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  魔幻の鐘 第一章 作者:水島佳頼
第四十九話 商店街にて
 港はいつでも活気付いている。漁師たちはすでに仕事を始めていた。そして港には、漁師ではなく女性たちもいた。昼食にするためなのか、漁師に魚を分けてもらっているらしい。
 活気付く港を後にして、クライドたちは街中に向かった。市街地には商店街がある。朝日が反射して、まぶしいほどにきらめく窓ガラスやショー・ウィンドウ。そのなかの一軒を目指して、クライドたちは歩いていた。
 グレンが案内してくれる場所がどんな所なのかは知らない。なんでも、『秘密』らしい。グレンはクライドをウルフガングに引き合わせたあの午後に、街で声をかけられたと言っていた。
「ここって言ってた」
「ふうん…… 店?」
「ああ」
 ついた店は意外に地味で、ショーウィンドウがなかった。古めかしい外観なので、周りのきらびやかな店からは浮いて見える。というか、店にすらみえないかもしれない。一体ここは、何をしている店なのだろう?
「何の店?」
「俺もよく知らない。でも、その人は『魔法の店』って言ってた」
「ファンタジックな人なんだな、その人」
 とりあえず、中に入ってみようということになった。グレンが扉を開けてくれて、クライドは一歩中へと踏み入った。
 店に入ったとたん、不思議な匂いが漂ってきた。心地よくなるような、アロマオイルの香りだ。多分、二種か三種をブレンドしてある。母親がアロマオイルをよく使っているので、クライドはこういうことには詳しい。女々しいといわれるかもしれないが、クライドも結構アロマオイルの香りが好きだった。
「いらっしゃい」
 女性の声がした。どうやら、この声の主がグレンのいう不思議な女性らしい。彼女の声だけしかしないということは、店にいるのはこの女性だけだろう。
「ブリジット、クライド連れてきた」
 グレンが奥に向かって声をかけている。すると、ブリジットと呼ばれた店員が出てきた。
 黒地に銀色の模様を描いたワンピースを着て、軽く波打った長い黒髪を優雅に腰までたらしている。目の色は、綺麗な蒼。年齢は割と若い方で、外見で言ったら二十歳ぐらいに見える。うつくしい女性だ。どことなく、目元が誰かに似ている気がした。誰に似ているのだろう。
 彼女は外国人だろうか、とクライドは思う。ラジェルナに住む人は、金髪に蒼い目をした人が多い。グレンやアンソニーが、まさに典型的なラジェルナ人である。ちなみに、クライドの母も典型的なラジェルナ人だ。
 ノエルの目や髪がラジェルナ人の色をしていないのは、彼の父親に由来する。ずっと疑問に思っていたが、最近ノエルの父がとなりの大陸にある小国からわたってきた外国人だということを知った。
 この国で外国人とのハーフだということは、そんなに珍しいことではない。クライドのクラスにも、何人もハーフの生徒がいた。先祖がラジェルナ人ではないという生徒も多々いるため、純血のほうが珍しいぐらいだ。だとすると、ブリジットもハーフなのだろうか。
「あなたがクライドね」
 ブリジットは妖艶な笑みを浮かべ、クライドを見る。彼女はクライドと殆ど背が変わらないが、微妙に低かった。とすると、百六十センチ台前半といったところか。
 彼女はクライドの話をグレンとしたのだろうか。ならば、グレンが彼女と話していた時間は結構長かったのかもしれない。クライドは色々なことを思ったが、とりあえずこくんと頷いた。すると、ブリジットはクライドをじっと眺めてきた。
「知ってるわ、クライド。あなたはエルフのハーフなのよね」
「え?」
 思わず、声を上げてしまう。グレンがクライドのことをブリジットに告げていたのは、先ほど店の奥のブリジットを呼んだときの発言からわかった。しかし、グレンが見ず知らずの女性にクライドのことを告げるはずがない。ということは、彼女が別の情報源を持っているということになる。
 クライドがエルフの混血児だと知っている人は、ごくわずかだ。そのうちの誰かと親密だったら、クライドの耳にも当然ブリジットの情報が入るだろう。そういうことを考えると、これは少々おかしなことだ。
