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ファンタジーが舞台の短編小説

えげつな系子育てダンジョンメーカー

作者:Aska



 えげつない。何故か私は、よくそう言われる。自分でもちょっといじわるな性格かもしれないとは自覚している。トランプをやれば相手を罠にかけたり自滅するようにしたり、ゲームなら基本遠距離でアイテムや嵌め技を使って一方的に倒したりする。だけど、これは戦術の一つだろうと思う。ただ兄たち曰く、私の場合は勝つためなら手段を選ばないところが、普通に性質悪くてえげつないらしい。

 しかしこの性質は、ほぼ彼らの所為だと断言できる。普段の日常の私は大人しい方だと思う。しかし家に帰れば、三人の兄と三歳の弟が待っているのである。私はそこの下から二番目の長女。ここで紅一点として、蝶よ花よと育てられていれば、お淑やかな妹だったかもしれない。ただ残念なことに、弟以外の私たち兄妹はほとんど年が離れていなかったのだ。

 一番上の兄でさえ、私と四つしか離れていない。二番目と三番目の双子は一つ上で、次に私。おかげで幼少期は、男兄弟の中でずっと揉まれまくった。中学校ぐらいまで性の意識なんてそんなにないため、兄妹で普通に遊んでいた。そして容赦されなかった。

 休日は「奇数だと半端」と四人でボールゲームをし、テレビゲーム大好きな兄たちが「四人プレーしたいから」とコントローラを当たり前のように妹に渡し、対戦相手にさせる。年齢の考慮も、性別の考慮も全くしてくれなかった幼い兄たちに、私はかなりカモられた。泣いたことも喧嘩したこともあったが、やはり遊び相手は兄たちがほとんどのため、カモられ続けたのであった。えげつないの称号は彼らだと思う。

 それで無理だと諦めれば変わったのかもしれないが、私は兄たちとのゲームや遊びも嫌いじゃなかったのだ。だけど勝てないのはやっぱり悔しい。力や経験の差で勝てない。勝負事大好きな兄たちに囲まれていたこともあり、私もそれなりに負けず嫌いだと思う。ならば、悪知恵を働かせるしかないではないか! そうして、ゲームで嵌め技コンボを決めて勝ち、兄の悔しそうな顔に満面の笑顔を見せる妹が誕生したのであった。可愛くない、と言われたが誰の所為だと思っている。

 可愛いと言えば、私より十歳以上も下の弟は普通に可愛い。年の離れた弟には、まるで壊れ物のように扱う兄たちに、そこは女の私のポジションじゃないのかと思わなくもないが、可愛いのは事実なので私も弟の世話は積極的にしている。その優しさを私にちょっとでも発揮してくれていたら、たぶんこんな性格にはならなかっただろう。おのれ、兄共め。

 ちなみにゲームのような勝負事以外では、このちょっとした悪癖はそこまで表に出てこない。だから私自身は、どこにでもいる普通の女子高生だと思っている。兄の趣味に巻き込まれることは日常茶飯事だが、女子でゲームなどをしている友達は少ないため早々出てこなかったのだ。未だに四人対戦したり、協力プレーする兄妹は私たちぐらいだろうし、なんだかんだで仲は良かったのであった。


 さて、長々と頭の中で考えていたが、そろそろ現実逃避から戻ろうか。しかし、どうして私はこんなところにいるのだろう。この場に立っているのが、兄たちのいずれかならわかる。だけど、この場に立っているのは私だ。いつも通り学校へ行くために、兄妹四人で玄関の扉を開けたら、……私だけここにいた。周りに兄も家も道路もなく、あるのは石造りの壁ばかり。

 ジメッとした空気に、壁には苔が生え、通路などが奥に見える。全体的に薄暗く、建物の中にしては人が住めるような感じではない。RPG風に言うなら、ダンジョンと言う感じだ。今でも薄闇から何かが出てきたとしてもおかしくない。少々不本意だが、兄たちのゲーム脳が私にも伝染しているおかげで、そこまで取り乱さずに済んだ。なんかゲームみたい、と最初に思うあたり私は何気に駄目かもしれないと思った。

 そんな自分を再確認する原因になった相手に溜息を吐きながら、私はようやく口を開いた。


「……それで、私にこのダンジョンの経営の手伝いをしてほしいと?」
「そうだ。まさか異世界の人間が来るとは思わなかったが、……いやいや面白い」

 私は何も面白くないのだが。目の前でクックック、と悪役スマイル全開の男に私はあからさまに嫌な顔をさせてもらった。いきなりこんな所に呼び出した誘拐犯だが、さすがに初対面の人に殴り掛かったりはしない。罵声をあげるほどまで、怒りのゲージも吹っ切れてはいなかった。というより、男の腕の中にいる存在が、そういった私の行動をセーブしていた。

「カッコつけているとこ悪いけど、……赤ちゃん抱きながら言っても色々半減よ」
「……いいか女。俺はな、魔神様に仕える悪魔の一人なんだぞ! お前のような人間の女など、俺の気分ですぐにでも好きにできッ――!」
「おギャァアアーー!」
「あっ、起こした」
「うわっ!? ちょっ、泣きやめ! 泣きやまないかッ!」
「いやぁアア、やァァーー!!」
「うっ、わ、悪かった、俺が悪かった! ほら、高いぞー! めっちゃ高いぞぉーー! おい女、お前も手伝わないかッ!」
「…………」

 気づいたら召喚され、ダンジョンの中にいて、怪しい男が赤ちゃんを抱きながら現れて、そして自分で泣かせてジャンプしながらめっちゃ困っている。どういう状況だ。自分を呼び出したらしい相手を見据えながら、静かに私は天井を仰ぐ。とりあえず、私の状況は前途多難らしいことはなんとなくわかったのであった。



******



「きゃっ、きゃ!」
「ほーら、ご飯よー。いい子ですねー」
「……手慣れているな」
「弟が産まれた時、よく手伝っていたからね。あなたも離乳食作り上手じゃない」
「当然だ、俺だからな!」

 なるほど、これが残念臭か。なかなか整った容姿に、よく見ると非常に珍しい金と灰のオッドアイで神秘的な感じなのに、……残念。言ったら怒りそうだから言わないけど。弟が産まれた当時は中学生だったから、両親もよく私に任せてくれたものだ。兄たちもぞろぞろやって来たが、ほとんど役に立たなかったので追い返したのはいい思い出である。

 さてさて、泣き叫ぶ赤ちゃんを私があやし、彼が魔法みたいな力で用意してくれたらしい椅子に向かい合って座る。いきなり何もない空間から椅子を取り出すなんて、やっぱり異世界かと認識すること数分。この子もだいぶ落ち着いたようなので、そろそろ切り出すことにした。

「それで、私はどうしてここによばれたの? ダンジョンの経営っていうのもよくわからないし、何より家には帰してくれるの?」
「お前と言うより、女であり、ダンジョンについての知識がある者を呼び出したらお前が出てきたんだ。元の世界にだが、役目を終えたら時間軸も含めてきちんと帰してやる。だが呼び出したばかりだからな、召喚に使った分の力がこのダンジョンに再び溜まるまで使うことはできない」

 一方通行ではない、その言葉に安堵が漏れた。今すぐには帰れないことは不安だ。異世界とか訳が分からない。それでも取り乱さずに話を聞けるのは、ゲーム脳もあるかもしれないが、やはりこの赤ちゃんのおかげだろう。自分よりも弱い、本来守るべき立場の者がいる時、しっかりしないといけないという気持ちが強くなる感じだろうか。

「よかった、帰れるんだ…。というよりなんで女性限定、……まさか私の身体をッ!?」
「お前のような色気のないガキに興味なんかねぇよッ!」
「だァッ!」
「痛ェッ! おい、俺の髪を引っ張るな! 抜けるハゲる…マジで抜けっ……!!」
「あぁー、ありがとう坊や。さすがに涙目になりだしているから、手を放してあげて。私はあなたの報復に、すごくすっきりしたから嬉しいよ」
「きゃぁう!」
「おい、なんだこれ…。こいつを育てさせるなら女の方がいいと思ったのに、俺は何を間違えた……」

