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花の中の花

花の中の花 -種と花-

作者:ほた
 世の中どうしたら平和になるのだろうか。
 彼の脳内はその議題で持ちきりだった。決して絵空事のような理想を掲げているわけではない。目標は女性や子供が安心して外出出来る治安と秩序だ。その夢を実現させるため若手のメンバーで自治団を結成し、堅実に行動している。そのささやかな願いさえ叶わないのが、彼、ヴィクトル=フィノが住む街の現状だった。
 活動当初は決して大それた目標ではないと思っていた。しかし動いてみるとこれが実に難しい事だと気が付いた。最近は前進どころか後手に回っているように思えていた。
「ここらでひと博打打つしかないのかな……いやいや」
 ヴィクトルはそばかすの浮く鼻の頭をかきながら、書類を睨めつける。根を詰め過ぎたせいで危い考えが脳裏を掠めてしまう。

 そんなある日の事、彼らが手を焼いていた悪漢が旅人によって討伐されたと知らせを受けた。ヴィクトルは取るものも取り敢えず事務所を飛び出し現場に急行した。
 悪漢の所在は把握していたのだが、元が傭兵崩れで腕っぷしも強く、腕に覚えのある仲間数人掛かりでも返り討ちに遭っていた手合いだ。
――いったいどんな奴だろう。
 久しぶりに子供のように気持ちが高揚し、自然と駆ける足の速度も増す。
 ヴィクトルが現場に到着すると、悪漢が地面に転がり泡を吹いているのを男数人掛かりで拘束しているところだった。皆が喜び歓声を上げている。
「た、倒した奴は?」
 呼吸がまだ乱れていて声が上ずる。しかしすぐに知りたかった。
 先に到着していた仲間が『そこに』と一人の男を指差した。ヴィクトルは汗で張り付く茶色の前髪を拭って指差された男に声をかけた。
「アンタが奴を打ち負かしたん……だって?」
 ヴィクトルはこの場に向かう間、噂の旅人は熊みたいな巨漢なのだろうと想像していた。しかし目の前に佇んでいるのはスラリとした優男だった。よく見ると良い体躯をしていて一本の剣を携えている。年の頃はヴィクトルより年下か、黒い髪の間から光る紫の瞳が印象的な青年だ。
 本当にこの男なのだろうか、話しかける相手を間違えたかと一抹の不安を覚えた。
「もう事情聴取は終わったなら、解放してもらえないだろうか?」
 返ってきた答えから人違いではないようだ。この場に足止めされているのが不服らしく、不機嫌そうな表情をしている。しかしそうなると、どうやって自分の倍は厚みのある大男を倒したのか興味が沸いてきた。
――これは逃がすわけにはいかない。
「そう急ぐなって。まずは礼を言う時間ぐらいくれよ。本当に助かったよありがとう!」
 ヴィクトルは青年の右手を取ると、上下にブンブンと振り回すように握手をする。
「向こうが絡んできたので応戦したまでだ、礼を言われるような事をした覚えはない」
 青年は驚いたのかこちらを見据え、静かにヴィクトルから距離を取った。警戒されているのが分かる。しかしここで引き下がるヴィクトルではない、人の良い笑顔で相手の懐に入り込むのが彼の十八番だ。ヴィクトルは、旅人の青年が倒してくれた悪漢と街の事情を丁寧に説明して重ね重ね礼を述べた。
「そうだったのか、それでこんなに人が集まって……」
 周囲は軽く人だかりが出来ていた。多くがヴィクトルの仲間達ではあるが、気づけば小さな騒ぎになっている。旅人の青年はというと、この状況に口数こそ少ないが、しっかり対応している。そこいらの荒くれ者と違い常識のある人物とみた。
「アンタ旅人さんなのか?」
「各地を流れているからその定義に入るだろうな……」
「何か目的がある旅なのか?」
「いや特に目的はない。前は傭兵をしていたが最近は日銭を稼いでは各地を転々としている。この街には物資の補給に立ち寄っただけだ。長居をするつもりはない」
――元傭兵か。
 青年から返ってきた答えは、まるで事前に用意されていたようなそつの無いものだった。同時に『あなたたちとは係わりを持ちませんよ』と距離を置かれた気がした。今しがた捕まえた悪漢も元傭兵。傭兵職は先頃まであった戦争の名残だ。巷ではイメージが良くない。青年も世間の冷たい対応に慣れているのだろうか。
「傭兵やっていたから強いのか……いまは仕事を探しているわけだ?」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあさ、その腕を見込んでこの街で用心棒として働いてみる気はないか?」
 若いが常識も携えていてその上腕もたつ。是非とも今この街に欲しい人材だ。ヴィクトルは純粋にそう思った。
「はぁ?」
 しかし青年はヴィクトルの言葉に眉をしかめる。それはそうだ、初対面で仕事の勧誘とは通常あり得ない。
「給料は弾めないけど衣食住は俺のところで面倒みる。 どうだい、悪い話じゃないだろう?」
 これは完全なるヴィクトルの独断。青年はしばらく沈黙した後。
