2-6:多分運命の出会い
奴隷商が謎の死を遂げ、商会の資金が何者かに全て奪われてしまったことで、王都が少し騒がしくなった。このまま王都に滞在すれば面倒事に巻き込まれかねないと判断した俺は、一先ず森に向かうことにする。以前体を洗った川を目指し、そこから上流に向かい拠点を作ることにする。
川にいたときに使った「遠見」で、上流にある山に洞窟のような場所を発見しており、そこを拠点にしようと思っている。
北東にあるという港町に向かうことも考えたが、奴隷商会は大抵の町にあるらしいので、向こうの商会が手を出してくる恐れもある。証拠もなく言いがかりをつけてくるような連中は幾らでもいる。勇者のいる国で騒ぎを起こすのは避けたい。
ほとぼりを冷ます意味もあって、俺は暫く隠れて過ごすことにした訳だ。
決して、美少女奴隷ハーレムの夢が崩れたことや、折角出会えた美人さんがバカ勇者のお供として前線に戻ったこととか、我慢出来なくなって評判の良い夜のお店に行ったが、美人がいなくて街の暮らしに絶望したわけではない。
川の近くで暮らしたほうが衛生的なのではないだろうか? とさえ思う王都の衛生状態に耐えられなくなったのも理由の一つである。高い宿はスラムから離れている為、臭いも気にならないと思っていたら、高級な宿は一般人が泊まれなかったのだ。泊まれる宿はスラムよりの西側ばかりで、東側の商業区にある宿は相応の身分の客以外はお断りだった。
金に物を言わせて泊まろうかとも思ったが、大した宿でもないのに金を積むのも馬鹿らしい。
昨日のうちに拠点の作成や必要となりそうなものは粗方買い終えているのでさっさと街を出よう。何故か奴隷商が死んだその日にいきなり衛兵が取り調べに来て、時間を無駄に使うことになったが何とか揃えることが出来たのでよしとする。
日はすっかり落ち、街を囲む城壁の上から王都を見下ろす。暗闇に染まる街の北東にある王城の大きな明かりの他には、住宅地区と商業地区で僅かに明かりポツポツと見える。城壁ですら篝火はほとんどなく、見張りも巡回する兵士が僅かにいる程度である。
「前線からは遠ければこんなものなのだろうか?」と、欠伸をしながら辺りを見渡すこともなく、ただ歩いているだけの巡回を見てそう思う。
おかげで街から出るのは簡単だった。月のおかげで街から森までも明かりをつける必要もなく辿り着く。森に着くと、朝日で木の影になる場所で影の中に入り、寝具を鞄から取り出しさっさと眠ることにする。移動は明日からだ。
翌朝、俺は目を覚ますと濡らしたタオルで顔を拭き、朝食に昨日のガチャから出たフランスパンを取り出し、蜂蜜を塗って食べる。妙に硬いフランスパンと格闘しながら、日課のガチャを回す。
さて、本日の成果はどれほどか? 昨日の分と合わせてみてみよう。
銀:カード×42
金:カード×9 才能の実 赤い宝石みたいなもの
白:カード×2 魔力の源 リボン付きの包装された箱
二日で白金が四つとかなり良好な結果である。そしてよくわからないものがまた出てきた。鑑定が三枚出たので、残しておいた分と合わせると計五枚となる。鑑定は後回しで新カードを先に見よう。
まず銀の新カードがこれだ。
「消音」
文字通り、音を消してくれるのだろう。使いどころはありそうなので、二枚目が出たら実験したい。
「3進む」
判断に困るカードである。実験してみないことにはわからないが、三歩進ませるカードと考えて落とし穴とか罠に嵌める時に使えそうではある。
次は金の新カードを見てみよう。
「幸運」
名前通りの効果だと思うのだが、ガチャを回す前に使うと良いものが出たりするのだろうか?
