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  幻界創世記 作者:冬泉

翔と葵の危機に際して、彼方の光の中から現れたのは・・・
第三章「開かれた扉」
STAGE03◆「開かれた、扉」-SCENE#7
■UNO学院→葵自宅


 はぁはぁはぁ──息が切れる


 ずきずきずき──躯が痛い


 どくどくどく──心臓が悲鳴を上げている



 ・・・僕は、死んだのだろうか?



 そうじゃない。
 まだ・・・まだ、生きている。
 躯は、まだ盛んに痛みを訴えてきている。良かった、痛覚はまだあるんだ・・・



 ・・・先輩はどうしただろうか? あんなに血を流していて──大丈夫の筈がない。



 翔は霞む目を凝らして、目の前の相手を睨み付けた。
 黒い、影のような相手は、翔を嬲るように切り刻んだ。
 単に遊ばれているのだろう──どの一撃も倒れる程の致命傷ではなかった。
 だが、その程度でも、翔の躯のそこかしこから出血し、目にも入ったのか視界も真っ赤だった。



 ・・・せ、んぱい──頼むから、逃げてください・・・



 そう願わずにはいられない。
 何もできない自分は無力だ。
 視界も、意識も霞んでいく。もう、とっくに限界は越えている・・・
 その時──自分の意識を揺さぶる微かな声が聞こえた。


「・・・翔・・・くん・・・」


 その声を聞いた時、自分の中でまだ死んでいない何かが、もう一度自分を突き動かした。
 正直言って苦しい。正直言って、今他の誰かのことを構っている余裕なんて無い。
 それでも、どんなことがあっても、譲れないことがあある。そして、その決意を表す時は、今この時だ。
 言葉にしなければ。少しでも、不安を取り除いてあげなければ。歯を食いしばって、その言葉を口にする。


「・・・せん、ぱい・・・大丈夫、ですか・・・」


 だが、そこまでだった。
 無理して声を出したせいか、急激に躯から残った力が抜けていく。



 ・・・情けない・・・僕は、このまま倒れてしまうのか・・・



 意識が遠のくとともに、翔は地面にゆっくりと崩れ落ちた。


               ★  ★  ★


 肩の激痛が止まない。
 翔が相手にぶつかった反動で突き刺さった剣は抜けたが、傷口からの出血が止まらないからだ。
 まるで、躯から生きる力が流れ出していくようだ──がっくりと膝を付いて、葵は浅い呼吸を繰り返した。
 ぼんやりとした視界には、手から滑り落ちた鞄を中心に、地面に広がる紅い模様が映っている。

 近くで、叫び声がする。

 誰だろう? 誰って・・・あぁ! 翔くんがいるんだ。わたしを庇ってくれているの・・・? そんな。そんな、無理をしないで・・・。

 歯を食いしばって、顔を上げる。そして、心が凍るような光景が目に飛び込んだ。
 そこに、全身から血を流して、翔が立っていた。物も言わず、動きもせず──もはや、意識があるかどうかも定かではない。
 ただ、相手に対して拳を構えることだけは止めていなかった。


「・・・翔・・・くん・・・」


 掠れたような声が、それでも漸くでた。
 あんなになってまで──どうして、立っていられるのだろうか?
 どうして、逃げないで自分を庇っているのだろうか?


 どうして・・・


 出口のない思考がぐるぐると巡って──次の驚きに辿り着く。


「・・・せん、ぱい・・・大丈夫、ですか・・・」


 信じられない。そんな状態でどうして、相手の心配をするのか。
 翔も瀕死の重傷だろうに、どうして相手を思いやる力が残っているのか。そんなになってまで・・・。

 そして──翔がゆっくりと倒れていくのがスローモーションのように目に入った。絶望に似た諦めの想いが、心を冷たく浸食していく。


 ごめんなさい、翔くん・・・もう・・・動けない・・・


 涙が流れ落ちていた。諦めて仕舞いつつある弱い自分なんかを庇ってくれて──謝罪の言葉を呟きながら、葵もゆっくりと地面に倒れ込んだ。


               ★  ★  ★


 身動きしなくなった翔にそれ以上構うことなく、黒い影は滑るように葵に近づいた。
 そして、影のように霞むような手を葵の上に翳すと、低い呪文がそのフードの奥から零れ出す。

