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1-11:偽る人と欺く人

「『リョー・ホワイトロック』ですか…随分と変わったお名前ですね」

 人の名前を聞くなりその発言は少し失礼だろう、と思いつつも適当に変換したものなので仕方ないかと納得する。

 どうやら「リョー」という名前は珍しいそうだ。「リョー」が初めにくるなら「リョール」や「リョーナ」が一般的で「リョー」で止めるのはまずいないとのこと。ちなみに「ホワイトロック」は聞いたこともないそうだ。

「まあ、ここから相当離れてるところから来てるからな、こっちじゃ馴染みがないのは当然さ」

 そういうものかとテーゼは納得している様子だ。変に興味を持たれても困るのでこの話題はさっさと切り上げる。それにしても、街道に出るため森を抜けなくてはならないわけだが、普通に歩くと結構時間がかかりそうだ。それに悪路を歩き慣れていないので足が持ってくれるか心配である。

「それより、店のことをもう少し詳しく知りたいんだが」

「ああ、実は僕も『サッカの街』の高級娼館には行ったことないんですよ」

 思わずツッコミを入れそうになったが、テーゼがすぐに続きを話す。

「以前、仕事で豪商の方と懇意になれたときに誘われたのですが…」

 黒い噂の絶えない方でしたので、と語尾を濁す。

 どうやらこちらでも「タダより高いものはない」が通じるようだ。俺も気を付けないといけない。

「仕事って何してんだ? 賊退治だから…賞金稼ぎか?」

「ハンターギルドに所属しているんですよ」

 その言葉を聞いて俺の目が輝く。王都にいた時、冒険者ギルドを見つけられなかったのが心残りであったが、その代わりにあるものだろうか? 期待に胸が膨らむ。

 それからハンターギルドについて話を聞いてみたが、どうやら賞金稼ぎは勿論、魔物や魔獣といった人に害をなすものを倒して金を得る人達のギルドのようだ。文字通り狩ることが専門で、他はさっぱりらしい。想像と少し違ってがっかりした。

 ちなみに遺跡の探索について聞いたみたところ。

「未盗掘の遺跡なんてとっくの昔に無くなってますよ。夢を見るのは結構なことだと思いますが、無いものねだりはやめたほうがいいですよ」

 ときつい言葉を頂いた。未だ手付かずの遺跡なんてドラゴンがいるとか、強力なガーディアンがいたり、人の手に余る魔物が住処にしてたりするらしい。さらに、盗掘済みの遺跡に強い魔獣が住み着き、そこを未盗掘と勘違いして破産した者もいたそうだ。

 それにしてもやっぱりいるのかドラゴン。魔物や魔獣もいるそうだし、思わぬところで出てきたファンタジー成分にワクワクする。いつか遺跡にも行ってみたい。やりたいことがだんだん増えてきているのは、良い傾向と見るか調子に乗りだしたと見るか…気を引き締める必要がありそうだ。

 すっかり話し込んでしまい、気が付いたときには森を抜け街道に出ていた。日はもうじき落ちる。今日は野宿かと思いながら、自分の迂闊さを呪う。人が居たら影の中で安全に眠れないのだ。

 だがその心配はすぐになくなる。後ろから来た馬車をテーゼが止めると、それに乗るように言ってきた。賊のアジトを襲撃する際に借りた馬車が迎えに来たそうだ。手際いいな、こいつ。

 馬車に揺られることしばし、尻の痛みに耐えながら丘を登ったところで城壁に囲まれた街が遠くに見える。あれが「サッカの街」のようだ。その規模は王都に比べれば小さく感じるが、大陸でも有数の大都市らしい。

(この程度で大都市とか…本当にこっちは文明レベルが低いと言うか何と言うか…)

 少々がっかり感が否めないが、金さえあればまともな暮らしは出来るだろうと前向きに考える。ここで、馬車が止まった。何事かと思えばここで野営にするようだ。

 このままいけば日が変わるくらいには街に着けると思っていたのだが、完全に日が落ちる前に準備を済ませておかなくてはいけないそうだ。野宿は避けられると思ったのに残念である。

 準備に不慣れな俺を見てテーゼと御者はどう思っただろうか?

