1-10:キチとの遭遇
さて、残りの賊の掃討だが…余りにも呆気なかった。
入口の近くであれだけ派手に暴れたにも関わらず、誰一人と出てこなかったのだ。見張りすらいないとか、危機感が足りなすぎる賊である。そう思いながら洞窟の中に入ったところ、見張りと思しき賊が血を流し横たわっていた。
この時、俺は「先を越されたか」と舌打ちしたが、奥に進んでも他の死体が見つからないことに違和感を覚え、灯を消しながら影で移動していく。
しばらく進んだところでようやく声が聞こえてくる。それにしても妙に広い洞窟である。人の手が入ったにしては岩肌は凸凹で、部屋の位置にも規則性の欠片も見当たらない。となると天然の洞窟だろうか? 天然洞窟の秘密基地とかちょっと惹かれるものがある。
話が逸れた。
声が聞こえてきたので、限界まで影で近付き情報を得ようとする。結果はすぐにわかった。どうやらボスの座を巡って新しいボスを支持するグループが、旧ボスに奇襲をかけ見事に成功。ボスと部下半数を殺し、新たなボスになったらしい。
新しいボスを祝う部下達を見て、ならば俺も祝福してやろうと不意打ちのファイヤーボールをプレゼントする。ずっと森の中で火気厳禁だったからね。酸素的には結構広いから大丈夫だろう。
ここで問題が発生する。
俺の撃ったファイヤーボールなのだが…見事にボスに命中、爆発を起こした。その爆発で残った賊が巻き込まれ全滅したのだ。つまり、検証のための実験体の確保の失敗である。
結局、攻撃カードの対象指定は「俺が敵と認識したもの」か「敵対関係にある」かのどちらかだろうという結論に落ち着いた。
もし「敵意があるもの」であったなら、ボスを奇襲したときにファイヤーボールは使えなかったはずである。「俺が敵と認識したもの」なら問題ない。初めはこれと思ったのだが、他の考えも浮かんできた。それが相手が「敵対関係にある」である。要するに「敵対勢力」に相手が属していた場合である。
だが、ボスを巡っての闘争があった。これにより勢力は別のものになっているかもしれない。その辺りに明確な判断基準がなく、前述の「俺が敵と認識したもの」か「敵対関係にある」のどちらかとなった。とは言え、現状は「俺が敵と認識したもの」である可能性が高い。
今後、カードを使うときはなるべく意識して使っていき、違和感を覚えたら再度検証ということにしてこう。
これで検証は一段落となり、お待ちかねの宝漁りである。
そう思って人肉の焼ける臭いに顔しかめつつも、ペンライトを片手にさらに奥へと潜った。そして、手に入れたものがこちらだ。
銀貨:37枚
銅貨:数えるのも面倒
宝石類、その他金目の物:なし
食糧:衛生的にまずそう
美女:なし
その時の俺は本気で舌打ちした。処理するのも面倒なので全部ポイントに変換した。結果、銅貨は778枚あったことが判明。銅貨22枚と銀貨5枚を鞄から出してポイントに変換し、計5万ポイントの補充にしておく。ガチャ一日分の実入りにも届かないとか、労力に見合ったという言うべきかシケてると言うべきか。
ここで思案する。目的地である次の街へ向かうか、もう一つくらい賊を潰しておくか。
はっきり言って賊は弱かった。この世界は結構な頻度で戦争をしているらしく、兵士崩れや傭兵崩れが多く、厄介なイメージがあった。だが実際に戦ってみれば何とも拍子抜けである。この世界の兵士の練度はどうなっているのやら。
とは言え、一つ潰した程度で賊の強さをわかった気になるのも良くはない。よって、賊退治を行うことにした。
情報収集もしたいし、終わったら始末してしまえば何の問題も残らない。そう考えれば賊にも使い道があるな。
そういう訳で、現在森の中で賊を探しているのだが…さっぱり見つからない。かれこれ30分は森を歩き回っているが、賊が現れる気配すらない。恐らくこの辺りは先ほどの連中の縄張りだったのだろう。
仕方がないので影を使って木の上に登り、そこで「遠見」を使用する。
上空に視点を移動させると、まるでゲームでマップ機能でも使ってるというくらい便利なのでついつい頼ってしまう。使用している間、自分の周囲に異変があっても分かりにくいデメリットはあるが、あっても使いたくなる性能である。最近ちょっと使い過ぎている気がするので、なくならないように気をつけよう。