『・・・Verrate mir, wo es sich befindet. Verrate mir, wo es ist・・・(それが何処にあるか、我に知らしめよ)』

 何かを捜すかのように、その手は彷徨った挙げ句、深紅に染まった葵の鞄の上でぴたりと止まった。
 影は地面に膝を付くと、鞄を閉じる留め金に暫し手こずった後、ぱちんと解錠した。歓喜の波動が沸き起こる。


  ・・・見つけた・・・ついに見つけた・・・


 だが、その邪悪は笑みは、驚愕に取って代わられる。無造作に開けた鞄から、目映い金光があふれ出したのだ!

『Gu・・・Aa・・・』

 呻き声と共に手で顔を庇い、二三歩後ずざる黒い影。
 ますます輝きを増す金色の光──金縛りにあったように、身動きしない影。
 そして、その光の彼方から、誰かが目映く輝く“白い路”を歩んでくる。
 そして──金色の鎧を纏った“戦士”が光の中から歩み出た。

「これはこれは、こんなところでDREAD KNIGHT(破滅の騎士)とは奇遇だな。何を血迷って、現世に脚を踏み入れてるんだ?」

 その言葉が引き金となったのか。それまでの金縛りから一転。剣を振りかざし、問答無用でその金色の人物に襲いかかった。

「ふん」

 鋭い金属音が響いた。必殺のその一撃を、難なく金色の籠手で受け止めると、にやりと笑う。

「お返しだ。しっかりと受け止めろよ」

 ドンっ! と言う音と共に、逆の手が影にめり込んだ。そのまま、突き上げるように空中に放り投げる。
 為す術もなく、影は吹き飛ばされた。

「これで、仕舞いだ」

 先程まで剣を受けて止めていた手に、いつの間にか優美な細工の細い両刃の直刀が収まっていた。
 僅かに目を細めると、目映いばかりに直刀が輝きはじめる。

「In Namen der erwuedigen Koenig(崇め奉る王の名にかけて), lei mir die Kraft der Legende(我に伝説の力を与えたまえ)・・・DRACHEN SCHLAG(龍撃衝)!!」

 無造作に振るった直刀から、凄まじい魔導エナジー──EVOCATION POWERが影を直撃する。

『Ghaaaaaaa!!!」

 その影を“虚空の向こう”に吹き飛ばして、その圧倒的な魔導の流れは止まった。

「全く、準備運動にもならん──おっと、こうしてはおれんな」

 倒れ伏した葵と翔をみやると、男はまず葵の傍らに屈みこんだ。いまだに出血の止まらない肩口の傷──その上に手をそっと当てた。

「Allmaechtiger Herr(偉大なる王よ), gib mir deine Kraft um diese Wunde zu heilen(この傷を癒す力を与えたまえ). HEILUNG(完癒)!!」

 呪文を紡ぐと、たちまちの内にその手が蒼く光り出す。
 葵の傷口を撫でるように、そっとその手を動かすと、すぐに出血が止まり、みるみるうちに傷口が塞がり始める。
 先程までは苦しげだった呼吸も安定し、蒼白だった顔色も目に見えて良くなっていく。

「よぅし、こっちのお嬢ちゃんは大丈夫だ。あとは、あっちの坊主だな」

 立ち上がって翔の元に歩いていく。事切れたように地面に倒れ伏す翔は、全身から出血して酷い有様だ。

「全く、無茶をする。DREAD KNIGHTと相対して、命が合っただけでも僥倖ぎょうこうというものだ」

 先程同様に、翔の躯の上を蒼く輝く手が忙しく動き、再び同じ呪文が紡がれる。

「ふぅ・・・流石に、一日“完癒”(HEAL)二回はしんどいか」

 言ってる内容とは裏腹に、余裕の笑みを浮かべている金色の戦士。さて、と周囲を眺めると。

「まぁ、坊主は良いとしても、お嬢ちゃんはなぁ・・・」

 肩を竦めると、そっと葵を抱き上げる。
 ん? と落ちていた鞄も拾い上げると、一緒に近くのベンチに運んだ。
 翔は、そのまま放置である。いや、オトコノコは辛いものがある(笑)。

「さて。ここの“排他結界”はまだ保ちそうだし──すぐに気が付くだろうから、暫し待つとするか。」

 葵が横たわるベンチの隣に座ると、金色の戦士はのんびりと構えて翔と葵の目覚めを待った。


             ★  ★  ★


「うっ・・・」

 体中に痛みが走った。完全に強ばっている。
 強ばる? 強ばるって、それだけなのか? あれだけ、傷を受けたのに?

