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三月ウサギの友人曰く、  作者: ゆきしろ
三月ウサギの友人曰く、
10/12

10

ヴィルがヒューを引っ張って行ってしまった後。


しばらく会場の様子を眺め遠巻きにヴィルの傍から離れないヒューを確認して、俺もそろそろ抜け出すことにした。

人の間を縫って出口まであと数メートルというところで。


「ちょっとよろしいかしら?」


聞こえない振りをして通り過ぎればよかったものを、うっかり足を止めてしまった自分に内心盛大に舌打ちしつつ振り返った先には、薔薇色の髪を高く結い上げ山吹色の豪華なドレスに身を包んだデジレが、あの日クレセントに伸された取り巻きを引き連れて立っていた。


「これはこれは、先輩。今日は一段とお綺麗ですね」


我ながら白々しい科白を吐いて、口角を引き上げる。

目が笑えていないのは、わざとだ、わざと。


「手短にお願いします。これから用事があるので」


話がある、と相変わらず高慢ちきで一方的な申し出を受け、渋々身体ごと向き直る。

ったく、大人しく引っ込んでいればいいものを。


「ここは騒がしいから、テラスまでいらっしゃい」


こいつの人の話の聞かなさ加減は学院一だろう。


「私はあなたとお話しすることは何もありませんよ、それに」


取り巻き数人にちらと目をやり、


「あちらの方々がいてはどこでもそうは変わらないでしょう」


あんな背後で睨みを利かしながら対等に話をしようなどと、寝言は寝て言え、だ。


「それともお話というのは、恐喝か何かの間違いですか?」


目を細めて彼らを見やり片頬を引き上げて皮肉れば、わかりやすく色めきたってこちらを睨んでくる。

それ自体は怖くも何ともないが、多勢に無勢だ。

さすがに今ここで面倒は起こすわけにいかないし、騒ぎになったら教官が飛んでくる。

周囲もそろそろ俺たちが対峙しているのに気付いて、ちらちらとこちらを窺っていた。

さてどう切り抜けようかと頭を廻らせていると、当の女豹から思いがけない反応が返ってきた。


「この子達は外してもらうわ。そう時間はかからないから」









「遅かったね」


一本だけ吸おうと思って上がった屋上の屋根には、意外なことにまだウサギがいた。

風を遮るものも何も無い屋根の上は、ここ最近は日が落ちるとさすがに冷え込む。

着替えているから一度は部屋に戻ったのだろう。


「ちょっと捕まってさ」

「ふぅん?」


大丈夫だった?とは言ってきたものの、誰に、とは聞かれなかった。


足止めを食ってしまったおかげですっかり暗くなってしまっていた。

すっかり濃紺に染め上げられた天上は、ビーズのビンをその上にひっくり返したような満天の星空だ。


ヴィルたちは?と残してきた二人について言及されても、仲良くやってたよ、としか返すものはない。

て言うか。


「気になるなら自分で見て来いよ」

「戻るの嫌だ」

「なら諦めろ」

「いいよ、明日ヒューに聞くから」

「…じゃあ俺に訊くな」

「あいつらのすったもんだじゃなかったの」

「いや、別件」


どうやら俺がこんなに遅くなったのはあの二人に原因があると思ったらしい。

いや、むしろお前だから。


いつものように自分が風下側になる位置で腰を下ろし、ケースから取り出した煙草をくわえマッチを擦る。

大きく吸い込んで、口から一気に吐き出した。


煙草はいい。

さっきまでもやもやと胸に支えていたものが煙と一緒に外に出してしまえている気がする。


「…お前さーぁ?」


しばらくお互い無言で夜空を眺めていたが、やっぱり聞いてみることにした。

どうしようかと思ったが、たぶん、今を逃したら聞かないで終わってしまうだろうから。


「どうしてあんなこと言ったんだ?」

「あんなことって?」

「相手にして欲しけりゃ、髪染めてこいってやつ」

「あぁ」


あれか、と相槌を打つとそのままごろりと横になる。

視線は天上に留めたまま、心底不思議そうにぼそりと言った。


「…なんでだろうね」

「意味無しかよ」


知らぬ間に敵を作るタイプか?こいつ。

その辺の計算は出来る奴だと思ったけど。


とりあえず、こいつのあの発言を聞いてスミレ姫の存在を知らない連中が思い当たるところは。


「あれだと思ってたんだけど」

「あれって?」

「なんか御伽噺であっただろ」


スミレ姫抜きでこいつがあの女豹に言った台詞を聞いて脳裏に浮かんだのは、御伽噺になるくらいの大昔にある国で実際にあったと言われる話。

誰もが幼い頃一度は読み聞かされたことがある、有名な御伽噺だ。


何の話をしているのかピンと来ていないらしいウサギに、ホラ、あれだよ、と粗筋を話す。


「あれって、」


あぁ、と途中で合点がいったらしいウサギが遮る。


「王様が街娘と結婚したって話だろ?」


どこが被ってるんだ?と薄闇の向こうから睨まれた気がしたが、生憎暗過ぎてよく見えなかった。


「いや、俺が言いたいのはそっちじゃなくて。…お前、こっちの話知ってる?」


今クレセントが思い浮かべたのは「表」の噺で。

おそらく世の中の子供たちは知らない、だが最近大人たちの間で実はこちらが原作だと言われている「裏」エピソードを話すと、その血腥さに辟易した声を上げた。


とある国の王様が街で見初めた緑色の髪をした娘を妃にとお触れを出した。

それを見て、玉の輿を狙って女になりすまそうとした愚かな女が大勢髪を緑に染めて城に押し寄せ、騙されかけて怒った王様がそいつらを皆殺しにした、という話だ。

何せ御伽噺になるくらい大昔の話だ、髪が緑色だというだけで惚れた女と見間違えるなんてその王様どんなボンクラだよ、とか、それで騙せると思ってる女たちもどんだけおめでたいんだ、とか、今の感覚でいくと突っ込みどころ満載なのだが。


さておき、その話を知っている連中はこいつがデジレにこの噺の中に出てくるような髪を染めてまで権力(ウサギ)に取り入ろうとする浅ましい女になれと言った、と取っただろう。

