1-12:問われる道徳
テーゼと別れた俺は宿のベッドに倒れこむ。眠気が限界という訳ではないが、疲れも溜まっているので楽な姿勢でいたい。歩きすぎて足もかなり浮腫んでいそうだ。
何気なく「ヒール」を使ってみたところ治った。「案外何とでもなるもんだな」と、魔法の便利さをしみじみと感じる。現代人には碌に整備もされていない道や森の中を歩くのはきつすぎる。実験も兼ねているからね。これは無駄遣いではない。
さて、眠りたいのは山々だが、今日の分のガチャを回さなくてはならない。眠るのはその後だ。やることをやってからぐっすり寝よう。
影の中に入り、適当なところに腰を下ろしガチャを回し始める。いつどこで誰に見られるかわからないので、ガチャは出来るだけ影の中で回すことにしている。
本日の一回目は銅で単三電池。一本しかないのは何故だろうか?
まあ、使い道が今後出てきそうなので取っておく。
二回目も銅。釣竿のようなもので先端に毛玉が付いている。猫の玩具だろうか?
これはいらないので不用品用にしている鞄に入れておく。魔法の鞄がダブった時はちょっと惜しかったが、やはり便利な物は数があって便利である。
そして三回目。黒い物が出てきた。
もう一度言おう。
黒い物が、出てきた。
「ははは…はははははははは!いやったァァァァァァ!」
どこぞの核技術を手が解禁されたナチュラルよろしく両手を上げ、立ち上がって喜びを表現する。ガッツポーズも勿論する。
いや、まずは落ち着け。
深呼吸を二度行い、腰を下ろして転がっている黒い玉を手に取る。
間違いなく黒である。初日以来の二度目の黒である。初めて手に入れた黒で手に入れたスキルは、俺の特性と相まって非常に強力なものになってくれた。当然、この黒にも期待を抱く。
では、新たな力を手に入れよう。
やばい、ちょっとドキドキしてきた。もう一回深呼吸させてくれ。
深く息を吐いて準備完了。
さあ、黒玉よ! 俺に新たな力を!
黒い玉が割れ、光と共に白い煙が漏れる。光が消え、煙が晴れるとそこに残っていたものは一枚の黒いカードだった。
「…カード?」
ちょっとがっかりした自分がいる。カードは消耗品だ。幾ら強力でも一回限りでは使いどころが難しく、今の俺に必要な利便性や、生活の質の向上に繋がらない物はどうしても評価が下がる。どれだけ戦闘力が増えようが、現状「影渡り」があればほぼ対処可能なのだ。
だが、現状最強の切り札となるのは確実だ。切り札が強力であればあるほど、心に余裕も持てるだろうと気持ちを切り替え、俺はカードに手を伸ばし裏返してカードを確認する。そのカードにはこう書かれていた。
「ICBM」と。
一方その頃。
リョーの居場所を知っていると兵士に情報提供を仄めかしたテーゼは、値段の交渉を行っていた。
場所を替え、隊長と思しき兵士と交渉しているのだが、どうにもテーゼは引っかかるものを覚えた。「リョー・ホワイトロック」と名乗った彼の本当の名前は「シライ・シリョー」と言うらしい。これまた聞いたこともないような名前だった。罪状は窃盗らしいが、一体誰を相手に盗みを働けば目の前の兵士達のような連中が動くのか、とテーゼは疑問に思う。
さらに、そんな珍しい名前とここらでは見ない顔つきの男を取り逃がしたこともおかしな話だ。顔と名前がわかっていながら王都の兵士が取り逃がす。彼はそんな実力者か?
テーゼの答えは否。ならば予想通り、ギフト所持者かマジックアイテムを持つと考えるのが妥当と判断する。そしてマジックアイテムを持っているとすれば、恐らく盗まれたとされるものがそうなのではないか?
