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夏休みは宇宙人に侵略されました 作者:天崎 剣
19/21

19◇最後の日

 みんなで預かってくれるって、決まったとき、全く不安がなかったわけじゃない。ミカン箱をそれぞれの家に運ぶ度に、これで良いのか、これで良いのかと、自問自答していたのも間違いない。
 俺は、アイツらに対して、どう向き合っていけばよかったんだろうか。


『地球を、見学するって、何をどうやって見学するんだよ』
『別に、観光地に連れて行って欲しいとか、珍しいことをさせて欲しいって言うんじゃないんだ』
『じゃ、どうすれば?』
『ただ、地球人の暮らしを、そばで見つめさせてくれれば、それでいいからさぁ』
『は? なにそれ』
『だから、ボクらは、地球人がどうやって日々を過ごしているのかに、ものすごく、興味があるんだよ』


 トリビーたちをミカン箱で運んだあと、母ちゃんが買い物から帰ってきて、落胆したのを、ふと思い出していた。
『え、橋田さんとこに預けちゃったの? 残念~。一緒にご飯食べようと思って、ちょっと多めに買って来ちゃった』
 ぬいぐるみの宇宙人を、普通の客とおんなじようにもてなそうとしていた母ちゃん。この日の夕食、生寿司が八人前。普段なら大喜びするところだが、量も量だけに、声も出ない。
『宇宙人一人につき、寿司二貫かなって、勝手に換算してたのよね。この季節、足が速いし、孝史、あんたどんどん食べなさい』
 腹が一杯になったってのに、無理矢理口の中にグイグイ寿司押し込まれて、泣きそうになりながら食べた。味はよかったんだよ。ただ、食欲なくて。
 食い切れない寿司、隣にお裾分けしてさ。最初から、そうすりゃよかったんだ。そしたら、俺の腹の具合が悪くなることもなかった。

 あんなに迷惑そうにしていた父ちゃんも、
『一週間ぐらいなら、ウチで何とかしてやれたかも知れないが、人数が人数だしな……。孝史、お前の決断は、納得できるものだと思うよ』
 トリビーにやられて、家の中メチャクチャだったのに、どこか、寂しそうに、ため息を漏らしていた。
 毎日、家に帰って、玄関開けて、『うわ!』って叫んでたんだもん、そりゃ、寂しくもなる。
 これからは、アイスバーで眼鏡ベトベトにされることも、朝起きたら無精ヒゲが立派なあごヒゲになってることも、ない。名刺入れの中身がトリビーの似顔絵だったり、急な雨で差した傘にロケットが仕掛けてあって、空に飛んじゃったりすることも、ないんだ。

 一体いつから、どのタイミングで、そうなったのか、……今では全然思い出せないけど、トリビーは、俺たち家族にとって、かけがえのない存在になってしまっていた。
 だからこそ、俺に内緒でトラブル収拾させてたことが、悔しくて、たまらない。

 俺の価値って、その程度のものだったのか?
 しょせん、たまたま世話になった、地球人の一人ってこと?
 俺のこと、色々かぎ回ってからやってきたクセに。よその家じゃ、まともに暴れることすら出来なかったクセに。
 バカヤロウバカヤロウバカヤロウバカヤロウ。
 宇宙人に振り回され、あたふたして、必死だったのは、俺だけだったって、そういうことじゃないか。


「お前も、帰れよ」


 深夜零時、俺んちの庭に、宇宙船が迎えに来た。
 どんよりと雲がかかったおかげで、心なしか夜風が涼しい。
 眩しい光に包まれて、キラキラと虹色の粒が降りてくる。この中に入れば、宇宙船に吸い込まれ、そのまま、さようならってことらしい。
 司たちも、絵理も、壮太も、橋田のおじさんおばさんも、狭い庭に集まって、最後の別れを惜しんでいた。
 だけど、俺にはもう、かける言葉が見つからない。一方的に信用していたって思い始めたら、こんなに虚しいことが世の中にあるのかって、どんどん悔しさが広がって、昼前にみんなが公園からトリビーたちを連れてきてくれたときも、素直に「ありがとう」の言葉が出なかった。
「長い間、十分楽しんだんだろ。お前もさ。家族と一緒に、宇宙に帰れよ。そして、これから住むべき星を、ちゃんと、見つけるんだぞ」
 真っ昼間みたいな光の中で、俺は、笑うことも泣くことも出来なかった。顔がすっかり固まって、石ころみたいに冷たかった。
 トリビーの後ろで様子を見ていた緑キングたちは、相変わらずのぬいぐるみだったけど、刺繍糸の目はどれもこれも寂しそうだ。一見すると、本当にアレだ、UFOキャッチャーのぬいぐるみにしか思えない。ディズニーピクサーのアニメ映画が目の前で展開しているような、幻想的な光景でもある。
 ただ、とてつもなく、邪魔で、うざったくて、理解不能だったけど。
「世話になった。タカシ君とやら、そして、そのご両親に、感謝したい。本当に、楽しめた」
 緑キングが一歩前に出て、お辞儀した。ムッキムキのハートのキングだ。驚愕だったぜ。
「本当に、素敵な星でしたわ。楽しい時間をありがとう」
 緑ドレス、なかなかに素敵なマダムだ。こっちこそ、ありがとう。
 そして、緑スーツ。トリビーの兄ちゃん。
「弟は、この星で、かけがえのないものを手に入れたに違いないと、私は思っています。出会った、全ての人に感謝。あなたたちが良い人で本当に良かった。
 ――この星を、宇宙船から眺めていたときは、こんなにワクワクするようなことにたくさん出会えるとは、全く思っていなかった。原始文明は、あなどれない。生の言葉や、生の食べ物は、特に新鮮だった。進化しすぎた我々トリビー星人にとって、この星がどんなに感動を与えてくれたか、あなたたちにはわからないかも知れない。だけれど、本当に、本当に、楽しかった。
 些細なトラブルなど、気にしてはいけない。そんなことで、経験が色あせるとは思わない。
 タカシ君、キミはもっと、自信を持つべきだ。我々トリビー星人は少なくとも、キミとこの星で過ごした日々を、ずっと忘れない」
 ……ちくしょう、いいセリフ、言ってくれる。緑のスーツ着た、変なぬいぐるみのクセに。

