1-13:お別れにテロを
俺はため息をつく。目を瞑り、意識を集中させれば見える「28000GP」という文字を何度も見返す。
GPって何だよ?
ガチャポイント?
グレートポイント?
さっぱりわからん。
ICBMのカードを変換して手に入れたわけだから、他のカードでも変換は出来るのか?
銀のカード「治癒」をICBMの時と同じように変換を試みる。
カード「治癒」を20GPに変換しました。
変換出来た。それにしても20GPか…やはり黒に比べると随分少ない。価値のあるものならどれくらいかと、金貨を変換しようとするもGPに変換出来なかった。ガチャから出たものしか変換出来ないのだろうか?
試しに色々な物をGPに変換しようとしたが全部ダメだった。ガチャ産なら何でもいけるかと、銅から出たガラクタを変換しようとすると1GPに変換された。これはいいと不用品を粗方GPに変換する。鞄整理の始まりである。
鞄の中がすっきりしたころにはGPは28896GPになっていた。銀と金でも試してみたが、どうやらレアリティによって得られるGPが増えると見て良さそうだ。ちなみに銀はカードで20GPになり、金は未鑑定のネックレスで300GPとなった。銅は一律1GPかと思ったら、カードは2GPだった。銀のアイテムも試したかったが、都合のいい物がなかったので保留だ。予想だと10GPになるのではないだろうか?
そう考えたら300GPだった金のアイテムは結構レアな物だったのかもしれない。
それで、問題はこのGPが一体何に使えるか、だ。
取り敢えずいつも通りGPを「使う」と念じてみる。だが、何も起こらない。それから色々と念じてみるも反応はなし。どうやらGPから何か反応するわけではなさそうだ。となるとガチャに何かを念じて使うのだろうか?
そういえばガチャにはポイントに変換したログや残高を知る機能がある。他にもあってもおかしくないし、それがGP関連である可能性だってある。よろしい、ならば総当りだ。思いついたものを片っ端から試していこう。
定番の「使う」はガチャ玉が出てきた。銀で「治癒」のカードだったのでよしとする。
「買う」は無反応。「購買」もダメ。
「強化」も違う。「強くする」や「拡張」もアウト。
「パワーアップキット」…これも違う。
「ステータス」…反応あった!
ガチャ
Lv1
4811948000P
28896GP
情報それだけかよ。わかり難いにも程があるぞ。だがGPの使い方は予測出来た。
俺はガチャに対して「レベルアップ」と念じる。
GPを消費してガチャをレベルアップしますか? Y/N
当然Yesだ。
選択をしてしばらく待つが、何の反応もない。疑問に思い再びステータスを表示する。
ガチャ
Lv2
4811948000P
27896GP
うん、レベル上がってるけど何のアクションもないのかよ。レベルが上げると何かあるかもしれないと上げ続ける。どうやら1000GPでレベルが一つ上がるようで、ぽんぽん上がっていく。流石は黒、推定最高のレアリティなだけはある。
ガチャ
Lv29
4811948000P
896GP
結果、こうなった。そしてこうなった。
ガチャ
Lv30
481948000P
0GP
銅のカード二枚と銀のカード五枚をGPしてLv30にしてしまった。数字が整ってるって素敵だからね、仕方ないね。取り立てて変化らしい変化はないが、きっと何か違っているに違いない。
では、早速本日の残りガチャ96回でレベルアップの成果を見よう。
結論から言おう。変化がわからなかった。ログを見てもレベルが上がったことを伝えてはいるが、他のことは一切なかった。本日のガチャもいつもと変わらず、黒が出たことを除けばいつも通りである。金以上は金のカードが五枚出ただけだった。
だが収穫もあった。新しいカードが出た訳ではないし、鑑定のカードも一枚しか出なかった。そんな不作を吹き飛ばす収穫、それがこれ「レトルトのご飯」である。「サ○ウのご飯」などの電子レンジでチンをすれば食べることが出来るご飯である。しかも三パック付いていた。ただ、パックには何も書かれておらず無地である。記憶が確かならばレンジで二分だ。玄関開けたら二分でご飯だ。
これは不作か? 否、豊作である。
