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迷い子は夜明けの歌を歌う
作:旭



22:始まりは笑顔で


 ライラスはすっかり暗くなった寮への道を歩いていた。
 今日もアーシャの所に行って作業をして帰るところだった。
 もうほとんどの準備は済み打ち合わせもして、これからは夜はゆっくり眠ろうという事になったのだ。
 競技会が始まってしまえば授業はしばらくなくなるので昼間作業に没頭する事が出来る。

 ふわぁ、とライラスは大きな欠伸を一つし、伸びをしながら歩く。
 こんなに一生懸命何かに打ち込んだのは生まれて初めてだった。
 二日後に始まる自分達の試合の事を考えると冷や汗が出そうな気持ちになるけれど、やる事はやった。
 いつになく清々しい気分だった。

 ライラスが入っている第三寮は上級学部内の西の外れだ。
 ライラスは中央棟の脇を通り過ぎ、通りを西へと曲がった。
 やがて寮の明かりが目に入り、布団で寝れることの喜びが胸に湧く。
 まだ食事時間には間に合うはずだし、軽く食べたら風呂に入ってさっさと寝よう、と考えながら寮へと続く道の階段を登った。
 階段の一番上に足をかけた時、ライラスはふと足元に違和感を感じた。

「え?」

 だがその違和感の正体を確かめようと思った次の瞬間、視界がぐるりと回る。
 一瞬の浮遊感と、そしてその直後の衝撃にライラスは息を呑んだ。
 ぐるぐると回る視界に見えた星が空に輝くものなのか、自分の視界に瞬いているものなのか、その結論を出す間も無く彼の意識は闇に飲まれた。
 階段の上で夜闇にひっそりと煌いていた氷は、彼が通りがかった人に発見される頃にはすっかり溶け、姿を消していた。







「……ライラスが怪我をした?」

 次の日、アーシャの様子を見ようと彼女を訪ねた三人は、少女の口からもたらされた報に驚きの声を上げた。
 アーシャは今朝ライラスに頼まれた医務局の職員から連絡を受け、彼の所に行って来たばかりだった。
 だがライラスはベッドの上で静かに眠っていて、話はできなかった。

「うん……あのね、昨日の夜寮の前の階段から落ちたんだって」
「なんでこんな時に怪我すんだよ…!」

 最もな意見だが、起きてしまった事故は仕方ないとしか言いようが無い。 
 アーシャも流石にしょんぼりとしていた。

「怪我って、悪いの?」
「治療の経過は?」

 シャルとディーンの質問にアーシャはため息を吐いた。
 そして今朝彼を訪ねて医者に聞いてきた事を話した。

「右足の骨を折ってて、後はあちこち打撲がひどいって。
 魔法で骨折は治療したんだけど、骨はそうやって治した場合でも二、三日は安静にしてないといけないんだって。
 それに彼は頭を強く打ってるから、様子を見ないとだめだって話で……」
「それじゃ間に合わないじゃない!」
「大体なんで階段から落ちたんだ?不注意か?」

 アーシャは小さく首を振った。

「ライラスが目を覚まして医者に言ったらしいんだけど、階段の一番上が何か妙に滑ったんだって。
 でも何かあったっていう証拠は無いの。私が見に行った時はもう何もなかったし」

 誰もが脳裏に同じ人物の顔を描いた。だが、証拠は無い。
 アーシャは首を横に振って、顔を上げた。

「仕方ないよ、運が悪かっただけかもしれないし」

 そういうとアーシャは話すために止めていた手を持ち上げ、持っていた針を動かし始めた。

「そうは言っても……って、何してんだ、アーシャ?」
「マントの内側にポケットと留め具を付けるの。
 ライラスが分担する予定だった魔具も、私が持たないとだからね」
「まさか、一人で参加する気なのか?」

 ディーンの声にアーシャは強く頷いた。

「うん。出るよ。一人でも」
「そんな……!無茶よ!
 なら私が一緒に出るわよ!魔法使わなければ問題ないでしょ!?」
「そうした方がいい。一人ではいくら何でも無理だ」

 二人に言われてアーシャは少し迷う様子を見せた。
 けれどやはり首を横に振った。
 シャルは既に個人の精霊魔法部門と制限なしの二つに出る事を決めているはずだ。

「駄目だよ……シャルは、自分の試合があるし」
「そんなのいいわよ、どうだって!」

 だがシャルのその言葉に、アーシャは目を見開いて立ち上がった。
 ガタン、と座っていた椅子が後ろに倒れた。

「良くないっ!!」

「っ!?」

 少女が初めてあげた怒声に、誰もが驚いた。

「どうだって良くない!シャルには、頑張って欲しいの!
 シャルが、自分の試合をしないで私のに出るなんて、そんなのやだ!勝っても全然嬉しくない!」

 ぎゅっと固く拳を握って、小さな体をふくらませるようにして少女は怒っていた。
 これはアーシャの選んだ戦いだ。
 それを助けるためにシャルが自分の試合を放棄するなんて良い訳がない。
 そんな事をされて勝ってもそれが勝利だとは到底思えない。

