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  魔幻の鐘 第一章 作者:水島佳頼
第二話 追っ手
 ようやくクライドが身を落ち着けたのは、あの塔から大分離れた公園の大樹の下だった。祭りをしている広場からも遠く離れているため、この公園には人が全くいない。たった一人で公園を占領したクライドは、目を閉じて樹の下に寝転んだ。そこでしばらく荒い息を整え、火照った身体を冷やす。
「クライド、いた!」
 聞きなれた少年の声がする。しかし、顔を上げられるほど元気は無い。彼の気配はずっとクライドのとなりにいたが、そのうち覗き込む形になった。鬱陶しいので目を開けると、やはり見慣れた少年がいる。
「邪魔だぞ、トニー」
 トニーことアンソニー=ブレアは、巻き毛の少年だ。大きな目やその落ち着きの無い髪が、もともと子供っぽい顔立ちのアンソニーを余計子供らしくみせている。落ち着きが無いと言えば印象が悪いが、その柔らかな金髪はまるで名画に描かれた天使のようだ。本人は鼻の辺りにある薄いそばかすを嫌っているのだが、クライドはそこも彼の美点の一部だと思っている。
 背が小さく、悪戯や空想が好きな彼は今年で十四歳。クライドよりも二つ年下の、少年らしい少年だ。
「クライド、一日中いなかったよね。どうしたの?」
 愛嬌たっぷりに喋る彼はまるで弟のような少年だが、クライドはアンソニーを友達としてみている。何があっても絶対に彼は味方をしてくれるし、勿論お互いに信頼しあっている。学校でも授業を一緒に受けたいのだが、学年が二つも違うのでどうしようもない。
「ああ、今日かあ」
 どくん、どくん…… いつもより早いペースで動いている自分の心臓の音を聞きながら、ぼうっとした頭でクライドは考える。あの盗賊らしき人物たちの話はするべきだろうか。どうせ嘘だと思われるだろう。しかし、鐘を落とされたのは事実だ。この少年を楽しませてやるという目的でもいい。兎に角、話はするべきだ。クライドはそう思い、アンソニーを見上げた。
「塔があるだろ? 鐘楼の塔」
 そういって、遥か遠方にそびえるあの塔を指差すクライド。街の人なら皆知っている塔だし、クライドたちはたまにあそこに不法侵入して遊ぶこともある。そういう場合大抵階段は上らないのだが、隠れ場所として利用した。だから、アンソニーはそちらを見なくても塔のことは認識しているはずだった。
「うんうん」
 深く頷いて、アンソニーはクライドの話を聞いている。そしてちらりとクライドの指差す鐘楼を見て、また視線をこちらに向ける。
「その塔にさ、変な奴らがいた。変な奴らは、何か青白い火花をつかって鐘を落としたんだ」
 信じないだろうと思っていたアンソニーは、クライドの話に釘付けだ。 いたく興味を惹かれたらしい。今すぐにでも塔に行って、奴らを見たいと言い出しそうな顔だ。
「二人は俺に気づかず行っちゃったけど、最後の一人が俺を見つけた。」
「えーっ、それで? それでどうしたの?」
 息を呑むアンソニー。彼は真剣そのものの表情で、クライドをじっと見つめている。語り手としても、そんな顔で聞かれると話を面白く語りたくなる。ここでいよいよあの男の登場だ。
「俺は、そいつと戦った」
 自信たっぷりにいってみるクライド。たしかに戦ったといえるが、あれは不本意に起きたことである。
 天使のような穢れの無いイメージのいたずらっ子は、クライドの武勇伝を頭から信じ込んでいるようだ。こういうところはかなり純粋である。疑うことをしらないのだろうかと思ってしまうほどだ。
「わあ、クライドが? すごい!」
 この瞬間、クライドはほんの少しだけ罪悪感を感じた。確かに敵を燃やす攻撃は物凄いが、全て不本意である。それに、たとえ敵であろうと人を燃やすなんて良くない。
「俺、敵を燃やしたんだ。何故か燃やせた」
 きっとアンソニーのことだから、こういったら興味津々と言った様子で詰め寄ってくるのだろう。だが予想を裏切り、クライドの言葉を聴いた途端にアンソニーは怪訝そうな顔をして、言った。
「クライド? きみ、頭おかしくなっちゃったの?」
 それを聞いて、軽くショックだった。そして、少しいらだちを覚える。頭がおかしいといわれたことが原因なのではなく、いつも信じてくれるアンソニーがいきなりそんなことを言ったからだった。
「おかしいわけないだろ、俺だって意味が解らなかった。ほら、見ろよ」
 彼に信じてもらいたい一心で、クライドは手のひらをアンソニーに見せた。そして、想像する。手のひらに、真っ青な焔が燃えているところを。
