青少年のための健全なる恋愛事情
気軽に読んでやって下さいませ。
『ユウくん・・・』
『ミナ・・・』
静かな放課後の教室で夕日をバックに向かい合う一組の男女。
絵に描いたような美しい青春の1ページ・・・
になるだろう―――
そこに私(第三者)さえいなければ。
なんなんでしょうね、この状況。
私はただ部活中の友達を待っていただけなのに。
近づいてくる人の気配を先生の見回りかと思ってとっさに隠れたまではよかった。(いや、よくなかったのか?)ドアが開く音に続いて聞こえてきたのは、桃色オーラ全開の男女の声。
出るに出られん。
そんなこんなでわたくし、森 こゆり17歳。
只今 in 教卓です。
教卓の中に入ったのなんて、小学生以来だな。
かくれんぼの時、普通の教室で隠れられる場所は机の下か掃除道具入れの中かここぐらいだよね。
割とすぐ見つかっちゃうけど。
でも今、見つかりたくないお二人は完全に自分たちの世界に入り込んじゃってるみたいなので、大きな物音さえたてなければ見つからないだろう。
あ、ちなみに私は教卓の中にいるから二人の姿は全く見えない。
なので、二人の様子はただの私の妄想。女子高生の妄想力をなめちゃいけないよ。
時々聞こえてくる声で十分いける。だから、どうしたって話だけどね。
はぁ・・・
いつになったら出られるんだろう。
なるべく早くイチャつき終わればいいな。
これが最後ってわけじゃないんだし、まいていこうぜ、お二人さん。
なるべく聞かないようにするからさ。
じゃないと、私、お腹がなりそうで―――
『お前ら、なにやってるんだよっ!?』
おや、二人だけ(本当はプラス1)の世界に誰か入ってきたらしい。
セリフだけ聞いてると先生かもしれないけど、声が若い。しかも、すごく怒ってる。
はて?
『答えろよっ!ミナっ!』
どうやら、ミナっぺとやらの知り合いらしい。ということは生徒か。
『ヒデ君っ!?部活中じゃなかったの!?』
ヒデ君か・・・。
もしかして、サッカー部だろうか。
『今日は早く終わったんだよ・・・。だから、お前を捜しに来てみればっ!ミナ、コイツ誰なんだよっ!!』
ユウくんです。
顔は全く知りませんけども。
『俺?俺はミナの彼氏だよ!お前こそ誰なんだよっ!邪魔するなっ!!』
なにやら、雰囲気が桃色からドス黒くなってきましたな。
『・・・はぁ!?なに言ってんだよっ!ミナの彼氏は俺だっ!!おいっミナ、どういうことだよっ!?』
あらあら。
二股ですか、ミナっぺとやら。
青春の美しい1ページから一気にドロドロの昼ドラになっちゃったらしい。
・・・余計に出にくくなっちゃったじゃないか。
どうしてくれるんだ、ミナっぺとやら。
これはもう、あれか。
私には一生教卓がお似合いということか。
・・・まぁ、トイレよりはマシか。
じーーーーーっ
いや待てよ・・・体育館倉庫ならベッド代わりになる物がたくさんあるな。
じーーーーーっ
宿直室も捨てがたい。噂によると、あそこはお酒とおつまみの宝庫らしいし。
じーーーーーっ
お酒はいらんけど、いいなぁおつまみ。食べたいなぁ・・・。
おつまみを思い浮かべながら、ふと目線を上げれば―――
同じクラスのすがやんこと菅原 英人くんがいらっしゃいました。
・・・わお。
・・・とりあえず、挨拶でもしておくか。
「やぁ」
もちろん小声で言いましたとも。
すると、すがやんも少し笑って
「やぁ」
と小声で返してくれた。
あ、今の顔好きだなぁ。
「で、なにやっての?森ちゃん」
「・・・一人かくれんぼを少々・・・」
「ふーん・・・」
と言いながら、すがやんが私をじーっと見つめる。視線が痛い・・・そして、すごく恥ずかしい。
「・・・友達を待ってたら、なんか出るに出られん状況になりまして・・・」
「・・・そら災難だ」
もめてる三人組がいるのであろう方向を見ながらすがやんは言った。
「うん。で、すがやんはどうしてここに?」
すがやんは特に隠れることなく、教卓の隣に腰をおろした。
「俺?俺はヒデの付き添いー。なんか、面倒ごとが始まりそうだったから、ほっといて帰ろうと思ったんだけど・・・これが見えた」
そう言って、すがやんは教卓からはみ出ていた私のスカートを指さした。
「・・・お主、なかなかやるな」
菅原 英人、あなどれん。
「でしょ。あ、森ちゃんアメ食べる?」
すがやんはポケットからカラフルなあめ玉を二つ取り出した。
「かたじけない。お礼にチョコレートはどうでござるか?」
「ありがたい。遠慮なく頂くでござる」
すがやんはノリがいい。
固そうな黒髪に細い目。特に目立つ容姿ではないけれど。
私にとって彼は特別。
「修羅場ってるね」
ポツリとすがやんが言った。
さっきから聞こえてくる声は相手を罵る言葉だけ。
耳から入ってくる現実の苦さに甘さを求めて、大きなアメを口の中でころがす。
ふむ・・・
「恋愛は甘くなさそうだね」
私の口の中は、すがやんのおかげでこんなにも甘いというのに。
「んー・・・。そうでもないと思うよ?お互いが相手に甘さをあげることを忘れなければ、ずっと甘いまんまじゃん。ちょうど、俺が森ちゃんにアメあげて、森ちゃんが俺にチョコレートくれたみたいにさ」
これは、遠回しに口説かれてるんだろうか。いや、すがやんは少し天然だから違うかも。
でも、なんだか嬉しい。チョコレート持ってきてよかった。
「すがやんの理論でいうと、ミナっぺとやらはもっと甘さがほしかったのかな」
「いや、あの子はアレだよ森ちゃん。カフェオレ派なんだよ」
どこからカフェオレの話になったのでしょうかね。
すがやんの話は、よくあらぬ方向に飛ぶ。
それがすごく楽しい。
「甘いミルクだけでは満足できなくて、苦いコーヒーもほしくなっちゃったんだよ。森ちゃんからは見えないだろうけど、あいつら、全く逆のタイプなんだよ。優等生なユウとちょい悪男なヒデ。どっちもほしかったんじゃない?」
なるほど。
理解はできる。
でも、それは―――
「・・・わがままだね」
私は一人にしか目がいかなすぎて困っているというのに。
「そうだねー。ところでさ、森ちゃんはコーヒー派?ミルク派?」
割と真剣な顔ですがやんが聞いてくる。
その質問ってそんな重要なんだろうか?
