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  幻界創世記 作者:冬泉
漸く葵からマニュアルを借りた翔だが・・・
第一章「出会いは唐突に」
SCENE-08「与えられた課題」
■UNO学院/学部棟/リフト→エントランス・ホール

 翔が逡巡していた時間は短かったようだ。気を取り直して全力で13階ホールまで走ると、ちょうど葵がリフトに乗り込むところに間に合った。

「エントランス・ホール」

 リフトに乗った葵は、音声で行き先を告げる。その時、葵は後ろから走ってくる足音を耳にする。

「神和姫先輩っ! ちょっと待って下さい!」
「!」

 振り返った葵の瞳に、必死で走ってくる翔の姿が映る。葵はリフトに命ずるコマンドを言い直した。

「リフト、ホールド」

 閉じようとしていた扉が途中で止まり、また開いていった。翔は、リフトに飛び込んだ。

「はぁはぁはぁはぁ・・・」

 葵の教室はリフト・ホールから一番遠い。全力でダッシュしてきた翔は息が上がってしまい、両膝に手を付いて肩で息をしていた。

「・・・」

 無言でいた葵は、やがて言った。

「ホールド解除。エントランス・ホール」
『リョウカイシマシタ』

 全校のシステムを一括して制御下に置くメイン・フレーム『タルカーン』が即座に反応する。僅かな作動音がして扉が閉じると、リフトは静かに下降していった。
 何度も深呼吸して、ようやく息が元に戻った翔だが、一体どう切り出せばいいのか皆目見当が付かなかった。葵と言えば、リフトに指示を出した以降は黙り込んでいる。翔は、静寂がじりじりと自分を圧迫しているのを感じた。

『ポーン』
『えんとらんす・ほーるニトウチャクシマシタ』

 アナウンスが目的階への到着を告げると、リフトの扉が開いた。迷う翔をそのままにして、何事もなかったかのように葵はリフトから歩き出していた。

「あの・・・先輩」

 恐る恐る声を掛けてみた翔だが、正面玄関に向かって行く葵の歩みは止まらない。

「先輩っ!」

 慌てて後を追う翔。

「ちょっと待って下さい、先輩!」

 三度呼び掛けられたところで、葵の歩みがぴたりと止まると、ゆっくり振り返った。翔は射るような深い双眸に迎えられる。

「なに?」
「あ・・・いぇ・・・」

 あまりにそっけない葵の反応に、思わず口ごもる翔。葵の視線は、とうてい好意的とは思えないような、冷たくて堅いものだった。翔は、先刻の自分の決意が急速に萎んでいくのを感じた。

「あの・・・先ほどのことですが・・・」
「・・・」

 黙っている葵。無言の圧力が重い。果たして、自分の説明を聞いてくれているのかどうかも判らない。単に話し掛けられたから、礼儀上立ち止まってくれている・・・それだけなのかもしれない。優柔不断な翔は、この期に及んでも目一杯迷っていた。だが、しかし。

“でも・・・きちんと話すって決めたんだ”

 先ほどの想いを繰り返したくはない。なけなしの気力を振り絞って、翔は先を続けた。

「僕が、間違っていたと思います」
「・・・」
「先輩の言われた通り、『やる前から結果を決めて』いました。先輩が怒るのも、無理ありません」
「・・・」
「今更かもしれませんが・・・。先輩、僕にマニュアルを読むチャンスを貰えませんか? 正直なところ、今でも読めるのかどうか心配です。でも、やる前から諦めないって決めたんです。逃げずにがんばってみようと、思ったんです」

 いつの間にか、翔は両手の拳を強く握っていた。先ほどの自分の反応を考えると、今の言葉に説得力がないと言われても仕方がなかった。だが、今現在のこの想いは嘘偽りのないものだった。そして、それをどうしても葵に知って欲しかった。
 だが、葵は先ほどからの姿勢を崩さず、そして余りにそっけない最初の一言以外、全く言葉を発していなかった。

“駄目なのか・・・。やっぱり、僕の言ったことは取り返しのつかないことだったのか”

 気分がどんどん沈んでいく。追っかけた事自体が思慮のない行動だったか? そんなことはない・・・翔はそう思いたかった。
 葵は無表情で黙ったまま、ただ時間だけが過ぎていく。午後の柔らかい光の中で、二人はまるで永遠に動かぬ彫像のようにそこに立ちつくしていた。

 突然、その停滞空間に動きが生まれた。エントランス・ゲートから吹き込んできた一陣の涼風が、さーっと葵と翔の足下を吹き抜けていった。
 その風に促されたかのように、葵がすっと地面にしゃがみ込んだ。ぱちんと金具を鳴らして鞄を開くと、あの“マニュアル”を取り出す。
 そして、一連の流れるような動作でその“マニュアル”を翔の前に差し出した。

「これ」
「せ・・・先輩」

 翔がマニュアルを手に取ると、葵の堅い表情がふっと和らいだ。

「来週の今日までね。それじゃ」
「あっ・・・」

 一瞬の微笑みだった。翔が、その予期せぬ反応に驚いている間に、葵はその場から歩き去っていった。
 エントランス・ホールを出てゆくその後ろ姿を見ながら、緊張感から解き放たれた翔は、脱力したようにそこに佇んでいた。


 漸く、翔が葵からマニュアルを受け取りました。ぎっちり英文100ページは、特に英語の苦手な翔には難関ですね。しかし・・・マニュアルを渡すシーンに手間取ってしまい、実際に翔がPHBを読むのは一回先送りになってしまいました。それでは、次話にご期待下さい。


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