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  魔幻の鐘 第一章 作者:水島佳頼
第四話 町長に会いに
 祭りでにぎわう街を駆け抜け、役場を目指す。今日は祝祭日にあたる日だが、役場は年中無休なのだ。
 できれば町長に会いたい。無理なら秘書でもいい。なるべく早く町長の耳に入れる必要があるニュースだ。
「これこれ、そんなに急いで何処へ行く?」
 顔見知りの老人に呼び止められるが、それを振り切ってクライドは駆けた。あの三人の男らは、今どこにいるのだろう? 確かに消えたが、山を越えた町になんてきっとついていないだろう。また見つからないうちに、とっとと報告しなければ。
 やがて、役場に到着した。祭日とあって、やはり人は少なかったが、職員たちが不機嫌そうに仕事をしていた。大方、休日出勤に不満をもっているのだろう。折角のお祭りなのに、と言わんばかりの表情で、職員らは書類の束に目を通している。
「あの、すみません」
 窓口にいた係員に、控えめに声をかける。係員は愛想良く笑い、何の御用でしょうかと丁寧に言う。
「町長さんいますか?」
「ええ、執務室にいらっしゃいます。面会をご希望ですか? すぐに伺ってきます」
 笑顔でそう言い残し、係員は奥の部屋へと消えていく。なかなか話のわかる係員だ。とりあえず、門前払いは食らわずにすんだ。ほっとしていると、数分後に係員が帰ってきた。
「暇なので話し相手が欲しいそうです。よかったですね」
 町長にこんなに簡単に会ってしまってよいものなのだろうか? 心の中で自問した。それからすぐに係員に誘導されて応接間にたどり着く。グレーのスーツを着込んだ町長が、とびきりの笑顔でそこにいた。
「こんにちは町長さん、俺はクライドっていいます。この街の学生です」
 少し緊張気味な声で、クライドはそう言った。中途半端な敬語になってしまっているが、町長は不快そうな顔をしなかった。そのままクライドは、軽く微笑んでみる。町長はソファを示した。座って良いらしい。クライドは、ソファに腰掛けた。
「吃驚したよ。私に会いたいだって? 変わった子だね、君は」
 聞けば、町長は面会を求められることが殆ど無いらしい。だから突然の来客に凄く驚き、嬉しいとも思っているという。
「鐘楼について話しに来ました。率直に言います、今日あの鐘が落とされました」
 実に淡々と、それだけ言って口を閉じたクライド。町長と世間話するのもいいが、まずはこのことについての報告を済まさなければいけないだろう。クライドは、町長のほうから口をひらくまで、ずっと町長をみつめていた。
「……今、何と言った?」
「鐘が落とされたんです」
 町長は黙り込んだ。最初の笑顔はどこへやら、今の彼はとても青ざめた顔をしている。
「やったのは三人組の男で、二人は名がわかっています。仮名かもしれませんが、彼らが呼び合っていた名前を偶然聞きました」
 クライドはそこで話を切り、町長の反応を待ってみる。町長は前髪に手を差し入れてぐしゃりと掴み、苦渋を顔に浮かべる。
「続けてくれたまえ、クライド君。どんな奴らだった?」 
「名がわかってない男は、まだ二十歳ぐらいに見える金髪に蒼い目の青年です。名がわかっている方ですが、片方が太った中年でした。彼はジャスパーと呼ばれています。そしてもう一人は、長身の男です。年齢は…… そうですね、大体四十代後半から五十代にかけてでしょう。彼はジェイコブと呼ばれていました」
 冷静にあのときを思い返し、彼らの身体的特徴を述べてみる。どうやら町長は、過去にも覚えがあるらしい。ジャスパーとジェイコブの事を聞いて、顔をしかめた。
「それで、君はどう対処したんだね?」
 途端に沈黙が降りた。魔法のような力が使えたなんて、いえない。頭が変な奴だとは思われたくないし、第一自分でも信じられないぐらいなのだ。黙り込むクライド。