使用時間が残り少なくなってきたところで、隠れるようにして作られた人工物を発見する。木造の小さな建造物が、森の木々に隠れるように作られている。人影もチラリと見えたので賊と見ていいだろう。
気のせいか慌ただしかったが、残念なことに時間切れで様子を見ることが出来なかった。さっさと現地へ向かおう。
道中に何ら問題なく隠れ家のようなアジトに近付く。影の中を高速移動するだけだから問題なんか起きるはずがない。森の中なので影は幾らでもあるし、日が落ちるまでまだ時間もある。夜に影の中を歩くのは出来るだけ避けたいので、さっさと終わらせて街へ急ごう。
光源の一切ない夜の闇で影に入ると、中の部屋が異常なまでに広くなる。影の大きさに応じて部屋の広さが変化する為だ。当然、天井までの距離も相当なものになるため、影渡りの能力である転移を使わない限り外に出ることが出来なくなってしまう。以前王都で使っていた時は光源があったので大丈夫だったが、それでもあまりの広さに驚いた。
影の中限定の転移能力は、その距離に応じて体に負担がかかるようで、短い距離でも耐え難いほどの酔いを味わう。なので可能な限り使いたくない。
安全に眠れる場所なのだが、周囲の状況が全くと言っていいほどわからなくなるので、夜間は影での移動は極力避けたい。
影の中、ときに木の上から周囲を見渡しながらアジトへと侵入する。
だが様子がおかしい。誰もいないのだ。
これはもしかして、先ほど慌ただしく見えたのは急なお仕事が入ったからではないだろうか?
だとしたらタイミングが悪い。欲しいのは幾らでも情報を吐いてくれそうな人である。現物にはもはや期待していない。
しばらく影伝いに探索していると建物の中に賊と思われる死体があった。だが、その周囲には戦闘が行われた様子はなく、まるで暗殺でもされたかのように賊は殺されていた。
嫌な予感がして他の建物にも向かう。するとそこにも同じように弓の手入れをしている賊が、そのままの姿で殺されていた。首を切られたことで噴出し、流れ出た血で出来た血溜りが乾いていないことから、殺されてそう時間が経っていないことを示している。
つまり、犯人はまだここにいる可能性がある。面倒事を避けるのであればこのまま影の中にいるか、とっとここを離れるかした方がいい。
だが賊を狩っている者がおり、それは先を越されたことを意味する。何となく面白くないので、人の獲物(予定)をかっさらった奴を見ておくのも悪くない。場合によってはそいつに賊の代わりをしてもらおう。
相手を拘束するなら状態異常の「睡眠」のカードでも使えばいい。最後の一枚だが必要経費だ。
他にも使えそうな物はないかと鞄を漁りながら、次の建物に近付いたときにそれは聞こえてきた。
女の悲鳴だ。
影の中なのでやや聞こえにくいが、この建物から聞こえてきた。俺は急いで中に入ると周囲を見渡す。人影はない。
「クソ!」
舌打ちをして影の中から出る。この影の中からの視界では下から見上げることしか出来ず、周囲の状況を把握するのが困難である為だ。
辺りを見渡した時に再び悲鳴が上がる。声がした方向を見ると下り階段を見つけ、そちらへ走る。
恐らくは地下室、そこで女性が悲鳴を上げることが行われている。悲鳴が明らかに苦痛によるものだとわからなければ、このように焦ることもなかっただろう。
忌々しく感じながらも階段を降りる。地下室から灯が漏れており、影の中から様子を窺うことも出来そうにない。いつでもカードを使えるように気をしっかり持つ。
階段を駆け下り、半開きの木製の扉を開けた先にそいつはいた。
この世界の聖職者の服を着て、フードを被った青年がこちらを見ている。金髪碧眼、地球で言うならまんま白人顔の青年だ。顔立ちは整っている方だろう。その手には血塗られた短剣が握られており、傍らには両手両足があらぬ方向に曲がり、両手と顔を血まみれにした女が倒れていた。
「…何を、している?」
女の姿を見て若干怒気を含んだ声が出る。相手のほうが早かったが、気分的には獲物を横取りされている。何よりもその女は、おっぱいがでかいのである。衣服が乱れ、見事な谷間が見えているのだ。この角度から見ても絶対にE以上はある。
けしからん。実にけしからん!
