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第二部
19:それぞれの実習
「……こんなに早く、また家に戻る事になるとはなぁ」

 あれから十日後、アーシャとライラスは再びレイアルを訪れていた。
 ライラスにとっては随分と半端な時期の帰郷になる。
 野外実習は仲間達と離れ、一人で研修に行く事を決めたアーシャは、その研修先にライラスの実家の工房を希望した。
 バルド工房は今までアウレスーラの学生の研修受け入れを行っていなかったのだが、ライラスを通して頼んだところどうにか引き受けてもらえたのだ。
 その際ライラスは実家にある程度の事情を話しており、それを聞いた彼の両親は老舗の誇りにかけて引き受けよう、と何だか妙に乗り気だった。

「ごめんね、無理言って。しかも一緒に来てもらっちゃって」
「気にすんなよ。行くって言ったのは俺だしな」

 競技会の為に二人で魔具を作るのだから相談しやすい環境があった方がいい、とライラスも自分の実家で野外実習期間を過ごすことにしたのだ。
 実はライラスが自分の実家を研修先に選ぶ事を許してもらえたのはかなりの特例だった。
 アウレスーラには実家が商売や工房をやっているという生徒が少なからずいるが、そういう生徒は当然自分の家以外の場所へ研修に行く事を勧められるし、本人もそうしたがる。
 どうしたって実家では甘えが出たり生活が楽だったりするから、まともな研修が期待できないからだ。

 アーシャとライラスはタウロー教授に掛け合って、実家でも研修生として厳しく扱ってもらって、レポートの他に生活の様子を記した日報などを提出するという条件で何とか許可してもらった。
 実習後も忙しいであろうことを考えると少し憂鬱になるが、直にそんな気分に浸る暇もなくなるだろう。

「いくか」

 ライラスは重い荷物を背負いなおすとバルド工房の店の脇にある細い道へと入り、立ち止まっていたアーシャを手招きした。

「ほら、こっち。通用口があるんだ」

 アーシャはパタパタと小走りで彼の後を追った。
 歩きながら良く見ると店の建物は随分と細長く、奥が広くなっている。
 細長い店の建物が途切れたところには大き目の門があった。人の出入りがあるためか門の鉄柵は開いたままだ。

「荷馬車が通れるような広さになってるんだ」
 
 そう説明しながらライラスは門をくぐった。
 アーシャもライラスに続いて通用口の門をくぐり、中を見回すとそこはちょっとした庭になっていた。

「わぁ」

 表から見るよりもずっと広く、暮らしやすそうな空間にアーシャは驚きの声を上げた。

「こっちの建物は店と倉庫で、こっちは住宅。あとあっちの奥のが工房だ。見かけより広いだろ」
「うん、すごいね」

 表通りからは細長い店の入り口しか見えなかったが、通りに並ぶ建物の後ろに隠れるようにして沢山の様々な建物が並んでいる。
 端の方には厩や井戸も備えてあった。
 ライラスは住居だと説明した建物に近づき扉を開けた。

「おーい、ただいまー」

 声をかけると奥から女性の声が聞こえ、ばたばたと足音が響く。

「おや、来たね。お帰り、ライラス」

 出てきたのは大柄で明るい笑顔を浮かべた女性だった。
 エプロンで手を拭きながら現れた彼女は恐らくライラスの母なのだろう。愛嬌のあるその顔はどことなくライラスに似ている。
 金茶の髪はライラスとは違うが、水色の瞳が特に良く似ていた。
 彼女は息子をぎゅっと抱きしめて頭を撫で、それからその後ろに離れて立っているアーシャに目を留めた。

「おや、あんたがうちの工房初の研修生だね?いらっしゃい!」
「えと、こ、こんにちは。お世話に、なります」

 なれない敬語で挨拶したアーシャにライラスの母は楽しそうに笑うと片手を差し出した。
 アーシャもそれに応えて手を差し出し、握手をする。
 少女のものより大分大きなその手は働く女性らしく荒れていたがとても暖かかった。