すがやんは難解だ。
「私はコーヒーもミルクもどっちも単品じゃ飲めなくてね。唯一飲めるのはコーヒー牛乳だけ」
私の答えにすがやんは一瞬、驚いた顔をしてそして声を殺しつつ笑った。
「まさかの第3の選択!?うんでも、わかるよ。おいしいよね、コーヒー牛乳。俺も好きー」
っ!?
やばい、コーヒー牛乳に嫉妬するとか、ありえんだろ自分。ちょっと落ち着け。
そんな私の心の中を余所にすがやんは何やら嬉しそうに言う。
「そっか、そっかー。森ちゃんはコーヒー牛乳派かー。俺ちょっと安心」
なんで??
「そんで、森ちゃんは甘いほうがいいんだよね?んー・・・それはアレ?5分ごとにチューするとか1分ごとに愛してるとか言われたい感じ??」
それは、甘いカップルというか、かなりうざいカップルだと思うんだけども。
「いやいや。私は自分の身の丈にあった恋がしたいなーって思うだけだよ。子供っぽいけど、私は手つないだけで、十分ドキドキするよ。」
背伸びすることは簡単だけど、長くは続かないだろう。
それなら、初心者は初心者らしく、手探り状態だとしても一秒でも長く一緒にいられるような恋をしたい思う。
・・・うん、まぁ相手は限定しちゃってるんだけども。
というか、なんで私はこんな話をしてるんだろう。
「ふーん。じゃあ」
と言ってすがやんは教卓の中をのぞき込むように体を動かした。
私の視界が、すがやんでいっぱいになる。
そして、すがやんは私がヒザにおいていた手を―――
ぎゅっと握った。
「・・・ドキドキする?」
にやりと笑う、その顔が少し赤いのは私の気のせいだろうか。
いや、それ以上に今の私の顔は赤いに違いない。
完全な不意打ち。
やっぱり、すがやんはあなどれない。
「・・・する」
下を向いて顔を隠しつつ、やっと言えた一言は、蚊の鳴くような声だった。
だけど、すがやんの反応を見たくておそるおそる顔をあげれば―――
すがやんは、今まで見たことのないくらい嬉しそうな笑顔だった。
・・・あーあ私、完全におちちゃったよ・・・。
今まで必死で『好きかも』ぐらいで抑えてたというのに。
『今』を変える勇気もないくせに、私はどんどん欲張りになっていく。
どうしてくれるんだ、すがやん。
責任とれ。
『だってヒデ君は部活ばっかでっ・・・私、寂しくてっ!!』
しばらく、自分の考えに浸ってた私は教卓の向こうの声で現実に引き戻された。
泣きながら叫ぶ彼女の声は、ひどくつらそうだ。
甘さで満ちていた心の中に苦いものがこみ上げてくる。
「・・・大人になったら飲まなくちゃいけないのかなコーヒー」
日に日に、欲張りになっていく心。
いつか私もこの甘さだけでは満足できなくなるんだろうか。
なんだか、一瞬で気分が沈んでしまった。
自分の声が心なしか暗い。
すがやんは私の手を握ったままで
「もしそうだったら、ネバーランドにでも行っちゃう?」
すがやんは、いつもと変わらない調子で言った。
それが、私を安心させてくれる。いつだって。
ゆらゆらしているようだけど、すがやんはいつもすがやんのまんま。
だから、私はずっとすがやんが好き。
「いいね。その時はどうぞご一緒に」
なにげなく、いつも私を救ってくれる君とこれからもできるだけ一緒にいたい。
―――うん、なけなしの勇気だしてみようか・・・。
「森ちゃんとならどこまでも」
・・・すがやんはノリがよすぎる。
読んで頂きありがとうございました。紅屋の仁でございます。このあと、教卓の二人(と修羅場の3人)がどうなったのかは全く考えていません。お好きに想像してやってください。需要はないかもしれませんが、すがやん視点も気が向いたら書こうと思います。あ、あとヒデ君とすがやんは野球部です。