何よりもそんな見事なボディを持つ女の顔を見事なまでに切り刻んでくれたこの阿呆は許しがたい。
「何って…見てわかりませんか?」
何言ってんだこいつ? と言わんばかりの呆れ顔で青年が答える。
「た、たひゅけ、て…」
折れた腕を伸ばし助けを求める顔を切り刻まれた女を見て、俺は「一種のホラーだな」と思う。血と涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て萎える。しかも近づいたことでわかったが、こいつは前にあった賊と同様に臭いのだ。それがさらに俺を萎えさせた。
「まさかとは思いますが…あなた、女を助けるヒーローのつもりですか?」
嘲るように笑いながら青年が声をかけてくる。
「あ、もう萎えたんで。好きにしちゃっていいよ、そいつ」
いきなりの興味関心が失せたと言わんばかりの言葉に青年はきょとんとした顔をする。助けに来てくれたと希望を抱いた女も、掌を返したような反応に唖然とする。
「ああ、ここ俺が狙ってたんだよ。で、先を越されたから機嫌悪かっただけ。何かどうでもよくなったから、もういいわ」
その言葉を聞いても青年は元に戻らない。
「まあ、折角のいい乳してる女の顔をそんな風に切り刻んだことは少々怒っているかな」
話を続けても青年はポカンと口を開けたままである。
「…ぷ、くはは、ははははは! 何なんですか、何なんですかあなたは、はっははっは!」
すると突然青年は大声で笑いだした。一体どこに笑いのツボがあったのか、腹まで抱えて笑っている。失礼なやつだ。
「でさー、何でそんなことやってんの?」
ようやく話が出来ると俺は質問する。
「あはははは…ああ、賊は大抵ボスが貴重な物を隠しているんですよ。だからこうして情報を聞き出してるわけです」
笑いをどうにかこらえて青年は答える。
「でゃから、ちゅくえのふえの屋根のびゅびゅんに…」
切られた唇では上手く喋ることが出来ないのか、聞き取りにくい。
翻訳指輪さんよ、そんなところまで訳さなくていいから。
「既に情報は吐いてるようだが…」
「嘘をついてるかもしれないじゃないですか? だから僕が本当だと思うまで、尋問を続けるんですよ」
そう言いながら手にした短剣をグサグサと女の指に刺す。女が悲鳴を上げる。実にうるさい。
「無駄に喚かせるなよ、うるさいぞ」
青年は「ああ、それはすみません」と笑顔で答える。
こいつ絶対ドSだ。
「ああ、お詫びと言っては何ですが、良いお店を紹介しましょうか?」
胸の大きな娘のいるお店ですよ、と笑いながら付け足す。
「店、か…」
顎に手をやり考える素振りを見せる。非常に心惹かれるものがあるが、衛生面上ものすごく怖い。具体的に言うと病気が怖い。現状病気を確実治せる手段がない。慎重になろうというものだ。
「おや? 気が進みませんか?」
青年が含み笑いでこちらの表情を読み取る。
「ああ、不潔なのは耐えられなくてな」
「となると、かなり高いお店になりますよ?」
話を聞くと、高級志向を売り物にする店があるようで、そこでは新品同然のベッドに湯浴みも出来る浴室も備えているのだとか。但し、そういった店に入るには相応の信用が必要であるらしく、貴族でもない限りそう簡単には入れないそうだ。
そこで目の前の青年の紹介の出番と言う訳だ。
どうするか悩む。
金は街に入れば幾らでも稼げる。問題は店が王都にある場合だ。だがこちらも問題はなく、大体どの街には一つはそういうお店があるらしい。安い店ならいくつあるかわからないほどだとか。
それならば大丈夫だろうと、俺は青年に紹介を頼む。借りを作るようであまり気は進まないが、色々と溜まっているのだ。仕方ないね。
「あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。僕は『テーゼ・ジ・ブルクリン』と言います。よろしければ、あなたのお名前もお教え頂けますか?」
そう微笑みながら自己紹介を終えると、思い出したように笑顔のまま女に止めを刺した。
これが後の大陸一のペテン師「テーゼ」と俺の出会いである。
プロット修正が終わらない。見切り発車の弊害がここに。