 旅に不慣れなだけと言って通じればいいのだが。

 火を起こす際に「着火」のカードを用いて火を点けた時は驚かれた。魔法を使えることを言うと「人は見かけによらないものだな」と訝しげに見られた。そう言えば俺は魔力がないんだった。

 警戒心を持たせてしまったかと少し反省する。だが、懸念は別のところにあったようで、どうやら魔力がやたら少なく見える俺が魔法を使って大丈夫なのか? というものだった。つまり、魔力切れで俺が倒れることを心配していたとのことだ。

 まさか驚いた理由が「魔法を使えること」ではなく「そんな魔力で魔法を使ったこと」だったとは…少し悲しい。ちなみに魔法を使うだけなら三人に一人くらい出来るそうだ。テーゼも風を起こすくらいは出来るらしい。

 野営の準備を終える頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。時刻にして午後7時から8時と言ったところか。王都で買ったまずい保存食を齧りながら、こいつらがいなければインスタントラーメンが食えるのにと思いつつ、水でどうにか飲み込む。

 この世界は飯が不味くて嫌になる。調味料がガチャから出てくるのが救いだが、もしなかったらと思うと寒気がする。人のいるところでは迂闊に使えないのが残念でならない。

 食事が終わるとやることもないので交代で見張りをして眠ることとなる。だが、俺は一睡も出来ずに夜を明かす。ま、こいつらを信用してないんだから当然だ。何もなかったことは幸いと言えよう。

 それから不味い保存食で朝食を取り、野営の道具を片付けると馬車に乗って街へと向かった。




 やはり目の前まで来ると城壁は大きく見える。少なくとも10mはあるだろう。日は昇り、街に入ろうとする人の列が城門へと続いている。

「この行列に並ぶのか…」

 思わずうんざりとした口調でぼやく。

「袖の下を渡せば直ぐに通れますが、皆お金が惜しいですからね」

 なるほど、金を払うくらいなら時間かけて荷物をチェックされるほうがマシと言う事だ。残念ながら荷物は疎か人相チェックでも俺はヤバイ。賄賂を渡してさっさと街に入ってしまおう。

 俺は馬車から降りるとテーゼに一緒に来るように声をかける。こいつがいれば街に入っても不自由しないだろう。目的の店の件もあるしな。

 俺が賄賂で街に入るのが予想外だったらしく、テーゼは慌ててこちらを追いかける。追いついたところで「かなりの額を要求されるけど大丈夫か?」と言う意味合いの言葉をかけてくる。最低でも銀貨十枚はないと話にならないそうだ。楽勝だな。

 余裕綽々で城門で街に入る人をチェックしている兵士に話しかける。ここは手馴れた様子で堂々と行くのが良い。相手に舐められて要らぬ面倒が付いてくるのは避けたい。

「よお、久しぶりだな!」

「ああ?」

 まあ、いきなり見知らぬ相手に「久しぶり」とか声かけられたらこんな反応だわな。さっさと渡すもの渡して黙らせよう。

「前に紹介してもらった店はよかったよ。また頼むぜ」

 そう言って強引に相手の腕を取り賄賂を握らせる。

 兵士は握った感触で枚数がわかったのか、一瞬馬鹿にしたような顔をする。だがその手にあるのが金貨とわかると、驚きのあまり口が開いたまま固まる。

「あ、ああ…街のことなら何でも聞いてくれ」

 固まったと思ったらすぐに営業スマイルで返してくる。二人とは言え、相場銀貨十枚からのところに百枚分である金貨をぶち込めば途端に愛想も良くなる。金の力は偉大である。

「今のは不味いですよ」

 門を抜け、俺の後ろから横に来たテーゼが耳打ちする。その理由を聞く前に理解した。兵士二人がニヤついた笑みを浮かべながら近づいてきたのだ。

「よぉ、随分と…」

「久しぶりだな二人共、元気してたか?」

 相手が喋り終える前に勢いよく挨拶を挟む。

「出来れば色々話したいが、そっちもまだ仕事だろ? 今日は宿に戻れるかどうかも怪しいんだ。これで俺の分まで楽しんでくれよ」

 言いながら相手の手を握り金貨を掴ませる。自分の手の中にあるものを確認するや、こちらの話に合わせる兵士。

 去り際に「またな」と言っていたが、恐らく「また金をよこせよ」と言う意味だろう。二度と会うことはないがな。と言うか調子に乗ってまた来るようなら、まだ使っていないカードの実験台にでもなってもらう。