 からかうとちょっと面白い、と暗黒面がうっかり出てきてしまった。あと身体云々の彼の返答に、肩の力が少し抜けるのがわかった。初対面の男性と一緒なのは事実。意外と緊張していたみたいだ。口は悪いし、女子高生に向かってガキ扱いはムッときたが、楕円系禿一歩手前シーンが見れたのでムカつきは収まる。それに、きちんと質問に応えてくれるあたりそこまで悪いやつではなさそうだと思った。

 そして私は、彼が指をさした赤ん坊に改めて視線を向ける。確かに赤ちゃんの世話なら、女性が適任者かもしれない。つまり私に、この子の世話をしてほしいと言うことだろうか。でも、さっきダンジョンの経営って……。じっと見つめる私と目が合ったからか、嬉しそうに赤ちゃんは笑顔を見せてくれた。やだ、可愛い。思わず、私も笑みを浮かべていた。

「……まったく、随分懐かれているな。このダンジョンの異空間から繋げたおかげで、そいつと調和性が高い者がきちんと呼ばれたって訳か」
「それって、どういう意味?」
「そいつを育てさせるんだから、お互いに波長が合う者を呼んだ方がいいだろう。失敗されても困る」

 つまり要約すると、女で、ダンジョンに理解があり、この子に気に入られて、さらに相手もこの子を気に入る存在という訳か。なんてハードルが高い召喚条件だ。それで出てきてしまった私もアレだが。それにしても、わざわざ子育てのために異世界に呼び出されるとは思わなかった。家庭の事情とかあるかもしれないけど、親はどうしたのだろう。

「この子は、あなたの子でいいの? 髪も顔立ちも似てないから奥さん似?」
「俺に子どもなんていねぇよ。……魔神様からの命令で、そいつを一人前に育て上げることが俺に課せられた使命だ。食事の作り方は書物に載っているが、実際に育てるとなると全然わからねぇ。だから、赤ん坊の世話とついでにダンジョンの知識があるやつを呼び出したんだよ」
「さっきから聞いていたけど、ダンジョンの知識がなんで必要なのよ。ダンジョンの中で育児をするより、街で育てればいいじゃない」
「そいつは、ただのガキじゃない。魔神様の手によって新たに生み出された『ダンジョンメーカー』と呼ばれる、生きたダンジョンの心臓だ。そいつ自身が、このダンジョンそのものなんだよ」
「えっ……?」

 手の中にある温もりを、驚きで落とさなかったことにホッとした。自分の子じゃない、と言う言葉にも衝撃を受けたが、この子が魔神と呼ばれる存在の手でつくられたことに一瞬呼吸が止まった。腕の中の温もりは、私の弟のように命の鼓動を感じ、重みがある。じっとりと汗が、私の背に流れた。

 ダンジョンメーカー。直訳すると、ダンジョンを作る人ということだろうか。無邪気に笑っているこの子が、今私たちがいるダンジョンを作った? そんなはず…、と思いながら、彼の最後の方の言葉を私は恐る恐る聞き返した。

「生きた、ダンジョンの心臓?」
「本来ダンジョンとは、宝玉と呼ばれる魔結晶が生み出した天然の要塞だ。宝玉はかなりの価値でな、だから色々な者に狙われるため、防衛本能からダンジョンを作り出す。そして宝玉は自身を狙いに来た者を返り討ちにして、生命力を糧とすることで力を得ていくんだ」

 しかし近年、宝玉の数が徐々に減っていき、さらに人間たちも金や力や名誉のためにダンジョンの攻略に精を出している。いくら力を蓄え、巨大化したダンジョンでも、何十年もかければ攻略法が暴かれていく。宝玉は所詮無機物。逃げることもできず、さらに知恵をつけていく相手に、どんどんその数を減らしていった。

 それに困ったのが、例の魔神様らしい。詳しくは教えてくれなかったが、要はダンジョンがなくなるのは困ると対策に乗り出したのだ。無機物ゆえに、知恵を持つ相手に対策出来ないのなら、同じく知恵をつけさせればいい。宝玉自体に意志や身体があれば、自ら対策することができ、協力などもできる。そう考え、宝玉を生き物へと変える研究が始まった。そして、成功例としてできた数体の宝玉の子、『ダンジョンメーカー』を部下に預け、結果を調べる。それが、彼の仕事らしかった。

 この赤ちゃんと、ダンジョンは一蓮托生。ダンジョンが力をつければ、一緒に赤ちゃんも成長していく。それって、普通にすごいことだろう。だけどそれは、逆にダンジョンが攻略されたら、……その心臓であるこの子はどうなってしまう。攻略者が宝玉を手に入れるためには、この子を――。

 私の手は、気づいたら震えていた。それを目ざとく見つけた男は、スッと目を細めた。


「先に言っておくが、ここから逃げることは許さない。そいつに危害を加えるのなら、その時は俺がお前を消す。……第一お前が元の世界に帰るには、ダンジョン――宝玉に力が溜まらなければできないしな」
「待って。確か宝玉に力を込めるには、このダンジョンに入り込んだ者の生命力を吸わせるのよね。つまり、あなたは私に……」
「家に帰りたいんだろう? お前が元の世界に帰るには、そいつに生き物の生命力を食わせなくてはならない。お前の持つ知識を流用すれば、それだけお前の目的に繋がっていくことだろう。その化け物を育てることに今更怯えようが、役目はしっかり果たしてもらうぞ」

 先ほどまでそこまで悪い奴じゃなさそうと思ったが、前言撤回する。なかなかえげつないやつだった。言葉を失う私の反応に、楽しそうに笑みを浮かべている。彼の言うことが本当のことなのかはわからない。だけど、他に私が頼れるものはなかった。ここを抜け出しても、助かるかどうか確証はない。異世界で力のない小娘がどうなるかなんて、想像したくもなかったのだ。

 鈍感だと言われそうだが、今更ながら緩和されていた気持ちが震えとして身体に現れる。たぶん今意識を緩めれば、泣き出してしまうかもしれない。なんで私が、って気持ちはある。こいつ一発ぶっ飛ばしたい、って気持ちもある。だけど、ここで震えて泣いて理不尽を叫ぶだけじゃ、私は元の世界に帰れない。こんなところで終わりたくない。

 震える拳を握り込み、私は彼を睨み付けるように視線を向けた。それに驚いたように目を見開かれたが、構いはしない。不安や怖い気持ちはある。だけど同時に、理不尽とこいつにムカつく気持ちもある。第一、こいつは一番聞き捨てならない言葉を言った。脅しのような言い方以上に、私はそっちの怒りの方が強かった。

 ここで、泣き寝入りして堪るか。私は善人だと言い張れるほどできた人間じゃないけど、それでも命を軽んじるような人間にはなりたくない。この十六年間で培われた、私の負けず嫌い根性を舐められて堪るものかっ!


