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  幻界創世記 作者:冬泉

葵に聞こえてくる、その彼方からの声は・・・
第三章「開かれた扉」
STAGE03◆「開かれた、扉」-SCENE#3
■UNO学院/学部棟/高等部二年/2-A→屋上

 放課後になっても、葵の頭痛は一向に収まらなかった。
 調子が悪ければ、家に帰って休むのが分別のある行動なのだろうが、生憎葵は度を超える生真面目さで、立てた予定を頑なに守る、些か厄介な性格をしていた。

「あたしが言っといてあげるからさ・・・」

 葵は帰りなよ、という親友の有り難い忠告も、葵はスルーする。
 無論、亜里沙が自分の事を心配して言ってくれていることは、葵も重々理解はしている。
 だが、それでも自分から振った約束を反故にするのはどうしても嫌だった。

「ごめんなさい、亜里沙。わたし・・・」
「あぁ、判った! みなまで言わないで。こういうパターンに填った葵は全く人の意見を聞かなくなるから。はいはい、説得しようと思ったあたしが莫迦だったわ」

 少しくらい憎まれ口を言ってもいいでしょと戯けた顔をしたあと、一転亜里沙は真剣な表情で続けた。

「あたしも付き合うわ。今にも倒れそうな親友を放っておけないでしょ?」
「・・・わかったわ・・・」

 亜里沙の言葉に頷くだけでも目眩がするくらいだった。
 葵は、自分でも莫迦なことをしているという自覚はあったが、何か心の奥で突き動かされる衝動をも感じて、どうしても引けなかった。

               ★  ★  ★

 屋上へ出る鉄扉を開けると、強い風に髪を掻き乱される。熱を持った頭が少し冷やされ、多少頭痛が和らぐ感じがする。“頭痛が和らいだ”などという、甚だ楽観的観測を足掛かりに、自制心を最大限に発揮して努めて冷静な表情を作る。

「先ぱ〜いっ!!」

 元気一杯に叫ぶ彰の声が頭に響いた。
 ありったけの力を振り絞って、眉間に皺が寄るのを耐え凌ぐ。
 そっと背中に置かれた亜里沙の暖かい手に励まされる様に、葵は先に来ていた翔と彰の所までゆっくりと歩いた。

「ちわっす、先パイ! あれ? 今日は高国先輩もいっしょっすか?」
「そうよぉ。キミ達が葵の貴重な時間を浪費していないか、チェックしにきたのよ」
「えぇ!!」
「な〜んにも疚しいことが無ければ、どうどうと胸張ってればいいでしょ。違うの?」
「ギクギクギクっ!!」

 不気味に笑う亜里沙に、判り易過ぎる反応を返す彰。
 そんな二人が漫才を繰り広げている傍らで、翔はじっと葵の顔を見つめていた。

「神和姫先輩・・・?」

 訝しげな表情を浮かべる翔。普段通りの葵だが、翔にはどうにも葵の調子が悪そうに見えていた。確信は無いものの、悪戯に心配をするよりは、と思って翔は聞いた。

「先輩、具合が悪いのですか?」

 今までの翔ならば、自分の判断に自信が持てない故に相手に自分の憶測を聞く様なことも無かった。しかし、マニュアルを読む過程で、葵にありのままの自分を肯定して貰った事実が、翔を少しずつ強くしているのだろう。

「いいえ、何も心配することはありません。始めましょう」

 淡々と言った葵の表情には、特に何の兆しも浮かんでいない。
 本人が明確に言う以上、そうなのだろうと自分を納得させた翔は、課題に集中する事にした。

「判りました。それでは、種族の所です。種族には、人間、エルフ(妖精)、ハーフエルフ(半妖精)、ドワーフ、ノームなどがいます。人間以外の種族には成長限界がありますが、人間には成長限界がありません。しかし、その反面なれる職業(CLASS)は一つだけで、複数の職業(CLASS)を取ることが出来ない。しかしながら・・・」

 翔がマニュアルを開いて、淀みなく葵に説明していく。この所の真剣さ故か、心持ち読むスピードも早くなっていた。
 無論のことながら、努力も何もしていない彰は翔の隣で呪文のような言葉の羅列を聞いて惚けていたが。

「・・・先輩?」

 その声に含まれる懸念の色に、慌てて顔を上げる。
 一瞬、自制心が途切れて素の表情が顔を見せるところだった。
 そっと傍らに立つ亜里沙を心強く感じながらも、葵は翔に言葉を返そうとした。だが。


『!』


 ガン、と鈍器が力一杯叩き付けられた程の衝撃を感じて、葵は目を見開いて空を見上げた。
 亜里沙が何か言っている。
 翔が心配そうな顔をしている。
 彰が医療室が、と叫んでいる。

 何かが聞こえる。

 何が? 何処から? 誰から? 何故?