「いいんだよ。馬鹿の目くらましには丁度いい」

 何か言いたそうなテーゼにぶっきらぼうに言い放つ。こいつはこいつで何を企んでるかわからない。言わばこれは牽制である。俺が金を持っていること、兵士を全く意に介していないことを知れば、下手に騙すよりかは真っ当に付き合うほうが得と判断するはずだ。


 営業マン舐めるなよ? 腹芸の一つや二つは出来なきゃやっていけないんだよ。


 街の石畳を歩きながら宿へと向かう。案内するテーゼは綺麗に人ごみを避けながら「出来るだけ良い宿」と言った俺の希望通り、一般人が泊まれる最も高い宿へと行くと言った。

 どうせ今晩楽しんだあとは、闇にまみれて適当に金品を頂戴してそのまま街を出る予定である。何処に泊まろうが関係ない。

 それで肝心の宿なのだが、一泊銀貨二十枚で一日二食付きで風呂はなし。どうも風呂は貴族用の宿にでも行かない限りないらしい。これが限界だというのなら仕方ない。金貨を一枚渡して四泊の予定とする。

 テーゼはと言うと「流石にこんな宿には泊まれませんよ」と別の宿に泊まると言い、宿を取りに行ってしまった。

 夜のお店には日が落ちる頃に迎えに来てくれるそうだ。向こうに金があることを予め知らせておけば、良い女性も選び放題であると言って、俺から金貨を借りようとしたので十枚ほど渡しておいた。さて、どう動くかな?

 本当に俺が満足出来る店に連れて行ってくれるならよし、そうでないなら…たっぷりと身を以てわかってもらう。誰を騙したのかを…その身にたっぷりとな。




「常識外れにもほどがある」

 これがテーゼが持っているリョーの評価である。ギルドに関して無知であることもそうだが、遺跡などという夢物語を語りだす辺り、常識を知らないとも言える。多少の警戒心はあるようだが、賄賂の贈り方が阿呆の一言に尽きる。

「物知らずの成金にしては堂々としすぎている。だがやっていることがチグハグだ」

 人ごみの中を歩きながらテーゼは呟き考える。これまで会ったことも聞いたこともないタイプの人間だ。賊のアジトに単身乗り込んできていることといい、何かしらの戦闘技術はあると思われることがさらに人物像をおかしくする。

(感じ取れないほどの微弱な魔力で魔法を使ってみせたのは何故だ?)

 この世界では魔力が小さければそれだけで迫害の対象となりうる。だからこそ魔力を持っているように見せたのかと思ったが、これまでの言動と妙な自信からその考えを否定する。

 テーゼは自分が泊まっている宿に着くと、真っ直ぐ部屋に向かいベッドに腰を下ろすとこれまでの情報から推測した結論を口にする。

「奴は『ギフト』持ちである可能性が高い」

 自分で口に出しておきながら笑う。笑えない冗談だが、その可能性を否定出来ないのだ。テーゼは少なくとも何らかのマジックアイテムを所持していると確信している。でなければ、あの程度の魔力で一人旅など無理もいいところだ。

 この世界では魔力は強さに直結する。魔力がなければ強化魔法も攻撃魔法も使えない。そして魔法は使えば使うほど魔力を消耗する。それが強力になれば尚更である。だからこそ、魔力は何よりも優先して評価されるのだ。

(最悪でギフトとマジックアイテムの両方を所持…)

 金を騙して取るには相手が悪い。だが、すでに手元には十枚の金貨がある。これだけでも成果としては十分と言える。それでも続ける理由の一つは「リョーがどれほどの金を持っているかわからない」からである。

 少なくとももう金貨十枚はあるだろう。予想ではもっとあるだろうと見ている。それらをどのように騙して奪うか、妙案が浮かばずうんうんと唸る。多少の危険は冒してもその価値に見合う物は持っている。