鞄の中には親子丼の具が入ったレトルトパックを始め、中華丼のレトルトパックに牛丼まであるのだ。さらには炒飯の素まである。具材はないが麻婆の素もある。米やパンが出てくるのだから、いずれは豆腐も出て来るはずである。どこまでも夢が広がる。
「今日の昼は、親子丼にしよう」
俺は決意を口にする。大仰であると思うことなかれ、俺はこれから米をかっ食らうのだ。おにぎりでは満足出来なかったが故の渇望を、飢えを、渇き癒すために、これは必要なのだ。
米を食べるときはね、誰にも邪魔されず自由で、何と言うか救われてなきゃあいけないんだ。独り静かに豊かで…
よし決まった。街を出よう。街道から外れたらすぐに森があったはずだ。追手とか詐欺師とかどうでもいい、とにかく俺は米が食べたいんだ。夜など待っていられるかと言わんばかりに俺は宿を出る準備をする。
準備と言っても支度ではなく、慰謝料の徴収である。布団の質が悪くないので鞄に突っ込む。ガラクタをGPに変換したおかげで空き容量は十分だ。
ここで発見したのだが、どうやらこの魔法の鞄は入口以上の大きさの物も入るのだが、それを入れると通常よりも容量を大きく食うようだ。だが、寝具に容量をケチるような真似はしない。生活水準は少しでも上げておかないと、俺の精神がもたないのだ。
特に食べ物は深刻なのである。だからこそ、今日は米を食わなくてはならない。さっさと取るもの取って森で静かに満たされよう。
どれだけ情けない顔をしていただろう。
森の中で俺は独り寂しく昼食を取っていた。親子丼と言って良いかどうかわからぬものを、ノロノロとスプーンで口に運び咀嚼する。
俺は絶望した。
意気揚々と森に入り、適当に開けた場所で火を起こし、鍋に水を張って湯を沸かす。取り出したるはレトルトの親子丼の具のパックにインスタントの味噌汁。そしてパックのご飯一つ。丼にしたいが、丁度良い器がないので底が少し深い皿を使う。
時間を見計らい、インスタントの味噌汁に熱湯を投入。残った熱湯で親子丼のパックを温める。その間にご飯の蓋を少し剥がし、電子レンジに入れようとして気付く。
電子レンジなどないことに。
しばし呆然と立ち尽くすが、こんなことで挫ける俺ではない。新たにお湯を作りご飯を投入する。熱湯でも行けたはずだ。そう、米を炊くがごとく、熱湯でもいけるはずだ。普段自炊など全くしないが、これくらいなら出来るはずだ。そう思っての決断だった。
だが現実は厳しかった。
俺は米を炊くことも満足に出来なかったのだ。ベチャベチャになった米と親子丼の具を合わせ食べたときの俺の顔は、まるで死んだような顔つきだっただろう。お湯を入れるのではなく、お湯で温めれば良かったのだ。
米を無駄にしたこともそうだが、俺はパックの米も作れないほど料理に関する知識がないこともショックだった。これはつまりこれからの俺の食事事情の危機に他ならない。
いっそ料理の出来る奴隷を買うか?
そう考えたとたんその案を否定する。影渡りで影に入って安全を確保出来るのも、素早く移動出来るのも俺一人なのだ。俺にへばり付けばもしかしたら中に入れるかもしれないが、自分と同等の質量を持ち込めないのは、宿でベッドを影に入れなかったことからわかる通り無理なのだ。あくまで持ち込めるのは「持ち物」と認識される範囲までだ。
他人に作らせるのは絶望的と判断する。ならば料理を学ぶか?
この飯がクソ不味い世界の料理を学ぶのか?
ダメだ。どう考えても絶望的な未来しかない。
頭の中はネガティブな思考に占拠され、俺は影の中をトボトボと歩いた。この国から出れば堂々と街で飯が食えるようになる。もはやロレンシアの飯が口に合うことを祈る他ない。
その足取りは重く、日が変わっても国境はおろか、その途中にある砦にすら辿り着かなかった。影の中で眠り、朝を迎えても気分は晴れず、一喜一憂していたガチャでさえも、気力なく回す。
帰りたい。
今はそんな気持ちが頭の中を占めている。いつも通りの変わり映えのしない内容にため息をついていると、見慣れない物が出てきた。
缶である。
何気なく手を取りラベルを見ると「カレー粉」と書かれていた。
俺は復活した。
本日のガチャ成果。
カレー粉×2
金とかはどうしたって?
どうでもいいよ。カレーの前にはクズ同然だ。実際大したものは出なかったしな。
さて、何故カレー粉でここまで喜べるか?