『!!』


 また衝撃が全身を襲う。
 ぐんにゃりと世の中の構図が歪んでいく。
 空が青から紅へ変わっていく。
 悪寒がする様な寒さと、吐き気がする様な熱さが躰を苛む。


 どうしたのだろう?


『・・・える・・・』


 え? 何なの?


『・・・こえる・・・』


 き、こえる。聞こえるけれども。


『・・・わ・・・しの・・・えが・・・こえる・・・』


 何かが、迫ってくる。何かが、近づいてくる。何かが・・・。

 世界が白く染まっていく。単色に溢れるその中で、唯一“色”を感じるもの。
 頭は割れそうに痛く、躰は全神経が暴走するかの様な出鱈目な情報を脳に送ってくる。


『・・・わたし・・・の・・・こえが・・きこ・・える・・』


 聞こえる。聞こえた。で、どうしたいの? どうすればいいの?


『・・・てを・・・のばして・・・』


 何に?


『・・・杯(CUP)・・・に・・・』


 伸ばすだけで、いいのね?


『・・・杯に・・・てを・・・のばして・・・』


 流石に、もう限界だった。震える手を、ゆっくりと“伸ばして”いく。届こう、届かせようと思って。得も言われぬ想いに従って。


 そして・・・・・・・・・。

               ★  ★  ★

「・・・はぁはぁはぁ・・・」

 額には玉の様な汗が浮き出ていた。小柄な躰を折り曲げて、苦しそうに肩で息を継ぐ。

「お嬢っ! まだか!!」
「・・・お、くったわ・・・」

 “お嬢”と呼ばれた少女は、漸くそれだけを言葉にする。

「そうか! なら、撤収だ!」

 恵久美流エクビル公国四審武官よんしんぶかんの一人である透眞トウマは、漠羅爾バクラニの宝刀“流星”を振るいながら背後に呼ばわった。
 少女の周囲を固めていた残りの四審武官である真砂貴マサキ華衣ケイレンの三人が頷く。

「・・・ま、ってね。今・・・“門(TOR)”を開ける・・・から・・・」

 息も絶え絶えなのだが、通常のことわり全てが歪んでいるこの場所──“影の回廊”では、頼りになるのは“夢見”の力を有する“お嬢”だけだった。

「In Himmel der Wind(天空に風), auf Erden das Wasser(大地に水), und in Menschen Herzen brend das ewige Feuer・・・(人心に焔・・・)」

 古代西方の“力の言葉”が紡がれていく。
 拳が白くなるほど、手の中の“龍王の宝錫”(SCEPTRE OF DRAGONLORD)を握りしめると、躰の中の氣の流れを整え、力を集約していく。
 お嬢の四方を固める四審武官達が必死に剣を振るって時間を稼ぐ中、詠唱の声が静かに、だが確固として響いていく。

「・・・招門っ(TOR)!!」

 瞳を見開いて、力一杯“力の言葉”を口にすると、宝錫で眼前の空中に“扉”をなぞった。
 途端、蒼い輝きを発して、扉の輪郭が燃え上がる。

「今よっ!」

 宝錫で“門”を叩くと、一気に向こう側へと扉が開いた。
 左右を守っていた華衣と簾が中に駆け込み、背後を固めていた透眞が二人の後を追う。

「姫君、お早く」

 最後に残った真砂貴が声を掛けると、頷いたお嬢は集中を解き、扉が閉まる最後の瞬間に真砂貴と一緒に中に飛び込んだ。
 一瞬後、蒼い輝きを放っていた扉は消え失せた。目標を失った歪んだ力の影は、空しく辺りを吹き荒れるだけだった・・・。

☆☆ SCENE#4に続く ☆☆
何時もお読み頂き、有り難うございます。物語中にて、今後非常に重要となる「杯」(CUP)が出て参りました。その詳細は、徐々に明らかになって行きます。また、後半部分に「?」と思われた方。STAGE3.5「希望を、翔ばして」にて“お嬢”の話が登場しますので、それまで暫しのご辛抱を!


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