 町長はじっとクライドを眺めていたが、ふと何かに気づいたようにクライドに手を伸ばした。びくっとしたが、町長が引っ叩いてきたり殴ってきたりするはずがない。素直に町長の成すことを見守ることにした。
 町長はクライドの前髪をかきわけて、目を覗き込んできた。いきなりそんなことをされて、クライドは勿論驚く。だが、目をそらせなかった。
 しばらくして、町長はクライドの髪から指を離した。そして、不思議な微笑を浮かべながら言った。
「君には魔力がある。それも強力な魔力がね。きっと君は、魔法を使って彼らを撃退したのだろう?」
 一瞬だけ、息が止まった。何故、魔法のような力が使えたことを言い当てられたのだろう? 目を見ただけなのに。髪に触れただけなのに。
「私はね、魔道士なんだ。……全く解らないって顔してるね。要するに、魔法が使えるんだ。相手が魔法を使える場合、魔力を感知することもできる。君の魔法は少し特殊だね。そして君は自分の力に気づいていないようだ、そうだろう」
 驚愕した。何と、町長は魔法が使えるというのだ。しかも、この力の正体が判明した。魔法だ。嘘だと思った。いつもより強く頭を掻いてみると、やはり痛かった。これは嘘ではない、夢でもないのだ。そしてきっと、魔法による幻想でもない。
「あの鐘がどうして長い間大切にされてきたか、解るかね?」
 物憂げにそう言うと、町長は窓から鐘楼塔の方角をそっと見やる。ここからだと丁度位置が悪く、肝心の鐘が見えない。鐘楼を囲う壁や屋根が邪魔なのだ。
「本当は文化財とかそういうのではなくて、別の理由で大切にされてきたんだ。実はね、鐘楼塔を中心にして、この町全体に結界を張ってあるんだよ。あの鐘を一年に一度鳴らすのは、結界の効力を高めるためなんだ。今日は、一年のうちで一番結界が薄まる日だよ。今夜、来年の分の魔法をかけるから。 だから敵が侵入することを許してしまったんだろうね、結界は」
 結界、聴きなれない言葉である。しかし、大体の意味は知っている。ゲームの世界で言う、バリアのようなものなのだろう。
「君は今まで、魔法なんて使えなかっただろう?」
 そういうと、町長は自分の両手をそっと組んだ。組まれた両手に、青白い電光が光るのが見えた。喩えるなら静電気のような光だが、一瞬で消えてしまうという事は無い。絶えず町長の両手を行きかっている電光は、衰えるどころか段々勢いを増しているようだ。自分は想像したとき以外こういった力を使うことはできないようだが、町長は殆ど無意識に魔法を使っているようだ。
 町長の指に絡みついた青白い光は、絶え間なく動き続けている。時々、パチパチと音を立てたりもする。何だか、小さな雷が指先に絡み付いているように見えた。だから一層、クライドはそれを凝視してしまう。
「はい、そうですが」
 返事をすることを思い出して、クライドはぼうっとしながら答えた。自分が今まで魔法が使えなかったのは何故なのだろう。グレンやアンソニーやノエルは、こんな力を使う自分を今までどおり友達として見てくれるだろうか? 町長の手を走る電光にみとれながら、クライドはいろいろなことを考えていた。
 確かに、今まで想像しただけで人を燃やしたことなんて無かった。それに学校で授業中にぼんやり想像していたことも、何一つ現実として起きたりしなかった。想像していたせいで怒られたことだってたくさんあった。もし想像したことが現実になっていれば、怒られるどころか褒められているはずだった、ということも少なくない。本当に、今日になって突発的に魔法が使えるようになったのだ。
「君には生まれつき魔力があったんだよ。でも、魔力を持って生まれる子はそう多くない。それに、大概子供のうちに魔力が自然消滅しちゃうんだ」
