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第52話
「よぉ。ディラン。こんなとこでチンタラしてっから、オレたちに待ち伏せされるんだぜ?ま、最も彼女くらい守れないヤツに言っても無駄か」
 
 言うと、フォードは大事そうに抱えているリビアの頬をそっと撫でた。その仕草にディランは頭に血が上るのを感じた。目の前が真っ赤になるような深い怒りと憎しみ。何も考えられなくなり、ただフォードに向かって走り出していた。

「その手を放せっ!!」

「ディラーーーン!!」

 ルークの叫ぶ声なぞ、今の彼の耳には入っては来なかった。ただ目の前の男が憎かった。 
 ディランは生まれて初めて冷静さを失っていた。

「フォーーーード!」

 剣を振り上げる。しかし、フォードはすっと目を細めると腰からダガーを抜いて、そっとリビアの首筋に当てた。

「こいつが死んでもいいんなら・・・切ってみろよ。オレを」

 刃がリビアの細い喉元にかすかな傷をつけた。それを見て、ディランは剣を静かに振り下ろす。そうすることしかできなかった。

(リビアが知ったら・・・・絶対怒るだろうな)

 もし、今彼女に意識があったとしても、おそらくディランは同じことをするだろう。苦々しくフォードとリビアを見つめていると、後方から悲鳴が上がった。声の主はシャンヌ。
 振り返ると数人の役人がルークを殴りつけていた。ディランが怒りで我を忘れていなければ、役人の気配などにはすぐに気付いただろう。そして、ルークもディランやフォードに気を取られていなければ、後頭部を叩かれて袋叩きにされるという目には遭わなかっただろう。

「ルーク!」

「待てって、ディラン」

 ルークの元に走りだそうとするディランをフォードの声が止めた。手にダガーをちらつかせて。

「あいつを助けに行ったら、殺すぜ?」

「・・・・フォード・・・・お前・・・・」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる。役人たちは倒れ伏したルークを無視し、シャンヌへと視線を動かした。

「シャンヌ!逃げろっ!!」

 震えている彼女に、ディランのできることはこれくらいしかなかった。半ば放心状態の彼女は、その言葉に驚いたように走り出す。それにわらわらと続く役人たち。

「ちっ。世話やかせんじゃねーっての」

 舌打ちをし、フォードは口の中で魔法を唱え始めた。そして、逃げ惑うシャンヌに向かいダガーを持った右手をかざす。ディランが叫ぶ声とフォードのそれはほぼ同時だった。

「やめろー!!」

「『火炎魔法フレイム』」

 赤い炎の塊は大きく弧を描き、シャンヌの足元に落下した。たちまち広がる炎の海に、シャンヌは小さく悲鳴を上げる。そこに役人はすかさず近づき、彼女の鳩尾に軽く拳を入れた。気を失った彼女を役人が抱きかかえる。

「ったく。とろとろしてんじゃねーぞ」 

 毒つき、フォードは未だ自分を睨みつけている男を見つめた。

「そんなにスゲー目でオレを睨むなよ。お前が全部いけねーんだぜ?姫さんの護衛だったんだろ?守ってねーよな?ああ?それとも、何か?姫さんのそれよりも、お前、こっちの女のこと気にしてたんじゃねーのか?」

 フォードの言葉が胸に突き刺さった。何も言い返すことができないディランをフォードは鼻で笑うと、役人たちに指示を出し始めた。木の陰に隠してあった馬車にシャンヌを乗せ、自らもそれに乗り込む。リビアを抱きかかえたままで。馬車に乗り込む直前に、フォードは言った。

「自分を責めてるとこ悪いんだけどよ。オレは仕事を片付けた。このネーちゃんも手に入れたし、もうお前に会うことは無いだろうぜ」

 不敵な笑みを顔に貼り付け、フォードたちを乗せた馬車はいずこかへと走って行ってしまった。ざわざわと木々がざわめく。

(・・・俺の・・・・せいだ・・・)

 ディランはフォードを追うことができなかった。全て自分の責任だった。ほんの一瞬、自分の気持ちをさらけ出しただけ。自分の愚かさを呪った。

(あいつが・・・・リビアを狙ってるって知ってたのに・・・・。それなのに、リビアを・・・・)

 乾いた草の上に、今まで握っていた長剣がごとりと落ちた。視界がぼんやりと霞んでいる。悲しいのではない。ただ腹が立った。何もできなかった自分に対して、ディランは心の底から腹を立てていた。

「・・・・ほらよ、ディラン」

 赤くはれ上がった顔で、ルークが落ちていた剣を拾いディランに手渡す。それを無言で受け取ると、ディランは空を―――晴れ渡り澄み切った空を仰いだ。そしていつもの表情に戻ると、ルークにきっぱりと言った。

「あいつを・・・フォードを追うぞ」

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