2-3:ゲス野郎VSクズ野郎
それから僅かな攻防があった。
相手が本気になってわかったことは、デビットの攻撃は俺のウインドシールドを破れない、ということだ。
これは大きな情報だ。
デビットの攻撃は剣と魔法。魔法は光と熱によるものばかりで、それ以外はないと見ていい。光の魔法で影渡りを封じられたのは痛いが、カードによる防御が破られないとわかれば怖くない。シールドの展開中は、危機感知のお守りの警報も鳴らないことで確信を得た。
問題はこちらの攻撃が尽く避けられるか防がれるかしていることだ。これまで使用したカードはウインドシールドが三枚にウインドアローが三枚。アクアショットが二枚である。使用カードに偏りがあるのは、あまり色々使えると余計な疑問を持たせることになりそうだからだ。
現状お互いが何らかの切り札を切らない限り膠着が続く。そして俺は切り札なんて切るつもりもなければ、これ以上カードを使うことすら惜しくなってきている。シールドは一度展開させれば、自分で解除しない限りしばらく維持出来る。シールドの使用枚数から考えれば、攻撃カードの使用頻度はかなり低いのは、やるだけ無駄と判断しているからだ。
「そろそろいいだろ? ここらでおしまいにしないか?」
またしても無駄な攻撃を弾いたところでヤンキー勇者に声をかける。
「はん。ネタ切れでもうギブアップか」
俺はこの返答に違和感を覚える。
どちらかと言えば、面倒になってきたので切り上げようという意味合いが強かったのだが、相手の「絶対感知」とやらはどう捉えたのか。
「正直に言うと、こんなところで奥の手とか使う気がない。そもそも戦っている理由ってのがお前の勘違いだからな」
大体おかしいのだ。「絶対感知」とか言いながら、特に敵意を持ってるわけでもない俺を何故敵と見なした?
答えは二つ。スキルを偽っているか、わかっててこっち攻撃してるか、である。
「お前にはなくても俺にはあるぜぇ」
「一体どんな崇高な理由がおありなんでしょうかね、勇者様?」
小馬鹿にするようにやや丁寧な言葉で聞く。まあ、安っぽい挑発だ。
「ほんっとにムカつく奴だな」
そしてその挑発に乗る自称勇者。こんな勇者で大丈夫なのか?
「まあ、いい。理由ねぇ…大アリだぜぇ?」
俺の心配でも感知したのか、すぐにニタニタとした笑いを浮かべて平静を装う。
「てめぇも、勇者だろうが」
はい?
「てめぇも召喚されたクチだろ? だったら勇者だろうが。その勇者が何でこんなところでこそこそ隠れてやがる」
完全に予想外の異世界人である事実を突きつけられ、俺は呆然とする。
「大方、戦争の行方がわかったあとにノコノコやってきて、勇者と名乗って美味しいとこどりするつもりだったんだろうが」
何だ? その下衆な勘ぐりは。
こいつの思考は一体どうなっている?
呆然とする俺を余所にデビットが続ける。
「気に食わねぇんだよ。こっちは危険を冒してでも地位を手に入れて、ようやく今の生活を手に入れてんのによ。てめぇは隠れて安全な場所からそれを手に入れようとしてやがる」
「ああ、要するに下衆な勘ぐりの八つ当たりでこっち攻撃してきたわけか。このゲス野郎」
「ああ? 図星突かれて言い訳してんじゃねぇよ。卑怯者のクズ野郎が」
俺は敵意を持ってデビットを睨みつける。相手もこちらを睨み返す。
どこの不良だ。
だが、退く気はない。こっちの事情も知らない癖に、勝手に決めつけて殴りかかってくるような頭のおかしい奴に遠慮なんてする必要はない。
俺が召喚された異世界人であることをどこで見分けたかについては後回しでいい。今はこいつを叩きのめす。金のカードを解禁だ。範囲攻撃のストーム系なら避けようがないはずだ。
「こえー顔してんなぁ? でも、勇者を殺せばどうなるかくらいわかってんだろうなぁ?」
ニヤニヤと笑いながら権力を盾に脅してくる。とんだゲス野郎だ。
「ああ、わかっている。戦争する戦力欲しさに勇者召喚してるんだ。お前殺して、その代わりと言って自分を売り込めばいい」
「ああ?」
予想外の返答だったのか、それとも理解出来なかったのか疑問を声に出す。
「お前の代わりにお前以上の戦力が手に入るんだったら、文句なんか出るわけないだろ」
馬鹿だろお前、と付け加え煽ることも忘れない。
デビットがしばし固まった。まだ理解出来ないのだろうか?
