2-11:増えるバカめちゃん
「~いっったぁ!」
綺麗に頬に決まった平手打ちがくっきりと手形になりジンジンとした痛みを伝える。女子高生の細腕で繰り出された一撃とは思えないほど強力だ。
「いや、痛い。すんげぇ痛いから、これ」
「反省してください」
そう言って葵はぷりぷり怒る。先ほどまでの沈み具合から考えれば結果オーライと言えよう。
「いやいやいや…女子高生の一撃じゃないから、今の」
「魔力で強化してるから普通よりちょっと強いだけです」
なるほど、魔力で強化するので身体能力が高いのか。流石勇者と感心する。
ちょっと待て。
「え? 魔力で強化って…葵ちゃん魔力あるの?」
誰が葵ちゃんか、と抗議しつつも魔力があることを肯定する。
「…俺、魔力ないんだけど?」
その言葉に「みたいだね」と葵は軽く返す。
余りに軽い反応だったので、情報提供を兼ねて俺が知り得た常識などを教える。と言ってもほとんど知ってる内容で、有益なのは精々ローレンタリアに関するものくらいだった。
「豚王って…」
「多分、勇者全員並べて『あれが魔王だ』って言ったら誰も疑うことなく討伐すると思う」
あとすごく臭かった、と付け足すと飲んでいた緑茶でむせていた。
「えっと…つまり魔力がないことは極秘、と…」
俺はうんうんと頷くと、お茶菓子とお茶を取り出して長話の準備を始める。話さなければならないことはまだまだある。俺はフカフカのソファーにもたれかかった。
余談だが、折角なので下着を幾つかあげることになった。こっちではドロワしかないから嬉しいだろうと思ったが、シルク製のものもあるらしい。但し、かなり希少なので一部の貴族や王族が、夜行われる密会などに付けるとのこと。密会部分を仄めかされたので詳しく聞いたら、顔を赤くして平手打ちの構えを見せたので詮索はやめておく。ついでにブラジャーのほうも持っていくらしく、後で確認したらBカップのものが三つ、Cカップが一つなくなっていた。成長するといいね。
当面のことを話し終えた時には、茶菓子もお茶もなくなっていた。と言うか葵がバクバク食べるので二回継ぎ足した。
口裏を合わせるべく、様々な設定を作る。その中でも重要なのが、俺とは同郷ではなく帰還方法を探す協力者として振舞うことである。俺が自由に動き回るには権力者の傍は都合が悪い。だが戦力として見た場合、俺を放置はしないだろう。
ここで問題になるのが俺の魔力がないことだ。魔力がないはずの俺が魔法を使って戦うことは既に知られている。なので以前作った設定通りに「極めて高い隠蔽能力で隠している」という設定を使う。「神眼」のスキルを持つ葵が協力してくれるなら説得力は十分だ。これでカードのことは隠せる。その代わりに高い戦闘力を隠せなくなる。
カードと戦闘力の両方を隠す手段は結局思いつかなかったのだから仕方がない。そこで、俺を戦力としたいであろう国家の取る行動を予測すると、葵が同郷である点はマイナスにしかならない。さらに、権力と距離を取った場合、連中が俺を消しにかかる可能性もある。それらを踏まえるとやはり同じ国の出身であることを知られるのは避けた方が良い。
次に今後の方針と帰還方法を探すことについて話し合う…はずだったのだが、何故か米と味噌と醤油と砂糖を奪われた。
何を聞いても「必要だから」の一点張りで、対価を要求したところ「先ほどのセクハラでチャラよ」と言われた。
君、ちょっと俺の頬で赤くなってる手形を見ようか。
そんなこんなで帰還方法についてあれこれ話していると、どうやらお互い何もアテがない訳ではないことがわかった。ただ、どちらも確証がなく、期待させるには不十分だと感じていただけだった。
「それで…俺の方は『ガチャ』から出るアイテムだから、いつ出るかわからない上に、帰還方法がわかるかどうかもわからない。それで黙っていた訳だ。それで、葵ちゃんはどんな案があるんだ?」
ちゃんづけは止めてと言いながら、一呼吸置いて真っ直ぐ俺を見る。
「魔王と交渉する」
その為に勇者をやっていると付け加える。これ、他の連中に聞かれたらえらいことになるな。
葵は話を続ける。
過去に勇者が召喚された時代があり、その時は勇者を魔法で奴隷のように扱っていたらしい。それが原因で勇者が反乱を起こして滅んだ国があるそうだ。では、その時代の勇者たちは国を滅ぼした後、どこに行ったのか?