 不可解に思って首を捻るクライドを見て、ブリジットは微笑んだ。そして、店の奥に案内してくれた。
 奥にはいくつか椅子があり、椅子の数だけ小さなテーブルがある。そこにかけるようにクライドたちに言うと、ブリジットは壁に飾ってあった写真を一枚はがして持ってきた。クライドは、出口側から一番目の椅子に腰掛けた。
 ふるびた内装の店と、彼女のもってきた色あせた写真が妙に似合っているように思える。写真をよくみると、クライドは一瞬不可解に思う点を見つけた。
「これって……」
 ブリジットの母だと思われる女性は、顔立ちといい髪の色といい、自分にそっくりだった。髪の癖は、写真で見た自分の父と似ている。クライドの髪は癖毛で少し跳ねているが、この女性は真っ直ぐな髪をしていたのだ。
 金髪に、すっきりした顔立ち。長い髪のおかげで耳は隠れている。もしも自分が女装したら、この女性に似るかもしれない。そう考え、少し妙な感覚を覚えた。
 クライドは、そっとブリジットを見上げた。この女性の目は銀色をしている。そしてそれは、彼女がエルフかエルフの混血だということを示している。
「きづいたかしら? わたしはあなたの従姉なの。あなたのお父さんの姉が、わたしの母に当たるのよ」
 驚いた。確かに、ブリジットの母がエルフだとは思った。しかし、まさか自分の伯母だとは思わなかった。知らなかった。自分に、エルフの血が流れたいとこがいるなんて。
「従姉?」
 そう聞き返すと、ブリジットは写真をもって立ち上がりながらくすくす笑った。壁に写真を貼りつけながら、ブリジットがクライドに言う。
「ブリジットって呼んで。今年で二十二歳になるわ。あなたはたしか、十七よね?」
 クライドはどう反応していいか解らなかった。彼女は年上だが、親戚だ。クライドは、親戚に対する接し方を知らない。町から出たのは今回の旅が初めてだし、町の中には親戚など住んでいないのだ。
「いいや、十六だ」
 とりあえず、グレンに倣った喋り方をしておく。ブリジットが嫌そうにしたら敬語になおせばいい。それなら問題ないだろう。
 ブリジットは嫌な顔などしなかった。どころか少し嬉しそうにした。
「あら、ごめんなさい。なにしろ、直接あったことがないでしょ? 血のつながった従弟なのに、会うのは今日が初めてだなんて」
 隣を見ると、グレンが驚いたようにブリジットを見つめていた。まさか彼女もエルフのハーフだなんて、誰も思っていなかったようだ。
 そういえば、クライドは疑問に思っていることがある。エルフの血が流れている者は銀色の瞳をしているはずなのに、どうして彼女は蒼い目をしているのだろう。
 そう聞こうとすると、グレンがクライドとブリジットを交互に見ながら今クライドが聞こうとしたことを質問した。
「ところで、どうして目が銀じゃないんだ?」
 ブリジットはグレンを見つめ、くすくす笑った。そして、少しだけ下を向いて左目に手をやった。
「簡単よ。カラーコンタクトを入れてるの」
 そういって顔を上げたブリジットの左目は、銀色だった。下を向いたのは、カラーコンタクトをはずすためだったらしい。青の右目と銀の左目を細めて笑った後、ブリジットはまたすぐにカラーコンタクトをつけて目の色を隠した。勿論、両方とも銀色の目なのだと彼女は言った。客の中には、銀色の目について知っている人が何人かいるらしい。だから、隠すのだという。
 ふと、クライドの脳裏を染料のような蒼がよぎった。そして、醜悪そうな笑顔。
 もしもあの男がカラーコンタクトをつけたら、一体どうなるだろう? 声以外の全てで、別の誰かになり済ませる。そんな影の男が、誰かに化けて忍び寄ってきたらどうしよう。
 ブリジットが、何かを思い出したようにはっとしてクライドを見た。見つめ返すと、複雑な表情でブリジットは話を始めた。
「クライドのこと探している人に会ったわ。貴方の友達の、歌手志望の子も」
 グレンは、自分を指差して『それは俺だ』と告げた。ブリジットは軽くうなずいて、目を細めた。そっとブリジットを見て、クライドは訊ねた。
「それ、どんな人?」
 彼女はそっとドアの方を振り返りながら、軽く首をかしげた。誰か来たような気がしたのだろうか?
