2-4:交渉
「ええ…ですから森の中で休憩していたところ、突然襲われたのです」
アナリーズに案内された門の詰所で俺は尋問を受けていた。殺風景な密室で、机一つに椅子二つのみがある。
こちらに抵抗する意思がないことを察してか、乱暴な振る舞いもなくスムーズに話をするに至る。持ち物を取られたりすることもなかった。ちゃんと話が出来る人間もいるもんだ。それがあんな美人なら尚更である。
だが、悲しいかな。取り調べ中に美人さんが席を立ち、バカ勇者の方に行ってしまったのだ。それと入れ替わるように衛兵が入ってくる。美人と二人っきりから一転、衛兵のオッサンと二人っきりである。
「何をしでかすかわからないから仕方ない」と言っていたが、どうもあのバカ勇者の付き人と言うよりお目付け役の方がしっくりくる。苦労してそうだな。
「馬鹿と鋏は使いよう」と言うが、馬鹿が鋏を持ってる現状をこの国はどう思っているのだろうか?
戦力にはなるから我慢して使っているのだろうが、俺なら間違いなく切り捨てる。だって頭悪いだもん。
まあ、騎士二人の対応を見る限りは、あのバカ勇者も「長くはないのでは?」と思えてならない。さっさと俺の秘密を抱えて死んで欲しいが、そうなると抜けた穴を埋める候補に俺が来るのも予想出来る。それはもっと困る。
召喚された者を「勇者」と呼ぶようだが、その役を演じる気は微塵もない。こちらに来て如何に日本での生活が恵まれていたかわかった。こっちの世界は生活レベルが低すぎる。
異世界には異世界なりの良いところもあるのだろうが、今はまだそれを享受しておらず、むしろ嫌な部分ばかりが目立つ。そこに勇者だなんだと束縛されるとか、最悪利用されるだけされて終わりそうな気がしてならない。
はっきり言って現状は「帰りたい」の一言だ。ファンタジー成分もそれなりに味わった。命あっての物種とはよく言ったもので、この世界で安全に生きるには力がまるで足りてない。それが今回の件でよくわかった。
だからこそ、俺はバカ勇者と話をする必要があった。召喚された者ならば、必ずや尋ねるであろう元の世界への帰還方法。それを奴に聞く必要がある。その為にも、ここは事をこれ以上荒立てるのは得策ではない。幸いなことに交渉材料はある。この尋問も騎士二人がいなくなったことで、解決も容易くなっている。
「いきなり襲われたとは言え、どうも勇者様は森の中に潜んでいた私を賊か何かと間違えたのだと思われます。私も半分眠っていたところを襲われたので、相手を賊と勘違いしてつい応戦してしまったのが、今回の事件の全容ではないかと思うのですが…どうでしょう?」
そう言って鞄の中から金貨五枚を取り出して椅子から立ち上がると、尋問を担当した衛兵の机に一枚ずつ金貨を重ねていく。そう…解決法とは、金である。
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。効果覿面にも程がある。だが、俺のターンはまだ終わっていない。
「このままでは、お互い不幸なすれ違いのままだと思うのですよ」
勿体ぶるように言葉を一度区切り、両手を後ろに部屋の中を歩く。そして金貨をさらに五枚取り出して、衛兵の目がそちらに行ったことを確認する。
「だから、あなたの力で私にチャンスを与えてくれませんか?」
この誤解を解くチャンスを、と続けながら金貨を一枚ずつ机に重ねる。
取り出した合計十枚の金貨は衛兵の前に揃えられた。その答えは語るまでもなかった。
「おい! これはどういうことだ!? 何をしやがった!」
部屋に入るなり噛み付かんばかりの勢いで食ってかかる。当然ながらお目付け役の騎士にも外れてもらっている。金貨十枚は流石の威力だ。
「なあに、ちょっとした取引でもしようと思ってね」
「はん、応じると思ってんのかよ?」
初めから喧嘩腰のバカにため息をつきたくなる。自分の置かれた状況を理解していないようだ。
「わかってないようだから説明してやる。勇者であるお前が、ここで負けた件は間違いなく報告される。お前が幾ら口止めしようが、あの騎士二人は報告する。ここまではいいな?」
考えるような素振りを見せる辺り、何となく不味いことくらいわかっていると思いたい。
