挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

雪の空を越える。

「ねえ、空を見て」
 と三津子みつこが言ったため、悠貴ゆうきは空を見上げた。
「特に変わったところはないように思えるけれど?」
 それもそのはず。空は、多少雲がある程度であって、何の変哲もない晴れであるのだ。
「でも、私にとっては、空は変わったの」
「例えば?」
「私だけが見ている空から、悠貴も見ている空に変わったわ」
「でも、それは空が変わったって言うのかな?」
 悠貴が三津子の言っていることがよくわからずに、インタビュアーのように疑問形でばかり話をしているのに対して、三津子はウンザリしたのか、悠貴の唇に人差し指をそっと当てて黙らせた。
「貴方の唇の形は、私が人差し指を当てたところで変わることはないでしょう」
「まあ、そうだね」
「でも、私の人差し指があるのと、ないのでは世界は変わっているように見えない?」
「そう見ようと思えば、そう見えてくるかもしれない」
「何故そんなことが起こるかわかる?」
「うーん。わかんないなあ」
 三津子は振り袖を着ていて、その姿は悠貴を困惑させた。だからといって、三津子の体に変化が起きたわけではなく、ただ単純に三津子が今の季節に合わせた服を着ているだけだと言うのに――。
 ――悠貴はただ空を見上げているのには、もう飽きてしまったため、外に停めてあった自転車の方に歩こうとした。
 その時だった。空からは雪が降ってきた。まだ、太陽は出ている。
「ねえ、悠貴。雪が降ってきたよ」
「ああ、本当だ。不思議だね、晴れなのに」
「私たちが一緒に空を見上げたから雪が降ったんじゃないかしら」
「そんなことあるのかな? 僕は偶然だと思うけど……」
「でもね、私は悠貴が空を見なかったら、この雪は降ってこなかったと思うわ。変えてしまったのよ、悠貴が」
「そうかなあ。それなら、もう一度、空を一緒に見上げてみよう」
 悠貴と三津子は同時に空を見上げた。すると、雪は突然、止んでしまった。でも、二人で空を見上げたことで、空は変わった。
「不思議だね」
「うん」
 悠貴は自分の自転車に跨り、寒さ対策に良いと聞いた肩甲骨の体操を始めた。彼は極度の冷え性であった。
「じゃあ、帰るよ。家では親がエビフライを作って待ってるって言ってたから」
「いいわね、エビフライ。悠貴の大好物じゃん。でも、今日私に会っちゃったからカキフライになるかもしれないよ」
「そうか。それはそれで面白いんじゃないかな。じゃあ」
「うん」
「僕達は、友達でいよう」
 悠貴は手を振って北の彼方へ姿を消してしまった。
 三津子は、手に持っていた、去年の初詣の時に買った恋愛成就のお守りを、水面が今にも凍りそうなくらいに冷えている信濃の川に放り投げた。

 今日、一月一日から、三津子の見る空は何時も雪が降っていた。だけど、他の人に聞いたところで、晴れているとだけ言われるのである。
 きっと心を痛めて幻覚を起こしているんだ、と三津子は思うようにした。しかし、空は春になっても、夏になっても変わらなかった。
 空は、いつまでも雪を降らし続けていた。どんな時も、空に雲がない日はなく、少しの雲からでも雪は降り続けた。そのおかげで、それから暫くすると三津子は空を見なくなった。

 そして、二年が経った夏休みの半ば。雪の空は、夏になっても続いていた。三津子は補習が終わり、自転車で学校から帰ると、電話に留守電が一件あった。それは、悠貴からだった。
 三津子は思った。悠貴とはあれ以来何も喋っていなかった。というか、悠貴と会った記憶すらない。彼は今、どこにいるのだろう。
 電話機からは、病弱そうな男の、震えた声が聞こえた。
「僕は、君と別れるべきではなかったんだ。空を見てご覧。今気づいたよ、雪が降っている。精神的にも、君と別れたときからおかしくなってしまったんだ。ただ、僕は君と一緒に居ることが怖かっただけなのに。どうせ病気で死んで、君を悲しませるだけだと思ったからあの時別れたのに……。ごめん。僕は今も生きているし、今も君を愛している。今更、電話をして、ごめん」
 三津子は電話機から離れ、カーテンを開けて空を見上げた。悠貴もまた、その時空を見上げていた。
 空は、雲一つない晴天だった。三津子は急いで電話機に、悠貴の家の電話番号を入力した。
 電話機から発せられる音が、三津子の心臓の音と呼応した。すると、ガチャッという受話器を取った音がして、数秒無音の空間が訪れた。
「もしもし」という悠貴の声は、三津子の耳を経由し、脳内に留まり続けた。


評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