 風で、ドアががたがた鳴った。古いドアらしく、金属製の蝶番が耳障りな音を立てている。もしかすると、ブリジットはこれが気になったのかもしれないとクライドは思った。
「実はね、二人いるのよ。金髪の人と、目が不思議な色をした人。両方男性よ。歳は私とおなじぐらい」
 ぱっと二人の顔が思い浮かぶ。イノセントと、影の男。もしかしたら違うかもしれないが、この二人である確立は非常に高い。二人とも、昨晩から今日にかけて出あったのだから。そして、クライドの直感は高確率で当たる。
「金髪の人はグレンを殺したがっているの」
 それは間違いなくイノセントだろうと察しがついた。
「もう一人もグレンを殺したいっていってたわ。グレンの大切な人が、その人の大切な人を奪ったって言って」
 話を聞きながら、クライドは不可解な点について考えていた。
 もし昨日来た男が影の男だとしたら、この話はおかしいと思う。あの男は、グレンに用は無いといったはずだ。
 それに、グレンの大切な人とは一体誰を指すのかが解らない。シェリーが頭の中に浮かんできた。しかし、シェリーは殺人なんてできるような技術を持っていない。攻撃の魔法にも優れていないし、背が低くて華奢だ。それで武術ができるというなら話は別だが、クライドが見たところシェリーが武術を使えるような様子は無かった。第一、シェリーが殺人などする理由がない。
「グレン、お前恨まれまくりだな」
 何だか解らないが、グレンはいろいろな人に恨まれているようだ。気楽な調子でそういってみると、グレンは苦笑しながら肩をすくめた。そして、疲れたように頷く。
「ああ、俺も自分でそう思った」
 クライドは、そっと笑んだ。もしもグレンが殺されそうになっても、自分が助けるから平気だ。
 いままでは体格や身長、それから技術的な面でもグレンのほうが強かったが、今はそれに引けをとらないほどの魔法が使える。場合によっては、武術より魔術の方が重宝することだってあるのだ。
 だから、守られるだけではなく守ることも出来る。何があっても親友でいてくれるといったグレンを、何があっても守って生きたい。グレンだけでなく、アンソニーやノエルもだ。
 少しして、思い出したようにブリジットは言った。
「忘れてたわ、あなたのことについて何も触れてないじゃないの」
 そういえば、確かにそうである。何だかおかしくなって、クライドとグレンは顔を見合わせて笑った。しばらく笑ったが、ブリジットは急に真摯な態度に戻った。
「二人とも、クライドを捕まえたがってたわ。生け捕りにしたいって。上の命令で殺せないことになっているから、見つけたら捕まえて寄こせって言われたの」
 上の命令とは、何なのだろう。イノセントの場合は、孤島にいる帝王の命令ではないかとクライドは思う。
 だが、もう一人のいう『上』とは何を示す言葉なのだろう。まさか、もうひとりも帝王の使者だったりするのだろうか。イノセントには、帝王に仕える者同士で張り合っているライバルがいるのかもしれない。
 何か訊ねようとして口を開くと、ドアを開く音がした。


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