2-2:天敵
いつまでも考えていても仕方がない。
結局、俺は全部保留にした。問題の先送り以外の何物でもないが、今は生活を充実させることが優先される。それに漸く追手もいなくなり、自由に動けるようになったのだ。ここは奴隷の購入なども考慮に入れたい。
帰還方法を探す為の旅には連れていけないが、街に住まわせることも出来る。その金は奴隷商人からでも頂けばよい。連れて行ける手段があるならそれも良い。
丁度「遠見」を使って大きな街を発見している。というか恐らく王都と思われる。ローレンタリアの王都よりでかく見える。
奴隷産業は大陸全土に浸透していると聞いているので、ここでも買うことが出来るはずだ。奴隷に衣食住を提供してやる代わりに、家を維持させてつつ俺の相手をしてもらう。なんか愛人囲ってるみたいだな。だが、この世界の基準なら悪くない待遇のはずだ。
一緒に旅をする場合はどうなるだろうか。仮に馬車を使って何人かを連れて行く場合、馬の世話などは任せて賊の相手を引き受けることになりそうだ。賊を軽く蹴散らしたら惚れられたりするのだろうか?
うん、アリだな。
妄想が膨らみ、いてもたってもいられなくなった俺は昼食の後片付け済ませて街へと向かった。ちなみに後片付けとは、食べ終わったカップ麺をGPに変換で廃棄することである。
料理の才能とかがある奴隷とかいたら絶対欲しい。可愛い子限定でな。
もうじき夕方となろうというときには、王都の城壁を目視できる距離まで来ていた。流石は影移動である。まずは城門が見える位置に陣取り、どうやって入るか考えよう。
当然のことながら影は城門は疎か城壁まで続いていない。そしてどこを見ても街に入ろうとする人の中で、潜り込めそうな影はない。となると夜を待って侵入に決定である。
幾ら影の中であったとは言え、ここのところひたすら歩いていたので丁度良いとばかりに休息を取る。鞄の中の不用品整理でもしながら夜を待つ事にする。
それで鞄の中身を整理した結果がこれだ。
ガチャ
Lv31
4811450000P
186GP
銅と銀から出た要らないものを全てGPに変化させたところガチャのレベルが一つ上がった。
予想通り、銀から出たカード以外のものは大体が10GPに変換出来た。中には25Pとか40Pになるものもあったが、電力の確保が出来ないのに掃除機や電気毛布などあっても仕方がない。容赦なくGPに変換して鞄の空きを確保する。
次は鑑定だ。現在所持している鑑定は四枚。一枚は残しておくとしてどれを鑑定しようか。
候補としてはずっと鑑定し忘れていた白金から出たアミュレットと金から出た装飾品。あとは○○の実シリーズ。困ったことに白金で出た「魔力の源」と別にもう一種類白金があるはずなのだが、他の金と混じってどれがどれだかわからない。適当にまとめすぎたかと反省する。
ここはやはり白金のアイテムから鑑定したい。と言う訳で、白金のアミュレットを鑑定する。
「危機感知のお守り」
お守りになるのか。名前から判断するに、危険を教えてくれるお守りだろう。目の前で観察すると、網目状の球体の金細工の中に入っている真紅の玉が、その存在を誇るように怪しく光る。
なかなか便利そうなアイテムである。危険を察知したらすぐに「探知」のカードを使うことで、どこから脅威が来るか確認出来るはずだ。あとはシールド系のカードを使うか影の中に退避するかで、大体のことは対処出来るのではないだろうか?
今まで大した脅威はなかったからよかったが、これからどうなるかはわからない。アクセサリーとしてもデザインは悪くないし、服の中にも隠せる。これは常時身につけるべき有用なアイテムだ。
しかしこうなると他の金の装飾品も鑑定したくなる。効果によってはカードとの組み合わせ次第で強力になるかもしれない。
問題は名前しかわからないから、使い方とか正確な効果がわからないことだ。
どう見ても致命的だな。
「鑑定」のカードは一枚取っておくので、残り二枚を使用する。悩みに悩んだその結果はというと…
「剛力の腕輪」
「力の指輪」
レベルを上げて物理で殴れとでも言うのか?
おまけにこいつら、身に付けても腕力に変化が見られない。何かしら発動させる条件があるのだろうか?
だとしたら使い方がわからない現状は役に立たない。他の可能性としては割合で増幅で、元の値が小さすぎて変化がわからないとかも考えられるが、それはそれで悲しい。もしかしてお守りのほうも発動条件あるとかないだろうな?
いやいや、力が上がるのは一時的なブーストによるもので、感知はパッシブ…常時発動型と信じたい。信じてるからな?