「あっはは、そんなにかしこまらなくてもいいよ!うちの連中は皆がさつで偏屈だからね、大人しくしてたら負けちまうよ!」

 彼女はアーシャの手をぶんぶん振り、それから改めて両手を二人に差し出した。

「さ、あんた達の荷物は部屋に置いといてやるから、先に工房に行って偏屈な男どもに会っておいで。面白がって待ってたからね」
「ありがと。よし、行こうぜグラウル」
「うん、あの……どうもありがとう」
「いいよいいよ、さ、行っておいで」

 アーシャは初めてすぐ近くで見た母親という存在に少し緊張しながら荷物を手渡した。
 初対面なのに不思議と警戒心が沸いてこない。
 日に焼けた腕は女の人なのに逞しく、その手は荒れているのにとても優しい。近寄ると何だか香草のようないい匂いがした。
 アーシャは工房へと歩き出したライラスの後を追いながら何度も後ろを振り返った。
 笑顔で手を振る人を見ながら、この研修が楽しいような気がちょっとし始めていた。









「あー、もう、つまんなぁい!燃え盛る炎よ、退屈だからドカンとやっちゃって!ミディアムくらいで!」

 ドォンと音を立てて目の前の魔物が燃え上がる。
 ギャウ、と濁った声を上げて、炎に包まれた狼に似た魔物は崩れるように消え去った。

「なんつーいい加減な呪文……」
「……精霊達は甘すぎる」

 障害物のなくなった通路をつかつかと先に行くシャルを追いながら、ジェイとディーンはそれぞれに呆れた声を上げた。

 ここは学園の地下にある、始まりの迷宮と呼ばれる学生用の実習場所だ。
 正確な地図や階層などは明かされていないがおおよそ十層ほどからなっている広い迷宮で、あちこちに様々な仕掛けがしてある。
 迷宮の通路はどこもしっかりした石造りで立派なものだ。
 元々はこの学園が建っている場所にかつてあった、古代の遺跡を利用しているらしい。

 今シャルがあっさりと燃やし尽くしてしまったが、あのように敵も出たりする。
 だがそれらは本物ではなく学園が用意した人工の敵で、その本質は幻のようなものだと言われていた。
 その原理は学園の機密になっているという話だ。
 だが幻とはいえ襲われれば何故か怪我もするのでこちらもそれなりに気を引き締めてかからなければいけない。
 魔物達は一定量のダメージを与えればさっきのように消えてしまうが、実戦に慣れていない学生達には狭い通路で冷静に戦う事はなかなか難しい……はずなのだ。

 ちなみにこの世界で魔物というのは、体内の魔力が歪んでしまい姿が変わったり凶暴化したりした生物の総称だ。
 何故魔力が歪むのかや、変貌する種類に共通性があるのかなどはまだ解明されてはいない。
 魔力は多かれ少なかれ大抵の生き物が持っているから、それらの生き物はどれも魔物になる可能性を秘めていると言える。
 姿形が様々なのはそのためで、強さに差があるのは元となった生き物の魔力の量によるのではないかと言われていた。
 だが実物はほとんど目にする機会がないので、あまり研究は進んでいなかった。

 大抵の魔物は未開の森や山、人の少ない海などに出ると言われており、本来なら生徒達は見る事も戦う事もできない。
 だから学園ではこうして、やがては外に出て未開地域に踏み込むことになるかもしれない生徒達に幻を与えて訓練させるのだ。
 生徒達は本物ではないとはいえ初めてみる凶暴な生き物に怯えながらも少しずつ慣れ、強くなっていく。
 というのがこの訓練施設の目的だ。 

 そんな訓練施設の地下三階を、ただ今三人は理不尽な速さでさくさくと攻略中だった。



「シャル、止まれ」

 前を行くシャルの更に向こうに視線をやっていたディーンが声をかけた。シャルはその声に素直に立ち止まる。

「また?」
「ああ、その足元から三つ目の敷石は踏むな」
「わかったわ」

 ディーンの指示に床を良く見れば、確かにわずかに盛り上がっている敷石がある。だがその違いはほんのわずかで普通なら気付かずに踏んでしまってもおかしくない。
 シャルはその敷石を踏まないように大きく踏み出してまた歩き出した。