「……謝って」
「お前、どっちが立場が上かわかっているのかよ。お前が家に帰れるかの決定権は俺に――」
「それは後回し。あなたがまずやるべきことは、この子を化け物って言ったことを謝ることよ」
「……はい?」

 相手の嫌味ったらしかった口が、ポカンと開かれる。彼が悪魔だとしても、まず私にとってそこが許せなかった。この子のために、私はこの世界に呼ばれたのかもしれない。だけど、この子のおかげで私は不安や恐怖に押しつぶされなかった。この子の笑顔で、私も同じように笑えて安心感を覚えた。可愛さに絆されただけかもしれない。勝手に母性が働いているだけなのかもしれない。だけど、私はこの子を守りたいと思った。

 人間じゃないとか、私の中ではどうでもいい。だって私の素直な気持ちは、この子に笑っていてほしいと思ったことだったから。この気持ちだけは、絶対に譲れない。

「化け物なんてひどい言葉を使われて、嬉しいと思う人がいるものですか。それとも悪魔の中では、化け物は褒め言葉なの?」
「えっ、違うが…」
「じゃあ、謝って。だいたいあなたはその魔神様から、この子を一任されているんでしょう。保護者として命を受けたのなら、しっかり愛情を持って、責任を持って、計画性を持って、躾をして、大切に育てていかないと。ひどいことを言ったのなら、ごめんなさい。大人の見本として、それぐらいできるでしょ」
「……そいつは、もともとはただの宝玉。石だぞ。人のような姿で、意志は確かにあるかもしれないが、つくられた存在であることには――」
「それでも、命よ」

 彼の言うことがわからない訳じゃない。だけど、私にはこの子が宝玉と言う石には見えない。化け物になんてもっと見えない。泣いたり笑ったりできて、自分で意志を持っている。温かく柔らかい身体に、生きていることを感じさせる重さ。命の定義とか哲学とかはさっぱりだけど、私の答えはこの一択のみ。理屈とか理論より、私が選んだのは感情論。だけど、これが一番納得でき、勇気を出せた。

 この悪魔に、私の今後が握られていることは変わらない。生意気を言うな、と本当に殺されるかもしれない。それでも力では負けても、意志だけは負けない。私は赤ちゃんを抱きしめながら、真っ直ぐに片方の目と同じ灰色の髪の悪魔を見据えた。眼だけは逸らさない様に、前だけを見続けた。

「……お前、馬鹿だろ。なんで出会って一時間も経っていない他所の赤ん坊のために、俺の機嫌を損ねかねない選択を取るかな。自分の命が惜しくないのか。役目を勝手に押しつけられて反発するのが、先じゃないのか」
「後ろ二つに関しては、改めて聞くけどね。私の命に関しては、いきなり殺されることはないと思っているわ。この子を育てる手が無くなってしまうもの」
「そうか? 女なら、適当に人間の街から攫ってくればいい」
「だったら、最初からそうしているでしょう。私を呼びだすために、わざわざ溜めなきゃならない宝玉の力を使って、異世界から召喚した。それだけこの子の世話ができる相手を、厳選する必要があったんじゃないの? 何より、私は与えられた役目に関して逆らうつもりはないわ。この子を死なせないためには、強いダンジョンにして、誰にも攻略できないようにする方法が一番。知識を出すことも出し惜しみしないし、いくらでも協力する。そうすれば、この子は強くなって死なないし、その力で私は元の世界に帰れる。私にほとんど損がないし、あなたも協力的な相手を得られるわ」
「…………」
「だから、私がまずすべきことは、この子の保護者であるあなたの態度。私はこの子の命を守るために、全力を出す。だけどその協力者のあなたがこの子を命と認めないのなら、必ず私たちの関係は破綻する」

 問題は人の命を奪うかもしれないことだが、先ほど彼は『生き物の生命力』が必要と言っていた。もし、命を奪わなくても相手から生命力をもらえる方法があるのなら、私に憂いは一切ない。全力を持って、子育てもダンジョン経営もしてみせよう。選ぶのなら、私はこの道を選ぶ。非情でも、他は切り捨ててみせる。

 私の選択の答えは告げた。だから、次はあなたが選ぶ番だ。


「ククッ、俺が選択を迫っていたつもりが、いつの間にか俺が問われている訳か。それも、命であるかの選択で。……ここで無駄口を叩くな、と暴力で訴えれば、俺はお前の意志に勝てなかったと証明される訳ね。えげつねぇな、お前」
「一言多いわよ。それであなたの選んだ答えは?」
「わるかった」
「確かに、悪魔ってプライドが高そうだから――って、えっ?」

 緊張で凍り付いていたような空気が、彼のあっさりとした謝罪にガクッと崩壊した。私の強張っていた身体も空気が抜け、予想外の返答にたたらを踏む。えっ、本気で何で? いや、私の望んでいた展開ではあるけれど。

 さすがに悪魔なんて存在が、人間の私からの要求で自分の非を認めるなんて早々できないと思っていた。だから多少私には不利な条件下になるだろうけど、せめて敵対しない相互関係案をなんとか引き出せないかとずっと考えていたのだ。そんな私の様子に、灰色の悪魔は心底おかしそうに笑っていた。

「そんなにも俺が謝るのはおかしいか? 普通に考えて、謝罪一つで俺は欲しかった全てが手に入るんだ。少なくともお前は、そいつを裏切ることはない。それは、俺の目的とお前の目的は一致しているということだ。俺は異世界の知識が手に入り、ダンジョンメーカーの世話係も得られる。何より、俺はお前を元の世界へ帰す報酬を渡すだけ。俺にほとんど損がないし、お前と言う協力的な相手を得られる訳だ」

 私の言葉をそっくり真似てくる相手に、少し頬が引きつる。どうやら目の前にいる男は、なかなか強かな性格でもあったようだ。プライドよりも、利を取る。それはできそうで、できないことだ。協力関係が結べたことは素直に嬉しいはずなのに、なんだろうこの釈然としない気持ち。というか、ドッと疲れてしまった。

 啖呵を切ったのは自分だけど、こんなんで私、これからやっていけるのかなぁ…。


「うぅー、まぁー?」
「うん、私頑張るよー。もうこうなったら、とことんまで大量のトラップに魔改造に魔改造を重ねて、最高の攻略不可能ダンジョンを作ってみせようじゃないの! だから応援してね、えーと……」
「お前本当に人間、というか女かよ。あと、どうした」
「名前よ、名前。この子に名前はあるの……って、明後日に目を逸らさないでよ」

 つまり、つけていないのね。ずっと「そいつ」呼びだったから、期待していなかったけど。名前は大切な贈り物なんだから、ちゃんとつけてあげなくちゃ。どんな名前がいいだろう。淡い水色の髪と青い瞳、顔立ちはどちらかと言えば西洋系。和名は個人的に思いつきやすいが、横文字の方が似合いそうだ。

「って、そうよ。この世界に合う名前をつけてあげるのが、まず大切じゃない。ねぇ、この世界の基準を知りたいから、あなたの名前を教えて。ちなみに私の名前は、千の優しさを持つ子にって思いから千優(ちひろ)ってつけられたわ。結構気に入っているの」
「俺の名前を名づけの基準扱いする女が、優しさなんか一欠けらも持っている訳――」
「ごぉー」
「あいっ!」
「痛ぇェェッーー!!」

 やだ、うちの子超賢い。間違いなく天才だわ。的確に相手が反撃できない角度からの髪奇襲シーンに、私は惚れ惚れした。とりあえず、彼と色々話し合う必要があるけど、うちの子と元の世界への帰還のために、出来ることを頑張っていきましょうか。

 こうして、悪魔の男と、ダンジョンメーカーという赤ちゃんと、人間の女子高生による、子育てダンジョン経営が始まったのであった。



******



「おい、本当にこの辺りに新しいダンジョンがあるのかよ」
「あぁ、確かこの先にあったはずだ」
「ダンジョンかはわからないけど、今までに何人か人が通った跡ならあるわ。靴底の跡に、道を作るための伐採の痕跡もあるもの」
「そんな人の痕跡があるのに、あまり知られていない。独占しているのか、戻って来れなかったのか…」

 四人組の武装を纏った人間が、草木をかき分け、人が通ったらしい痕跡を頼りに歩みを進めていた。周囲の警戒に顔を強張らせるが、同時にダンジョンを攻略できるかもしれない興奮に目が輝いている。そうして用心深く足を前に進めること、一時間。遂に彼らの目の前に、ダンジョンらしき入り口が発見されたのであった。

 四人はうなずき合うと、狭い通路を通るために隊列を作る。そしてダンジョンに足を踏み入れたと同時に、濃密な空間に入り込んだような気配に、肌が泡立った。稀にあることだが、宝玉の力が高いダンジョンである場合、特殊な能力を持つ場合がある。期待と不安を混ぜながら通路を進もうと、全員がダンジョンに侵入した。