デジレも相当に高いであろうプライドを傷つけられたことは想像に難くないし、そこまでしても噺では最後は全員が殺されて終わっている。

いろんな意味で救いようが無い。


「それ、マジ?オレその話初めて聞いたよ」

「最近流行ってるらしいぞ、この手の御伽噺が実は怖い話だったってやつ」

「それでもオレとそれ関係無くないか?」

「でもその辺の連中はそう思っただろうよ」


確かに共通点は「髪を染める」ってところのみ。


髪を染めているというのは、現在でも一般的に後ろ暗いことがある人間だと見なされる。

出自を悟られない為に、特に夜の女たちは髪を染める、らしい。

大昔と変わらず、今の世の中でも堅気の人間がすることじゃないとされているのだ。

少なくとも、実際に髪を染めている人間に俺はまだお目にかかったことがない。

だから例えこの話を知らなかったとしても、世間一般では簡単に人に言っちゃあマズイ一言になるのだけれど。


…こいつ、こう見えて貴族のお坊ちゃんだから、その辺も知らないのかもしれないな。


確かに銀色の染め粉なんてものは存在しない。


普段の様子を見るにこいつの頭の中はスミレ姫でいっぱいなんだろうから、こいつにとっては想い人の白銀の髪が恋しくなって零しただけに過ぎないにしても。

当然その反響は大きかったし、後になってスミレ姫のことを知り、あぁそれで、となったわけだが、聞いた時は俺たちも一瞬耳を疑ったものだ。

とは言えそれまでのデジレの日頃の行いもかなり知られていたから、クレセントばかりが責められることはなかったが、こいつ自身の評判を少なからず下げたことは間違いない。

…本人は他人の評価なんて差して気にもしないだろうが。


「ごり押ししても無理なもんは無理。構って欲しけりゃそんくらいしろよ、みたいな」

「オレがすごく嫌な奴みたいじゃん、それ」

「そうだよ、だから結果あんな大騒ぎになったんだろうが」

「…言われるだけのことされた自覚はあるんだけど」


何やら難しい顔をしながらも納得したような、しないようなウサギ。

休暇を挟んで大分落ち着いてはきたものの、一時期一部の女子学生からの風当たりがかなりきつかったのは俺も知っている。


「だからもし銀でなくても本当にあの赤毛を染めてきたら、どうするつもりだったんだろうなと思ってさ」


まぁあいつの髪が何色になろうがこいつがあの女豹に向くなんて有り得ないけど。


一本だけのつもりが、俺は新しい煙草に火を点けた。

弱ったように溜め息を吐いて、頭をガシガシと掻いた隣の同級生を窺いながら。


「オレそんな性格悪くないぜ?」

「じゃぁ付き合ってた?」

「付き合うも何も、あいつオレを子分に加えたかっただけだろ、有名な『三月ウサギ』をさ」


ウサギは苦いものを飲み込んだみたいに顔を顰めて、また溜め息を吐いた。


「ったく、どうしてこう、赤い髪ばっかり」

「赤い髪?あー、嫌いだって言ってたっけか」

「相性最悪なんだよ」

「嫌いな奴が赤毛なのか?それか赤毛の奴が嫌いなのか?」

「……嫌いな奴の大半が赤毛。頭が紅い奴らはどいつもこいつもオレの邪魔ばっかりしやがって」