その答えを知る為に、桁違いの寿命を持つ魔族…特に強大な力で君臨し続ける魔王との対話は必須だと語る。
だがこの計画には根本的な欠陥がある。
魔王を前にしても対話が可能かどうかわからないことだ。
そもそも魔王と対話する機会がない可能性だってある。
さらに、幾ら「神眼」の能力が強力でもそれは補助の枠を出ない。直接的な戦闘力は彼女自身も認めているが低いのだ。これでは魔王の元にたどり着くこともままならない。他の勇者に協力してもらうことも考えたが、やはり信用出来ず話を持ちかけなかった。
その判断は恐らく正しい。バカ的な意味で。
魔王と交渉を行うには、彼女は弱すぎるのだ。
力がないので単独では事を運べないだろう。
力がないから魔王の元にも行くことも出来ないだろう。
力なしでは生き抜くこともままならないだろう。
ならば話は簡単だ。俺が彼女に力を渡せば解決する。
「だったら強くなるしかないな」
そう言えば、葵には魔力があるのに何で俺には魔力がないんだろうと考える。
実は俺の召喚は失敗してたというオチとかないだろうな。一抹の不安に駆られるが今気にすることではないので、目的のカードを取り出す。
「召喚」
取り出したカードをわざわざ口で言って発動させる。ものによっては口にすると格好良いからたまについやってしまう。
距離的には一枚で足りるかどうかギリギリだったが、無事目的の物を召喚出来た。
「鞄?」
「うん、魔法の鞄…三つあるから倉庫代わりになってる」
葵がポーチよりこちらを欲しがったが、鞄は全部容量ギリギリまで使っているのでダメです。ポーチで我慢しなさい。
「これを使え」
そう言って渡したものはスキルオーブ。大判振る舞いである。
「これは?」
「見ての通り、俺が四つもギフトを持ってる理由、だ」
葵は俺からオーブを受け取ると目を瞑る。オーブが光の粒となって完全に消え去ると目を開けて一言。
「こういうのって『チート』っていうのかな?」
もう少し感動して欲しかったが「神眼」で事前に情報が得られるから、反応が薄いのかね。
葵に渡したスキルオーブは「光魔法」…そう、魔法なので俺には使えないのだ。ライムに使わせようと思ったが、どうも光属性はダメなのかオーブを近づけると嫌がった。洞窟で暮らしてたからか、光を嫌がるのだろうか?
さらに俺のプレゼントは続く。
使っていない未鑑定の武器や装飾品を取り出し、葵に鑑定してもらう。詳細がわかるので俺が常用しているものもついでに見てもらった。このスキル便利すぎだろ。
その結果、以下のものを渡すことになる。
魔断の弓:魔力で矢を形成。対象の魔力を破壊する。魔法も破壊可能。
祝福されたミスリルナイフ:呪いなど呪術や精神系の異常に抵抗する。
光の宝玉:光属性強化。魔力の貯蓄も可能。
魔力回復強化の首飾り:魔力の回復力を上昇させる。
魔力効率強化の指輪:魔力消費を低減。
迎撃の指輪:魔力を用いて発動。無数の魔力の針が飛来物を破壊する。
障壁の指輪:魔力を用いて発動。魔力に応じた強度の不可視の壁を作る。
魔力循環の環:魔力による肉体強化効率を上昇させる。両耳につけることで効果発揮。
精霊王の腕輪:あらゆる属性攻撃から身を守る。
この娘、遠慮なく持って行きやがる。ちょっと逞しくなりすぎてやしませんかね?
弓道経験があるから弓は有難いと言っていた。弓がこれしかなかったのは少し残念だったか。
他は見事に魔法関係が多い。光魔法を使う気満々だな。それにしても初期に手に入れたミスリルナイフにこんな効果があるとは思わなかった。手放すのが少々惜しくなったが、他に使えるアイテムが判明したので良しとしておこう。
しかし選別に思ったよりも時間がかかった。
「うん、ゲーム割と好きだからね。こういう組み合わせ試すのはちょっと楽しいかな」
こちらには碌な娯楽がないから夢中になるのも仕方ないか。
「ゲームが趣味か…ちゃんと彼氏作るんだぞ?」
だが、軽口は叩かせてもらう。あれだけ持っていくんだからこれくらいはな。
「もういますー。私にはカズ君がいますー」
「爆発しろ! リア充が!」
「ふええ!?」
反射的に叫んでしまった。だが、灰色の高校時代を送ったものとして言わせてもらおう。爆発しろ。
葵も俺の豹変に思わず素っ頓狂な声をあげる。
そして何の前触れもなくドアを吹き飛ばし侵入者も現れる。
「何があった!? 大丈夫か、シノセ!」
誰こいつ?
こちらの貴族が着てるような派手目な服を着て、腰に剣を差した緑髪のイケメンが乱入し、辺りがシンと静まる。
「何勝手に…っていうかドア壊して入ってくるとか何考えてるのよ!」
「僕が来たからにはもう大丈夫だ! シノセ、その男から離れるんだ!」
察するに「消音」の効果が切れるタイミングが叫んだ時と重なり、何かあったと慌てて入ってきた、と言ったところだろうか?
