シンデレラに魔法をかける役になったけど、シンデレラが男でした。私にどうしろと?
赤ん坊の頃に森に捨てられるという散々なスタートを切ったらしい私は、しかし運がいいことに森の魔女に拾われて、薬草を研究したり、魔法を習得したりとそこそこ充実した人生を送っていた、のだが……。
「あんたちょいと街に行ってきて、憐れなシンデレラが舞踏会に行けるように魔法をかけておあげなさい」
「……え?」
ちょっと慌てたが、面倒なことはない。街に行ってシンデレラに魔法をかけ、さっさと帰ってくればいいだけの話だ。
私は師匠の魔法使い専用黒ローブと杖の先端に星が付いた可愛い魔法の杖を貰い受けて街へと向かった。
いつもは病院や、道具屋に薬草とか薬とか魔法の道具とかをおさめに行くくらいだから夜に来るのは初めてだ。街は夜の景色らしく、ランプやガス灯の明かりが輝きそれなりに明るい。
えーっと、シンデレラの家は……。
師匠から預かった地図を頼りに歩いてくと、閑静な貴族街にそのお屋敷はあった。シンデレラの家族はなかなかの身分の贅沢な暮らしのできる家らしい。今の時間、家族は舞踏会に出かけていて、シンデレラが一人お留守番しているのだそう。きっと舞踏会や王子様について色々妄想してみたりしているのだろう可哀想に。
照明は最低限にしているのか家の周囲は薄暗い。
不憫なシンデレラ、今から私が素敵な魔法をかけに行ってあげますからね! 待っててー。
師匠の情報によるとシンデレラは水汲みに外に出てくるという。井戸の影に身を潜ませてシンデレラを待っていると扉が開き中から誰かが出てきた。
その人物は憂いの溜息を付ながら井戸の水を汲み上げる。その人が水を持って戻ろうとしたところで。
「ちょっと待ったーー!!」
私は影から飛び出した。その人はだいぶ驚いたみたいで、持っていた桶を落としてしまい水がばしゃりと地面に飛び散る。
「こんばんはシンデレラ! 私は森の魔法使いミラ! あなたをお城の舞踏会に連れて行く為にやってきました」
そう努めて明るく自己紹介する。怪しいもんじゃないとのアピールもかねて彼女にかかった水も魔法でえーいと綺麗に乾かしてあげた。
「す、すごいわ! 本当に魔法使い!?」
高い声が響く。
うん? なんか変に高くない? 裏声っぽいんだけど……。
暗がりで良く見えなかったので杖を振って照明を空にあげた。すると辺りが光に照らされて相手の人物がよく見えるようになる。そこには長い銀髪と青い瞳を持った長身の人が。
…………胸ないな、シンデレラ。
彼女は質素な灰色の服を着ていたが女性もののスカートで木靴をはいている。だが胸部はしぼんだようにぺったんこだ。
…………顔、綺麗だけどちょっとゴツくない?
女性の顔のラインにしてはちょっと男らしいというか、丸みが少ないというか。それとのどぼとけ、大きいような。
身長も、女性にしては高すぎる。
嫌な予感にかられつつ、じっとシンデレラを見ていると彼女が可愛らしく口元を両手で隠して私を同じように凝視した。
「まあ、なんて可愛らしい魔法使いさん!」
なんて言っている。
ありがとうシンデレラ、お世辞でも嬉しいよ。
でもね? あのね? ちょっと聞いてもいいかな?
「……舞踏会、行きたい?」
「ええ! お姉様達に聞いて憧れていたもの!」
「……王子様と踊りたい?」
「できれば、それが乙女の夢ってものですもの!」
「…………一応確認しておくけど、性別は?」
互いに凍りついた笑顔でしばしの沈黙。
のちにシンデレラが、腕組みをして立派な胸筋をはった。
「男ですがなにか!?」
「開き直ったよ!?」
師匠、聞いてないよ! 憐れなシンデレラが『女装男』だなんて!