「それにしても…ただの盗人相手にしては、少し物々しいように思えますが…一体何を盗まれたので?」
探りを入れるのはほどほどにしておくつもりなので、値段を吊り上げるために不自然でない程度にする。そのギリギリの見極めくらいは当然出来るという自負がテーゼにはある。
「残念だが、その疑問には答えることが出来ない」
そうでしょうね、とテーゼは軽く相槌を打つ。
「しかしながら、私はすでに彼に金銭を支払っております。払った分を取り戻す算段が無ければ…」
「待て、何のことを言っている?」
隊長がテーゼの言葉を遮り疑問を口にする。
「ええ…ですから、彼は私と取引をしている最中だったのです。何でも、かの『遺産』に匹敵するマジックアイテムを売りたい、と…」
その言葉を聞いてあからさまに顔が歪む。この時、彼はすぐに転移のマジックアイテムだと予想する。それが意味することは、金だけ受け取って逃げているか、もはや必要なくなったか。前者なら居場所を聞いたところで、すでにいないだろう。後者なら捕縛がさらに困難になる。
「支払った金貨五十枚は保証して頂かなければ、渡せるものも渡せません」
「貴様…!」
後ろに控えていた兵士が剣を手にかけようとする。隊長がそれを手で制してテーゼを見る。金貨五十枚は流石にインパクトが大きく、兵士が吹っかけたと判断する。
「話しても破産。話さなくても破産なら、どのような選択を取ろうが同じでしょう?」
その金額に兵士の一人が反応したが、隊長自身は冷静である。そこにテーゼは違和感を感じた。
「ふむ…つまり、金を渡して後はマジックアイテムを受け取るだけだった、と…」
「ええ、そうです」
「持ち逃げされるとは思わなかったので?」
これは当然の疑問だ。だからこそ、テーゼは回答を用意していた。
「普通なら、そうでしょうね。ですが、彼は単身で賊のアジトを潰して回っているらしく、そのおかげで私の命と財産が助かりました。もし、彼に私を騙す気があるのであれば、賊から私を助けた時に私の財産を奪えばよかったのです。それをしなかったということは、彼は私と取引を行うつもりだったと考えます」
「ふむ、命の恩人を売る代金も入っているのかな?」
今度は隊長がテーゼに探りを入れる。
「これは人聞きの悪い。確かに彼は私の恩人ですが、犯罪者でもあります。ならば、そんな相手に金を渡したままというのも、私の外聞が悪いのですよ」
「なるほど、金を取り戻すのに我々を利用したい、と」
「平たく言えば…ですが、そちらにも都合があると思いますので…こんなのはどうでしょうか?」
テーゼの出した案はこうだ。
リョーの居場所を教える。
その報酬は彼の所持金から支払われる。
最大で金貨五十枚。
それ以下であるならば諦める。
払ってしまった金を取り戻すのを目的とするならば、落としどころはこんなところだろう。テーゼの目的が金であることを疑っていない隊長はこの条件を飲む。
こうして取引は成立し、再び兵士達がリョーの前に姿を現すことになる。
もう一度カードを見る。そこにはよく見えるように大きく「ICBM」と書かれており、縁どりされた絵にはミサイルと核のマークが描かれている。
目をこすりもう一度見る。
やっぱり核マークにミサイルとICBMである。
大きく深呼吸をする。
これ、魔法か?
いや、そうじゃない。
ICBMと言うと「大陸間弾道ミサイル」のことだよな?
それにこれは核のマークだよな?
これは核ミサイルですか? いいえ、ICBMです。
いやいやいやいや、現実逃避をするな。
ICBMのカードを手に取りまじまじと見つめる。核兵器…間違いなく都市を一つ消滅させることが可能な兵器である。それが今、自分の手元にある。
落ち着こう。まだこれが核兵器と決まったわけではない。そもそも発射台もないのにどうやって使うんだ?
そう思った直後、俺の視界は大気圏外にあった。地球と同じく海の割合が大きいのか、青い惑星である。
あ、どうやって「使う」んだ? に反応したんだね。これは失敗。
キャンセルだ! キャンセルさせろ! いいから、キャンセルさせろ!
そう強く念じると俺の視界は元に戻っていた。手にしたカードがぼんやりと光を放っている。
どうやら使用すると宇宙から落としたい場所を指定出来るようだ。
何これ? 超怖いんですけど?
しばらく呆然としていた俺は立ち上がり、鞄を漁り簡易ベッドを作成する。
「…寝よう」
一度寝てスッキリすれば、きっと良い案も浮かぶさ。
俺は残りのガチャを回すのも忘れ、現実逃避することにして眠りについた。
ドアを叩く音がする。
こうやって目が覚めるのは何度目だろうか?
