第五話 世界を救え
必死で走ってノエルの家に舞い戻ったクライドは、息を荒げながら玄関に座り込んだ。親友たちは心配そうに覗き込んでくる。特にアンソニーはクライドにいろいろ声をかけてきて、何度も心配そうに嘆いた。
「聞いて、皆。俺、もうお前らと一緒にいられない」
三人は固まった。クライドは真剣だった。
暫く心の中で葛藤したが、クライドは親友たちを置いていくことにしたのだ。一人のほうが気楽でいいし、仲間達を危険な目にあわせられない。大好きな皆だから、生きて待っていて欲しい。彼らが待っていてくれると思えば、必ず死なないで戻る自信があった。
「何言ってるんだ?」
真摯な顔でクライドを見ながら、グレンが珍しく不安の色を見せた。冗談を言っているわけではないというのが解ったのだろう。
古書の匂いが満ちる、ノエルの自宅。クライドはよく見慣れたこの場所で、ここに来るまでに考えた決心を仲間達に話すことにした。
数分後、クライドは詳細を皆に伝え終わっていた。つらいし哀しいし寂しいし、何より一人は心細い。しかし、仲間に心配をかけないようにそれらは全て黙っておく。
「それで、クライドは僕らをおいて一人で敵陣へ突っ込んでいくんだね。一人っきりで死にに行くんだ? 僕らを見捨てて、一人でいくんだよね? 最っ低だよ。クライド、酷い」
彼にしては珍しく冷たい声で、アンソニーが言った。おいて行かれるということに対して苛立っているのだろう。いつもは可愛いその顔が、不機嫌そうにゆがんでいる。すまないと思うが、もう決めたことだ。
「俺らをおいて行くだって? ふざけんなよクライド、勝手なこと言ってんじゃねえ」
不機嫌そのものの声で、グレンが言った。どんな時でも一緒なのに今回だけは一緒に行けないという、クライドに対しての怒りだろう。クライドは静かに首を横に振った。置いていって当然だ、今回は命がけなのだから。
二人が怒っているのに対して、ノエルは無表情だった。しかし、いきなり立ち上がってクライドに歩み寄ってくる。床に敷かれた毛足の長い絨毯を蹴るようにして歩いて、ノエルはクライドを見下ろす。何を言われるか判らずにノエルを見上げるクライドを、やっぱり無表情に見下ろしながらノエルは淡々と語った。
「君は、一人で行って一人で帰ってくるつもりかい? でも、僕には帰ってこないつもりなのだとしか思えない。君を一人で行かせるってことは、君を殺すことになるんだよ。それこそアンソニーがいってるように、君は死ににいくようなものなんだ。結論から行くと、行かせない。行くのなら、僕らを一緒に連れて行くのが条件だ」
珍しいことに、ノエルからこんなことを言い出した。クライドを睨みつけることも忘れてしまったように、呆気にとられているアンソニーとグレン。勿論クライドも例外でなく、ノエルを凝視した。
三人で目を丸くしているのにも関心を持たず、ノエルは無表情にクライドを見下ろし続けていた。
「だって、死ぬかもしれないんだぞ?」
皆が大事だからおいていきたいという意見のクライドだ。だが、当然賛成するものは一人もいない。アンソニーが心配そうな顔でクライドを見て、口を開く。
「だから僕らも行くって言ってるんだよ。僕に『待つ』なんてことできない。これはクライドが一番良く知ってることでしょ?」
クライドが大事だからついていきたいという意見のアンソニー。クライドの理念に反することを承知の上で、一緒に行きたいと願っているのだ。憮然とした表情のグレンも、アンソニーの意見に大きく頷いた。
「俺もトニーと同じ意見だ。お前が死ぬなんていったら、俺はどうなる? お前がダメだって言っても、俺はてこでもついてくからな」
これもきっと、冗談ではなく本気で言っている。グレンは絶対に、だめだと言ってもついてくる。何度絶交を迫っても、何度脅しても、絶対についてくるだろう。クライドが本気でそう思ってしまうほど、グレンは真摯な顔をしていた。
「これでも、僕らをおいていくなんて言うのかい?」
優しい声で言い、ノエルは座り込んだクライドに手を差し出した。微笑を浮かべて、いつもは見せないような表情でクライドを見下ろすノエル。クライドは少し戸惑ったが、差し出された手を握った。それは、彼らを旅仲間にして一緒に旅をするということを承諾した瞬間でもあった。
「それじゃ、支度してくる。一旦解散、またノエルんち集合で」
立ち上がったクライドは図々しくも勝手にそう決める。少し反論して欲しい気持ちもあった。これ以上自分勝手な言動が通ってしまったら、仲間に迷惑がかかる以前の問題で自分自身が嫌になる。しかし、クライドの言葉には不満どころか皆満足していたようだ。ノエルが拒まなかったので、クライドは彼の家を出て行った。
自宅に戻ると、祖母が揺り椅子に腰掛けて編み物をしていた。この家には、祖母と母とクライドの三人が住んでいる。父はいない。父は、家族想いのいい男だったらしが、クライドがまだ幼い頃、何処かに旅立ったという。