「……ずいぶんな能天気だな。忠告だ、堅気の奴が得体も知れない奴を易々と信用するな」
 軽い暴言付きの忠告を返してきた。それも的確だ。
「ご親切な忠告痛み入るよ。これでも人をまとめる立場だから人を見る目はあると思ってる」
「ずいぶんな自信だな」
「自信なんてないさ。勘だよカン」
「……悪いが、坊ちゃんのお遊びに付き合うつもりはない」
 旅人の青年はそう一蹴すると、ヴィクトルに背を向けその場を後にしようとした。
――これは一本取られたな。
 世間はこんなご時世でも、ヴィクトルの家は暮らしに余裕があった。そのせいかヴィクトルは周囲から気概はあるが空回りをしていると言われてしまう始末。青年はそれをヴィクトルとの少ない会話から見抜いたようだ。
「ま、待ってくれよ。なら言わせてもらうよ。いまは仕事なんて早々見つからないぜ?」
 ヴィクトルは青年の背を追った。
「……そうだな、魅力的な話だが辞退させてもらうよ。俺は一所に留まるつもりはない」
「そこを何とか」
「しつこい!」
 二人の押し問答は道ながら続いた。現場周囲の人が多くなかったらインドア派のヴィクトルなどすぐにこの青年に撒かれていただろう。運はまだヴィクトルに味方した。少し息が上がるが離れず着いてゆける。
「じゃあ、そこまで頑なに首を縦に振らない理由を言ってもらえるか、それ次第では諦めよう。答えなかったらこのまま追っかけていくからな!」
 旅人の青年は歩みを止めた。そしてヴィクトルの方に向きなおると、ヴィクトルを睨みつける。これは相当怒らせているとみた。
「本当だな?」
「ああ、男に二言はない」
 青年は雑踏の中、ヴィクトルにだけ聞こえるように小さな声で呟いた。
「……俺は魔族なんだ」
「え、ええっ? 今なんて?」
 ヴィクトルは、小さな声だったため青年の告白を聞き間違えたかと思った。
「だから、俺は魔族なんだ」
 今度は至近距離で青年が告げたためはっきりと聞こえた。
――魔族だって?
 その距離だと彼の瞳がまざまざと見て取れる。そこには今までみたこともない冷気を帯びる紫色の瞳があった。魔族とは五百年ほど前に人間領を植民地として支配していた長寿の種族の事だ。しかしある頃から人間領から姿を消し、いまでは各地で悪の象徴としての伝承が残るだけだ。
 ヴィクトルは、前に佇む青年が伝承の『悪の象徴』とはどうにも重ならなかった。悪漢を倒してくれた事実が更にそのイメージから遠ざけた。ヴィクトルの今の気持ちを強いて言うならば、物語の登場人物が現れて話が出来ることに興奮が隠せないでいる。
 「へぇ魔族っていたんだ。俺初めて見た!」
 それが最初に出た感想だった。
「だから諦めてくれ、以上だ」
「……何だそんな理由か。なおいいじゃないか……うんうん、うちの街には魔族がいるぞと触れ込めば箔がつくな」
「お前本当に頭の中大丈夫か? 分かっているのか魔族だぞ。数百年前まで人間を支配していた本当の悪の根源だぞ」
 ヴィクトルは青年の真剣に自分の素性を語る姿を見ていて、失礼と思ったが笑いがこみ上げてきてしまった。
「アンタこそ、話の中に出てくる悪い魔族じゃないだろう。おまけに丁寧に自分の素性まで伝えて誘いを断るなんてお人好しだな。あ、人じゃないか」
 今度はヴィクトルが一本取った。と心の中でガッツポーズをする。
 自らを魔族と名乗った青年は、ヴィクトルの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしている。どうやら図星をついたようだ。ヴィクトルは笑うのを止めると青年に深々と頭を下げた。
「頼むよ。俺さ、平和が欲しいんだ。大人の俺たちはいいが子供たちに罪はない。子供たちが和やかに暮らせる場所を作ってやりたいんだ」
 ヴィクトルは、自分が抱く夢を目の前の魔族の青年に語った。律儀にもそれを聞き終わるまで待っていてくれた。
「頭を上げろ、それは俺一人加わったぐらいでどうにかなるものか?」
「焼け石に水、無駄だと言うんだろう。でも蒔かぬ種は生えぬとも言うだろう。今は駄目でも子供いや孫の代には変わっているかもしれないじゃないか」
「ずいぶん気が長い話だな」
「それを長寿の魔族に言われるとまた何だか妙だな」
「……ホントだな」
 二人は何故か同時に笑い合っていた。
「そう言えば自己紹介が遅れたな。俺はヴィクトル=フィノ」
「……クロード=ローレンだ」
 魔族の青年は、迷ったが自らも名乗った。
「よろしくなローレン」
 ヴィクトルはローレンの手を取ると、今日二度目の握手をする。
「俺は何も了承した覚えはないぞ」
「人の夢を最後まで聞いたんだ、拝聴料として少し付き合ってくれよ」
「……しつこい人間だな。もう俺の負けだ負け」
 そう愚痴るローレンだが、その顔はどこか笑っているようにも見える。
 この街に植えようとしている平和の種がいつ芽吹き花を咲かせるのか。その見事な花を見ることが出来るのは、まだ少し先のこと……


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