 それと同時に、入り口の天井が勢いよく落ちて来たのであった。

「えっ」
「ちょォッ!?」

 パーティーの三人はいきなりのトラップに衝撃を受けながらも、反射的に身体を前に押し出すことで回避できた。しかし、ダンジョン侵入一秒後に発動される不意打ちトラップにすぐに対処できない者もいる。特に後衛職のような咄嗟の動きに弱い者は、ここで一気に振るいにかけられた。

 今回も四人の内の一人である魔法使いが詠唱を唱える暇もなく、もつれた足に引っかかり、仲間に助けを求めるように手を伸ばしながら――あっさり天井に潰されたのであった。

「い、いやいやいや! 開始数秒で致死トラップダンジョンって、聞いたことねぇぞ!?」
「しかも、これで入り口を完全に塞がれたな。致死トラップ兼、俺たちを閉じ込めるための檻という訳か」
「れ、冷静に分析している場合じゃないわよ! どうするのよ、これ!?」

 いきなりパーティーメンバー一名脱落に、阿鼻叫喚の三人。失った仲間を嘆きたいが、こんなトラップを用意するダンジョンに閉じ込められたとか、そっちの恐怖度の方が今は優先順位が高かった。このままこの狭い通路にい続ければ、また天井が落ちてくるかもしれない。とにかく攻略をすることが、散って行った仲間のためだと己を奮い立たせた。

 そうして、鋭利な刃物のように周囲を警戒しながら、狭い通路を丁寧に進んでいく。薄暗い古風な石造りのダンジョンを進むと、直角型の曲がり角が見えた。一直線故、他に道はない。一番先頭を進んでいた男が、緊張に足を止める。後ろに視線を向け、三人でうなずき合うと、最大限の警戒を持った。相手は最初から、致死トラップを仕掛けてくるのだ。罠や敵が配置されていてもおかしくない。

 まず石を投げて、足元などのトラップを調べる。先頭の男は大きめの盾を前面に出し、天井や床、壁を後ろ二人が確認する。バクバクと鳴る心臓を抑えながら、身体をゆっくりと捻り、曲がり角を曲がったのであった。

「……何もないか」
「安心しているところ悪いけど、また曲がり角よ…」
「えっ」

 盾から顔を出して確認すると、すぐにまた直角型の曲がり角が目に入った。それに頬が引きつったが、もう一度同じように隊列を組み直し、再び角を曲がる。そして、またしてもそれほど離れていない位置に曲がり角を発見した。

「これ完全に嫌がらせだろっ! これ作ったやつ絶対捻くれている、真っ直ぐなダンジョンを作れよ!」
「あといくつ曲がり角があるかわからないし、ずっとこれで進んでいたらまいっちゃうわ」
「だがそうして油断した我々に罠があるかもしれない。……堂々巡りか」
「くそっ、行くぞ!」

 そうして合計十四の何もない曲がり角を抜けた頃には、三人の精神はやさぐれていった。だんだん警戒している自分たちの方が、間抜けに見えてくるのだ。まだ入って一時間も経っていないのに、彼らのメンタルは曲がり角だけでガリガリ削られていった。

「……これで十五個目の曲がり角か」
「もう帰りたい」
「待て、少し影の角度や流れてくる空気が他と違う。この先は開けた空間かもしれん」

 仲間の言葉に、改めて警戒心が生まれる。同時にようやく曲がり角から解放される安堵に、涙が出そうになった。ダンジョンで開けた空間とは、それは敵がいる可能性が高いと言うことだ。狭い通路では、同士討ちが起こったり、武器を上手く扱うのは難しい。そしてそれは、敵も同じ。ようやく戦闘か、とこの溜まった鬱憤を晴らしてやる、と全員やる気に満ち溢れていた。

 そうして進んだ、最後の曲がり角を曲がった先の開けた空間は、綺麗な円周で広々としたものだった。そこには、巨大な一匹の竜がまさにブレスを吐く寸前の様子が見えた。……彼らの初戦闘は、必殺技の準備万端のボス部屋。待っている間に準備するのは当然じゃない? と何でもないように竜は開幕一ターンキルを仕掛けてきたのであった。

「うわぁァアアーー!?」

 こんな狭い通路にいたら、丸焼けを防ぐすべなどない。彼らはすぐさま大部屋になだれ込み、竜のブレスを受けないために身体を滑らせる。タンクとして防御とヘイトを溜めるための重い盾だが、ボスの必殺技から逃れるために今必要なのは速さであった。動きを阻害する盾を外し、逃げた瞬間に吐かれたブレスが盾を一瞬で蒸発させる。この強さでわかったが、たぶんこいつはボスで間違いない。こんな状況の初エンカウントがボスとか、泣きたくなった。

 疲労が蓄積された身体、バラバラに散らばった仲間たち、防具や仲間も一人失っている。全滅の二文字が頭をよぎる。これだけの大きさのボスだ。しかも竜はその場を動かず、避けた彼らをジッと観察しながらまたブレスを吐くために準備をし出す。必殺技連発とかやめてくれないだろうか、と男は切実に思った。

「おい、どうする!? あいつあそこから動かずに、ブレスを吐き続ける気だぞ!」
「さっきまでの通路は、ブレスでもう通れない。つまり退路はない。なら、あいつを倒すか、なんとかやつを潜り抜けて先に進むしか道はない」
「そっか、何も倒す必要はない訳ね。あそこから動かないのなら、さっさと出口に向かえばいいんだから」

 そうは言っても、それが簡単なことではないのはわかっているつもりだ。だが、他に方法がないのなら選ぶしかない。彼らはお互いにうなずき合い、サッと視線を周囲に向ける。ボスと戦うにしても、まず出口を確認しておかなければならない。周囲にはそれらしきものが見当たらない。ダンジョンの定番であるボスの後ろかとも思ったが、そこにもない。通路が……どこにもない。

「なぁ、もしかしてアレが通路か」
「見つけたの! どこに!?」

 冷静沈着な男の声が響くが、その声はどこか間違いであってくれ、と願うように強張っている。彼の指さす先は、ボスの真上。その高い天井にぽっかりと穴があいていた。ご丁寧にボスの後ろらへんの壁に、梯子までついている。言外にここをのぼれ、と訴えている出口であった。

「のぼっている途中で、焼き殺されるわッ!」
「普通通路は横に作るものだろうッ!」
「戦うしか道はないようだ…」

 怒りと嘆きと諦めを含んだ声がドームのような空間に響くと同時に、ボスの準備が完了した。二回目の灼熱の炎が吐き出され、それに散開して火の粉を振り払うように彼らは駆け抜ける。こうなれば、やるしかない。メンバーの紅一点である女性は、腰に差していた剣を片手に竜に向かって突っ込んだ。

「援護して!」
「わかった」

 疾風のごとく竜に向かう彼女を援護するように、男は背中に背負っていたボウガンを取り出し、静かに構えた。女剣士が自分に近づいているにも関わらず、その場を動かずまたブレスを溜めだした敵の悠長さに男は嗤う。女剣士も己の剣技に自信をみなぎらせ、今までのイライラを全て込めた技を繰り出そうと迫った。

 そしてすぐ、竜に近づこうと彼女が踏み込んだ地面が突如大爆発を起こし、女剣士は跡形もなく消え去ったのであった。パラパラと降ってくる粉塵に、残された男二人が沈黙した。

「…………」
「…………」
「……なぁ、もしかしてあの竜があの場を動かないのって、周りが罠だらけだからじゃ」
「先立つ不幸を許してくれ…」
「おい、諦めるなっ! というか、こんなえげつないダンジョンに俺を一人にしないでくれェェ!!」

 男の叫びもむなしく、三回目の必殺技準備が完了したボスのブレスによって、ボウガンを構えていた男は悟りを開いたような瞳のまま飲み込まれていった。

 動かなければブレスで焼かれ、動けばそこら中に設置されているだろうトラップが嬉々として襲いかかってくる。盾を無くし、武器は剣一本。退路はなく、進むべき道ははるか頭上。あっ、詰んだ。こんなことなら、最初の時点で壁をぶっ壊してでも引き返せばよかった。もし生まれ変われたら、こんなダンジョン二度と来ない。