記憶の中では、父はいつのまにかいなくなっていた。一番古いと思う記憶には、金髪の男がいるような気がする。だがそれは、おぼろげな記憶でしかない。「あれほどいい父親はいない」と近所でも評判だった父は、クライドが十六歳になった今日まで一度も帰ってきていない。父はもう死んだと思われているし、誰も父の話題を出したりしない。
父がいないことを疑問に思っていたクライドは、まだ小さかったときに、家中を探し回って父の手がかりをひとつだけ見つけた。それは、クライドの写真を纏めたアルバムの中にあった。クライドが三歳になるかならないかの時にとられた写真だ。その写真には、幼いクライドを抱いて微笑んでいる優しそうな若者が写っていた。
容姿端麗な若者で、長めの金髪のせいで耳は隠れていた。そして彼は、祖母が編んだ紺色のニットキャップをかぶっている。それが父だった。
まだ若いし、それに加えて少し童顔である。父の瞳は、クライドと同じ銀色をしていた。写真を見つけたときに、不思議な銀のこの瞳は父譲りだということが判明した。この男がクライドの父親なのだという。
それを母に確かめてみた時、彼女はわっと泣き出した。もう戻ってこないものだと思って諦めていたようだ。彼の写真は全て処分したはずなのに、と母は泣いた。罪悪感を抱えたまま、クライドはその写真を密かにまだ持っている。
この家にいるのは、父方の祖母だ。祖母の目は、父とクライドと同じ銀色である。どうやら、父方の家系には銀の眼が多いようだ。祖母は、祖母から見れば息子に当たる父の帰りを、今でも待ち続けている。
足が悪くて働きにいけない祖母は、いつも家にいて毎日何か小物を編んでいた。全て、父のためのものだ。祖母が編んだセーターやマフラー、手袋などは、使われることのないまましまいこまれている。使う人がいないのだから仕方がない。祖母も時々はクライドの分も編んでくれるが、父のために編まれた使われない衣類は増えるばかりだった。祖母は今日、帽子を編んでいたようだが、もしも父が帰ってきても使わないだろう。これからのシーズンには、ちょっと必要ないと思う。
クライドの帰宅に気づくと、祖母は優しく笑った。そして、編みかけの帽子をおいてゆっくり立ち上がる。足が不自由な祖母は、転びそうになりながらクライドのほうに歩み寄ってくる。
「クライドや、お帰り。祭りは楽しんできたのかい?」
クライドは祖母が大好きだ。小さい頃から、クライドは祖母によくなついていた。母は仕事で忙しい。父がいない分、母が働いてくれているのだ。
クライドが誰かと喧嘩をしても、祖母だけはいつも優しく慰めてくれた。相手に謝るための勇気を与えてくれた事だって、なんどもあった。祖母は、身体は小さいけれど、何だかとても大きな人だとクライドは常々思っている。
「それが…… 俺は旅に出ないといけないんだ」
クライドは、祖母に鐘のことを語って聞かせた。どうやら、邪神や帝王のことは本当に史実として語られているようだ。祖母は、優しくクライドを抱きしめた。
「この街を救うためなんだね、行っておいで。必ず、帰って来るんだよ」
つらそうにそう言って、祖母は涙を流す。そして背伸びしてクライドの首に何かかけた。不思議に思って胸元を見ると、つややかに輝く透き通った石が目に入った。
雫型のその石には、何か文字か記号のようなものが刻んである。石は綺麗に研磨してあり、言うならば水晶のように見えた。それは透明な水色をしている。
透明なのだが、ガラスとは決定的に違う何かが感じられた。通された皮ひもによって、石はペンダントとしてそこに存在している。冷たい石のつややかに磨かれた表面が、胸の辺りで感じられた。
「ばあちゃん、これ何?」
「お守りだよ、クライド。お前の父さんが旅に出るときに、わたしに託していったのさ。もしもクライドが自分と同じようにどこかに旅立つのなら、これを渡してくれと言っていたよ」
祖母は穏やかに言った。彼女の潤んだ銀の瞳を見ていると、何だか寂しくなってくる。
「……よくお聞き、クライド。わたしは、お前が魔法を使えることを知っていた。お前の父さんも、同じように魔法が使えたからね。その石には、父さんの魔法でまじないがかけてある。お前が危険に晒されたとき、護ってくれるよ。母さんにはわたしからよく言っておく。必ず帰ってくるとも、伝えておくよ。誰にも引き止められないうちに、さあ、おゆき」
クライドは、優しい祖母に深く感謝した。そしてその銀色の瞳をしっかり見て頷き、自分の部屋に続く階段を駆け上がった。部屋に入ってすぐに、ドアのそばに放置してあった手ごろな大きさのスポーツバッグを掴んだ。頑丈なので、最近は何処へ行くときも持って行っている。
バッグの中には、町長から貰った地図と一緒に数日分の着替えとタオルをつめる。今まで貯めてきていた、決して多くはない小遣いも全額もって行く。その金額を見たとき、クライドは深く後悔した。ああ、マンガなんて買わなきゃ良かった!