「よう。気が付いたか坊主」

 ちょっとおもしろがっているような声が、唐突に聞こえてきた。
 咄嗟に身構えようとするが、満足に躯が動かない。

「だ、誰だっ!」
「そうだな──お前達にとっては、救い主ってヤツかな」

 歯を食いしばって、ままならない躯を起こしてみる。
 金色の鎧を身に纏った男が近くのベンチに座っていた。その傍らには・・・

「先輩っ!」
「心配するな。傷は癒してやった。じきに目が覚める」
「傷を・・・癒した?」
「聞いた通りだ。あのままだと、このお嬢ちゃんはもうあと僅かしか持たなかっただろうよ。因みに、お前さんはお嬢ちゃん以上に酷い状態だったがね」

 ──二人とも癒してやったんだ、少しは感謝して欲しいものだぞ、と金色の男はどこか不満そうに言う。

「そうか・・・それは、ありがとう・・・ございます・・・」
「いいってことよ。お、お嬢ちゃんが目を醒ますぞ」

 力を振り絞って立ち上がると、翔は葵が寝ているベンチに歩み寄った。まだ満足に躯に力が入らず、ベンチの前に座り込んでしまう。

「・・・あ・・・」

 低く呻いて、葵はゆっくりと瞳を開けた。

「先輩、大丈夫ですか? ご気分は?」
「・・・翔・・・くん・・・無事・・・」
「はい、僕は大丈夫です。何でも、先輩も僕も、この人が助けてくれたって・・・」

 その時漸く、葵は自分の隣に座っている金色の男に気が付いた。

「やぁ、お嬢ちゃん。初めましてだな」
「・・・あなたは・・・」
「名乗る前に、質問がある」
「・・・なんで・・・しょう・・・」
「お嬢ちゃんは“魔導師”にも“夢見”にも見えないが・・・アンタが召喚主(Summoner)か?」
「しょう・・・かんしゅ・・・?」
「あぁ。魔導の力を持っているようにも感じないので、些か疑問だが・・・」

 隣で聞いていた翔が、その言葉にぴんときた。
 だが、不用意に口にして良いものかどうか判らない。
 何せ、この金色の男は敵か味方かも判らない。相手に判らないように言ってみる。

「先輩。もしかすると、アレかも・・・」
「・・・アレ・・・あっ・・・」

 身動ぎした葵の手が、鞄に当たった。金具が止められていなかった為に鞄が開いてしまい、中のものが地面に零れ落ちる。教科書に混じって、カランと乾いた金属音が鳴った。

「ほう・・・。なるほどな」

 金色の男は、目を細めて転がり出たものをみた。
 金色の小杯は、先に葵の流した血潮が紅くこびり付いている。ふむ、と唸ると、金色の男は立ち上がった。

「何を!」
「坊主、ちょっと黙ってろ。何もせんから心配するな」

 立ち上がりかけた翔は、金色の男に頭を押さえられて、再び座らされてしまう。
 打って変わって、荘厳な雰囲気を纏った金色の男は、葵の前に片膝を付くと仰々しく一礼して、本日三回目の非日常的な状況に翔と葵を巻き込んだ。

いにしえことわりに従い、我、龍王リュオン漠羅爾バクラニ──召喚の声に応じ、参上つかまつった」

☆☆ SCENE#8に続く ☆☆
 今回出てきた『金色の小杯』はArtifact(神遺物)です。普通の魔法アイテムとは力も能力も桁違い──超魔法アイテムとでも言えるでしょうか。無論、量産品ではなく一点物で、大概ユニークな能力と、能力を使った時に生じる、厄介なバックファイアを併せ持っています。どうやら、葵がこの金杯の力を呼び起こしてしまったようですが、どんなバックファイアが生じるのか。それは、また次回の更新で。


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