「は! やっぱり取り入るつもりじゃねぇか! このクズ野郎が!」
あ、ダメだこいつ。頭が悪いから話が通じない。
話すだけ無駄と判断して早速「ウインドストーム」のカードを発動させる。その瞬間、暴風が指定した範囲に吹き荒れる。バカ勇者はすぐに避けられないことを悟ったか、光る防壁を周囲に展開する。
周囲の木々がズタズタに引き裂かれる。その中で防壁を二度張り直すことでウインドストームを凌ぎ切ったバカがこちらを睨みつける。
「やりやがったな…!」
やったらどうだと言うのだ。
どうせ殺すんだからもう手の内を明かしても問題ないなと、次は「サンダーランス」をお見舞いしてやろうとしたところで、ランス系のカードが鞄の中にあることに気付く。カードが増えすぎたのでポケットの中には全て入らず、緊急用に使えそうなもの以外は取り敢えず鞄の中にしまっておいたのだ。
ランス系の実験も兼ねたいので、鞄から取り出して使うことにする。絶対感知とやらで避けられるかもしれないが、それはそれで良いデータになる。勇者の強さがどの程度かを測るには、もっと情報が必要だ。
こいつを殺せば、今後敵対することになるかもしれないのだ。同じ勇者ならその強さを予測する良い材料になるだろう。脅威度の把握はこの世界で生きるのに役に立ってくれるはずだ。ドラゴンとかもいるそうだからな。
そう考えると目の前のバカ勇者が丁度良いモルモットに思えてきた。こちらの防御能力を突破出来ない適度な強さを持った実験体だ。折角なので色々なカードを試すのもいいかもしれない。
「てんめぇ…いい度胸してんなぁ!」
「ああ、そう言えば『絶対感知』とか言ってたな。ってことはわかってるんだよな?」
バカの意思など知ったことかと言わんばかりに、こちらの都合を押し付ける気でいると感づいたらしく吠える。
「勇者とか調子乗っておいて、モルモットにしか見られてなくて今どんな気持ち? ねぇ、今どんな気持ち?」
定番の煽り文を良い笑顔で口にする。
「ああ、死んだわ。お前、死んだぞ!」
弱い犬ほどよく吠えると言うが、本当によく吠える。
適当に「はいはい」と流して目的のカードを取り出したところで、頭の中で警報が鳴る。シールドが切れたかと思ったがそうではない。目の前のバカが腰だめに剣を構えており、剣が眩いばかりに光を放っている。
「まさか、こいつを使うことになるとは思わなかったぜぇ…覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
シールドはまだ持続する。なのに警報が鳴っている。つまり防御が破られる。
「それが奥の手か」
出した結論が口に出る。
「はっは! 焦ってんだろう!? そりゃご自慢の防壁が破られるってことだよなぁ!?」
これは不味い。こっちの焦りを感知されたらしく、それがこっちの防御を破る確信に繋がったようだ。意外にそこまで頭が悪くなかったことにびっくりだ。
だが、残念。こちらのほうが早い。
俺は「サンダーランス」を発動させ止めを刺しにかかる。発動を念じると同時に俺の周囲に三本の雷の槍が形成され、アローのような速さでデビットに向かう。
「はっ!」
その一撃を一歩も動かずに、笑い声を上げ全て剣でなぎ払った。目にも止まらぬ早業である。
完全に予想外の結果に俺は声すら出なかった。
「死ねよ」
死の宣告と共にデビットが真っ直ぐこちらに飛んでくる。膨大な力をまとった剣が振り上げられる。頭の中に警報が痛いくらいに鳴り響く。まだ距離があるにも関わらず、剣が振り下ろされた。
