第57話
フォードの剣が闇を裂いた。ディランはそれを頭上で受ける。力ではフォードの方が上だった。じんと両手がしびれる。足払いもフォードは軽くジャンプしただけで回避した。そして、すぐさま剣を繰り出す。下からすくい上げられた剣先がディランの鼻をかすめる。上体を逸らしてかわすと、逆にディランは一歩踏み込んだ。上から切りつけるのはフェイント。本命は―――
「はっ!」
左手に忍ばせたナイフをディランはフォードに向かい投げた。が、
「甘いっ!!」
金属音を立て、それは大剣にはじかれる。これもディランには分かっていた。振り下ろしていた剣をそのまま真横に引く。小回りが利かない大剣は一瞬その動きについて行けなかった。
ひゅっ
空気を切る音。そして、わずかに息が漏れる音。
フォードの左肩に一筋の切り傷が生まれていた。
「・・・やるねぇ、ディランくん」
「・・・あんたもな」
少しばかり息が上がっている。狭い部屋の中、しかもフォードが魔法で開けた穴からは雨が吹き込んできている。二人とも、ずぶ濡れだった。
「はぁ〜・・・。なぁ、降参してくれよ。降参して、リビアをオレにくれって」
「黙れっ!!」
再びフォードに迫る。彼は大げさにため息をつくと、大剣を水平に構えた。
「しょーがねーなぁ」
フォードの剣がディランの長剣を受け流す。剣を弾かれ、たたらを踏むディランにフォードはそのまま突っ込んだ。大きく振りかぶるとその重さを利用してそのまま下ろす。
がぎんっ
鈍い音と共に、それを受けるディラン。しかし、その重さで右膝を床についていた。
(まずい・・・!!態勢が・・・)
思ったときにはすでに遅く、フォードのそれは完成していた。
「『爆破魔法』」
フォードの左手から生まれる衝撃。直撃を食らえば瀕死の重傷を負う。ディランはこれを自身が後ろにジャンプすることで何とか回避した。しかし、
ごぉぉん・・・
床に大きな穴が開き、その破片がディランの腕や顔を傷つけていく。
「うっ・・・」
右わき腹が熱くなった。だが、それを確かめている暇はない。
「『火炎魔法』」
炎の球が爆煙をかいくぐり、ディランの元へと迫る。それを剣ではじき、あるいは避けていると、唐突に背後に殺気が生まれた。振り向く暇もあらばこそ、
「終りだ」
ざんっ
フォードの振り下ろした剣は、ディランの左のショルダーガードを破壊し、床に血の滴をしたたらせていた。
どれくらい眠っていたのだろう。
なんだか騒がしい。雨と雷の音に混じり、剣が交る音や爆発音、怒声までもが聞こえてくる。
(・・・頭が・・・・重い・・・)
リビアは重い瞼を開けた。そこは木の床の上。頬がじんじんと痛い。
(フォードに・・・殴られたんだっけ・・・・)
曖昧だった記憶が蘇ってきた。部屋に閉じ込められ、フォードに迫られた。ディランが助けに来てくれたはいいものの、邪魔をしたリビアを盾に取ったフォードはあろうことか彼女の唇までをも奪った。
ごぉぉん・・・・
爆風でリビアの髪がなびく。どうやらディランとフォードはまだ戦っているようだった。ゆっくりと頭を動かす。フォードの背が見えた。そして煙の中にうっすらと見える人陰。その陰に回り込むように、フォードは動くと剣を振り下ろした。
ざんっ
煙が納まった中、リビアは信じられない光景を見た。
フォードの剣は床にまで達している。その前にいるのは、剣を落とし、左肩から鮮血を流しているディランだった。
「ディ・・・・」
呼びかけようとして、リビアは止めた。フォードはまだリビアが意識を取り戻したことを知らない。このままいけば、うまく彼を出し抜くことができるかもしれない。今はまだその時ではない。
リビアは彼らを見つめながら好機を待った。
「うまく避けたな。たらだを真っ二つにするつもりだったのに・・・っていってももう無理っ
ぽくねぇ?」
「・・・・黙れ」
ディランはフォードを睨みつけた。ずきずきと肩が痛む。床には赤い染みが広がっていた。それでも、彼は剣を取った。
「リビアは渡せない!!」
右手の長剣を振る。フォードはそれを身体を反転して逸らすと剣をまっすぐ繰り出した。剣の柄で受け止めるディラン。大剣をやりすごすと、そのまま柄でフォードの顎を下から叩いた。
「ぐっ!!」
思いきりバランスを崩し、フォードは数歩後ろに下がる。
(今だ!)
ディランは傷ついた左肩の痛みをこらえつつ、自分のマントを取り外した。雨に濡れてそれは重くなっている。
「フォードーーーー!!」
態勢を整えたフォードにディランはマントを投げつけた。男はよけようとはせずに、大剣を振りかざす。
「今だ!!」
「何が今だって?」
フォードが不敵に笑ったその時、
「『凍結魔法』」
声が響いた。と、同時に濡れたマントが見る見るうちに凍っていく。巨大な塊となったそれはフォードに襲いかかった。
「うおっ!!」
たまらず、フォードは横に転がり回避する。
氷の塊は床に落ちると砕け散った。つぶてとなったそれがフォードに降り注ぐ。それでなくとも雨で滑りやすい床の上。フォードが氷の雨を叩き落としていると、再び声がした。
「『凍結魔法』」
やはり、声は失神したものとばかり思っていた女から発せられていた。
(いつの間に・・・・?)