「わ、わあ! 何? 何それ、何なの?」
 目を見開き、口をぽかんと開けたアンソニーが興奮した様子で叫んだ。想像通り、クライドの手のひらに蒼い焔が出現したのだ。やっと信じてもらえたようだ。
 クライドは少し起き上がろうとした。すると、アンソニーが覗き込んできて、満面の笑みを浮かべて言った。
「凄い手品だね、どんなタネ使ってるの? 僕にも教えて、やってみたい!」
 起き上がろうとして少し上げられたクライドの頭は、過度の落胆のため力を失い、再びごつんと音を立てて木の根元に戻った。自分で打った頭の痛みに悶絶し、クライドは涙目でアンソニーを見上げる。
「いや、違うぞトニー。タネなんてないんだ」
 そうなのだ、タネなど無い。仕掛けも無い。これは手品ではない。ジャスパーの眼を焼き、もう一人の金髪の男など全身を焦がし、二人とも絶叫させたこの力が手品などであるはずが無い。
「俺は、この力でジャスパーの眼も焼いた。睨まれたから睨み返したら、焼けてたんだ」
 あのにらみ合いのとき、誰も鐘楼を見ようとしなかった。あれももしかすると、一種の魔法なのかもしれない。
 いや、魔法だって? 馬鹿馬鹿しい、そんなものあるわけないだろう。しかし、あの現象は魔法という以外に一体何と表現すれば良いのだろう? クライドの使っている、このおかしな能力もそうだ。
「へえ、そいつは可笑しいな。クライド、病院行って来い。勿論、アタマの方な」
 不意に樹上で声がした。アンソニーとクライドは、そろって上を見る。すると、もう一人の親友が木の上で笑っていた。今まで気づかなかったが、彼はずっと木の上で街の景色を眺めていたらしい。
 彼はこうして言うのもなんだが、かなりの美形である。こうして笑っている顔を見ると、なんだか羨ましくなってくる。爽やかなこの笑顔に惚れる女の子は、勿論少なくない。だが、本人はそれを快く思っていない。彼は、恋愛よりも悪戯が好きなのである。
 彼は鎖骨を越すぐらいの長さの金髪を緩くまとめ、長い前髪を優雅に目の上へと流している。切れ長の蒼い目に、通った鼻筋。声も美しい。誰もが憧れる美貌をもったこの少年は、クライドやアンソニーの昔からの大事な親友だ。
 ちなみに彼が今着ている物は、ところどころに穴の開いたジャケットと履き古されたジーンズだ。汚れてはいないが、クライドならとっくに捨てているぐらいの傷み具合である。彼は別に、貧乏なのではない。むしろ、結構裕福な家庭だろう。ではなぜ服が傷んでいるのかといえば、理由は簡単だ。絶壁を登ったりこうやって木に登ったりするから、すぐに服が駄目になってしまうのである。
 彼はこの爽やかな美貌とは裏腹に、かなり少年的な少年なのだ。学校では先生たちから問題視されるほど悪戯をするし、街でもしょっちゅう悪ガキぶりを発揮している。昨日彼は、校長の頭にバケツの水を浴びせて説教を食らっていた。義務教育だから退学させられないのが無念だと、校長はしきりに嘆いている。だが、彼の悪戯は、生徒たちからは絶大な人気を誇っているのだ。
「降りてきなよ、グレン」
 そう言いながら、アンソニーがにっこりと微笑んだ。クライドの大事な親友、グレン=エクルストンは木からひらりと降り立った。軽やかに着地して見せ、グレンはさも可笑しそうに笑う。
 隣で誰かが木から降ってきたというのに、クライドは無関心である。こうやってグレンが木から降りてくるのはいつものことなので、驚くような気力もないのだ。
「なあクライド? 誰かくるぜ。三人の大人だ、二人は長身で一人はデブ……」
 疲弊して眠たいクライドを刺すように一瞥し、グレンは言いかけた言葉を止めて憮然とした顔で前方を見つめていた。
 クライドは閉じかけた目蓋をあけ、上を見る。柔らかな木漏れ日が心地よい。他に目を凝らしてみても、グレンがジャケットの内側にきている服の色がわかったぐらいで特に変わったことはない。
「三人の、大人か」
 うわごとでも呟くように、クライドはそういって目を閉じた。しかしすぐに飛び起き、前方に眼を凝らした。まさしく、ジャスパーたち三人がこちらに向かってくる。
「に、逃げよう!」
 すっかり慌てふためいたクライドは、二人に背を向けて踵を返す。しかし、その襟首をグレンにむんずとつかまれた。鐘楼塔で男に掴まれたのは胸倉だったが、今度は逆だ。
 喉に襟元が食い込んで痛い。痛いというよりは苦しい。もがきながら、クライドはグレンを見た。離して欲しいと目で訴えたが、無駄だった。
「何で逃げるんだよ」
 明らかに不満を持った目で、グレンはクライドを睨む。そうこうしているうちに、男らがどんどんこちらに近づいてきている。