 そういって、町長はクライドを眺めた。クライドは、町長の話に矛盾点をみつけた。生まれつき魔力があったのならば、どうして授業中に想像していた大嵐がこなかったのだろう。もし生まれつき魔法が使えていたのならば、嵐によって午後の授業が無くなる予定だったのに。そしてそのまま強制的に下校させられ、クライドは家でたっぷり休養をとっていただろう。 「この鐘の結界には、結界の中にいる者の魔力も抑えてしまう力があるんだ。私は今こうやって無意識に魔法を使っているけど、結界の力がまた強くなったら普通のひとと同じになる」
 皺のたたまれた顔に人好きのする笑みを浮かべ、町長は組んだ指を解いた。パリッと小さく音がして、指の間を行き交っていた電光が消える。
「君はまだ子供だから、その力は弱い。だから今まで鐘の影響で魔法が使えなかった。しかし君も、いずれとても強くなるよ。自然消滅なんてことは絶対無い、保障する。君の魔法は特殊だからね。とにかく、鐘を付け直さないと。結界を張らなければ、ここは不毛の地となってしまう」
 町長は一息置いて、深いため息をついた。あの鐘楼塔は、そんなに大切なものだったのか。クライドは、今更ながらそう思う。
「魔法が使えないのはつまらないけど、ここは邪神を封印した街でもあるんだ。だから、あの鐘がないと大変なことになる。また邪神が復活してしまうよ」
「邪神?」
 聞きなれない単語だ。クライドが思わず聞き返すと、町長は髪をぎゅっと掴んでため息をついた。
「闇の帝王の使い魔さ。あらゆるものを破壊して、あらゆる物を食い尽くす悪魔だよ。あんなもの、神だなんて呼びたくないね。でも、神という名がつくくらいに手ごわいんだ」
 説明を受けたが、まだわからないことがある。
「町長さん、帝王って誰なんですか?」
 聞いてみると、町長はそっと窓の外を見た。
「大人は誰もがその存在を知っている。けれども口にしない。君達にも、成人式で教えることになるだろう。帝王の存在は、誰もが消したいと思っている。けれどあの圧倒的な力の前に、誰もが帝王を怖がってしまう。帝王は、無敵の魔法使いなんだよ。もとは人だという説もあるし、元々邪神だったという説もある」
 まるでおとぎばなしみたいだ、とは言えなかった。それくらい、町長は真剣だった。クライドは少し黙り、町長の話の続きを待った。
「今から千年ほど前、邪神がこの地で大暴れした。帝王が、呪いを使って『地獄の門』を開いてしまったんだ。『地獄の門』というのは簡単に言うと人間界と魔物たちがすむ世界を繋ぐゲートで、この街の鐘楼の地下には特に大きな『地獄の門』があるんだよ」
「そんな危ないものが?」
「そうなんだ。でも、よほど強い魔力を持った者でなければ、門は開けない。帝王はそれを、楽々とやってのけたんだよ」
 知らない歴史がどんどんクライドの頭の中に入ってくる。とりあえず、帝王というのはとんでもない奴なのだとクライドは認識した。町長は両肘を膝の上につき、自分の両手を見つめながら喋る。
「そんなことがあって、邪神をはじめとする魔物たちがここにたくさん出てきた。人々は殺され、食べられ、恐怖に逃げ回った」
「それじゃあ、この街の人はどうやって街を守ったんですか」
「ある魔道士が、邪神を封印してくれたんだ。人類史上最強の魔道士だったといわれている、アデルバリティアの名も無い若い魔道士がね。彼は帝王に封印をとかれないために、魔法を使って鐘楼の塔を建てた。その塔が、あれなんだ」
 アデルバリティアは、今ではウィフトという国の辺りだ。北国で、一年中雪が降り続いているようなところである。
 何だかすごい。学校の授業でもこんな歴史を学ぶことができたらいいのに。そう思いかけるが、クライドは緩んだ気持ちを引き締めた。現実離れしているが、この話は真実なのだ。そして、今は緊急事態なのだ。歴史の授業を思っている場合ではない。
「塔を建てたその魔道士は、帝王に殺されてしまった。けれど魔道士の全魔力を注ぎ込んで建てられた塔は、絶対に崩れなかった。仕方なく、闇の帝王はまた出てくるチャンスを狙っている。千年前からずっとね」
 町長はため息混じりに言った。クライドは真面目に彼の話を聞き、ふと首を捻る。
「どうして帝王は鐘がほしいんですか?」