 そしてもう一つの理由がこれだ。


 俺が騙せない奴はこの世に存在しない。


 高級志向の娼館なんて、有りもしないもので金貨十枚を出させた時点で騙したことにはなるのだが、彼としては相手の財産をキッチリと奪い取って破滅してもらいたいのだ。騙した相手をちゃんと底辺に叩き落としてこその詐術であるとテーゼは思っている。

 故にあの妙な成金をしっかりと落とさなくてはならない。だがその手段がさっぱり浮かんでこない。

「難題だ」とテーゼは今回の仕事の難しさを口にする。

 それからしばらく考えていたが、テーゼは立ち上がり気分転換に酒場へ向かうことにする。時間的には十分に余裕がある。飲めば少しは良い考えが浮かぶかもしれない。自ら難しいと認める仕事を前にしても、テーゼの足取りは軽く、やる気と自信に満ち溢れていた。それは紛れもなく、強者故の傲慢さであった。




 酒場に着いたテーゼは早速エールを注文する。懐は温かいが、贅沢をするにはまだ早い。つまみとして美味くもない、ただ焼いただけの芋を頼む。こんなものでもないよりマシに思えてくるのだから酒は偉大である。

 しばらく不味い芋をつまみながら酒を飲んで考えていると、酒場の喧騒が一瞬途切れて空気が変わった。テーゼはその原因を慎重に見る。

 相手は四名の兵士。明らかにこんな安い酒場に来るような身なりではない。装備品は明らかにそこいらの兵士のものではない。動きやすさを重視した金属製のブレストアーマーに、どう見ても安物ではない剣を腰に差している。


 王都の兵士がこんなところに何の用だ?


 ある程度の見識のある者達はそう思って我関せずとばかりにそっぽ向く。その空気を察してか周りの連中もそれに倣う。騒いでいるのは酔っ払いか馬鹿だけとなった。

 そんな空気をものともせずに四人の兵士が真っ直ぐにカウンターへ向かう。

「ここにはあんたらが飲めるようなものは置いてないよ」

 兵士が何かを言う前に店主が牽制する。場違いだから早く帰って欲しいのだろう。

「人を探している。黒髪にやや日に焼けた肌を持つ二十歳くらいの男だ」

 そう言って兵士の一人が羊皮紙に描かれた人相書を店主に見せる。それを見て店主が首を横に振る。

「この中に、この男を知っているものはいないか?」

 羊皮紙を持つ手を上げ、酒場を見渡す。一瞬店内に静かになるが、すぐに喧騒へと変わる。手を下ろした兵士は軽く息を吐くと歩き出す。その姿を見ていたテーゼは兵士達を品定めする。

 良い装備をしている。恐らく王都の兵士の中でも特殊な立場か、生まれがいいところの人間と見ていい。王都からきて情報を集めているようだが、空振りであったにも関わらず士気に変わりはない。となれば受けた命令はそれなりに上の立場から来ているか、忠誠心溢れる兵士かのどちらかだろう。

 失敗すれば死を意味する相手からの命令か、どんな命令でも忠実にこなす兵士か…テーゼは現在の王国軍の内情を鑑みて前者と想定する。

 そしてテーゼは兵士の一人に声をかける。

「ああ、その男なら知っている。泊まっている場所も知っているぞ」

 テーゼの策は決まった。たとえ違っていても構わない。利用出来ればそれで良い程度に声をかけた。だが、その人相書を見れば見るほど特徴が一致していた。黒い髪に黒の瞳、ここらでは見かけない顔立ちの男。

(これはもしかすると、もしかするんじゃないか?)

 テーゼはうっすらと笑みを浮かべる。

 「面白くなってきた」

 誰にも聞こえないほど小さな呟きが、酒場の喧騒の中に消えていった。


久しぶりに風邪を引きました。

皆様も体調管理にはお気をつけて。

感想は有り難く読ませて頂いております。個別返信はありませんが、質問等にはどこかで答える予定という事でご容赦ください。

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[一言] 大怪我していた女性はまだ生きてたはずだけど放置若しくはとどめ刺した?
[良い点] 主人公及び出てくる敵役も腹黒い。 とても良し。
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