 最後ぐらい自棄でやってやる! と立ち向かった男は、すぐ下にあった落とし穴に落ちて、見事に散って行ったのであった。



******



「あらら、三回目なのに一階で全滅しちゃった。前回は二階のモンスターハウスまで行けたのに、やっぱり魔法使いさんがネックか。最初の致死トラップでいかに彼を守れるかで、ボス戦は決まるみたいねー」
「……なぁ、今更だがダンジョンってこんなんだったっけ。もっとこう、人間たちの肩を持つわけじゃないが、色々違うくね?」
「何よ、ちゃんと初見殺し出落ちダンジョンは成果を出しているじゃない。あと甦り記憶リセット形式にして正解ね、おかげで生命力も稼ぎまくりだわ」
「悪魔の俺より、チヒロの考え方がえげつねぇよ」
「記憶の操作を担当しているアルクスに言われたくないわよ」

 子育てダンジョン経営を初めて、早数ヶ月。色々試行錯誤しながらだが、それなりにダンジョンの形をつくりあげることができていた。先ほどまで見ていたダンジョン内の風景を消し、灰色の悪魔――アルクスの方に私は振り向く。そこには先ほどまで見ていたボロボロの四人組のパーティーが、気絶して転がっていた。

 アルクスが意識のない彼らに手を翳すと、淡い光が彼らの身体から抜け出し、死なない程度まで四人分の生命力を吸収した。便利そうだけど、ダンジョン内で倒した生き物にしかできない技らしい。外でもできたら街で何人か取ってきてとお願いできるかと思ったけど、さすがに通り魔はまずいよね。自重した。

 そうして吸い終わった後、全員の頭に手を置き、魔法を使って記憶を塗り替えさせる。このダンジョンに関する記憶を消し、別の出来事でパーティーが全滅したが運よく生き残れたと思わせる。そして療休を取らせ、また回復したらこのダンジョンがあったことをふと思い出せる程度にいじっておく。すると、彼らはまたダンジョンを求めて、この地に自ら足を踏み入れてくれるのだ。記憶をリセットして。

 彼らと同じような仕掛けをしているパーティーは、他にもいる。周りに怪しまれそうになったら、ここに関する記憶は完全に消して放逐。再びアルクスに街に行ってもらい、ある程度力がある新しい冒険者にわざとダンジョンの情報を流すのだ。それをローテーション。ダンジョン攻略は早い者勝ちなところがある。知った情報をできるだけ外には漏らさないように、冒険者たちは自ら箝口するだろう。

 もしばれそうになったら、場所を変えていけばいい。ダンジョンメーカーの利点は、逃げる足があることだ。ダンジョンに冒険者などの異物が入っている状態だと動けないが、何もない場合はダンジョンを消して、新たな大地に作り直すことができることだった。

「普通記憶を操作して、リセットして何度もやらせるとか思いつくか? 初見殺しに特化したダンジョンとか、他にも一般のダンジョンの常識放り投げやがって」
「あなたが言ったんじゃない。殺さずに生命力を奪うだけじゃ、すぐに対策を立てられてしまうって。情報の大切さは、ダンジョン攻略とそして防衛の要よ。私たちが欲しいのは、それなりに質のいい生命力。だったら、パーティーごとに対策がとれる繰り返し供給が一番じゃない。安全だし」
「だから、えげつねぇんだよ」

 安全に確実に、コツコツと溜めていく。私は冒険者たちのように、冒険するようなまねはしない。呼び寄せる冒険者も、一流とまでいかない力量の者を選んでいる。少なくとも今は、多少時間がかかっても堅実に力を溜めていくべきだ。ダンジョンの攻略だけは、絶対にさせてはならないから。

 あれから私とアルクスの間で、三つの約束が交わされることとなった。一つ目は、お互いに相手に対して嘘をつげないこと。これは信頼関係を構築する上で、大切なことである。最初の時の会話も確認したが、全て本当のことらしいので、私も元の世界に帰るためとあの子のために協力を惜しまないと契約を交わした。

 二つ目は、ダンジョンを攻略に来る相手を殺さない。これは揉めに揉めた。そんなことは不可能だと言われたが、だったらそういうシステムを作ればいい。そんな不可能を可能にする力が、ダンジョンメーカーにはあった。彼らはもともと上位の宝玉からこぼれ落ちたものらしく、特殊な己だけの結界(システム)をダンジョンにつくることができたのだ。

 私はその結界に、『致死のダメージを受けた時、精神ダメージに全て変換させ、ここに転移させる』条件をつけた。おかげで私は致死トラップのバーゲンセールを惜しみなく繰り出せる。生命力リセットリサイクルもこれで思いついた。面倒ではあるが、死者が増えるのも別の面倒を呼び起こす。今は問題ないため、殺生に関しては一任してもらえた。


「マンマー、マンマぁー」
「大丈夫、すぐにもらえるわよ。今日のダンジョンも絶好調だったしよくできたわねー、クローリー」
「きぁあう!」
「やん、可愛い!」
「……お前ら平和だな」

 私の言葉に嬉しそうにガッツポーズする、このうちの子の可愛さよ。四人の屍(死んでいない)の前ではしゃぎ過ぎたかもしれないが、私は褒めて伸ばす教育方針なのだ。この子の明るい未来を願って、栄光の『グローリー』からちょっと柔らかめな感じの名前にしてみた。ちなみに、愛称はクロ。食事は身体の維持のためにとるが、彼が成長するには生命力が必要である。ここ数ヶ月頑張ったおかげか、クロは喃語を反復したり、意志を持って言葉を発しようとするようになっていた。

 ダンジョンメーカーという、特殊な種族だけど、成長の過程は人間とあまり変わらないらしい。上手にお座りができるようになり、アルクスにすぐに買いに行ってもらったベビーベッドの中で手をぶんぶん振っている。生命力を吸い終わったらしいアルクスは、クロの前まで歩くと淡く輝く塊を手渡す。クロは嬉しそうに笑みを浮かべると、勢いよくその光を飲み込んだのであった。おっ、元気なゲップが出た。

 ダンジョンメーカーの生態は、まだまだ研究中らしいけど、なんとも不思議なものである。アルクスは記憶の操作や街での売買に、情報収集を担当し、そのほかはクローリーの成長記録を書いて魔神様に送っているようだ。私には育児日記にしか見えないが。そんな私は基本クロとお留守番をしている。彼の健やかな成長のために絵本を読んだり、一緒に遊んだり、食事を作ったり、私の考えた必殺ダンジョンを考案したりしていた。クロを一人前に成長させる。それまでは、私もこの世界にいる。それが私たちの三つ目に交わした約束であった。


「それじゃあ、こいつらを捨てに街に行ってくる。こいつらの金をいくらかいただいたから、何か必要なものがあれば買ってきてやるぞ」
「それじゃあ、子ども用の教科書があったら何冊か買ってきて。離乳食の材料も切れてきたから、どっちもお願い」
「はいはい。悪魔使いの荒い女だ」
「クロのお父さんなんだから、しっかり働いてもらわなきゃ」
「誰がお父さんだよ」
「だぁっ!」
「指さすな」

 お父さん発言に賛同のクロに、アルクスは胡乱気にグシャグシャとクロの水色の髪を掻き撫でた。それにキャッキャと声をあげるクロは、嬉しそうである。乱暴だけど、私が来るまで二人だけでダンジョンを経営していたのだ。なんだかんだで仲はいいのだろう。

 アルクスが外へ行ったので、ダンジョンに新しい致死トラップでも付け加えようと私はクロにお願いする。すると、元気に返事を返してくれた彼は、自分のダンジョンの全体マップを投影した。私はそのマップを確認し、罠の場所やモンスターの配置、命令の内容を一通り不備がないかを見ていく。クロはそんな私の作業を静かに見つめていた。

 ダンジョンの一番奥深くにあるここはボス部屋でもなんでもなく、ダンジョンの一角を改築した家になっている。もっと調理場を大きくしたいが、それだと罠の数を減らさないと駄目だ。蓄えられた力の分だけダンジョンに設置できるので、そのあたりの兼ね合いはいつも迷ってしまう。クロが大きくなれば、その分できることももっと増えていくことだろう。「いしのなかにいる」は最高の致死トラップだと思うのだが、いつか実現させてみたいものだ。