「鐘には、その若い魔道士の全魔力が詰まっている。だから帝王は、それを欲しがっているんだ。鐘がなければ、塔の魔力しかなくなる。塔の魔力は鐘に比べれば微弱だし、すぐに攻め落とされてしまうだろう。だから、だれか魔道士がこの塔を維持しなければいけなくなる。それを見越して、帝王はこの時期に鐘をさらいにきたんだろう」
 話を聞いたら、怖くなってきた。実感はまだわかないが、世界の崩壊が近いということだろう。アンシェントタウンから順に、世界が滅びていく。人々が恐怖と哀しみにくれる。そんな未来は嫌だ。
 不安が知らぬ間に顔に出ていたのだろう。町長は優しく笑みを浮かべて、クライドの肩を叩いた。
「でも、大丈夫だよクライド君。鐘を付け直せばすぐに結界が張りなおせる。私のかわりに鐘を付け直してくれるかな? 魔法の力をもつものならば、誰でもつけなおせるから」
 にっこりと笑いながらそう言い、テーブルにおいてあったグラスを掴んで、中に入っていた飲み物を呷る町長。クライドは、鐘を付け直すぐらい造作も無いことだと思った。だからそれを承諾し、窓の外に身を乗り出して鐘楼を眺めた。早く鐘を付け直して、友達のところに帰ろう。
 しかし、クライドは妙な事に気づいてしまった。布をかけられて放置されていたはずの鐘が消えている。まさか、あの男らがもっていってしまったのか? 想像の力で、鐘を復元させようと試みた。しかし、どうしても無理だ。鐘を想像しようとすると、何かに阻まれたように頭痛がする。頭は、玄翁で殴られたようにガンガンと痛んだ。
「ちょ、町長さん。鐘が」
 割れるように痛む頭を抱えながら、クライドは指で鐘楼の塔を指した。激痛に混じり、鈍痛も感じる。いくつもの傷みが、クライドの頭を襲った。頭を鷲掴みにされて上下左右に振り回されているような、激しい眩暈がする。
 立っていられなくなり、床にへたり込むクライド。隣から先ほどのクライドと同じように身を乗り出して、町長も鐘が消えたことを確認する。彼の表情に、焦りが生まれた。
「な、なんてことだ!」
 町長の口から信じられない、という声が漏れた。クライドにだって信じられない。一体如何して消えてしまったのだろう?
「今年は結界を張りなおせない…… 地獄の門が、開かれてしまう」
 驚愕に眼を見開き、絶望的な表情を浮かべる町長。その隣で、町長に説明された邪神や結界について思いをめぐらすクライドは頭を抱える。
 もしかすると、鐘はまだこの街にあるのかもしれない。いや、それはない。彼らも魔法が使えるようだし、もう持ち去られてしまったのだろう。痛む頭を抱えながら、クライドはよろよろと立ち上がって壁に背中を預けた。そうすると立っていられるが、酷い眩暈に吐き気がした。
「一年だけなら、私の魔力で結界を維持できるかもしれない。しかしそうなると私はここを離れられない、どうしよう。私は、一体どうすればいい?」
 町長は苦しそうに呟く。確かに、無意識のうちに魔法を使えるような町長ならば、結界の維持ができるかもしれない。しかしそうなると、鐘を探しに行く人がいなくなるだろう。そうなったら八方塞だ。
 ふと、ここであるアイディアが浮かんだ。
「あの、俺が探しに行きましょうか?」
 ふらつきながらクライドは言った。この町のためになるのなら、何よりだ。それに、魔法を使えるのなら旅もきっと楽になる。そもそも、旅というほど探す距離は長いのだろうか? 帝王に鐘が渡る前にあの間抜けな泥棒を捕まえれば良いだけの話なのだから、簡単だ。
 この提案を聞いて、町長は大きく首を横に振った。
「君が? だめだ、危険だよ。君が敵に回すのは、泥棒じゃなくて帝王だよ。鐘の魔力を持っていないとはいえ、帝王は手ごわい。君一人が行って何とかなるようなものじゃないんだ」
 帝王は確かに恐るべき人間なのだろう。いや、人間かどうかは知らないが。けれど、クライドは次第に怒りを覚え始めた。平和を乱して何をしようというのだろう?