「頼むグレン、離してくれ! 苦しいし、ほら逃げなきゃ」
 喚くクライド。グレンはクライドを離さずに、アンソニーを見やった。こんな時、最終判断を下すのは第三者。そういうことに関しては、昔から暗黙の了解が浸透している。
「ねえクライド、あれがその不法侵入者?」
 近づいてくる大人たちを十分警戒したようすで、アンソニーはクライドを覗き込んだ。ばたばたともがきながら、苦しさのため涙目になってクライドはアンソニーを見た。
「そうだ! 離せグレン、離せったら」
 叫び、暴れるクライド。しかし襟首を掴まれているため、もがくその脚は宙を空しく掻いただけだった。グレンとの身長や体格の差が無かったら、今頃とっくに逃げ出していたことだろう。
「いた、あのガキだ!」
 全身をびしょびしょに濡らした男が、クライドの所在をジャスパーとジェイコブに知らせている。三人は、物凄い怒気を孕んだ目でクライドたちを睨みつけた。
 すくみ上がるアンソニー。だが、怖がるアンソニーの隣で、グレンは平然としていた。グレンにつかまれているクライドは勿論それどころではなく、じたばたともがき続けていたのだが。クライドの目に、憮然としたグレンの横顔が見えた。いつも一緒にいるからわかることだが、グレンはすぐに怒る大人たちをとても嫌っているようだった。
「俺の連れに、何の用だ?」
 早くも嫌悪感と敵意むき出しな表情で、彼らを睨むグレン。しばし、グレンと彼らの間に火花が散ったように見えた。特にあの若い金髪の男が、グレンを殺しそうな勢いで睨み付けている。
 グレンの隣で、アンソニーが居心地悪そうにたじろいでいるのがちらりとみえた。これもいつも一緒にいるからわかることだが、アンソニーもすぐに怒る大人たちを嫌っているようだ。アンソニーの場合は、恐怖感から大人を嫌う心が生まれるのだろう。その点では、グレンと対照的だといえる。
「誰だお前? ガキは黙ってろ、とっととそいつを渡せ」
 そういうジャスパーは、両の目をきつく包帯で巻いていた。言うならばそれは、目隠しのように見える。完全に視力を失ったのだ、きっと。だから両目を隠してしまっても平気なのだ。
 クライドの言い分が本当なのだと、グレンは今気づいたようだ。グレンは一瞬氷のような冷たく鋭い目をしたが、すぐに目を伏せて軽く首を横に振った。
「嫌なこった」
 そういうと、クライドの襟首をさらに強く掴み、グレンは逃げ出した。まるで荷物か何かのように扱われたクライドの身体は、地面すれすれのところでかろうじて浮いている。それにしても、グレンは凄い。自分と同年代の少年を掴んだまま走ったりできるなんて。ある種の尊敬に値する。まるで他人事のように、クライドはそう思っていた。
 だが、意識が飛びそうになる。服がのびる、と抗議しようとしたら、そのまま彼の腕に抱えられる。その腕が胸元を圧迫し、呼吸を妨げた。これはそろそろまずいと感じたので、クライドは抗議を再開した。
「苦しい、離せグレン、手を緩めてくれ!」
 グレンは生返事しただけで、そのまま走り続けた。血流が滞っているせいで、頬や鼻の辺りが膨れているような気がする。細く息を漏らし、軽く咳き込む。すると後ろから、声が近づいてくる。
「待て! 喧嘩を売っておいて逃げるのか!」
「グレン! 僕に構わずとっとと逃げて!」
 アンソニーと、あの男らの声だ。残念ながら、思考能力の低下したクライドの頭ではその男の声が三人のうち誰のものなのか特定できなかった。
「グレン、苦しい、頼むから殺さないでくれ」
 半分本気だ。グレンが自分を殺すなんてありえないが、このままでは死ぬことにもなりうる。
「何か言ったか?」
 本当は十分聞こえているくせに、グレンは手を緩めてくれなかった。しばらくして、つぶやくようにグレンは言った。
「今ここでお前を下ろしたら、あの馬鹿どもに捕まって終わりだろ? 逃げたいんじゃないのか」
 そうか、とクライドは納得した。確かに今ここで下ろされたら、クライドはすぐに捕まって終わりだ。だからといって絞殺されそうになっていいのかといったらそうではないが、これはグレンなりにクライドのことを考えてくれている結果なのだからそれはそれで……
「悪いな、クライド」
 彼は呟き、クライドを一瞬だけ地面に降ろした。その瞬間、アンソニーの声が聞こえた。
「やーい」
 何を言っているのだろう。そう思った瞬間、グレンの肘が鳩尾にヒットし、クライドの意識は暗転した。


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