やることも無くなったので待つしかなくなる。辺りが暗くなるまでなのであと二時間もない。街に入る人の列を、影の中から見て過ごす。
暇だなと思いながら城門を眺めていると、一人の男が出てきた。それを兵士が止めようとしているみたいだが、男が何かを言うと兵士が門へと戻っていく。
こんな時間から外に出るとか一体どんな用事があるのかと思っていたら、男がこちらに向かってくる。森に用があるのだろうか? だとしたら一体どんな用だろうかと、暇つぶしを兼ねて彼を観察することにする。
歳は二十歳前後で身長は180cmはあるだろうか? 茶色のツンツンとした頭にピアスをつけており、ブレストプレートをつけていなければどこぞのヤンキーかと疑ってしまう。
そのヤンキーが真っ直ぐこちらに向かってきている。進行方向がこちらなら観察のために動く手間が無くていいと思っていると、そのヤンキーがこちらの方に向けて声をかける。
「そこで隠れている奴、出てこいよ」
どうやら誰か隠れていたようだ。全く気がつかなかった。探知でも使って周囲を把握するか、と思っているとヤンキーがすぐに痺れを切らす。最近の若者はこらえ性がないな。
「出てこないなら敵とみなすぜ」
誰か知らんがさっさと出て行ってやれ。キレる若者は面倒くさいぞ。
「オラ、出てこい。フラッシュライト!」
俺は閃光で影の中から引きずり出される。隠れてる奴ってまさか俺のことか?
ともあれ冷静になれ。魔法以外に感知されないはずの影の中で感知された。そして魔力を持たない俺は魔力で感知されない。にも関わらず俺は見つかった。考えられる可能性は一つ。目の前のヤンキーが感知系のスキルを持っていることくらいだ。
「探知」のカードを使い、周囲に自分しかいなかったことを確認する。そこで気付いた。このヤンキー、城壁の辺りから俺に気づいていたことになる。なんともまあ、厄介なほどに有効距離の長い探知能力だ。
さらに俺の影渡りを感知出来る能力を持つということは、こいつは俺の天敵である。カードが幾ら強力でも俺自身は弱いのだ。となれば戦闘は避け、平和的に解決しよう。それに敵になるなら、後ろから刺すほうがずっと楽だ。
「…乱暴に引きずり出すなよ。あと『どこに』隠れているか言え」
自分のことだとわからなかったと付け加え、非難めいた口調でヤンキーに言う。相手に非があることをさり気なく付け足すことで、交渉を有利に運ぶ算段である。
「ああ? テメェ『勇者様』に対する口の利き方がなってねぇぞ」
ん? 今こいつ何て言った?
「有罪だな。勇者の傍でコソコソ隠れてやがるんだ。どうせやましいこと満載だろ? なら殺しても大丈夫だな」
え? こいつが召喚された勇者って奴?
「あー…一つ確認したいんだが?」
「ああ? 死ねよ」
こっちの話など聞く耳持たず、俺と距離を詰めてくるヤンキー勇者。俺は影の中に退避すると高速移動で距離を取り、森の奥へと向かう。
「うっぜぇんだよ! ライトフィールド!」
地面が光を放ち、周囲が照らされ再び俺は影の中から引きずり出される。光魔法という奴だろう。やっぱりこいつは天敵のようだ。それにしても問答無用とか短気にも程がある。マジで面倒くさいぞ。キレやすい若者。
「人の話くらい聞けよ」
呆れ気味に声をかける。
「ザコの話なんて聞く必要あんのかよ?」
嘲るように笑い飛ばす。殺る気満々だな。なら少し痛い目を見てもらうか。勇者とか言ってるし、殺すと面倒なことになりそうだ。
尚も距離を詰めてくるヤンキー。仕方がないから迎撃しようとアクアショットで牽制を試みようとした時、頭の中で警報がなる。そして発動させていた「探知」とお守りの反応がヤンキーの右手に何かが集約されていくことを教えてくれる。
俺はすぐさまウインドシールドに変更して周囲に展開する。その瞬間、ヤンキーが指を弾き何かを飛ばした。
バシュン! という破裂音が周囲に響く。防御に成功したようだ。
「ああ?」
予想外だったのか不機嫌を隠すことなく声を上げる。
「止めとけ。何をしようが無駄だ」
やれやれといった風に余裕を崩さない。こちらが優位であることをわからせれば、猿山の猿も引っ込むだろう。攻撃されたのは癪だが、先ほど鑑定した「危機感知のお守り」の効果がわかったことを考えれば差し引きゼロでいいだろう。
「随分と自信があるじゃねぇか。碌に魔力もねぇくせに」
どうやらこいつも他人の魔力を測ることが出来るようだ。地球人ではないのだろうか?