 ディーンはこの迷宮に入ってからずっと、通路や部屋にかかっている罠や魔法を見ながら歩いてきた。
 最も彼に見えるのは魔法の痕跡だけなので、物理的な罠は闇の精霊に教えてもらっている。
 以前より大分はっきりと見えるようになった闇の精霊が、罠のある所に不自然な影を落として教えてくれるのだ。
 ここにアーシャがいれば掛かっている魔法を見極め、どんな罠か、それが解除できるのかも教えてくれたと思うが、ディーンは見るだけしか出来ない。
 近道や宝箱が隠されている可能性もあるのだが、判別できない以上むやみに触らない方が良かった。
 だから三人はそっとその罠を避けるだけで済ませ、急がば回れとばかりにひたすら歩いていたが、それでも相当の早さだ。
 前から来る障害物をシャルが吹き飛ばし、道に仕掛けられた罠をディーンが見つける。
 後ろから不意に襲ってくる敵はジェイが殴り飛ばしていた。

「あーあ、アーシャがいたらこんな擬似迷宮じゃなくって外の本物の遺跡とか行こうと思ってたのに。えい」

 最後のやる気のない掛け声でシャルは火球を前方に飛ばした。
 炎は通路の先を飛んでいた蝙蝠のような小さな魔物に当たり、ぼっと大きく燃える。
 それは敵を見つけると騒ぎ立てて仲間を呼ぶタイプの魔物だったが、叫び声を上げる間もなく一瞬で消え去った。

「その先を右だな。前方は罠だ。ジェイ、遅れるな」
「へいへいっと。よいしょ」

 ドゴン、と鈍い音がして背後の床から音もなく盛り上がったゴーレムがジェイに殴り飛ばされて転がった。
 ゴーレムは跳ね飛びながらぼろぼろと崩れて溶けるように消えた。
 アーシャの作ってくれた鞄を背中に背負っているおかげで、荷物が多くても身軽でいられて実に助かっている。
 狭い通路で動きが軽いというのはジェイにとって何より助かる事だった。

 三人はもうずっとこんな風に、それぞれが勝手な行動をしながらも不思議と息のあったコンビネーションで足を止めることなく歩き続けている。
 だが何となく心はやさぐれていて、言動にもやる気のなさがにじみ出ているのは明らかだ。
 この迷宮に入ってまだ半日だというのにもう退屈でしょうがない。

「大体、華がないのよね、華が。華!」

 ぼっと前方に立ち上がった炎の華は大きな熊を焼き焦がした。

「右斜め前の壁は叩くな。後五歩進んだところの石も踏むな。それと実習に妙なものを求めるな」
「そうそう、仕方ないさ。それにアーシャは華って言うのとなんか違うだ、ろっと!」

 ゴン、と鈍い音を立てて、素通りした通路から顔を出した骸骨の首がはるか遠くに飛んでいった。

「華じゃないけど野の花のような可愛らしさがあるじゃないの!」
「どちらかというと警戒心の強い野生の小動物の間違いだろう」
「あー、俺リスとか小鳥に餌付けすんの好きだな」

 そんなずれた会話を交わしている間に三人は更に下へと進む階段を見つけ、躊躇いなく降りていった。
 階段の脇には安全地帯の小部屋が設置され、そこにはここまでクリアしたという証の札が置いてある。
 だが三人はこのまま今日中に五階くらいまで行って帰ってくるつもりだったので見向きもせずにさっさと進んで行く。

 潤いの足りない会話を交わしながらも彼らの心は一つだ。
 とにかく、このつまらない実習をさっさと終わらせるのだ。
 階段脇の安全地帯には呆然と座り込む同じ学年だろう生徒達の姿があった。 
 入念な準備をして随分先にこの迷宮に入り、大きな荷物を抱えて罠を掻い潜り、敵と死闘を繰り広げ、この中で何泊もしながらやっとここまで来て休んでいた彼らは遠くなる三人の背中を怯えた顔で見送っていた。




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