 未来ある十六歳であるクライドは、帝王の為に死ぬ気などさらさらない。大体、帝王とか呼ばれながらも彼がやっていることはれっきとした泥棒なのだ。もうそこからして胡散臭い。
「それなら、なおさら俺が行きます。俺が生まれ育ったこの街を、邪神の住処になんてさせない」
 クライドは頭痛をこらえ、町長を真っ直ぐに見詰めた。意志の強いクライドは、一度重大決心をしてしまうと以後変えることなくその信念を貫く。それが常で、相手が誰であろうとクライドはそうだった。
 クライドの頑固な態度を見た町長は、小さくため息をついた。諦めたようなため息だった。守っていくべきはずの民を危険に向かわせるなんて、とつぶやくのが聞こえた。
「帝王の住む孤島を教えてあげよう。行ってくれるんだね? くれぐれも、無茶はしないようにね。仲間は多い方がいい。絶対に、絶対に死なないで」
 根負けした様子の町長は、壁に張ってあった大きな世界地図を剥がしてもってきた。それを卓上に広げ、大きな海の一部を人差し指で示す。クライドたちが住んでいる町から、世界半周分近く離れている。そんなに遠い場所にあるのか、帝王とやらの「ヒミツ基地」は。
 町長に指差された箇所には、何もなかった。島もなかったし、大陸でもない。海なのだ。
「島、ないじゃないですか?」
 怪訝に思ってクライドは言った。ずっと地図を凝視していると頭痛がさらに酷くなる気がする。少しの間、窓の外に視線を移していよう。
「いや、あるんだ。世界で恐れられた帝王の存在は、誰もが知っているけど口にしない。皆、忘れようとしているんだ。あんなもの、いなければいいとね」
 町長は暫く地図を眺めていたが、クライドが返事をしないので一人で話を続けた。何故クライドが返事をしなかったのかというと、頭痛と眩暈が酷すぎて言葉を発せなかったからだ。
「伝説があるんだ、帝王の島に向かったものは二度と帰らないと。世界政府の調べによると、過去百年間に帝王の孤島に向かおうとした人間が、三百人近くも消えているらしい。孤島に向かわず、平穏に暮らしている市民たちなら、帝王の一味に襲われてその何万倍も消えているよ。だから本当は、君を孤島に送りたくはない」
 つかのま、吐き気を覚えた。もしかすると、自分も過去の三百人近くの人間のように、消える運命にあるのかもしれない。だが、思いなおす。鐘を取り戻さなければ、町もろとも死ぬ運命なのだ。ならば、孤島に向かうほうが何倍もましだ。何もせずに街の終わりを見届けるか、何かしてその末に消されるか。クライドは絶対に後者を選ぶ。
「島も、あるのにかかれていないんだよ。この場所に、ちょうど孤島がある」
 町長は、指先で地図にしるしをつけた。魔法でインクを出したらしい。印をつけたあと、町長は地図を丸めた。そして、クライドにそれを託してくれた。
 街の、いや世界の未来が、町長とクライドの二人に懸かっている。町長は鐘楼塔の維持を、クライドは鐘の探求を。これは、重大な使命である。これを全うしなければ、何気ない日常が永遠に手に入らぬものとなる。凛とした表情で、クライドは町長に頷いて見せた。
「行ってきます、町長さん。絶対一年以内に帰って来ますから!」
 地図を小脇に抱えて、クライドは応接間を飛び出していった。走ったせいでじゅうたんがずれたが、それも直さずにただ走る。一度だけ町長のいた部屋を振り返る。憂いに満ちた町長の横顔が見えた。
 クライドは、一瞬頭をよぎった陰鬱な考えを振り切って、邪神の手から街を救うためにひたすら走り続けた。


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