放出された力が高速で向かってくる。ウインドシールドを破壊し、目標へと辿り着く直前に俺はあるカードを発動させた。
パァン! とシールドが弾けとんだ音が響き、無傷の俺がそこに立っていた。
使ったカードは「消去」。俺は剣から放たれたエネルギーを消したのだ。もし一瞬でも遅ければ恐らく死んでいただろう。恐怖は安堵に変わり、怒りへと変わる。
こいつは俺に切り札を切らせた。貴重な白金カードを使わされたのだ。今ならレアカードをダメにされて怒ったカードバトル漫画の社長の気持ちが良くわかる。
「何しやがった!?」
先ほどの一撃を防がれると思ってなかったバカが喚く。あれだけ強力な力をまとっていた剣は、光を失い元に戻っている。警報も鳴り止んでおり、もはや先ほどの力がないことを告げている。
奥の手であった以上、もう一度来ることはないだろうと思うが、もしまた剣を構えたら今度は構わずストームとランスをぶっぱなそう。
「答える必要あんのかよ」
取り敢えず、先ほどの予定通りサンダーランスを使用する。勇者相手にこれがどの程度効果的かで今の俺の戦力も測る。切り札を失ってしまったので、こいつにはしっかりと役に立ってもらわなければならない。
三本の雷槍がデビットを襲う。一本を剣で払い、もう一本を避けるも最後の一本を躱しきれず脇腹に被弾する。
「がぁあああああっ!」
電流が流れたのだろうか? 被弾と同時に周囲が放電するようにバチバチと鳴り、痛みに耐えかね剣を手放し両膝を地面につく。
雷は生物相手には有効だろうと思っていたが、サンダーランスは予想以上に強力なようだ。直撃でなくとも一撃で勇者を無力化出来る。いや、これは奥の手を使った反動で弱体化していた為、という可能性もある。もう少し色々と実験しよう。
「て、めえ…絶対、殺し、てやる…」
「はいはい」と生返事をして次にどのカードを使うか思案する。そう言えば、金の攻撃カードでソード系はまだ使ったことがない。
ならばこれにしようと鞄を漁りだしたその時―
「そこまでだ!」
森の入口の辺りから甲冑を着た騎士っぽい格好の二人がこちらに制止を呼びかける。そちらを振り向いて俺は言葉を失った。
声を聞いて、もしかしてと思った。そして遠目からでもわかる。
美人がいる。
それもかなりの美人だ。クール系の美人だ。少しキツイ目つきをしているが、細長い眼鏡とかすごく良さそうだ。ブロンドの短めのポニーテールがキツめの印象とのギャップですごく可愛くも見える。
「双方戦闘を止め、大人しく縛に付け!」
うん、やっぱりいい声だ。如何にも美人って声だ。近づくにつれ顔がはっきりと見えてくる。
まさしく北欧系美女と呼ぶにふさわしい。この世界に来て、初めての美女がこんなにもレベルが高いとは思わなかった。いや、ただ美人に飢えていただけかもしれないが、それでもかなりのものだ。スタイルは鎧姿なのでわからないが、騎士みたいだしきっと引き締まっていてナイスボディのはずだ。あ、もう一人はオッサンだから割愛する。
俺が美人さんに見とれていると、バカ勇者が息も絶え絶えに叫ぶ。
「おい! 早く、俺を! 助けろ!」
だがその叫び虚しく、二人は悠々と歩いてこちらに向かってくる。
お前、そんな性格だから嫌われてんだよ。勇者(笑)
俺がそのままじっとしていると、距離がつまり美人さんが動けないでいるバカを見てため息をつくと、俺を真っ直ぐに見つめる。
そんなに見つめられると素直にお喋り出来ないんですけど?