答えは簡単だ。カレー粉はその強烈な味でどんな食べ物もカレー味に染めてしまうからだ。昔、とある傭兵がこう語った「サバイバルで必要な物は数多くあれど、その中で必需品を挙げるならば、私はカレー粉と答えるだろう」と…
そんな馬鹿なと思うだろうが、きちんとした理由がある。サバイバルにおいては自給自足が当たり前。となると必要に迫られれば、何でも口に入れることになる。それを助けるのがカレー粉なのだそうだ。
「蛙だろうが鼠だろうが、カレー粉をかけてしまえば臭いがきつい肉だろうが、食欲そそる香りのする肉に早変わりだ」ということらしい。味良し、香り良しとなるカレー粉に一体どれほど助けられたかと、彼はブログにて延々と語っていた。
つまり、カレーが嬉しいのは勿論のことながら、これがあればどんな不味い物でもカレー味に変えることができるということだ。これなら俺の食生活の不安は幾分緩和される。喜ぶのも当然である。
さあ、問題も取り敢えず解決したので、ちゃっちゃと歩いて、とっととこんな国とはおさらばしよう。
俺は影の中を高速で移動する。昨日はゆっくりと歩いていたが、それでもかなりの時間影の中を歩いている。
そろそろ国境と街の中間地点にあたる砦が見えてきてもおかしくないと、影の中から出て周囲を見渡すと、すでに砦から1kmもないくらい近づいていた。ちなみに街道からは随分離れている。影は街道にはなくて森の中進んでるからね。離れるのは仕方ないね。
問題はどう見ても森の中を進むと、とんでもない遠回りになりそうなことだ。「遠見」を使って確認したところ、北東に進路を取りたいがそちらには影になりそうな木々はなく。見事なまでに平原となっている。森は西側に伸びており、街道と森の間には馬鹿でかい平原である。
どう見ても遠回りどころか道が途切れております。
東の方を見ても見渡す限りの平原で、これはもう諦めて街道を歩くしかないようだ。俺の記憶が確かなら、徒歩ならここからロレンシアの砦まで一週間以上かかる。さらにそこから十日で街につくらしい。
食糧や水の心配はないが、絶対途中で歩けなくなる。現代人の体力を舐めてもらっては困る。森でも林でもいいから、影の中を移動出来る場所があることを切に願う。
ともあれ、ここからは徒歩である。ものすごく嫌だけど徒歩である。だが、歩かなくては進まない。俺は渋々影から出て街道へ向かって歩く。十分も歩かぬうちに森から街道へ戻り、そのまま街道を歩いていると砦から馬に乗った兵士が三人出てきた。
こんな何もないところでも仕事があるのかと思っているとこちらに向かってくる。まさか俺か?
「おい、貴様。こんなところで何をやっている?」
はい、俺でしたー。
この偉そうな馬に乗った兵士は、俺に近づくと文字通り上から目線で話しかけてくる。
「見ての通りです。道中賊に出くわし、身ぐるみを剥がれたので親戚を尋ねる予定です」
どうよ? この完璧な台詞。前もって考えておかなければすぐには出てこないぜ?
「ほう、つまり貴様は我々が賊をほったらかしている所為で、こんな目に遭ったと言っているのか?」
「商人風情が国を守る我らを侮辱するとは…」
え? 何こいつら? 鬱陶しいんですけど?
兵士の一人が馬に乗ったまま剣を抜き、こちらに向ける。
「まあ、大人しくついてくることだ。さもなくば…」
言い終えるより早く、アクアアローを発動。剣を向けた兵士の眉間を水の矢が貫通する。立て続けに残りの兵士にもアクアアローをプレゼント。この至近距離で回避など出来る訳もなく、あっさりと兵士三人を片付ける。
あ、馬ゲットだ、これ。
身ぐるみを剥いでおこうかと思ったが、砦の見張りっぽい兵士がこちらに向けて何か叫んでいる。さらにこちらを指差し、内部に向かって何か叫んでいる。
絶対に面倒くさいことになる。さっさと立ち去ったほうが賢明と判断し、死体をどかして馬に乗ろうとする。だが生まれてこの方、馬に乗ったことなどないのでどうしても時間がかかる。やっと馬に乗れた時には砦から八人ほど馬に乗ってこちらに向かってきている。当然のごとく槍や弓を構えている。
固まっているところにサンダーボールを撃ち込むと、馬ごと全員が動かなくなった。見張りがなんか固まってるように見える。
(追撃されたり連絡取られたりするのも面倒だし、ここまでやってしまえばどれだけやっても一緒か)
金のカード「ファイヤーストーム」を取り出す。このストーム系のカードは範囲を任意に変更出来るらしく、恐らく範囲を広げればそれだけ威力が落ちるものと思われる。
つまり、最大まで範囲広げたら「まあ、死なずに済むんじゃね?」という軽いノリでぶっぱなす訳だ。なんたるテロリスト。
これを乗り切ればもうここに戻ってくることはないだろう。ローレンタリアもこれで見納めかと思うと感慨深いものがある。勿論嫌な意味でだが。となるとお礼がしたくなる。
豚王に取り巻きのハゲども、俺を売った奴ら…そしてどうでもいい兵士どもよ。これが、別れの言葉だ!
テロ・フィナーレ!
俺はファイヤーストームを最大範囲で砦に向けてぶっぱなし、気分良くローレンタリアを後にした。