明日にでも早速使いたいカードだ。
白金のカードは「サンダーバースト」と「消去」が出た。消去がこんなに早く出てくれるとは予想外である。「サンダーバースト」は新カードではあるが、バースト系があることは予測出来ていたので、特に見る必要はない。バースト系がどれほどの威力か知りたくはあるが、丁度良い機会が全くない。あっても困る気がするので悩ましい。
では鑑定タイムだ。
未鑑定品が色々あるが、今日出てきた物を優先する。ガチャレベルが上がった後で出た物なので、少し期待してしまうのだ。
赤い宝石みたいな物は「レッドジェム」と出た。見た目通り過ぎて用途がさっぱりわからない。
そしてプレゼントボックスと言わんばかりに包装された箱の名前は「プレゼントボックス」だった。鑑定のカードを返せと言いたい。
一体どんなプレゼントをしてくれるのかと、リボンを解いて箱を開ける。すると蓋を開けた直後に白い煙がぼふっと音を立てて出てきた。煙が晴れると箱は残っておらず、その代わりに中身と思われる白い袋がそこにはあった。
俺はその袋に触れると確信を得る。
米だ。
プレゼントボックスの中身は米およそ10kgだった。生米ならば水を入れて炊けばいいし、飯盒もある。これは良いものを手に入れたと思ったが、元が白金であったことを思い出すと何だか微妙な気分になってきた。嬉しいはずなんだが素直に喜べない。
鑑定はこれで残り三枚となった。
次に鑑定するのは未鑑定の剣だ。これもつい最近出たものと記憶している。近接戦闘は行わないが、便利そうな能力があるかもしれない。
「病魔の剣」
鑑定結果を見るなりGPに変換したところ、300GPとなかなかに高かった。うっかり手を切って病気になったりする可能性がありそうとか怖すぎるので、これは即変換で問題ない。
残り二枚だが、ここは取っておく。
幸運のカードの効果次第では、鑑定が幾らあっても足りなくなる。ただの願望と言ってしまえばそれまでだが、備えておくに越したことはない。
朝食を終え、出しっぱなしの寝具を鞄に詰め込み、後片付けも終えたところで影から出る。遠見を使い川を見つけると、その上流へと視線を移動させ目的の洞窟の場所を記憶する。
効果時間にまだ余裕はあったが、特に見たいものもないので終了させて影の中へ入る。
影の中を移動すること二時間。目的地を視認する。
距離も近いので影から出て周囲を見渡す。生い茂る木々の向こうに岩肌が見え、そこに流れる幅5mほどの川があり、その上流にある小さな滝の傍に洞窟はある。滝の裏に洞窟があったら秘密基地っぽかった。一応後で確認しておこう。
森から出て川に近づくと、片膝をついて手で水を掬う。冷たく透き通った水だ。口に含んでみるがおかしいところはない。これで腹を下さなければ飲料水にもできそうだが、念の為これからは煮沸してから飲むようにしよう。
水の確認も済んだので洞窟に向かう。暗くて奥行は見えないが結構深そうだ。ある程度の奥行は欲しいが、大きすぎると持て余す。洞窟の改造計画を練っていると、洞窟の奥で何かが光った。
気のせいかと思ったが、近づいてわかった。何かがいる。
俺は接近を止め、直ちに迎撃出来るように「探知」を発動させる。80mほど先の洞窟の中に何かいる。しかも反応が大きい。大型の生物がいるようだ。しかもこの形は…虫、だろうか?
ここから先制攻撃で仕留めた場合、最悪洞窟は使い物にならなくなる。虫の体液で汚れた洞窟とか住みたくない。俺は昆虫が苦手なのだ。
何かがいるのは間違いないので、取り敢えず誘き寄せたい。何か良いものはないかとカードを漁る。そしてすぐに見つかった。
「3進む」
本日出たばかりのカードである。早速洞窟に居る虫を対象に使用する。すると出てきた。大きな足で一歩、二歩、三歩と前に出ると、真っ黒な虫の頭部が洞窟から出てきたのだ。
まるで巨大な蟻を連想させる。虫の癖に高さが俺と同じくらいあるのだ。
強制的に前に進まされたことにでも怒ったのか、巨大蟻が洞窟から出てくる。
「大きいねぇ」
その姿を見て思わず漏らす。6m以上はあるその大きさに驚くも、脅威は一切感じない。距離はまだ70m以上あるし、万一を考え「ウインドシールド」を発動させる。探知の効果はまだ十分あるし、すぐ近くには森がある。負ける気がしない。
俺は一歩前に踏み出す。巨大蟻は俺を見てどう思っているのだろう?
やはり餌か何かだろうか?