「どこの誰ともわからない奴を相手に敗北した勇者を、上の連中はどう思う?」
そこで漸く言いたい事が伝わったようで、自分の価値がなくなりつつあることを察したのか視線が泳ぐ。
「そうなるとお前は間違いなくこう言うだろう。『負けた相手は勇者だった』と…」
頭の中で整理しているのか、視線を下げうんうんと頷いている。
「それが困るんだ。俺は勇者なんぞやりたくない。誤解のないように言っておくが、俺は元の世界に帰りたいだけだ」
「ああ?」
やっぱりわかっていなかった。
「戦争をするために異世界人を召喚しているんだ。勇者になってしまえば、帰還方法を探すことが出来なくなるかもしれない。と言うより、帰ってもらっては困るだろうから邪魔されるだろうな」
「…確かに」
少しの間を置き、そう呟くのが聞こえた。流石にこの内容は理解出来たようだ。では、本題に入ろう。
「お前が召喚された時、帰還方法は尋ねたか? 俺は尋ねた時にこう言われた『ここにはないが、魔王辺りがそんな秘術を持っている』とな」
「ちょっと待て。俺は『送還の秘術は魔王が妨害している為使えない』と言われたぞ」
俺が聞いた答えとは違う答えが返ってくる。まあ、そんなことだろうと思っていた。
あの豚王は魔王の持つ秘宝や領土でなら帰還に関する情報が得られるだろうと言った。だが、勇者召喚の本家であるロレンシアでは魔王が帰還の術を妨害していると言っている。共通点はどちらも魔王を倒すことが帰ることに繋がるということだ。
確信とまではいかないが、帰還方法は現状ないと見ていい。嫌な情報である。
「何で答えが違うんだ…いや、それよりお前は一体いつ召喚された? 俺より前か? 後か?」
デビットはどうもこの国の言うことを信じていたらしく、動揺が手に取るようにわかる。
「ああ、俺はローレンタリアで召喚された。ところが持ってたギフトが気に入らなかったらしくてな。これまで召喚された奴らと同じように、次の召喚の為の材料にされそうだったから逃げてきたんだよ」
「待て、お前何を言ってるんだ?」
言ってる意味がわからないというように、デビットが口を挟む。
うん、そりゃ知らないだろうね。俺が召喚する側だったとしたら絶対隠す。
「ああ、勇者召喚には『ギフト所持者』を生贄にする必要があるんだよ」
俺の言葉にデビットが呆然となる。
この事実があるからこそ、俺は取引を持ち出した。そしてこいつは嘘を感知出来る。幾ら馬鹿でもそろそろ気付くだろう。自分の価値がなくなれば、待つのは次の召喚の生贄にされる運命だということを。
「嘘、だろ…?」
「それを見抜ける能力を持ってるだろ?」
「俺の能力だって完璧じゃない…」
デビット君、目が泳いでいますよ。「絶対感知が聞いて呆れるな」そう煽りたくなるが我慢だ。
「俺が影の中に入れるのは知ってるな? 俺は自分の処遇を巡って、王の側近二人が話し合っているのを聞いた。そこで得た情報だ。精度は極めて高い」
それに連中は俺を殺さずに、睡眠薬を盛って拘束しようとしていた。そう付け加えて締めくくる。
今の言葉で明確に自分の未来が見えたのか、デビットの目に恐怖の色が浮かぶ。
ここらでいいだろう。
「さて、と…それじゃ、その辺も含めて、取引といこうか」
「あ?」
言葉に元気がない。かなり思考がネガティブになっているようだ。
「俺はお前を死なせる気はない。安心しろ。それを含めての取引だ」
信じられないと言った顔でこちらを見る。
「俺がお前に求めるのは『俺に関する情報の秘匿』だ。当然、こちらもお前に関して知り得た情報は秘匿する。次に、俺がお前に提供出来るものがこれだ」
そう言って取り出したのが「力の指輪」である。
「『力の指輪』というマジックアイテムだ。詳しい性能は調べていないが…まあ、名前の通りだろう」
デビットが机に置いた指輪を指で摘むと見入るように眺めている。
流石に効果がわからない指輪だけでは心許ないのか、その表情に変化は見られない。となるともうひと押し必要だろう。未鑑定の物を渡すのはちょっと惜しい。どんな能力があるかわからないからね。鑑定済みの装備品は数が少ないので候補は限られてくる。これを出すしかないだろう。
