巨人様
いつの頃からだか、記憶は定かではないのだけど、巨人様というのが世間に現れるようになった。
例えば、街の片隅に残った雑木林の一角なんかから、それは生えてくるのだとか。
巨人様は、巨人という名前が付いているにも拘らず何もしない。ただ、生えているだけのものらしい。見えている人達の言葉を信じるのなら、そういう事になる。そう。世間の全ての人に巨人様の姿が見えるのではなく、一部の人達にしか見えていないのだ。因みに、僕は巨人様の姿が見えない側の人間の一人だ。そんなものが本当に存在するのだろうか? 当然、霊感がどーたらって話にも結び付けられて色々と言われているけど、どこまで本当なのかは確かめようもない。
巨人様は、物理的な存在ではないらしい。というのも、写真に写ったりはしないし、誰も触れないからそう結論付けるしかなかったのだ。では、何かと言われればさっぱり分からない。ただの気のせいじゃないかとも言われているけど、それならこれだけの数の人に見えるはずがない、とやっぱりそれも否定されている。そして、巨人様が見えると言う人の数は徐々に増えていっているのだった。その形状も、様々に言われていたのが固定されてくる。
やがて、巨人様への説明もなされ、それが世間的にも定着していった。巨人様は、失われた太古の自然の痕跡がエネルギーを得て湧き出したもので、それを感知できる人間とできない人間がいる。もちろん、科学的には証明のしようもないのだけど、それでもその説明は世間で認められてしまった。やがては、巨人様に向けて祈る人まで現れるようになる。もう、社会から巨人様の存在は消せそうにない。
僕はしばらくは巨人様なんて見えるはずがないとそう思っていた。でも、周囲に見えるという人が増えてくる中で、自分が見えないというのに少し寂しさを感じるようになっていて、そして、巨人様を見てみたいと思うようになっていったんだ。そんなある日の事だった。
曇りの昼下がり、お墓の近くの雑木林辺りにどうしようもなく僕は魅力を感じた。そして、もしあそこに巨人様が生えてきたら、なんだかいいかもしれない、とそんな事を考えたんだ。すると、何か半透明の巨体が盛り上がっていく姿が見えたのだ。
巨人様だ。
そう僕は思った。
僕は自分にも巨人様が見えた事に、喜んだし、何よりその壮大な光景に心を奪われてしまった。
……巨人様は本当にいたんだ。
それから、僕は巨人様が存在する世界で暮らすようになった。巨人様に対する説明を受け入れて、皆とその存在を共感し合って。
でも。
ふと、昔を思い出しもする。ちょっと前まで、僕には巨人様なんて見えていなかった。それが正しい世界を、僕は生きていたんだ。今とあの頃と、何が違うのだろう?
夜中。
僕は巨人様が見えるはずの場所へと足を運んだ。誰もいない。自分だけの世界。そして、巨人様の前で目を瞑った。
“お前なんかいない。いるはずがない”
そう心に念じながら。
目を開ける。
すると、何も見えなくなっていた。
消えた?
いや、違う。消えたのじゃない。今の僕が見ている現実には、そもそも巨人様なんか存在しないんだ。僕は、あの頃の世界を取り戻したんだ。
ただし。
多分、この世界は、明日他の皆と会って話しでもすれば、途端になくなってしまう。そして、直ぐに巨人様が存在するあの世界が返ってくるのだろう。
僕は漠然とながら、そう確信していた。それは僕が生き続ける限り、どう足掻いても逃れられないものだから。