 最後に、トリビーが、すうっと、俺の前に飛んできた。
 刺繍糸のつぶらな瞳で、俺のこと、じっと見つめてる。
 初めて現れた猛暑の夜、俺はてっきり、隣んちの絵理の仕業だって、決めつけてた。そうさ、こんな喋るぬいぐるみが宇宙人なわけ、ない。俺は常識的に考えて、絵理が俺を困らそうと、変なぬいぐるみ作ったんだって、そう思ったんだ。
 だけど、中身は宇宙人で、どうやら宇宙船から秘密裏に俺たちのこと観察してて、コイツらトリビー星人とやらは、宇宙をさまよっているらしいことを知った。どこまでが本当なのか、未だ不明だけれど、たぶん、永住の地を探してるってのはホントだ。
 俺たち地球人は、お前らにはどう見えたんだ? トリビーの口から、そのことについて語られることは、ついに無かった。
「『地球見学ツアー』楽しかった。この街の中しか見れなかったけど、この街のこと、いや、タカシ君ちの中で遊べたのが、一番楽しかった。
 この星の情報を得ようとするなら、電波をキャッチして、分析すれば良いだけのことでしょ。そんなのばっか繰り返してても面白くない。
 ボクたちは、触れたかったんだよ。この地球に」
 赤茶の刺繍糸が動いて、声が聞こえてくる。この、不思議光景にもすっかり慣れた。
「……最後に、教えてくれよ。何でお前、俺んちに来たんだよ」
 努めて平静を装おうと思ったけど、ダメだ。俺は、どうしても、聞きたかった言葉を口にする。
 トリビーは、無表情で俺を見つめ返した。
「タカシ君、多くを語りすぎると、別れが惜しくなるだけだよ」
 ニコッと、刺繍糸の口がVの字を作る。
 また、『だけ』かよ。
 俺は無意識に、トリビーの顔を睨み付けていた。
「孝史、最後のお別れに、そういう顔は失礼じゃない。笑ってあげなよ」
 絵理が隣で注意する。
 でも、そんなの、知らねぇ。コイツが、本当のことを言わないから。
 俺は、お前の何で、お前は俺に、どんな感情を抱いてて、どういう気持ちで一緒にいたのか。――俺は、ずっと、知りたかったのに、お前が何も言わないから、こういう顔しか出来ないんだよ、トリビー。
「いいんだよ、エリちゃん。そんなことより、ふかふかで、ぷにぷにで気持ちよかったよ」
 ク……クソ宇宙人め、最後の最後までアレか、俺のことより、絵理の胸の感想か。
「あたしこそ、楽しかったよ。壮太も喜んでたし。元気でね」
「うん!」
 絵理にばっかりニコニコしやがって、コイツめ……。

 宇宙船からの光がいっそう強くなり、眩しすぎるくらい、景色が白くなる。
 あの暑い日も、こうしてやってきたのか? いや、宇宙船から落っこちたのか? 自分から落ちてきたのか?
 もう、そんなこと考える必要なんてないはずなのに、俺は白い光を浴びながら、あのむさ苦しい日々のことを思い出していた。
 そうだよ、もう、考えなくてもいい。ぬいぐるみみたいな変な宇宙人のことなんか、考える必要ない。俺の、平和な夏休みをぶちこわしにした、宇宙人とも、これでお別れだ。

 手でひさし作って、必死に目を凝らし、ヤツらが消えていくのを見ていた。
 白い光に吸い込まれるようにして、ヤツらは消えた。

 俺んちの庭に音と暗闇が戻っても、俺はしばらくの間、ヤツらの消えた空間をじっと見つめていた。
空想科学祭FINAL
空想科学祭FINAL参加作品です。

俺とアイツの超トンデモ夏休み
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