「そしてもう一つ」
そう言って鞄から「氷の魔剣」を取り出す。近接戦闘なんて肉体能力的に出来ないことが判明し、無用の長物と化した魔剣である。
「『氷の魔剣』という名前だから…まあ、そのまんまの性能だ」
能力に関してはさっぱりだが、金から出るアイテムである。性能は良いはずだ。
「この二つを進呈しよう。どちらもほとんど使っていないので新品同然だぞ。これらを使って力を示せば、切り捨てられるようなことにはならないだろう」
「どうしてそこまですんだよ?」
まあ、疑問に思うのは当たり前だな。嘘をつかずに返答するってのは意外と疲れる。
「簡単なことだぞ? 俺は帰還方法を探すことになる。だが、探してる最中に魔王とやらが世界を掌握したらどうなる? それに魔族領土を探すとなったら、人類の領域となってる方が安全だろう?」
「嘘は言っていねぇな…けど、何を隠してやがる?」
本当に面倒くさい能力持ってるな。
「影の中は探知スキルでもなければそうそう見つからないんだよ。だから殺すと不都合があって、能力を知っていて探知出来るお前が敵に回るのを避けたい」
どっちかというとこっちの方が本命だな。こいつの他にも勇者がいるのはわかっている。タッグでも組んで襲われたら逃げ切る自信なんてない。
「一つだけ条件がある」
内容によるが、一つくらいならいいだろうと頷く。
「もしも帰還方法がわかった時、それを俺に教えてくれ。そして方法を手に入れた場合、俺が望むなら元の世界へ帰してくれ」
「…わかった。但し、何かしら制限があったりした場合は…」
「ああ、わかっている」
こうしてロレンシアの勇者「デビット・ジ・ローセン」との取引を終える。詰所から出る前に、あの衛兵にもう一度金貨を握らせる。「あなたのおかげで誤解が解けた。だけどこんなことで勇者様を煩わせたとなれば、周りに笑いものにされてしまう」と言うのが建前。ただの口止め料だ。俺の情報は出来るだけ止めておきたい。
さらに金貨が二枚増えたことで、笑いが止まらない衛兵は終始笑顔で口だけ共感していた。頭の中では金の使い道ばかりを考えていただろう。
詰所から出たところで騎士二人と出くわす。今回の件はお互いが納得の行く形で解決したことを報告する。その結果が予想外だったのか、二人は驚いていたが、俺が持っていたマジックアイテムを譲渡することで収めたと言うと納得した。
バカ勇者はどうもこの二人からは「強欲で我侭に加え暴力的な人間」という評価を得ており、何が何でも俺を死刑にしようとすると予想していたそうだ。俺と同じ予想だな。
ともあれ、勇者と衝突してしまったことは事実で、早めにこの街から立ち去らなければならない。残念ながらここでゆっくりしていると、新たな問題の発生が懸念される。幸い、あの勇者は俺の持つスキルについては何も言ってこなかった。聞かれていたら「アイテムを生み出す能力」と説明するつもりだったが、渡した物の性能次第では大事になる。
流石にそこまで性能は高くないと思うが、こちらの基準もアイテムの能力も碌に把握出来ていない。聞かれなくて本当に良かった。これ以上の頭を悩ませる懸案は増えて欲しくない。
しかしあのバカは事実を述べただけでこうも勘違いをしてくれるとは思わなかった。ローレンタリアの豚王共は本当に最低だったが、ロレンシアもそうだとは限らない。何より、勇者を複数擁していることからもわかる通り、豚と比べて使えると判断する基準は甘いと見ていい。召喚には生贄以外にもかなり金がかかるようだし、折角召喚した勇者をそんな簡単に処分する訳がない。
国は不信感を持たれ、強くなったバカを扱いにくくなる。同じ勇者同士で連携を取ろうと動くことも予想され、国と勇者の間で信用がなくなれば俺への脅威度がぐっと下がる。数の暴力も怖いが、強大な力を持った個はもっと怖い。おまけに今回の件でデビットは俺の敵に回ることもないだろう。念の為に次に会った時にもう一つ何か渡しておこう。
俺が帰還方法を探している間、俺の安全の為にも魔族と存分に戦ってくれることを祈ろう。俺はさっさと街での用事を済ますべく、人ごみの中に入っていった。