私が慄いていると、シンデレラがしくしく泣き始めた。
「お姉様達ったら意地悪なのよ。せっかくめいっぱいおめかしして舞踏会に行こうとしたのにつれて行ってくれなかったの!」
「そりゃそうでしょうよ……」
「しかも私のせっせと縫ったドレスを捨てるし、化粧品もゴミに出すし!」
「本来の姿に戻って欲しかったんじゃないかな……」
「お父様は、私の姿を見て他人に見せられんって閉じ込めようとするし!」
「息子の女装姿を見せびらかそうとする親がいるなら見てみたい……」
突っ込みどころ満載過ぎてもはや呆れる。
シンデレラの家族の心労が心配だわ。
「でも私の元には魔法使いさんが来てくれた! これで私は美しくなって舞踏会に行けるのね!」
シンデレラは嬉しそうに頬を赤く染めながら私を見詰める。
私の中で、これ本当に魔法かけて連れて行っていいのか? という疑問が頭の中を渦巻いていた。
**私の妄想劇場はじまりはじまり**
お城の舞踏会に現れる美しく着飾った長身の女装男。シンデレラの姿を見て、恐れおののき道を譲って割れる客達。麗しき王子様を発見し、突撃するシンデレラ。
「王子ーー、私とレッツダンスーー!!」
「うわあぁぁっ!!」
逃げてーー!! 王子様超逃げてーー!!
**終わり**
あかん、これダメなやつだ。どうあがいても王子が悲惨な目にしか合わない。ブルドーザーに轢かれて潰れる憐れな花にしか見えない。
「シンデレラ、キュウヨウオモイダシタ ワタシ カエル」
「なんで片言!?」
「シアワセハ オノレノ テデ ツカメ。オウエン シテル」
「なんのメッセージ!?」
もうなんか色々壊れそうです私。さっさと帰って師匠の元で薬草いじりたい。
「お願いよう可愛い魔法使いさん、私を美しく生まれ変わらせて!」
「……いやー、性転換は魔法では」
「なにを言っているの? 別に私、女になりたいわけじゃないわよ?」
「あ、そうなの? じゃあただの女装癖か」
シンデレラはふっと遠い目をした。
あ、これ長い話が始まるフラグだ。
「昔々あるところに」
「短く、簡潔にお願いします」
「…………私のお母様美人だった。死んだ。でも息子の私、不細工と罵られる。悲しい。姉の化粧品で綺麗になろうとした。怒られた。でも化粧なら少しは化けられる。すがった……私、綺麗になりたい」
うむ、なんとか短くまとまったか。
それにしても不細工? 確かに女装とすぐわかるくらいの男らしい顔してるけど特に不細工とは思わない。それどころか化粧おとしたらなかなか精悍な顔つきの若者なんじゃないか?
「魔法、かけてあげる」
「ほんと!?」
「まず、そのけばい化粧を落とします」
「ええ!?」
杖を振って、化けの皮を剥がした。
おお、なんだやっぱりけっこう男前の顔してんじゃんか。
「お肌を整えます」
魔法パックで毛穴の汚れを綺麗さっぱりに。お化粧してると汚れが溜まりやすいんだよね。
「服を騎士団の衣装に変えます」
この王国の騎士団衣装にチェンジ。
「剣を持たせます」
なんとなく。騎士風だから持ってて違和感なし。
「髪をきります」
男のくせになげぇんだよ。
「はい、そこできりっとした表情をする!!」
パンパン!! 演技指導も加えて、さあ出来あが…………り…………。
私は絶句した。
シンデレラは不安そうにどうなったの? と聞いてくる。ので、私は鏡を出して彼の前に出してあげた。そして彼もまた絶句する。
「だ、誰このイケメン!?」
お前だ。
正直、私も驚いている。まさかこんな王子様にも負けず劣らない美貌の騎士様が誕生するとは。
シンデレラは自分の顔を触って、感触を確かめている。
「わ、私……?」
「……ど、どうでしょう? 私の魔法は」
なんかちょっと別方向に行った気がするけど、結果オーライ?
シンデレラは今にも泣きそうな顔をしながら、私の肩を強く掴んだ。
お気に召さなかった!? やっぱり女装的なものが良かったの!? 私、このままぐしゃっとつぶされちゃう、と思っているとぎゅーっとシンデレラに抱きつかれた。
えええええ!?
「ありがとう魔法使いさん! こんなに綺麗にしてくれて! これならもうお父様達に恥ずかしいなんて言われないわよね!」
「えーっとその口調となよなよしたしぐさを治せれば?」
「がんばる――!!」
シンデレラは軽く私を離すと、すぐ目の前で綺麗に微笑んでみせた。
「可愛い魔法使いさん、大好きだ」
私の黒髪に落とされたキスは、一体どんな感情が籠っていたのか。
私は後に、嫌というほど知ることになるのだが。とりあえず……。
一瞬でもこの男にドキッとしたなんてことは、永遠に黙っておきたい事実なのである。