第六話 旅立ちのとき
ノエルの家までの道のりが、やけに遠く長く感じた。田畑がたくさんある人通りのない田舎道を、クライドはゆっくりと歩いていた。走りつかれたのだ。それに、何となく足が重たい気がする。
心の中で、自分の黒い部分が囁いている。
(本当にいくのか? 死にたいのか? お前、まだ十六だろう? 学校だってあと二年残ってるのに?)
正直、少し心が揺らいだ。しかし、意志の力でその黒い囁きを振り切った。自分が行かなければ、皆が死ぬ。そして、自分も死ぬ。同じ死ならば、皆を助けて自分だけが死ぬ方が絶対に価値があると思う。
「ノエル、入るから!」
家の玄関でそう叫び、返事を待たずにドアを開ける。すると、すでにもうグレンとアンソニーが来ていた。グレンは大きなショルダーバッグにいろいろ詰めてきたらしい。それでもまだアンソニーの荷物の大きさには及ばない。アンソニーは、物凄い大荷物を抱えている。
アンソニーは、登山用かと思われるぐらいの大きさのリュックサックを背中にしょっている。そして片手にクライドと同じぐらいの大きさの荷物を持ち、もう片方にはなにやら防水性の布を何回も折りたたんだようなものをもっている。その大荷物を見て物凄く変な気分になったクライドは、荷物についてたずねてみる。
「トニー、それなに?」
クライドを見て、アンソニーはにっこりわらった。しかしその笑みに少しの苦渋が見える。やはり、相当重いのだろう。
「えっとね、これはテント。で、こっちのバッグには骨組みが入ってるんだ。リュックには、着替えとランプと食料と、読みかけの本でしょ? それに、方位磁針と防水目覚まし時計、五、六冊のマンガの本! あと、鉛筆とノートが入ってるんだ。 卓上カレンダーももってきたよ。あと、トランプ。それから、十メートルぐらいの長いワイヤー。きっとみんな役に立つと思う!」
なるほど、防水布のかたまりはテントだったか。クライドの持ち物と同じぐらいの大きさの荷物の中には、テントを張るための骨組みが入っているらしい。骨組みは鉄かアルミでできているのだろう。だとすれば、このバッグは物凄く重いということになる。
背中のリュックには、とりあえずいろいろ詰まっているようだ。無駄なものも結構詰まっているような気がするのは、クライドだけだろうか。
「ごめん、待たせたかい?」
アンソニーのような苦渋は全く窺えないような至って普通の声と同時に、家の奥からノエルが出てきた。彼の荷物は少ない方なのか、旅行用のキャリーカートのようなものを引いてくる。
旅行に最低限必要なものをなるべく軽くなるように纏めたらしい。荷物の大きさの順位で行くと、アンソニーに次いでグレンが多い。そして、ノエルとクライド。クライドたちの荷物は、せいぜい三日ほど宿泊しに行くぐらいの気楽なものだった。
それにクライドは、テントやランプにまで頭が回らなかった。余計なものを色々持ってきているアンソニーだが、テントに気づいたところは尊敬したいと思った。
「俺の荷物に何が入ってるか、教えてやろっか?」
しばらくアンソニーの荷物に釘付けだったグレンが、思い出したように言った。大荷物を持ったアンソニーと、家の奥からやってきたノエル、まだ靴も脱がずに玄関に突っ立っているクライドは、グレンを見た。
「金とか着替えや食料は勿論だけどさ、短剣と拳銃も持ってる。皆はもってきたか?」
ノエルの足がぴたっと止まった。アンソニーはテントと骨組みを取り落とす。テントの骨組みが玄関の敷石にぶつかって、凄い音がした。
その音にびくっとしながら、クライドは耳を疑った。グレンは、武器を持っているというのだ。確かに、最近物騒だと聞く。だからと言って、いくらなんでも十六歳の少年が拳銃なんて所持していいのだろうか?