「カズ君?」
「違うわよ!」
俺が緑髪を指差し尋ねたら即座に怒ったように否定した。
そこで思い出した。こいつパレードの時にいた勇者だ。
「シノセ! 今助けるぞ!」
イケメンが言うと中々様になっている。だが悲しいかな勘違い…間抜けにしか見えない。
俺が生暖かい目で見ているとカンに触ったのか剣を抜く。
うわ、もしかしてこの勇者沸点低すぎ?
ニヤニヤと笑う俺をキッと見据える緑勇者…飛び込む機会を窺っているのであろう油断なく身構えている。そしてその場に響く怒鳴り声。
「止めなさい!」
近くにいたので耳にキーンと響く。
「セインス…あなた『いきなりドアを開けて入るな。ノックしろ』って前も言ったわよね? それどころかドアを壊して入ってくるなんてどういうつもり?」
怒気を含んだ声でセインスと呼ばれた緑を批難する。
「怒られてやんのー」
指を指して笑ったら「煽るな!」と葵に睨まれた。すまない、最近誰かを馬鹿にする機会がなかったから思わずやってしまったんだ。
「貴様…何者だ?」
「人に誰かと問う前に自己紹介くらいしたらどうかな?」
空回り気味の緑を前に、笑いをこらえながらクールに決める。
「この人は元の世界へ帰るための方法を探してくれている協力者」
「ちょっと葵ちゃん?」
いきなり横槍を入れられて事態の収拾を図られる。あとやっぱり「ちゃんづけやめて」と言われた。
「勇者であるシノセに対して馴れ馴れしいぞ。礼節をわきまえろ」
「いやいや…ドアを破壊して乱入する勇者様に礼節を語って頂けるとは光栄です」
にこやかに慇懃無礼で返す。さっきから葵をやたら気にしているようだが、そういうことだろうか?
見た感じ十代なのでからかい甲斐がありそうだ。
そんな風にワクワクしている一方、当の葵はと言うと大きくため息をついていた。
「今日は泣いたり怒ったり大変だな」
緑が勘違いすることを期待して、葵を労う振りをする。案の定緑が何か言っている。一連のやり取りで何か思うところでもあったのか、葵は「やるなら外でやって」と投げ出した。もう好きにしてと言わんばかりに脱力している。
「よし、表に出ろ。勇者への無礼…この『セインス・ジ・アロカロイト』が正してやる」
「嫌です」
緑が剣をこちらに突きつけるポーズを決めたところで拒否する。
「何か色々と勘違いをしているようですが…」
「ええい! 勘違いなどあるものか! 大人しく我が正義の剣を受けろ!」
正義の剣(笑)
人の話を聞かない上に残念臭漂う勇者か…葵の素っ気ない態度にも合点がいった。
俺が一人で納得して可哀想な人を見る目で緑を見ていると、そこに新たな勇者が加わる。
「おい、なんか騒がしいけど何かあったのか?」
そう、バカ勇者こと「デビット・ジ・ローセン」の登場である。
「…って、何でお前がいるんだよ?」
バカが俺を見つけ次第そう反応する。どうしてお前は明らかに城に侵入しているであろう俺を見て「知り合いです」と言わんばかりの反応をするのか。
「ああ、丁度よかった。こいつが頼まれていたものだ。葵にはもう渡してある」
そう言って先ほど鑑定してもらったマジックアイテム「炎蛇の指輪」を投げて渡す。これで俺とバカの繋がりが、先ほど葵が言ったことと同じように「帰還方法を探している協力者」と誘導する。下手に探られれば勇者召喚や俺の情報が漏れる危険がある。
(頼む…察しろよ…)
「いや、別に頼んでねぇだろ…まあ、ありがたく頂くぜ」
だがその願い虚しく、バカは何一つ察してくれなかった。それどころか新しいマジックアイテムを手に入れたおかげでいい笑顔である。その笑顔を殴りたい。
バカに期待するだけ無駄だった…そうなるとどう誤魔化したものかと全力で頭を回転させる。
「貴様…勇者に取り入って何をするつもりだ!? 二人は懐柔出来ても、真の勇者であるこの俺を騙すことは出来んぞ!」
緑が剣をこちらに向けて再びドヤ顔で決めた。
何だ…こいつもバカだったのか。
装備品
武器
白金:カース(クロスボウ) 斬魔刀(日本刀)
金:なし
防具
白金:なし
金:ミスリル糸のローブ
装飾品
白金:危機感知のお守り 身代わりの護符
金:帰還の指輪
その他
魔法の鞄×3 魔法のカードホルダー×1
在庫
武器
降魔の槍 血吸の戦斧 炎の魔剣 道連れの短剣 ミスリルスピア ミスリルソード
防具
黒く呪われた神秘の服
装飾品
剛力の腕輪 不幸のシュシュ 障壁のイヤリング×2 知恵の輪 魔封じのネックレス 血の呪いを受けた首輪 死者の祈り 中毒の指輪 雷鳴の指輪 剛毛の指輪 力の指輪 迷い子の指輪
重要品
剛力の実×7 体力の実×9
レッドジェム×2 ブルージェム×1 イエロージェム×1