頭の片隅で思っていると、濡れた床を伝い、氷の槍がフォードめがけて伸びてきている。
「しゃらくせぇ!!」
フォードは大剣を握りなおすと、床に突き立てた。氷の槍はフォードの代わりに、それをからめ取る。それをディランは狙っていた。
「勝負あったな」
声はすぐ傍から聞こえた。そして―――
ずんっ
振り返ったフォードの脇腹に激痛が走る。彼は自分の体から生えている剣を見つめた。ディランの剣を伝い、血がぽたぽたと落ちている。
「・・・まだ・・・だ」
口の端から血を滲ませ、フォードは呻いた。
「オレは・・・死んじゃいない!」
腹に刺さった剣を握る。床の血の染みが広がった。
「おい!!」
咄嗟にディランは叫んでいた。思わず剣の柄から手を離す。数歩後ろに下がったフォードは口を笑みの形に変えながらそれを引き抜いた。とたんに口から血を吐く。
「フォード!!」
「・・・致命傷・・・ってワケじゃねぇけど・・・・」
からんとディランの剣が床に落とされた。その少し先で美しい女がフォードを心配げに見上げている。フォードは苦笑した。
「・・・野郎のケンカに首つっこむなっつったよな・・・?」
「ご・・・・ごめんなさい」
「ふっ。あんたを・・・・見くびってた罰・・・かもな」
フォードの身体がぐらりと大きく傾いた。思わず手を差し伸べようとするディランに、フォードは赤く染まった右手をかざす。
「・・・・来るな」
ディランはそれ以上進めなかった。同情は彼の自尊心を深く傷つける。ディランは伸ばしかけた手を元へ戻した。
じりじりとフォードは後ずさる。爆発で開いた穴からは雨が降り込んでいた。
「フォード!!」
リビアは立ち上がると、叫んでいた。
「ちょっと!その傷でどこにいこうとしてるのよ?!」
「うるせぇな。・・・ネーちゃんにはカンケーないだろ・・・」
「あるわよっ!ばかっ!!」
思わぬ言葉にフォードもディランも固まった。そしてリビアを見つめる。リビアは小さく息を吐くと、意を決したように口を開いた。
「私はね、ディランを人殺しにはしたくないの!」
人差し指をフォードにつきつけるリビア。一瞬の間の後、フォードは笑った。
「はっ!何を・・・今更・・・。第一、オレは―――」
「『まだ死んでない』でしょ?!でも、出血多量で死んじゃうってのよ!ばか!!」
「リビア、ちょっと言い過ぎじゃないか?」
「ディランもディランよ!!」
リビアは矛先を変えた。瞳に涙をいっぱい溜めて。
「肩の傷とか・・・・よく見たらいっぱい切り傷とかあるし・・・・!!お腹だって・・・!!」
「・・・死にはしない」
「フラフラのくせにっ!!」
思いきり怒鳴ると、リビアは口の中で呪文を早口に唱え始めた。そしてディランの肩に手を置く。
「おい・・!!」
「『回復魔法』」
白い光がディランを包んだ。肩がやんわりと暖かくなってくる。見ると、傷口は塞がれていた。
「リビア、助かっ――」
「『回復魔法(キュア―)』」
ディランの言葉を遮るように、彼女は再び魔法を放った。相手は―――フォード。
彼の腹部に両手をあて、リビアは瞳を閉じていた。それを驚きの表情で見つめるフォード。
白い光の後、フォードの傷口から血は出てはいなかった。
「これで、なんとか止血はできたから」
肩で息をしながらリビアはにっこりと笑う。フォードは微苦笑を返すしかなかった。
「全く・・・・お人好もいいとこだぜ」
「だって・・・・」
ちらりとディランに目をやる。
「だって、好きな人を人殺しにはできないでしょう?」
「ふっ・・・」
リビアの言葉にフォードは笑い、ディランは耳まで赤くなった。何事かを口にしかけてやめている。まるで赤い魚のようだった。
「もう、勝手にやってくれ」
片手を振り、おぼつかない足取りでフォードは剣へ歩み寄ると、
「『火炎魔法』」
右手に炎を生む。それは固まっていた大剣をみるみるうちに溶かしていった。
「オレの愛用、返してもらうぞ」
「・・・ああ」
床に刺さった剣を肩に担ぐ。数歩ふらつくと、フォードはやはり開いた穴の前に立った。
「ちょっと!!」
「・・・なんだよ」
リビアの問いに、フォードは面倒くさそうに答えた。
「今回は見逃してやるっつってんだ。これ以上引き止めたら、またぶっ叩くぞ」
「なっ・・・・何よっ!死にかけのくせにっ!」
頬をふくらませ、リビアは怒る。フォードはそんな彼女を無視し、ディランに大剣の切っ先を向けた。
「今度はもっと広い場所でしよーぜ。そのネーちゃん抜きで」
「・・・ああ」
ディランは口の端を上げた。隣ではリビアが憮然とした顔をしている。それがまたかえって面白かった。
「次も俺が勝つからな」
「ばぁか。今だってオレが勝ってたんだよ」
にっと笑うフォード。痛いところをつかれ、ディランは苦笑いを浮かべた。
「・・・じゃあな」
言うと、フォードはそこから飛び降りた。
いつの間にか、雨は上がり、灰色の空は明るくなってきていた。
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