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三題噺。「天国・車・残念な物語」

 何度目だったろうか。
 セクシーな女性を見ると欲望が首をもたげるのは若い男として当然なのだが、リヒトーは時に理性を忘れて『おさわり』に及んでしまうのだった。
 もう何度、自警団に逮捕されたのか数えてるわけもなく、ある時にはモンスターと戦うことを生業としている冒険者のファイターに手を出して瀕死の重症を負ったこともある。それさえも自慢のひとつともなる性格のためか自警団の牢番とは顔見知りもいいとこで、互いにタメ口で言葉を交わす程度に親しくなっていた。
「なぁ、リヒトー。今回ばかりはさすがにやばいぜ?」
 牢番は蓄えたあごひげを揺らして、自分の息子ほどの若者に低く声をかけた。
 さすがにいつもとは違うなと、リヒトーは硬いベッドから身を起こしてくすんだ金髪をかきあげる。
「そりゃあタイヘンだ」
 茶化すように返事をして、暇な牢屋生活で鍛え上げた身体で鉄格子に近づいた。
 牢番と目を合わせるが、やはり冗談ではなく込み入った話なんだろうという確信。ひとつため息をつくと、落ち着き払った声で牢番に訊ねた。
「いったいなにがあったんだ?」

 テュレンバ王国は強大で、元冒険者である国王が各地の魔王を倒し平定し、知能あるモンスターと共存することで勢力を伸ばした大国であった。それゆえに周囲の国々とは友好な協定関係にあり、長らく平穏な暮らしを約束されてきた。
 王都マドレーンには10数万の人や亜人・モンスターが民として集まり、目抜き通りは賑やかな様相を呈していた。
 その明るい雰囲気とは裏腹に、リヒトーは王城の正門から見送られて暗い表情で肩を落として現われた。
 まさかの王との謁見は、先ほどまでの牢の中より息苦しいものであった。
「はぁ・・・なんで俺が魔王を倒さなきゃいけないんだよ・・・」
 一人ごちて、王の側近からわたされた地図と軍資金の入った袋をポケットにねじ込む。
 ほとんどの魔王は国王によって倒されたと聞かされていた。よもやこの平和な時代に魔王が存在していること自体が不可思議であるのに、よりによってこの王都に住んでいるというのが信じられなかった。さらには、何の能力もない自分が魔王討伐に抜擢され、なんの装備もバックアップもなしに放り出されるとは身から出た錆としかいいようがない。
 しかし、欲に忠実な性格はその程度の試練で心折れるはずもなく、まずは腹ごしらえだと歩みを馴染みの食堂へと進めるのだった。

 馴染みの店というものはそれなりにしがらみもある。
 それは馴染みであればあるほど色濃く、そして絶対に譲れないボーダーというのも存在するのだ。
 いつもとは違う程よい焼き加減のステーキと色の薄くないスープはそれを如実に物語っている。
「いやぁ、悪いねぇ。付け全部払ってもらえるなんてっ」
 看板娘のシェリーはいつもに増してにこやかに給仕してくれ、おまけに真っ白なボウルにこんもりと盛られた新鮮なサラダもつけてくれた。
 魔王討伐のために渡された軍資金の半分以上を使い込んでいなければ、彼女の柔らかな腰の肉をむんずとわしづかみにして心ゆくまで揉みしだくことができたのに。
「ははっ…いつもシェリーはやさしいなぁ。こんな嫁さんがいたらマジメに働くのになぁ」
 リヒトー乾いた笑いを軽口でごまかす。
 そこそこ整った顔立ちの彼の評価はそれほど悪くないのだが、いかんせん婦女子に対する『おさわり』が原因で定職につくこともままならず、当然シェリーにもそこらの事情は筒抜けだ。
「マジメに働く人だからお嫁さんをもらえるんじゃないんですかね?」
 手厳しい答えに二の句も継げず、リヒトーは柔らかくジューシーな肉を一口大きくほおばった。
 口内に広がる肉の甘みとしっかりした歯ごたえ、そしてとろけるような舌触りはまさに天国であった。リヒトーは久しく味わっていなかったご馳走に舌鼓を打ち、脳裏に浮かんだ天国という言葉に思い当たることを苦々しく思い出した。
「あー、ときにシェリー?」
「なによ、あらたまったりして」
 彼女はなぜかしら幾分ほほを赤らめて、金属の丸盆を胸に抱く。
「いいなさいよ。心の準備くらいでき・・・」
「この辺に『サキュバス天国』って店があるって聞いたんだ、がっ!」
 パイーーン、と丸盆がリヒトーの顔面に叩きつけられる音が響くと、シェリーは足音を響かせて厨房の奥に消えていった。

 王城から放射状にまっすぐのびる目抜き通りに比べて、同心円状に交差する通りはガタガタと曲がり角が続くように作られていた。高い建物から見下ろすと、それらの道はまるで王城を中心とした歯車のようであり、ある意味初見殺しとも言える町並みをしている。歯車にたとえた一つひとつの歯を数えることで住居や店を管理することは、王政側としては利点のほうが大きく、住民もそういった住所の管理を受け入れて役立てていた。
 『サキュバス天国』は第8歯車通りの129番に位置しており、シェリーの店からさほど遠くない。
 リヒトーはその店の入り口の横に飾られた派手な看板の前で腕組みをして唸っていた。
 あきらかに世の中の青少年には目の毒でしかないお店であり、そういうサービスを期待していない者が入り口をくぐるはずもないお店である。
「シェリーが怒るわけだ・・・」
 しかし、ここに件の魔王がいる。
 金に物を言わせて亜人に性的サービスを要求する悪い魔王がここにいる。
 すでに開店の時間をすぎており、入り口の扉をくぐればすぐにでも魔王討伐の任を実行できる。
 だが、リヒトーにとって重大な問題があった。
 店の看板にはサービス提供の基本料金が記され、問題なく店に入るためには相当の金額を前払いしなくてはいけない。所持金はその基本料金の6割に満たない。
「やっべーなぁ…」
「お兄さんなにしてんの?」
 突然、店の扉が勢いよく開き、奥から胸もあらわになりそうな少女が現われた。
 見たこともないような薄っぺらい布地は肌が透けて見えるピンク色で、リヒトーは条件反射でたわわな乳房の先端を探したが、大事なところは透けない布地によって隠されていた。
 すごく残念そうに唇をかんで視線を少女の顔に向ける。そこには真っ白な肌に吸い込まれそうな深緑の瞳、漆黒の髪は艶やかに整えられ、見た目の割りに大人っぽさを演出するアンバランスさに心をぎゅっと捕まれたように棒立ちになった。もちろん股間の棒も・・・。
「あ、いや・・・」
「お客さんじゃないの? 今なら一番乗りだから、よりどりみどり好みの子を選べるけど?」
「あ、はい…でも、その、持ち合わせがですね…」
 嫌な脂汗が出た。
「見せて。財布」
 少女は笑顔と裏腹に冷たい声。そう、サッキュバス特有のあの声だ。
 リヒトーは意思とは裏腹に体が腕が指が勝手に動き、足らない所持金の入った布袋を広げた。
 少女はにっこり微笑んで、布袋の口を丁寧に巾着に結び、ひとこと添えて店の奥に消えた。
「そんなんじゃ魔王様に会うこともできないわね。出直してきてね」


 働こう。そして次は客として店に行こう。リヒトーは固く心に誓った。

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