 私はクロに異世界でのダンジョンについて語りながら、そんな夢を見るのであった。



******



 そうして少しずつ生命力を頂戴し、力を付け続けたクローリーは、半年を過ぎたころにはつかまり立ちができるようになり、もうすぐ歩けるかもしれないところまで来た。そうなったら、私は感動で泣いてしまうかもしれない。言葉もちょっとずつ意味のある単語になっていき、最近では研究のためだ、とアルクスが自分の名前を何度もクロに言わせるシーンを見てしまった。

「あー、アリュー」
「違う、アルだ。アルクス、ほら言ってみろ」
「アリュ、クシュー? クシュー」
「まだ発音をきっちり言える段階ではないということか。いいか、俺はアルクスだぞ。お前の主人だ、ちゃんと覚えておけよ」
「あい、パパ!」
「誰がパパだ」

 いつも通りのやり取りを見ながら、ちょっとからかうと彼から「チヒロはママ呼ばわりでいいのかよ…」と言われたので、当然だとうなずいておいた。こんな可愛いクロの母親なら大歓迎です。なんかクロ馬鹿と言われたが、なんでそこまで父親を嫌がるかな。やっていることは、似たようなものなのに。そう言うと、彼は何故か私を気まずそうに見ながら溜息を吐いていた。よくわからない。

 ダンジョンが暇な時は、私もこの世界を知るためにアルクスが持ってきた教科書を読みながら勉強をしている。ダンジョンの引っ越しの際に三人で外に出た時は、圧倒的な大自然に驚いたものだ。初めて街を歩いた時は、クロと一緒にファンタジーな世界を改めて実感した。アルクスが外では眼帯をつけているのが新鮮だったが、金の眼は悪魔の証らしい。なるほど、厨二病じゃなかったのね。

 私たちはダンジョンを作って、冒険者をホイホイして、クロをパワーアップさせて、いい場所を探しに旅をして、そしてまたダンジョンを作る。最初はいきなり召喚されて大変だったけど、思い返してみれば楽しい思い出がたくさんできてしまった。この世界の一部の冒険者さんにはアレだが、相手もダンジョンの攻略に来ていたのだから自業自得だろう。私はいつか元の世界に帰ってしまうけど、少なくともクローリーと、ついでにアルクスには幸せになって欲しい。

 アルクスのことはあんまりわからなかったけど、彼の目標は悪魔の中で成り上がっていくことらしい。ダンジョンメーカーという新しい種族の育成に成功すれば、他よりも差をつけられる。そこまではいいが、それでやったこともなかった育児やダンジョン経営をやるのは無謀ではないのか。現にそのために、私はここにいる。それを言ったら、無言で目を逸らされた。一応成り上がれるように応援はしておこう。

 そんな風に過ごしていた私たちは、新しい街に着き、新しいダンジョンをまた作った。階層も五階までつくれるようになり、モンスターも状態異常を引き起こすタイプを導入。クロが敵と認識しなければ、私たちがモンスターに襲われることはない。だからといって、罠たっぷりのダンジョン探索をする気は起きないが。


「今回はいい装備を持っていた冒険者に情報を渡してきた。倒して奪えばいい金になりそうだ」
「ふーん、あっ、あれかしら」

 アルクスが声をかけてきたらしい冒険者を、ダンジョンに設置している目から確認する。人数は五人で、男性が三で、女性が二だ。彼の言うとおり、身なりがよさそうな装備である。ダンジョンは私たちの収入源でもあるため、お金を持っていそうな冒険者は手強いが、それだけの利をこちらも得られる。クロに見せてもらったダンジョンマップを眺めていた私に、アルクスの不可解な声が聞こえてきた。

「……おかしい」
「どうしたの?」
「一人、多い。俺が呼んだのは、あの四人組だ。あの金髪の男はいなかった」

 今までにも予定していなかった冒険者や、自力でダンジョンを発見したパーティーがいなかった訳じゃない。それでも彼は警戒を隠さない。私は改めて冒険者を、金髪の男性を見ていると違いを見つけることができた。他の四人に比べて、雰囲気が確かに違う。腕のある冒険者の生命力を得てきたこともあるけど、こんなにも肌が泡立つことがあっただろうか。

「……チヒロ、クロ、全力でやれ。装備の損壊も気にするな。とにかく仕留めるんだ」
「わかった」
「うっ!」

 アルクスはそう言うと、金の眼を隠すいつもの眼帯をつけ、部屋から出て行った。私は慣れた手つきで、ダンジョンの構造にもう一工夫こらす。あんまりダンジョンを破壊しすぎると、修理が大変なのだが、今回はあまり遠慮しない方がいいだろう。

「クロ、あなたの力ちょっともらうわよ。ボスを二体作る」
「まぁま…」
「……大丈夫、絶対に守ってあげるから」

 私のスカートをギュッと握るクロに、優しく微笑みかけた。柔らかい彼の髪を撫で、私は腕を広げ、モンスター召喚システムを起動させる。ダンジョンメーカーはモンスターを配合して作り出したりできるが、力のある既存のモンスターをダンジョンの力で呼びだすこともできるのだ。私の召喚は、この召喚方法を弄って呼び寄せたものらしい。つまり、私一人が元の世界に帰れるだけの力ならもう宝玉にはあるのだ。

 それでも、私は静かに首を振った。不安そうに私に寄り添うこの子を、放っておくことなんてできない。悪魔なのになんの力もない人間の私との約束を守ってくれる、アルクスを裏切りたくもない。私を信頼してくれる二人のために、言われたとおり全力を出すのが私の仕事だ。私は、二人の味方なんだから。

 そんな私たちの決意は、その数時間後――一気に崩れていった。


「嘘、これも突破された…」

 落盤からの生き埋め、落とし穴、毒矢の雨、針爆発、即死級の電撃に、お約束のローリングストーンに、宝箱からの神竜こんにちは、までのありとあらゆるトラップが切り抜けられてしまった。他の冒険者の四人は、もうとっくに一撃必殺し、転移されて別室に閉じ込めている。だけど、どうしても最後の一人だけが倒せなかった。

 すでに相手は四階にたどり着いている。非常口まで丁寧に作ったのだが、ダンジョンから出る気はさらさらないらしい。ダンジョンの奥を目指す理由なんて、宝玉を入手する以外ありえない。もしかしたらダンジョンメーカーという種族を調べるために、クロは連れ去られてしまうかもしれないのだ。それで私は、人間を害した者として、切り捨てられたっておかしくない。

 強い冒険者がいることは知っていた。忘れていたわけじゃない。それでも、上には上がいることを、まざまざと教えられた。私たちのダンジョンはまだそれほどの力がない。当然だ、クロはようやく立ち歩くことができるようになったぐらいなのだ。この子が私ぐらい大きくなっていれば、この上級冒険者だって止められたかもしれない。だけど、それは今どうしようもないことだった。

 モンスターハウスは彼の剣で切り捨てられ、ガスによる攻撃は魔法で散らされ、真っ暗闇の通路からの奇襲で少し傷をつけられたが突破される。幻覚作用を起こす花を焚き、美女ハーレムの夢を見せたが歯ぎしりしながら突破され、まさかの男色かと思いマッスルハーレムを呼び起こしたが吐きながら突破された。ならばと少年少女によるスプラッターや、仮面にチェンソーや、怪談から幽霊まで出して恐怖のダンジョン化させたが、顔色を悪くさせたぐらいで足元をふらふらさせながら抜けられてしまった。

 まずい、まずい、まずい。他に何かないか。彼の足取りをマップから辿り、投影を眺めていた私は、遂に自分がいる五階にたどり着くための階段の近くまで、もう冒険者が迫っていることがわかった。あとはダンジョンボスがいるだけ。ここで二体目のボスを召喚しても、果たして勝てるのか。止まらない汗が、私の背に流れ続けた。