「さて…申し開きはあるか?」
美人さんの声にゾクゾクする。踏まれてもいいとか初めて思ったよ。
「申し開きも何も…いきなりそこの男が襲いかかってきて、危うく殺されるところだったんで返り討ちにしただけですが?」
てっきり賊か何かだと思いました、と悪びれる様子も見せず付け足す。バカが何か言ってるが無視。
「これでも一応我が国の勇者でな。その勇者相手に狼藉を働いたとあっては黙って返す訳にはいかんのだ」
言葉遣いが何だか騎士っぽい。キツめの美人さんが使うとこんなにも魅惑的なのか。
「正直に申し上げますが…その、あまりに品がなさすぎて勇者と言われましても…」
チラチラとバカ勇者を見ながら言葉を濁す。その言葉で再び美人さんがため息をつく。
憂い顔もいいね。
「たとえ品がなかろうが、勇者であることには変わりはない」
なんかこの人、このバカの所為で苦労してそうだな。もう一人のオッサンも忌々しげにバカを見ている。
「取り敢えず、大人しくついていきますので、お縄は勘弁してもらえますかね?」
美人さんは考えるように顎に手をやる。美人は何をやっても様になるなと場違いな感想を抱く。
「いいわけ、ねぇだろ! てめぇは、死刑だ!」
このバカの台詞で台無しである。美人さんも頭を抱える。俺は「大変ですね」と同情するように労わる。
「わかってくれるか」とオッサンが初めて口を開いた。あんたに言ったわけじゃないがね。
「あ、申し遅れました。私は『リョー・ホワイトロック』と申します。宜しければお名前を伺っても?」
美人さん、あなたのお名前は是非聞かせて頂きたい。
「俺は『ハシャド・ジ・ドウラ』だ。爵位はあっても、そいつと同じでつい最近のものだ。気にしなくていい」
だからお前じゃねぇ、オッサンは黙ってろ。
「私は『アナリーズ・リ・ルクス』だ。不本意ながらそこの勇者『デビット・ジ・ローセン』の付き人をやっている」
なん…だと?
付き人…と言うことは、すでにお手つきなのか?
だが、明らかにアナリーズはあのバカを嫌っている。まさか無理矢理か?
何てうらやま…いや、けしからん奴だ!
勇者という肩書きをこうも有効活用…もとい悪用するとは…許せん!
しかしどれだけ義憤に駆られても状況は良くない。恐らくこれから俺を待っているのは取り調べだろう。となると、このバカが有りもしないことを喋るのは確実。これをどうにかしないといけない。
バカの毒牙にかかったとは言え、こんな美人を放っておくのも惜しい。何か手はないものかと頭を捻るが、何も思い浮かばない。
「さて…大人しくついてくるのであれば、縄をかける必要もない」
「ふ、ざけん、な!」
バカがそう言って歩きだしたアナリーズを罵倒する。体は少しずつ動けるようになってきているが、まだ上手く喋れないようだ。付き人と言いながら二人の騎士はバカを無視して街へと戻る。
どんだけ嫌われてるんだよ。
哀れみにも見た感情でバカを見ていると、あることを思いつく。別に今すべきことではなかったのだが、少し気になったのだ。人に鑑定のカードは使えるか? 使えた場合、見えるのは名前だけか?
バカ勇者に「鑑定」のカードを使用する。その答えがこれだ。
「ハーマン・カーソン」
出てきたのは名前だけ。だが「デビット・ジ・ローセン」なんて名前は出てこなかった。そして、鑑定されたことに奴は気付いていなかった。
これまでも幾つか疑問に思うことがあった。
絶対感知と言いながら、こちらの機微を読み違えているし、攻撃にも完全に対応出来ていたとは言い難い。何より、奥の手を消去した時に奴はそれを察知出来ていなかった。それどころか何をしたのかさえわかっていなかった。つまり、奴はスキルを偽っている可能性が高い。
そうとわかれば一つ釘を刺しておこう。余計なことをペラペラと喋られるのはよろしくない。
俺はどうにか立ち上がったバカに近づくとこっそりと耳打ちした。
「あまり余計なことを喋るなよ『ハーマン・カーソン』君」
その言葉にバカ勇者が大きく目を見開いた。わかりやすい反応だ。これで確定した。「絶対感知」なんてスキルをこいつは持っていない。もしくは名前だけのものだ。これだけ条件が揃えば、確信も出来る。だから次の言葉も問題ない。
「スキル…いやギフトと言うべきか。そちらも喋られたくはないだろう?」
俺は実にいい笑顔で「ハーマン・カーソン」君を脅迫し、小走りに二人の騎士に追いついた。