「私、シャルの試合見に行くんだから……!
 だから、自分の試合、ちゃんとしてくれなきゃいやだ!」
「アーシャ……」

 シャルはもうそれ以上何も言えなかった。
 ここまで言われれば、諦めるしかない。
 何もしてやれない悔しさが湧くと同時に、少女が自分に強く意志を示した事が何だか嬉しくて、シャルはどんな顔をしていいのかわからなかった。
 立ち尽くす二人を黙って見ていたジェイは、静かにアーシャに近づくと手を伸ばしてその髪をくしゃ、と撫でた。

「じゃあ、俺が出るよ」
「……え?」
「なっ!?」
「……本気か?」

 三人に訝しげな顔を向けられて、ジェイは苦笑を浮かべた。

「おう、本気本気。要するに、自分の試合が無けりゃいいんだろ?
 なら、俺でいいじゃん。どうせ上級学部生は誰でも参加オッケーなんだしさ」
「何言ってるのよ!魔法で戦うのよ?」
「確か殴れば即失格のはずだぞ」

 だがジェイは取り合わず、もう一度アーシャの頭を撫でた。

「判ってるって。だからアーシャの魔具使うんだろ?
 あとは、俺の弱っちい精霊魔法くらいなら使っても邪魔にならないと思うんだけど、どうだ、アーシャ?」

 いやか?と聞かれてアーシャは小さく首を横に振った。
 武術学部のジェイが精霊魔法を使えることを知っている人はほとんどいない。
 本人が好きじゃないせいであまり使ってこなかったからだ。
 アーシャに使い方を教えてもらっているとはいえ、まだその威力は大したものじゃない。
 ジェイと組んでも、シャルと組んだ時に予想されるような中傷は起きないだろうと予測はできる。

 だが武術学部生と魔技科の生徒がペアを組んで出場するなんて前代未聞だ。
 そもそも武術学部生が魔法での実戦に出る事がまず無いからだ。
 人はどうしたって切羽詰れば普段体に染み込んだ行動を起こしてしまう。
 いざ戦闘になって、うっかり相手を殴ったりしない保障はどこにもないし、手や足を出せない戦い方は武術学部生に苛立ちを与える。
 だから魔法が使える武術学部生でも、魔法競技会の実戦部門に出ない事は半ば当たり前の風潮になっていた。
 その代わりに武道大会なら魔法使用が許される部門があるのでほとんどの生徒がそちらに出るのだ。

「俺、何にも手伝ってやれなかったからな。良かったら、今度は手伝わせてくれよ。
 俺が相手にほんのちょっとだけ触る程度なら、問題ないだろ?
 それ以上は絶対に、拳も足も出したりしないって約束する。誓うよ」

 ジェイはそう言って笑顔を向けた。
 アーシャは何も言えずにただジェイの顔を見上げた。

「……なら私でもいいだろう」

 不意に不機嫌そうな声が聞こえ、見ればディーンが腕を組んで不満そうな顔をしていた。

「私なら、剣を持たないだけでもかなり周囲に与える印象が違う。私でも可能なはずだ」

 だがジェイはディーンに向かってパタパタと手を振った。

「あー、お前は駄目駄目!」
「……何故」
「だって、俺お前に闇の精霊使わせたくないもん」
「!」
「あんなギャラリーがいっぱいいるとこで、お前に精霊使わせたくない」

 ディーンは口を噤んだ。
 その顔を、ジェイは笑みを浮かべながらも真剣な眼差しで見つめた。
 衆人環視の中で、闇の精霊を使えばきっとディーンが嫌な思いをするだろう。
 ジェイの目はそう言っていた。