だが、魔力がないと言う奴に対する応答は既に完成済みだ。伊達にこの十日間、歩くだけの日々が妄想と共にあった訳ではない。魔力がないのに魔法を使うように見えるのだから、その理由はちゃんと考えている。
「ふっ…」
俺は鼻で笑い続ける。
「魔力が碌にない、ね…それはつまり、お前では俺の魔力を測れない。俺の隠蔽能力を…」
「嘘だなぁ」
俺の言葉を遮ってヤンキー勇者がニヤニヤと笑う。人の話は最後まで聞けよ。
「ああ、そうだ。忘れていたぜ。俺の名前は『デビット・ジ・ローセン』だ。『絶対感知』のギフトを持つ、二人目の勇者」
突然始めた自己紹介の中に不穏な言葉が混じっている。「絶対感知」という名のギフト…影の中にいたこちらの居場所を特定出来た以上、探知系の能力だとは予想はしていた。だが、こいつの口ぶりからすると…
「つ・ま・り! てめーの嘘なんざ丸分かりなんだよ!」
居場所も嘘も見破れるという事である。何て面倒くさい奴が勇者なんだ。
ギャハハと笑う品のない勇者を見ながら、ため息を吐くと後ろ頭を掻く。
俺は考える。
こいつを殺すべきか否か。本当かどうかはわからないが、相手は勇者を名乗っている。本当ならこの国で召喚された勇者と見ていいだろう。それを殺害するメリットはと言うと、俺の「影渡り」のスキルを秘匿出来ることと、安全を脅かしかねない存在の抹消。この二つである。
ではデメリットは?
まず、この国から追われることになる。これはまだいい。俺の情報が碌にないのだから、ローレンタリア同様、まず見つかることはないだろう。問題は、一人目の勇者だ。同じ勇者が殺されたとあれば、間違いなく敵対すると見ていい。そして、他にも勇者がいる可能性は十分に考えられる。
やはり殺すのは不味い。
適当にノックアウトさせることが出来ればいいのだが、曲がりなりにも相手は勇者だ。そう簡単にはいかないだろう。
「おーおー、やる気になったか、オッサン」
「俺はまだ二十七だ。オッサンじゃない。糞餓鬼」
「オッサンじゃねぇか」
俺は舌打ちすると臨戦態勢を取る。と言ってもただいつでもカードを発動出来て、魔法を使っても不自然に見えないようにするだけだ。
相手も腰にぶら下げた剣を抜く。構えることなく剣を手にした右腕ごとダラリと垂れており、左手をこちらに向けている。
ライトフィールドとやらの所為で影はない。ならばお守りの警報が頼りである。警報が鳴れば即座にシールドを発動させる。ヒールとハイヒールがあるので多少の無茶は利くかもしれないが、出来るならしたくない。
殺さずに戦えそうなカードは幾つかあるが、小手調べくらいはしておく。状態異常系のカードなら一瞬でケリが付くかと思ったが、睡眠は相手の周りに靄が出ていた。多分それで勘付かれるため勝算が低いように思える。麻痺は使ったことがないのでわからない。今まで使ったことがある物で試していくしかない。
面倒なことになったと心の中でため息を吐くと、頭の中で警報が鳴る。即座にシールドを展開し備える。ヤンキー勇者が人間とは思えない速度で突っ込んでくると同時に左手を突き出す。
「!?」
相手の行動を注視していたのが仇となった。デビットの初手は閃光。つまり目くらましだ。強烈な光が俺から視力を奪う。その隙を見逃さず、デビットが右手の片手剣で横薙ぎに払う。だがこれは展開されているウインドシールドが弾く。
それを待っていたかのように前方にアクアショットを発動させる。「ちっ」と舌打ちが聞こえ、デビットが距離を取ったことを探知が教えてくれる。命中はしたが上手く防いだのだろう。その結果がこの距離だろうか?
目が見えなくても案外戦えるものだと我ながら驚く。カードは本当に心強いな。
ショット系を防げるのであればもう少し威力があるものでも大丈夫だろう。ならば次はアローだ。銀の攻撃カードの中では最速を誇る。これでダメージがないようならボルトを当てよう。それでもダメなら金のカードだ。
ウインドアローを発動させ、自動で攻撃する前に目標を右腕に設定し発射する。攻撃用カードは目標を設定するだけなら、自動で有効的な箇所を攻撃する。精度の高いアロー系なら間違いなくヘッドショットになるので、今回は攻撃箇所を指定してやる必要がある。
だが、結果は予想外だった。目標へと向かったウインドアローが当たらなかったのだ。ヤンキー勇者は音速を超えた矢を防ぐのではなく躱したのだ。
まさか攻撃を事前に感知して避けることも出来るのか? 何だそのチートくさいスキルは。
「やるじゃねぇか…」
怒気を含んだ声…その声はこれまでのようなふざけていた声ではない。間違いなく今まであいつは俺を甚振って遊ぶ気でいた。だが、それが今変わった。
どうやらここからが本番のようだ。