第59話
ぽっかりと浮かんだ少しいびつな月。数千もの星達が彼らを見下ろしている。
夜の獣の声と時折吹く生ぬるい風、そして彼女らの可愛らしい寝息だけが、とぼとぼと歩く男三人の耳を支配していた。
ディランたちはラミア国に入っていた。
ラミア国と言っても、シャンヌの住む城まではまだ少しある。舗装されていない街はずれは人気は無く、明かりもぽつぽつとしか灯ってはいない。時折、酔っぱらいがディランたちを冷やかして行く程度で、いたって平和だった。
冷やかされた理由はほかでもない。リビアとシャンヌをそれぞれが負ぶっているからだ。
リビアは、あの寝ぼけた戦いの後、揺さぶっても起きなかったため、ディランが背負って歩くことになった。
シャンヌはというと、初めは一人で歩いていたのだが、ラミア国に入る手前でとうとうしびれを切らしていた。
「もうダメ!!歩けない〜!!疲れた〜!!眠い〜〜!!おんぶ〜〜〜!!」
久しぶりに我儘を言うシャンヌに、三人の男は宥める気力を失っていた。ディランは「もうすぐだから」とルークに頼み、シャンヌを背負わせていた。
「ランディには頼まないのかよ?」
文句を言うルークに、当のランディは一言。
「僕もおんぶ」
当然、その申し出は即座に却下されが。
(・・・男は大変だよな・・・)
ベッドに入ったらすぐにでも眠れそうだなどと考えていると、ライトアップされた城が視界に入ってきた。シャンヌの可愛らしさとは対照的に石造りの荘厳な造りで、重々しい雰囲気のある城だった。
「・・・いつ見てもゴツイお城」
ぽつりとこぼすランディ。そう言うところから察すると、彼の城は「城らしい」ものなのだろう。
道が石畳へと変わった。道の脇には様々な店が軒を連ねている。それに伴い酒に酔った人も増えていた。
「よぉよぉ兄ちゃんたち。そのねーちゃんたちはどうしたんだぃ?」
「オレらも混ぜてくれよ。げっへっへっへ」
いちいち相手にはしてられない。ディランたちは彼らを無視し、やや足を速めた。ランディも小走りでついてくる。彼はぷりぷり怒っていた。ぶつぶつと文句を言っている。ディランもルークも聞き流していたが、内容は「僕を誰だと思ってるんだ。痛い目を見せてやる」というような内容だった。
頑丈な鉄の扉の前にディランたちは到着した。城の周囲を石壁が囲っている。扉の前には兵士が二人眠そうに立っていた。
「あの〜・・・。オレらここの姫さん連れてきたんスけど」
「ああ?何だ?王に会うなら明朝出直してこい!」
門番の一人が口を開く。むっとするルークに代わり、ディランが口を開いた。
「俺、ディラン=ハートフィールドです。シャンヌ=ルベリオン=ラミアをロルカ国から護衛してきました。それから、こちらが・・・」
「ランディ=レオ=ゾーグ。シャンヌとは幼馴染だよ」
門番二人は一気に目が覚めたのか、ランディに敬礼をした。そして口調も改める。
「ランディ様、失礼いたしました。そして、ディラン殿。コブロフ王からあなたのことはお聞きしております。さぁ、お連れの方も。さぞお疲れでございましょう?」
あまりの態度の違いに、ルークは心の中で舌打ちをすると背中の荷物を揺する。
「ほら、シャンヌ。お前んちに着いたぞ」
重い鉄扉が開けられ、中庭へと続く小道。城へと入る門にも兵士が立っていた。彼に従いディランたちは王の間に通される。
「少々お待ち下さい」
ルークは背中の荷物を下ろした。ディランも背中のリビアをそっと下ろす。
「・・・起きたか?」
「う・・・ん。・・・ありがとディラン。眠っちゃったみたいね」
柔らかいカーペットの上にへたり込んでいる女二人に、ディランはため息をついた。
「シャンヌも、ルークに礼を言えよ?ここまで運んだんだから」
「うん。ありがと。ちゃんと報酬はお父様が払ってくれるもん」
ぱっと立ちあがり、シャンヌは部屋を見まわした。
見慣れた壁と王座。シャンヌが間違って端を焦がしたカーテンもそのままだった。
「なんか懐かしい・・・」
シャンヌがぽつりとこぼしたその時、コブロフ王が寝間着姿のまま走ってやってきた。大きな腹を揺すりつつ、嬉しそうにシャンヌへ手を差し伸べる。
「おおっ!シャンヌ!」
「お父様!」
ひしと抱き合う親子。後ろからガウンを羽織った女性が現れた。ブロンドの髪、青い瞳。どうやらシャンヌは母親似のようだった。
ディランの手をかり、立ち上がったリビアにはその親子の再会が羨ましくもあった。自分にはもう家族はいない。養母には幸せになってもらいたいと、渋る彼女を無理やり出て行かせた。出来ることなら父や母に会いたい。
ふと、右手がきつく握りしめられていることにリビアは気づいた。見上げるとディランの優しい瞳があった。彼女の気持ちを酌んでくれたのか、彼の手はリビアの心の中までをも温かく包みこんでくれていた。
ひとしきりの抱擁の後、コブロフはシャンヌを離し、まじまじとその姿を見つめた。
「おーおー、こんなに汚れて。さぞつらい旅だったろう?」
「大丈夫よ、お父様。ディランたちが守ってくれたの。だからちゃんとお礼をしてね?」
「ああ、もちろんだとも。デリー王からの連絡でそなたの剣士としての腕前は聞いておったか
らな。別に心配はしておらんかったわ」
ふぉふぉと白い髭を揺らす。と、ディランたちにまぎれて、よく知った顔がいることに王は気づいた。
「おぉ!ランディではないか!そなた、どうしたのじゃ?」
「叔父の<ゾーグ>で、シャンヌに会いまして、そのまま僕もついてきました。一応、婚約者ですからね」
「まぁ」
王に代わり、王妃が上品な声を上げた。驚きのような嬉しいような。
「シャンヌ、ランディとの結婚、考えてくれたのね?」
「・・・今はまだ、保留よ。・・・いつかって話でしょ?」
王妃はくすくすと笑うと、我が子をきつく抱きしめた。そしてシャンヌのふわりと柔らかい髪をなでる。
「この旅は貴女にとっても良いものだったのね」
「ちょっとは大人になったかな?」
母の懐かしい匂いにシャンヌが涙が出そうになっていると、いつの間にか片膝をついていた3人に王が命じていた。
「これこれ、こんな夜着の王に頭など下げないでおくれ。今夜は十分に休みなさい。疲れが取れたころに、シャンヌが帰ってきたことを祝し、宴を開こう」
「こちらへどうぞ」
命を受けた使用人がディランたちを招く。ランディは王とまだ話していた。
宛がわれた部屋は1室づつ。それぞれに使用人がついていた。
「それではディラン様。ゆっくりとお休みください」
「ああ、ありがとう」
両隣の部屋はリビアとルーク。彼らも同じようなことを言われていた。リビアと目が合う。
「・・・お休み、ディラン」
「ああ、お休み」
ベッドに倒れ込んだ。柔らかな感触を味わう暇もなく、ディランはそのまま夢の中へと引きずりこまれていった。
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