暫くの自己嫌悪の後、クライドは立ち直った。大丈夫、金がなくてもなんとかなるだろう。根拠はないが。
着替えやタオルと、金と、町長から預かった地図。あとは何を持っていこう。何が必要なのか自問する。そして、一番大事なことに行き当たった。
生きるために必要なものは?
すぐに答えを出す。それは、水と食料だ。水を溜めるための水筒をバッグにいれ、災害用の非常食を少しだけ持ち出してくる。ラスクとコンビーフだ。嫌な組み合わせだが、我慢する。
これで大丈夫、何とか数日はもちそうだ。しかし、一年となるとかなり無理がある。一週間もつかどうかも怪しい。あの孤島まで一週間で行くのは絶対的に不可能だろう。それに、魔法を使って孤島に行くという手段も使えない。さっき解ったことだが、クライドの想像の能力で何処かに行くのは無理なのだ。
こうやって支度をしている間中ずっと旅路の想像をしていたが、瞬きをする間に田舎道の真ん中に突っ立っているなんてことはなかった。食料は行く先々で買ったり獲ったりしたほうが荷物にならなくていいだろうと軽く考え、クライドはそれ以上バッグに食料を詰め込もうとはしなかった。これで支度は整った。あとは、ノエルの家で皆と合流するだけだ。
「さて、ノエルんちに行かないとな」
決心が揺るがないうちに、独り言として口に出しておく。ここにいると、旅をすることなどどうでもいいことのように思えてしまいそうで困る。急に、自分の部屋が安息の地であるように思えた。
小さい頃からずっと親しんできた匂い。窓から射す陽光のおかげで暖められた窓辺。癇癪を起こして壁を蹴飛ばし、穴を開けてしまったという経験もある。その穴は、クライドと同年代の少年たちに人気のロックバンドのメンバーが印刷されたポスターを張って隠している。誰も知らない、クライドだけのまずい秘密だ。
ここで出来た楽しい思い出が胸をよぎり、切なくなった。頭の中で、様々な回想が繰り広げられている。そのとき、ふと思い出した。忘れ物だ。机に飾られた写真立てを見る。そこに入っている写真に写っているのは、グレン、アンソニー、ノエル、そして自分。丁度一年前、十五歳の誕生日にこの部屋で撮ったものだ。いつも遊びになんてきてくれないノエルが一緒に写っているのはグレンのおかげだ。彼が、ノエルも引っ張ってつれてきたのだ。
いつも仏頂面のノエルが、その日だけは嫌な顔もせず自分を祝ってくれた。次の日、ケーキの食べすぎでアンソニーが朝からずっと胸焼けを訴えていたことを思い出して、苦笑する。しばらく楽しい思い出に浸ったが、やがてクライドは写真立てを倒して、後ろについていたスタンドと背板をはずした。そして写真を抜き取る。写真は一枚ではなく、二枚入っている。そのうち一枚は誕生日の写真だったが、もう一枚は違った。子供を抱いた若い男の写真。そう、これはクライドの父親だ。
これからする旅の途中で、もしかすると出会えるかもしれない。旅をするなんて滅多に無い機会だから、持っていこう。それに、何となくこの写真がお守りになってくれるような気がする。そう思ってクライドは二枚の写真を手帳にはさみ、手帳ごとバッグへ放り込んだ。身支度は済んだ。あとは祖母の言うとおり、誰にも引き止められないうちにこの街を出ていけばよい。大きく深呼吸し、気持ちを入れ替える。大好きな部屋にサヨナラを告げ、階段を急いで駆け下りた。
未練がないといえば嘘になる。しかし、街の未来が懸かっているのだ。仕方なく行くわけではない、自分から言い出したことなのだ。それに、クライドには心強い仲間がいる。だから、何があっても大丈夫だ。
祭りでにぎわう街を駆け抜けて、クライドはノエルの家に向かった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。