「だから、今回は俺に譲れよ、な? 俺にもちょっとは、良いカッコさせろよな!」

 おどけたようにそう言って、ジェイは明るく笑った。
 シャルもそれを見て頷く。ディーンも、諦めたように頷いた。
 アーシャは困ったような顔でジェイを見上げた。

「じゃあ決まりな!アーシャ、よろしくな!」
「ジェイ……ありがと……」





 アーシャが小さく呟いて俯いた時、ゴン、と扉の方から音がした。

「客……?」
「私が出るわ」

 シャルはそういうと居間から出て玄関に向かった。
 ギィ、と扉が開く音が聞こえる。

「キャッ!ちょ、ちょっと!!」

 だが次に聞こえたのはシャルの上げた小さな悲鳴だった。
 切羽詰ったものではないが何かに驚いた声の様子に三人は顔を見合わせた。

「何だ?」
「どしたの、シャル?」

 全員がバタバタと玄関に出ると、玄関の扉の前で慌てているシャルの姿が見えた。
 シャルは目の前にしゃがみこんでいる少年を必死で揺り起こしていた。

「ライラス!?」

 アーシャは驚いて慌てて駆け寄った。
 まだ彼は医療学部の隣にある学園の医療棟にいるはずなのだ。
 ライラスはどうやらシャルが開けた扉にぶつかったらしく、うう、と小さく呻いていたがやがて顔を上げた。
 その顔にはまだあちこちに擦り傷が付いている。
 アーシャは彼の水色の目を心配そうに覗き込んだ。

「よ、よう……」
「ライラス……どうしたの?怪我は?」

 ライラスは傍らの松葉杖を手にとって軽く振った。

「もう歩けるし、頭も大丈夫だって言ってんのに出してもらえないから抜け出してきた。
 まだ仕上げがやりかけの奴、あっただろ?」
「でも、安静だって……!」
「アーシャ、とりあえず中に入れようぜ」

 ジェイはアーシャを遮るとライラスに肩を貸して彼を立ち上がらせた。
 ディーンがすぐに奥から椅子を運び、玄関先にとりあえず彼を座らせた。
 ライラスは笑っていたがやはり結構無理をしてここまで来たらしく、ふぅ、とため息を吐いた。
 それから申し訳無さそうにアーシャを見た。

「ごめんな、グラウル。土壇場でこんな怪我して……」
「ううん、私こそ。ライラスのその怪我、私が無理矢理付き合わせたせいかもしれないの……ごめん」
「いや、俺の不注意だし……それより、お前、これからどうするんだ?」

 治療をしたとはいえ今の自分が本調子には程遠いとわかっているライラスは、アーシャに問いかけた。
 だがそれに答えたのはジェイだった。

「お前の代わりに、俺が出る事にしたんだ。
 俺は魔法に関してはホントに大した事できないけど、いないよりはマシだろ?」
「あんたが……そっか」

 ライラスはほっとしたように頷くと、うなだれたままのアーシャを見た。

「グラウル、俺が使う予定だった魔具とか、全部持ってこいよ」
「え?」
「こいつに合わせて、調整しないとだろ。
 使い方も教えなきゃなんないし、落ち込んでる暇なんかないんだぞ?」
「……ライラス」

 ライラスはアーシャに明るい笑顔を見せた。

「なぁ、グラウル。お前、勝つんだろ?
 俺達、”魔法科の落ちこぼれ”に、格好良いとこ見せてくれるんだろ?
 それに……お前の居場所、守るんだろ?」

 アーシャは笑顔を浮かべる少年を黙って見つめた。

「俺、祖父さんと約束したんだよ。俺に出来る事で、お前の助けになるって。
 俺は俺の戦いをするってな。だからほら、早く持ってこい!俺に出来る事させろよ!」
「うん……うん!」

 アーシャは強く頷くとバタバタと走って行った。
 すぐに居間からは道具を掻き集める音がガシャガシャと響く。
 慌てているらしいその音を聞き、ディーンは肩をすくめると手伝いをしに歩いていった。
 あの分ではせっかく作ったものを壊してしまいかねない。
 ライラスはそれを聞きながら、ジェイを見上げた。

「頼むな。あいつ、ホント頑張ってたから」
「おう、まかしとけ」

 笑顔を交わす二人を見ながらシャルはフン、と面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「ねぇ、貴方、腕は確かなの?」
「そりゃ……まだ修行中だけど、いずれはまぁ立派な魔技師になる予定だぜ?」
「そう。じゃあせいぜい立派な魔技師になってよね。
 そうしたら、名指しでたっぷり注文させてもらうから、覚悟しといてね!」
「……」

 シャルらしい、実に判りにくい励ましのような感謝のような言葉に、少年二人は沈黙して顔を見合わせた。

「まぁ、こういう奴だから、さ」

 ゴン、といつもの音が清々しく響く。
 目の前で起こった恐ろしい光景に目を見開きながらも、ライラスは思わず笑っていた。
 痛みに頭を抱えるジェイも、拳を握ったままのシャルも、ディーンもアーシャも。
 戦いを前にして、誰もがただ笑顔だった。


仕事が少し忙しくなりそうなのでその前に終らせられればと考えながら続きを書いています。
夏の疲れが出てきたのかペースが遅れ気味なのが悩みですが…
二部が終ったらサイトを作ろうとそっちもちまちま作業を進めています。それを楽しみにがんばります。






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