 そして、冒険者がついにボス部屋に姿を現したのであった。


『おっ、あんた冒険者かっ! 助かった、この部屋のボスを倒すのを手伝ってくれないか!?」
『君は……』
『俺も冒険者だ! このダンジョンの罠に仲間がやられて、こうなったら意地でも宝玉を手に入れなきゃ帰ることなんてできねぇっ! 頼む、分け前はあんたにもやるから手を貸してくれ!』

「パパ!」
「アルクス…」

 投影に映し出されたのは、ボスと対峙するアルクスの姿だった。薄汚れた鎧に、血がにじむ姿は、決死の覚悟でここまで生き残ってきた冒険者にしか見えない。……アルクスの狙いはわかる。なら、この冒険者の隙を作り出せるように私はサポートするだけだ。

 疑わしく思われていても構わない。必要なのは私かアルクスのどちらかが、この男に致命傷を負わせればいい。少なくとも、完全に敵だと判別できない状況で、冒険者がアルクスを攻撃する選択はとりづらいはず。もちろん、悩ませる時間はとらせない。

 私はボスの命令思考を入力し、攻撃に向かわせた。それに冒険者は舌打ちをすると、まずは攻撃態勢に入っているボスへ剣を構える。そこにアルクスも協力し、まるで踊る様に戦場に剣を走らせた。今までにも多くの冒険者の剣技を見てきたが、まるで魅入られてしまうように美しかった。

 私は第二ボス召喚のための準備をしながら、即死級トラップを同時に発動させていく。その時、ボスの攻撃を避ける際にトラップが上手く発動し、それを防ぐために冒険者の動きが止まった。そのチャンスを見逃さなかったアルクスは、背中から灰色の翼を出し、トップスピードで男の背に剣を突きたてたのであった。

 やったッ、それに私の顔に歓喜が浮かんだが、突如アルクスの表情が歪んだことに目を見開く。冒険者の背には確かに剣が刺さったが、――致命傷じゃない。最小限の動きで急所を避けられたのだ。そして男は剣を持っていない方の手で懐にしまっていた短刀を抜き、アルクスの脇腹に反撃の一撃を見舞ったのだと気づいた。

「アルクスッ!!」

 痛みに体勢が崩れたアルクスへ、冒険者は強烈な蹴りを放ち距離を開かせる。そのまま再び剣を持ち直し、迫っていた竜の鉤爪を受け止め、氷の高位魔法で竜の喉を潰す。ブレスを吐きだそうとしていたところを邪魔され、動きが止まったボスへ向けて駆け出す。男が何かを唱えると剣が白く光り出す。そのままの勢いで跳躍し、輝く剣を手にその首をはねとばしたのであった。


『かっ、強ぇな…。今の剣、見たことがあるぜ。お前、冒険者じゃないだろ。なんで天下の聖騎士様が、こんな辛気臭いダンジョンなんかにいるんだかな』
『調査のつもりだったが、思わぬものを見つけたようだ。羽にその金眼、やはり悪魔か。しかし片目のみと言うことは、貴様は半端ものか』
「……半端もの?」

 私の知らない単語が色々出てきたが、とにかく私は相手の隙を窺い続ける。アルクスは自分が悪魔だと言っていたけど、半端ってどういう意味なのだろう。

『この俺をそのふざけた名称で呼ぶんじゃねぇよ。俺は高位悪魔の両親から生まれた、正真正銘純血の悪魔だ!』
『なら、より哀れだな。純血の悪魔は排他意識が強い。純血同士の子でありながら、悪魔の証を全て受け継げなかったなど恥と言われ、それこそ碌な扱いをされなかっただろう。半端ものは、悪魔の中では異形や奴隷と同じ扱いだったはずだ』
『ッ……』

 金の眼は、悪魔の証。でもアルクスはそれを片目しか受け継げなかった。悪魔の半端ものの意味はわからないが、きっと侮蔑の言葉だ。彼はずっと成り上がりたいと言っていた。その理由が、片目しか証を受け継げなかったことによる、周囲からの冷遇だったとしたら。

『ごちゃごちゃ煩いな。ここでてめぇをぶっ飛ばして、その口を今すぐに閉ざしてやろうかァ!』
『強がるな。……安心しろ、すぐに楽にしてやろう』

 さっき竜を倒した時と同じ輝きが、金髪の男の剣に注がれていく。一撃で竜の首をはねるような威力の斬撃。さっきの蹴りで打ち所が悪かったのか、アルクスの灰色の翼は折れ曲がり、苦悶の表情が浮かぶ。彼では聖騎士であるという男に勝てない。実力差が開きすぎているんだ。こいつも背中に一撃もらったはずなのに。私は拳を強く握り締め、投影に向かって声を張り上げた。


『――アルクスッ! 今すぐにそこから逃げてッ!!』
『……女?』
『っ、馬鹿やろうッ! 何出てきてやがるんだ、馬鹿かお前はッ!?』

 確かに馬鹿だと思う。だけど、私はこのままアルクスを見殺しにすることを傍観だけはできなかった。ボス部屋に響き渡った私の声に、聖騎士の動きが止まり、怪訝そうな顔を浮かべていた。

『今から新しい召喚モンスターを呼び出すから! そこからすぐに離れてっ!』
『…………』
『早くっ、アルクス!』
『チヒロ、お前その力を使って元の世界に帰れ』
『――えっ』

 乱れた呼吸の私に向けて、落ち着くような声音で告げるように、彼は静かに言った。

『もともと力が溜まれば帰してやるって言っていた。それが少し早まっただけだ。何の力もない女のお前がここにいてももう邪魔なだけだから、さっさと平和な世界へ帰りやがれ』
『そんなの、だって約束が……』
『この程度のダンジョンの宝玉で、呼び出されるモンスターじゃこいつに勝つのは無理なんだよッ! ……それなら、お前が使え。捕まっても、悪魔に関与した人間なんて碌なことにならねぇぞ。聖騎士はそう言った融通がきかねぇやつが多いからな。クロのやつも、お前が使うなら文句もねぇはずだ』

 アルクスの言葉の意味を理解していくにつれ、自分の歯が小さく鳴ったことに気づく。彼の言いたいことは理解している。だけど同時に、理解なんてしたくなかった。このままじゃ私たちは全滅する。だから、三人全員が終わるぐらいなら、私だけでも助かれ、と彼は言うのだ。

「ママ、パパはぁ?」
「クロ…」
「ママ、いちゃいの?」

 泣きそうな顔の私を見て、クロの心配そうな顔が目に映った。届かない手を一生懸命上にあげて、私の背中をポンポンと叩く。それに大丈夫って言いたいのに、心配なんてしなくていいって抱きしめてあげたいのに。私にはアルクスを助ける力がない。宝玉そのものであるクロは、ダンジョンに異物が入っている限りダンジョンから出ることができない。逃げることができないクロを、私は助けることができない。

 ――私だけにしか、逃げる術がない。


『さっさと行け。こんな結果だったが、それなりに俺は楽しめた』
『アルクス』
『最初にお前がクロのことを「命だ」って言ったこと、……俺自身も嬉しかった。成り上がって認めさせるしか、誰も俺の存在を認めないと思っていた。だけど、あの言葉に俺にもちゃんと命があるんだと、お前がそう言ってくれたみたいで――』

 それに、少し救われた。そんな風に私の耳に響く彼の独白を止めさせたかった。後でいくらでも話を聞いてあげるから、アルクスの問題をもっと一緒に考えていきたいから。そう言いたいのに、喉が引きつって言葉が紡げない。好き勝手に別れの言葉を口にする彼に、自分の何もできない無力さに、……どうしようもないほどの怒りがわいた。

 大切なものを失いたくない。絶対に負けたくなんてない。浮ついていた足元をしっかりと踏みしめ、パチンっと私は自分の頬を叩いた。そうだ、私はまだ折れちゃいない。前を見据え、私は自分の思いを一つずつ確認していく。


