ここでスキルの数を明かす。どうせ時間が経てばまた増えるだろうし、今の数を明かしても問題ない。勇者が俺に対して役に立たない事実はそれほど大きい。
「あり得るか! そんな馬鹿な話が!」
宰相は予想通り信じられずに声を荒げる。
「何なら『質問して』みるか?」
ニヤニヤと笑いながら意地悪そうに言う。暗に「お前のギフトを知っている」と言ったわけだが、これをギフトのおかげと勘違いしてくれたら面白い。
「お前は…本当に四つもギフトを持っているのか?」
「勿論嘘です」
そう即答する。
さて、この宰相はその耳で「嘘」と聞き、ギフトで「嘘」だとわかってどう思ってくれただろうか? 嘘と答えたのが嘘なのだから、当然本当のことになる。
「貴様は…!」
からかわれていることがわかったのか、宰相は一瞬呆けたような顔をしたがすぐに真っ赤になって怒りを露にする。そろそろ限界が来そうなので、笑いながら「冗談だよ」と一方的に話を切る。
「さてと…それじゃ、そろそろ帰らせてもらうよ」
思わぬイベントだったが十分楽しめたのでお開きにしよう。これ以上この国にいても得るものはないので、拠点に戻って荷物整理をしよう。
しかし宰相も王も兵を呼んだりしなかったのは何故だろう? やはりギフトを持ってる相手には同じようにギフト持ちをぶつけなければ意味がないとか、そういうことだろうか?
しばらくお別れになるだろうから挨拶でもと思ったら、葵は完全に呆れ返っている。それどころか「あんたは一体何やってんの?」と言わんばかりの目を向けられる。俺の苦労を知ってはくれないか。
「じゃあ、何かわかったら連絡するわ」
勇者三人にそう言ったら、ハイロが「勝手に仲間にしないでね」と返してきた。中々いい性格の持ち主だったので、暇があれば少し話をしたかった。だがゆっくりしてると王様が再起動するので、ここは潔く帰らせてもらう。緑が殺意の篭った目で見つめてくるがこれを軽く無視。
王の間にある大きな窓から見える景色を眺め、少し勿体ないが残り二枚となった転移を使う。
「あ、ちょっと待って…!」
転移の瞬間、葵が何かを思い出したように制止してきたが間に合わず、俺は外の景色の中へと消えていった。
拠点に戻るとライムがすぐに出迎えてくれる。裸の美女に変身して抱きついてくるが、スキンシップをしている余裕はあまりない。ここを離れることを伝え、荷物整理を手伝ってもらうことにする。何かして欲しいことを伝えると喜んでくれるのは有難い。
拠点に戻ってから荷物の整理を始めて約一時間が経過した。流石に全部を持っていくことは出来ず、取捨選択で頭を悩ませていた。中でも一番悩んだのが自作のソファー。自信作であっただけに分解、回収に中々踏ん切りがつかず、結局「次に拠点を作れるのはいつになるかわからない」ということで、予備の寝具として分解して収納することになる。
作業台やチェストは全て放置。中身は重要な物以外は全ておいていくことにした。おかげでチェスト丸々一個分のパンツを置いて行くことになった。パンツはこんなに必要ないはずなのだが、俺の中の男の何かがこれを捨てることを頑なに拒否するのだ。
そしていよいよこの拠点とお別れするときが来た。荷物を背負い洞窟から出る。一ヶ月程度と短い時間ではあったが、異世界で生活した中では最も良い環境だったと思う。
「ここを離れると、しばらく風呂はお預けだな」
川のそばに作った露天風呂眺め、これでしばらくは入れなくなると思うとつい口からこぼれてしまった。ライムも残念なのか名残惜しそうにしている。俺だって名残惜しい。巨乳美女がボディソープを体に塗りたくり、それで体を洗ってくれる日々とはお別れなのだ。惜しくないはずがない。
大自然を眺めながら暖かいお湯に浸かり、大きなおっぱいを楽しむ。そうだ…今にして思えばこの露天風呂はおっぱいと共にあった。それをこのままさよならしていいのか? いや、いいはずがない!
「よし、最後に一っ風呂楽しんでから行こう!」
俺はライムに声をかけ、荷物を置いて服を脱ごうとする。ライムも風呂が好きなのか嬉しそうだ。
その時、上空を何かが通り過ぎると同時に、飛行機が通り過ぎたようなキーンという音が聞こえた。どこか懐かしい音を耳にして、反射的に空を見上げると、そこには空を飛ぶ人間サイズのモビルスーツとそれに掴まっている葵の姿があった。
あれ? ここってファンタジーだよな?
目にしたものが信じられず、ゴシゴシと目を擦る。もう一度、目にしたものを確かめると、やっぱりこちらに降りてくるモビルスーツと葵がいた。
地面に着地する前に葵が飛び降り、続いてモビ○スーツが地面に足をつけるとハイロに変身した。
「え? 何それ?」
「ああ、ハイロはそういうギフト持ってるの」
なんでもないように葵が言う。ちなみに先ほど飛行機の音は乗り物の音らしく、モビ○スーツではなくパワードスーツになるそうだ。
話を聞くと元いた世界にあった物を具現化出来る能力らしい。
なにそのギフト。すげー羨ましいんですけど?
「言うほど万能じゃないよ。色々条件はあるし、扱いはまた別問題だしね」
それもそうかと納得しつつ、浪漫溢れるスキルに軽く嫉妬する。レーザーを撃ち出す自立兵器があると知ったときは本気でハイロのギフトを欲しがった。ファン○ルが目の前にあるというのに興奮しない男がいるか。それを「そんなことよりさっさと用事を済ませて」と葵が軽く流した。やはり女には男の浪漫はわからないらしい。
「そうだね。俺は俺で用があったからね」
取り敢えず先にハイロの用件を聞いておこう。
「元の世界に戻る手段探してるんだろ? 俺も噛ませて」
断る理由もないのであっさり了承する。これで俺に敵対するであろう勇者はあの緑だけとなる。戦闘力が高そうなハイロの中立確定は大きい。再びロレンシアに来ることがあっても、最悪の事態は避けることが出来そうだ。
さて葵の用事は何だろうか?
もしかして連れて行って欲しいとかではないだろうな? 一応魔王との交渉を考えている以上、ここに残るという選択は間違っていない。同じ日本人として無事に帰してやりたい気持ちはあるが、こちらも帰れないし、移動の関係上二人になるのは問題だ。何より、葵が旅に加わると間違いなくライムとのスキンシップが減る。
あの「神眼」というスキルはカードホルダーの中身まで見抜いていた。恐らくは影の中でのペットとの触れ合いも見通す。となれば間違いなく待ったがかかる。それは困る。俺の楽しみがなくなるのは困るのだ。
だから連れて行くことは出来ない。俺には置いて行くことにしか出来ない。こんな世界でも逞しく生きてくれ。そんな願いを込めて俺は葵を見つめてここに来た用件を聞く。
「鞄の中にカレー粉ってあったわよね?」
葵が「言いたいことはわかるな?」と言わんばかりの笑みをこちらに向ける。
逞しくなり過ぎもどうかと思った。