そう思いながらまだ睡眠を欲しがる体を起こす。「はいはい、今出ますよ」と聞こえるはずのない返事をしてノロノロと動き出す。その直後、ドアが開く。
「勝手に入ってくんなよ」と、文句を呟いたところで入ってきた人物を見て驚く。
王都で俺を追っかけていた隊長さんだったからだ。
こんなところまで追いかけてくるのかと、うんざりしたがそれも仕事なのだろうと少し相手に同情する。どうやったって捕まりっこないのだから余裕綽々である。まるでルパンと銭形警部だな。
兵士達の中に宿の受付にいたオッサンがいたので、そいつが鍵を開けたのだろう。銀貨二十枚の価値ないな、この宿。あとで慰謝料を徴収してやろう。
パンツで作った枕とタオルや衣服で作った布団を片付けていると、声が聞こえてくる。どうも俺がいないことで揉めてるようだ。受付のオッサンが出て行くところを見ていないので、まだ宿のどこかにいるとか言ってるが、隊長さんは俺を転移能力持ちと思ってるから、もうどこかに行ってると思ってそうだ。
案の定、部下数人を外に出して部屋の捜索を始める。折角なのでいたずらしよう。
取り出したるはルービックキューブ三号。ベットの下の奥に配置する。しばらく待っていると、ルービックキューブを見つけた兵士がそれを隊長に手渡す。
それを手にした隊長が薄く笑う。
「どうやら目標がここにいたのは間違いないようだ」
どうやら王都で俺のいた宿で置いてきたキューブも発見してくれていたらしく、連中はこれが転移と何らかの関係があると思っている様子。
思い通りじゃないか、素晴らしい。
真面目に馬鹿なこと言ってる奴って傍から見たらこんなに面白いのか。やばいな、癖になりそうだ。
俺がニヤニヤと笑っていると、隊長が部下に指示を出していく。そんな中、俺は気になる言葉を耳にした。
「まさか一回目で見つかるとは思わなかったな。あのテーゼとかいう男…何かを企んでいると思ったが、杞憂だったか」
俺はしばらく今聞いた言葉を理解しようと頭を働かせる。その間に兵士達は部屋から出て周囲の探索へと向かった。
あー、そうかそうか。なるほど…あの野郎、俺を売りやがったか。
となるとどうしてやろうか。まずはどこにいるか知る必要がある。と言う訳で取り出したるはこのカード「検索」です。検索ワードを入力すると、検索対象がどこにいるかわかる便利アイテム。
さ、覚悟しろよペテン師が。今からお前の有り金をむしり取ってやるぞ。
検索を使い「テーゼ・ジ・ブルクリン」と入力する。移動する準備を終えた俺はどうやって、俺を売った代償を払わせるか笑顔で悩んでいる。
だがしばらく待っても反応がない。入力をミスったかと思い、もう一枚を使ってみるも反応がない。仕方がないので次は「テーゼ」と入力して検索。すると120件もヒットした。
何か面倒くさくなってきた。いっそのこと核でぶっ飛ばしたら楽になるのかね?
いや、流石にそれは危険な思考だ。核に頼るなどあってはならない。
そうだ、思い出せ。あるストラテジーゲームで神立地を引き当て、最高難易度であるにも関わらず技術力で独走。そして核兵器開発に一番乗りを果たし、全生産力を核兵器に注いだあの時を。
トップを独走する俺の文明に追いつこうと、二位と三位が下位を飲み込みスコアを求めて戦争に明け暮れていた。そこで俺は世界平和のために、大量に作った核兵器を二位と三位を除く戦争中の各国にプレゼント。我が文明を含む全員で、世界の敵を核で袋叩きにしようとした。
だが、結果は全くの予想外の方向に進む。核をプレゼントした一国が我が国に宣戦布告。これに対抗し、核を落とした結果。全世界に核の雨が降ったのだ。我らは核でお互いを滅ぼしあってしまったのだ。
どうにか俺は最後の文明を核で滅ぼし、そのゲームを終えた。当然、国土はボロボロになり、スコアはかつて見たことがないほど低いものとなった。
つまり、核は強すぎてゲームバランスが崩壊するのだ。俺だけが核を持つ世界とか素晴らしい…もとい、つまらない。何より一発だけでは誤射で済むかもしれない。その威力を見せねば、抑止力にはならないのだ。
俺はこのカードを持て余すだろう。そして何よりもこれが他人の手に渡ることを恐れ、避けなければならない。枷となるならこれはいらない。俺は「ICBM」を破り捨てようとする。
硬っ!
少し頑張ってみたが、曲がりすらしない。格好良く決めたのにこれはない。すでにテーゼなどという詐欺師のことなど頭になく。俺はこのカードを処分することで頭がいっぱいだった。
鞄からカッターナイフを取り出し切ってみたが刃が欠けた。ライターで炙ってもどうにもならない。
これ防具に出来るんじゃね?
そんなことを考え、諦めかけたその時、妙案が浮かぶ。
そうだ、換金してしまえばいい。
ガチャより生まれし物よ、ガチャに還るがいい!
思い立ったが即実行。俺は無駄に格好をつけてICBMに別れを告げる。そうして、俺の手からICBMのカードが光となって消えた。
そう、これでいいんだ。俺は核などという大量破壊兵器は絶対に使わない。どれだけ大きな力を持とうと俺は人である。人として生きるのであれば、あれは個人が持つには大きすぎる力だ。
さて、建前はこれくらいにしておいてどれくらいのポイントに変換されただろうか?
核ミサイル一発のお値段は如何に?
カード「ICBM」を28000GPに変換しました。
少な! ってGPって何だ? Pじゃないのか?
何かわからないことが起こっていると、俺はログを見るが何も変わったことがない。ログではないとすると、ポイント残高か?
すぐに確認するとそこには確かに「28000GP」の文字があった。
どうやらガチャにはまだ俺の知らない機能があるようだ。
自分の能力とは言え、どうしてこうもわからないことだらけなのか。RPGの主人公みたいに、手にしただけでアイテムの名前とか効能とかわかるようにしてくれ。そう幾ら願ったところで、やはり主人公とは無縁らしく何も変わらない。もっとも、主人公らしく魔王退治とか勘弁してもらいたいがね。
今日も侭ならぬ事態にため息をつく。これが日常だとは思いたくないものだ。