 私はここから逃げ出したいか? ――嫌だ。怖いけど、ここで逃げ出したら私は自分が許せない。

 私はクロを置いて行けるのか? ――できない。力も何もない小娘だけど、それでも私はこの子を守ると決めた。約束した。私は嘘つきになりたくない。

 私はアルクスと一緒にいたいか? ――いたい。色々残念だし、口悪いし、性格良くないし、カッコつけだけど、一緒にいて楽しかった。何より、勝手に呼び出しておいて、同じように勝手に帰れとかふざけるな。私はまだ、やり残したことがありすぎる。

 なら、私は戦えるか? ――戦える。何度だって、立ち上がってみせる。こんなところで諦めて堪るものかっ。


『……悪いが、ここでお前たちを見逃す訳にはいかない。女よ、抵抗せず投降するのなら、その命までは取らないと約束しよう』
『……さすが聖騎士様ね。それじゃあ、悪魔の彼と、このダンジョンの命も一緒に見逃してくれない?』
『それはできない。悪魔は根絶やしにし、宝玉は我々のために必要だ。その要求はのめん』
『じゃあ、私もあなたの要求をのめない。私は投降も、……逃げも隠れもしない!』
『おい、チヒロッ!?』

 震えの抜けた私の声は、自分自身にも活力を与えてくれた。クロからもらった宝玉の力。私はその力を操作し、ダンジョン内に力を発揮していく。

 足元にいるクロに視線を向けると、嬉しそうに力いっぱい頷いてくれた。その笑顔に私も笑みを浮かべると、魔法陣の準備を施す。さてさて、では行きますよ聖騎士様。

『私の実力はわかっているはずだろう。無駄な抵抗に意味などない』
『そんなのやってみなくちゃわからないじゃない! 見ていなさい、宝玉の力を使ってさっきあなたが倒したボスよりも、もっと強力なのを呼び寄せてみせるわ! ……私の全てをかけた抵抗よ。まさか騎士ともあろうお方が、健気なレディーの誘いに乗らないなんて、そんなつれないことは言わないわよね?』
『愚かだな…、いいだろう。その抵抗すらも、全て切り伏せてやろう』
『チヒロ、冷静になれッ! クロの宝玉の力をどれだけ使い切っても、こいつを倒せるモンスターなんて召喚できる訳が――』

 アルクスがなんか焦っているけど、今は忙しいので全却下。魔法陣の指定場所を4階のボス部屋に設定し、次にその魔法陣と繋がっている先を確認する。このダンジョンの範囲ぎりぎりだが、しっかり宝玉の能力は発動してくれることだろう。私はクローリーのダンジョンを、誰よりも信頼している。

 私が指を滑らせると同時に、ボス部屋に巨大な魔法陣が現れる。それを一瞥すると、聖騎士は剣を垂直に構え、いつでも切り伏せられるように腰を深く落とした。二人の足元にまで広がった魔法陣の大きさから、どれだけの大物を呼び出すつもりかと、アルクスの引き攣った表情が見える。そんな二人の様子に、――私はうっとりと笑みがこぼれた。

 さぁ、準備は完了。あとは仕上げのみ。アルクスには後でしっかり謝ろう。敵を騙すには、まず味方からなので。そうして私は、最後のパスを繋げるために、作戦コード名と一緒にその最終兵器トラップを発動させたのであった。


「食らいなさい! 地球のゲーム至上、多くの人間に絶望と恐怖を与えたえげつないの称号の代名詞転移トラップっ! 『いしのなかにいってらっしゃーい!』発動ォッーー!」

『えっ』

 あれ、これ召喚魔法陣違う。そんな風に二人が気づいた時には、すでに最凶の転移魔法は「ポチッとな」されていたのであった。一瞬で魔法陣の上に乗っていた二人が消え去り、その身体は第五階層よりもずっと下の冷たい石の中へ。そしてボス部屋には誰もいなくなった。

 さて、と私はきょとんとしているクロをギュッと抱きしめ、頬ずりしながら癒される。そして喉が渇いたので、紅茶でも飲もうとキッチンへ向かった。悪魔と超人だからどれぐらいかかるかわからないけど、たぶん一時間ぐらいはいしのなかで頑張っていることだろう。その間、私はお菓子でも作っちゃおうと袖をまくった。

 さっきまで焦っていて忘れていたが、クロのダンジョンで死んだ場合は、精神的ダメージとしてフィードバックされ、昏倒した状態でこの部屋に転移されるのだ。なので私は、それをただ待つだけである。

「ママー、パパおそぉーい」
「遅いねー。甦りダンジョンだって、アルクスはわかっているはずだろうに…。まぁあの超人さんより失血して元気なかったから、きっともうすぐ帰ってくるよー」
「やったぁー!」

 両手をあげて嬉しそうな声をあげるクロの可愛さに、私は大変幸せな気持ちになった。逃げ出さなかった私の勇気の選択は、決して間違っていなかったのだ。今回は反省点はいくつもある。アルクスが帰ってきたら、三人でまた今後のことを考えよう。

 それから二時間後に、げっそりした顔の灰色の悪魔が帰ってきたので丁寧に治療し、お礼の気持ちを込めて少し癖っ気の髪を撫でた。起きたらしっかり文句を言ってやるんだから。

 そして一番驚いたのは、四日後にダンジョンに帰ってきた聖騎士様であった。アルクスの言うとおり、とんでもない超人であったようだ。しかし精神的ショックからか、せっかくのお顔がやつれ、毛根に深刻なダメージが直撃してしまったみたいである。かつて命のやり取りをしたアルクスですら、そっと目を逸らし、「死人(死んでいない)に鞭は打てない…」と生命力と記憶とお金だけ奪って、丁重に街に帰してあげたのであった。

 当然聖騎士なんて超人がいるところになんて、すぐにでも離れたい。夜逃げよろしく、三人で一緒にダンジョンから出て、新しい土地を目指して歩き出したのであった。



「とにかく、外の情報を仕入れることも大切ね。あんなチートが現れた時の対策も、しっかり考えておかないといけないわ。うーん、次はどんなダンジョンを作ろうかなー」
「あの最終兵器だけあれば、もう十分じゃね?」
「おかぁーさん、おとぉーさん、早く新しいところ行こぉー!」
「っておい、クロっ! そんな急いで行っても何も変わらねぇよ。……って、なんだよ人の顔見て」
「んーん、なんでも。よし、目指せ新天地に、新ダンジョン!」
「うんっ!」
「……はぁー」

 あの聖騎士からもらった生命力のおかげで、うちの子は現在三歳ぐらいだろうか。いきなり大きくなってちょっと寂しいけど、さらに可愛さに磨きがかかっているので、何も問題はない。私は驚くアルクスの手を握り、はしゃぐクローリーに遅れない様に一緒に走って行った。

 やるのなら、最後までとことんと! 立派にクロを一人前のダンジョンにするために、アルクスの成り上がりを成功させるために、全力で頑張っていこう。元の世界に帰っても、きっと私は誰よりも胸を張って生きていけると思った。私にとって、大切な宝物だから。

 ――だからこれからも、みんなで一緒に歩いて行きたいな。



******



 とある不思議なダンジョンをあなたはご存じだろうか。そのダンジョンはふらっと現れては、ふらっと消えていく正体不明のダンジョンである。どうやったらそのダンジョンに行けるのかは不明だが、噂では導き手と呼ばれる人物に声をかけられると教えてもらえるらしい。

 そのダンジョンは何故か死人が出ない。それなのに内部の情報はまったく詳細がわからないのだ。ただ時々薄らとだけ思い出した人間全員が、口を揃えてこの言葉を言うらしい。曰く――えげつないと。

 本当にそんなダンジョンがあるのかはわからない。ダンジョンの中でほのぼの家族な光景を見た、などという訳のわからない情報だってあるのだから、真偽なんてさらにさっぱりだろう。それでも、冒険者は興奮を胸に未知のダンジョンを目指していくのだ。そしてそれが、きっと何度も様々な人の手によって続いて行くのであろう。

 これは、そんな不思議なダンジョンについてのお話である。


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