まあ、これだけ巨大な生物ならば目につくものは皆餌だろう。挑発するように俺は蟻に向かって進む。それに反応してか蟻もこちらに勢いよく向かってくる。しかも結構速い。
一瞬にして蟻との距離は40mを切り、そろそろ良いかと「サンダーアロー」を発動させようとしたその時―蟻が口を開け、液体を噴射してきた。蟻っぽいし蟻酸だろうか?
霧吹きのように拡散した酸が吐き出される。サイズがサイズなだけに霧ではなくもはや散弾である。酸だけにな。
だが酸はウインドシールドに阻まれ俺に触れることも出来ず地面に落ち、酸で焼くようなシュウシュウという音を立てるだけに終わる。
危機感知のお守りに反応がなかったので予想通りの結果だ。やはり脅威ではなかったようなのでさっさと始末しようと、準備していた「サンダーアロー」を発動。目標を違えることなく頭に命中。だが、蟻は動きが鈍くはなったが、まだこちらに接近してくる。
流石昆虫、生命力が凄いと言わざるを得ない。次は「サンダーショット」で足を破壊しようと発動させたところで、蟻も再び酸を吐いてくる。放たれた四発のサンダーショットは顎、胸部、前足に命中。蟻の酸はシールドの防御を破れず先ほどと同じ結果に終わる。
酸弾ではなぁ!
足の生えている胸部のダメージが効いたのか蟻がフラフラしている。顎と前足も一本破壊されており、もはや死に体だ。甚振る趣味もないので「アースボルト」で下顎から頭部の付け根までを完全に破壊。頭部が地面に転がり、巨大蟻は完全に動きを止めた。
そして倒してから気がついた。この残骸をどうしよう、と…
結局、いつも通りの保留で先に洞窟を見ることにする。戦闘中だったらボール系で木っ端微塵も出来ただろうが、終わってしまったので処分に使えそうなカードが金にしかない。保留もやむなし、である。
洞窟の前まで来てわかったことがある。思った以上の大きさに鞄に入れた資材では心許ない、ということだ。高さは3m足らず、横幅が5mはある。奥行はと言うと…ペンライトで照らしてみるが奥が見えなかった。
探知の効力がまだ切れていないので探ってみたところ、どうもこの洞窟は直線ではなく、滝に向かって曲線を描くように出来ているようだ。地形を大まかに把握したところで探知の効力が切れた。ドーナツを四等分したみたいな形だった。
どの道、中に入って調べる予定だったので問題はない。ペンライトを片手に洞窟に入っていく。ゴツゴツとした岩肌に触れると冷たく、奥に行くに従い湿り気を帯びていく。入口付近はともかく、奥は湿気が酷いことになりそうだと心配する。
最悪、ここは拠点に使えないかもしれないと思いながら調査を続けていると、不意に危機感知のお守りが俺の頭の中で警報を鳴らす。思わず影の中に入ったが、それはすでに俺に取り付いていた。背中から首にかけて何かに取り付かれたらしく、俺と一緒に影の中に入ってきたのだ。
俺は首の後ろに手を回し、へばりついたものを引き剥がす。それと同時に掴んだ手に激痛が走り、反射的にそれを投げ捨てた。すぐに「治癒」を発動させて傷の回復をさせる。掴んでいた時間は一瞬だったので、治癒でも十分回復可能だった。
投げ捨てた何かと距離を取り影から出る。当然、俺が影から出れば俺を襲った何かも影から排出される。ペンライトを向けると、俺を襲ったものの正体が何かわかった。
ゼリーのような透き通る青い色をした不定形生物…そう、所謂スライムだ。しかもゲームで見かけるデフォルメ化されたような可愛い外見のものではなく、リアルな不定形生物である。となると、アレを掴んだときの痛みはスライムに溶かされたからと見ていい。もしも反応が遅れていたら結構怖いことになっていたかもしれない。確認してみたが服も溶けていた。
そう言えばゲームだとスライムは雑魚敵扱いされがちだが、実際はかなり凶悪な性能を持つ生き物になるとか、そんな話を聞いたことがある。不定形生物であるため、どんな場所にでも潜める上に物理攻撃が効きにくく、強力な酸で獲物を溶かす様はまさに捕食者。ゲームでも共通する点は知能が極端に低いことか…まあ、目の前のアレのどこに脳みそがあるのか、と言われれば納得もいく。