らしくない言い草に驚いて振り向くと、拗ねたようにこちらに背を向けてしまっていた。

その相性最悪な連中とのことを思い出したのか、これまでの対・赤い髪との対戦履歴らしきことをブツブツと呟いてる。

ただでさえ薄暗い星明りの下で更に背中に影まで背負って。


…そんな呪いみたいな効果あったのか?『三月ウサギ』のタトゥーって。

一応貴族のこいつが口汚くなる辺り本っ当に嫌いらしいが、それにしても。


「完全にお前の気のせいだろ、それ。オスカーとは別に仲悪くないだろ?」


クラスにいる、燃えるような赤毛の男子学生。

髪の色とは対称的に普段は大人しい、だけど話題が銃のことになるとやたらと詳しくて人が違ったように熱弁を振るい出す、若干変わった奴。

まぁ、普通に接する分には悪い奴じゃない。

特にこいつらの仲が悪そうには見えなかったが、実際はどうなんだろう。


「近寄らないようにしてるから」


赤毛というだけで拒否反応が出るってか。


「話してみろよ、結構面白い奴だぜ?」

「自分から行く気ゼロなんですけど」


取り付く島もない。

重傷だな、こりゃ。


「早く居なくならないかな、あの女」

「まぁ、あと四ヶ月弱?」


あの女豹が卒業するまで。


「えー、長っげ~」


また貴族とは思えない口調で溜め息混じりに呻くと、腹筋を使って起き上がった。


「今のまま大人しく卒業してって欲しいよ、本当に」


闇の中では漆黒に見える髪を掻き上げた少年は、自分で乱したそれを左右に振ってげんなりしたように言った。


「もしさぁ、向こうが謝ってきて和解したいって言ってきたら、なんて答える?」


お前が何と答えようと、俺がどうするのかは変わらないけどな。


首を振った勢いでぶるるっと身震いすると俺の問いかけには答えず、さむ、と一人ごちて立ち上がった。

星明りの逆光で、振り向いてこちらを見下ろした表情は闇に慣れた目でも良くわからない。

どのくらいだろう、こちらを探るようにじっと見ていたかと思うとおもむろに、にっ…と笑った、気がした。


「謝罪を受け入れはするけど、二度と寄らないでね、かな」


スタスタと屋根の端まで行くと、最後にもう一度こちらを振り返り、


「もしまたオレやオレの友達に何か迷惑かけるようなら、今度こそ容赦しないよ、って」


言っといて。


冷やりとする声音で告げると、屋根の下に姿を消した。





「はぁーーーー」


知らぬ間に詰めていた息を大きく吐き出す。

お見通しかよ。


「うぉっと」


動いたせいで、指の先にぎりぎりで留まっていた灰がぼろっと落ちた。

ほとんど吸えずに終わってしまった二本目を缶に落として、のろのろと片付ける。


寒さで固まってしまっていた体をギシギシと動かし、誰もいなくなった空中に向かって呟いた。


「お前らまで渡り付けたりするわけねぇだろうが、ばーか」




本当にお待たせしました。。。

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