「け、拳銃? もってくるわけないよ!」
明らかに動揺した声でアンソニーが言う。しかしグレンは「それがどうした」とでも言いたげに皆を見つめている。
「親父のを借りたんだ、無断でな。剣の方は売り物」
そう言って微笑むグレン。グレンの父は鍛冶師をやっているのだ。だから、刀剣の類は家にたくさんある。そのうちひとつくらい消えても大丈夫だろうという、グレンの楽天的思考がこの短剣をバッグに仕舞いこんだのだろう。
確かにグレンの家には、刀剣の類が沢山ある。だが、グレンの父親はかなり目ざとい人なので、ひとつ消えたくらいでもすぐに気づいて怒るだろう。グレンの父は町内で、頑固で短気であるということで有名だった。
クライドはグレンの父のことを良く知っている。おそらく、今日出てくるときもグレンは親に何も言わなかったに違いない。行ったら間違いなくとめられ、『クライドと絶交しろ』とでも言われるだろうからだ。それでもグレンをよく見てみると、右の拳が赤くなっていた。もしかすると、グレンは父親に手をあげたのだろうか。いや、いくら何でも考えすぎだろう。
「僕も何か武器を持っていったほうがいいかい?」
何とノエルは、平然とそんなことを言った。グレンの発言で足を止めたのは、驚きではなく用心のためだったようだ。
一般家庭に出回っているような拳銃は、すぐに暴発する。クライドは、かつて自分がノエルに言ったことを思い出した。学校に拳銃を持ってきた生徒がいたという話だ。銃がバッグのゆれにより暴発してしまい、その少年は、足に重傷を負った。勿論、拳銃は取り上げられて少年は退学になった。まさかとは思うが、そう言うこともありうるということだ。
ノエルは学校に行っていなかったから、この話を聞いたときにとても驚いたような顔をした。彼が学校に行っていなかったのは、別に退学になったからとかそういう訳ではない。彼は頭が良すぎて、学校に行く必要がないのだ。十三歳のとき彼は飛び級で大学へ進級したが、去年で既に卒業してしまっていた。
だから、通常の学校で習うはずの体育の時間が大幅に少なかったようだ。ノエルはいつも家に引きこもって勉強ばかりしていて、運動をあまりしない。彼は、もし誰かが襲ってきたとしても相手をやっつけることができないだろう。だからこそ、身を守るために武器が必要だと彼は自分で思ったに違いない。どうしてそこまで考えられるのかというと、それはひとえに長い付き合いだからだということに尽きる。
「あるんだったらな」
あろうことかグレンがそう言ったので、ノエルは徐にクライドの傍に歩んできた。今のグレンの台詞も、冗談だと思いたい。ノエルは玄関にすえつけられた下駄箱を開け、中から大振りの短剣を取り出した。その短剣には綺麗な細工がほどこしてあり、しっかり鞘に収めてあった。
「両親と妹には内緒で隠していたんだ。護身用にと思って用意しておいた短剣だよ」
勿論、まだ使ったことはないようだ。この様子では未だにばれてもいないだろう。銀色に光る短剣を見て、今度はグレンが驚愕のため身体の動きを止める。
ノエルが取り出したものの正体を確認してしまった時は、思わず叫び声を上げそうになってしまった。何の予告もなく自分の隣で刃物を取り出されて、驚かないはずがない。
「それじゃあ、行こうか」
短剣をキャリーカートにしまいながら、にっこり笑うノエル。ノエルの笑顔はかなり珍しい。しかし、今はそんなことを思っているほど心に余裕がなかった。
「ノエルって、時々何考えてるかわかんないよ」
心なしか、引きつった顔でそういうアンソニー。クライドもその呟きに同意する。
「天才の考えることは凄いな」
そうクライドが言ったとき、ノエルの眼鏡がきらりと光ったような気がしたのは気のせいだろうか。
クライドが旅に出るといってから、ノエルの人柄ががらりと変わった気がする。劣等生と付き合わないといっていた頑固なノエルは一体何処へいったのだろう。ノエルの素は、今のように笑顔が似合う方だとクライドは思う。
ノエルの意外な一面を見てしまったクライドたちは、揃って玄関を出る。祭りでにぎわう街に背を向け、何だか不安な旅が始まった。 |