どうやらスライムは俺を獲物と見たらしく、真っ直ぐにこちらに向かって体を伸ばして向かってくる。だが悲しいかな、その速度は俺の徒歩と変わりがない。体を伸ばしても1mにも満たないその姿を見て、俺は少しスライムを哀れに思った。それと同時に閃いた。
そうだ。このスライムにあの蟻を処理してもらおう。
スライムはこちらを追ってくるので、つかず離れずの距離を保ち蟻の死骸に誘導する。そして俺とスライムの間に蟻が来るように調整して、スライムが死骸に取り付くの待つ。スライムは蟻の死骸に気付いたようで、すぐに目標をそちらに変え、体をめいいっぱい伸ばし死骸を溶かし始めた。
これでよしと言わんばかりに両手を腰に満足気に頷く。洞窟に戻る時にスライムの横を通ったが、俺に目もくれず一心不乱に蟻を溶かしていた。狙い通りだ。
その後、洞窟の調査を終えて、入口付近ならば湿気の問題もないと判断し、そこに拠点を作成することに決める。俺は黙々と木の板を平になるように敷き詰める。段差が出来そうな部分には川から取ってきた石を使って調整した。そうして床が完成し、買っておいた余分な布団を使いソファーもどきを作る。意外と良い出来だったので誰かに自慢したくなった。
それから鞄を圧迫しないように、拠点に物を置くためのチェストや棚を作成する。食料等、鞄の容量をやたら食う物が多いのでこれは必須である。パンツとか二百を超えた時点で数える気を無くした。ちなみにレベル上がってパンツの種類も増えた。局部に穴の空いたエロパンツとかな。これ以上上がったら一体どんなパンツが出てくるんでしょうかねぇ?
チェスト三つに棚二つを作り終え、俺は一息をつく。雨が入ってこないように洞窟の入口に陽差しも作成済みで、大分形になってきたのではないだろうか?
休憩がてら、俺は洞窟の外に出て体を伸ばす。そこでもうじき夕方になるくらいに時間が経っていたことに気がついた。昼食を取るのも忘れて作業に熱中していたようだ。昼飯を食い忘れていたことに気付くとすぐに腹が鳴る。
今日は米も手に入ったことだし、インスタントの味噌汁も出ている。これと適当に野菜を炒めて食べよう。主菜がないのは寂しいが、久しぶりに満足のいくまでご飯を食べよう。
早速米を取り出し飯の支度に取り掛かる。かまども作っているので火の扱いも万全だ。川から水を汲んで来なければと、川に向かおうとした時、それは俺の目の前にいた。
スライムだ。
但し、前に見たときより三倍以上大きくなっている。小さい時は可愛くも見えたが、この大きさになるとそうでもない。
蟻を食い終わったので住処に戻ってきたのかと思っていたら、俺の方に向かってくる。そう言えば、ここを拠点にしたらこいつが付いてくるのか。知性を持たない相手だから共存は無理かと「ファイアボール」をいつでも撃てるようにしておく。
そこで「知性」という単語に引っかかった。
そう言えばそんなアイテムもあったな、と「知性の実」の存在を思い出す。○○の実シリーズでは最も数が多く、現在四つ所持している。これは一つくらいなら実験も兼ねて使ってみてもいいかもしれない。
俺は鞄の中から知性の実を取り出すと、こちらに向かってくるスライムに向かって放り投げる。スライムに当たった実はその体にくっついたかと思ったら、煙を立ててスライムに溶かされ吸収される。
するとスライムが体をブルっと大きく震わせたかと思えば、ぐねぐねと体を捻るようにプルプル震えだす。そして震えが止まったかと思えば、だらりとその体を横たえる。まるでゲームに出てくるスライムのように丸くなったまま動かなくなった。
何が起こっているかわからないまま、俺はその光景を眺めていることしか出来ず、腹の音で水を汲むことを思い出して川に向かった。
川から戻ってもスライムは丸くなったまま動いておらず、どうしたものかと考えているうちに夕食が終わる。日が暮れてもスライムはじっとしていたので、影の中に入ってその日は寝ることにした。