カコン
全ての時間が止まってしまいそうな庭園に鹿おどしが刻を運ぶ。
そしてその静寂の世界を見下ろすように、荘厳かつどこか気品を湛え屋敷は聳えていた。
見るものを圧倒する巨大な門扉と脇に掲げてある柳井流武術道場」の恭しい看板もまた、いかに
も近寄りがたい雰囲気を醸している。
いつだか盗っ人が迷って出られなくなってしまったという逸話がまことしやかに囁かれるほどの広大な敷地は、江戸時代から代々継がれてきたものだ。
その頃、居間では柳井流八代目師範・柳井十兵衛と息子である柳井十蔵が神妙な面持ちで向き合っていた。
「父上。本日無事私の息子が生まれました。つきましては父上に名付親になっていただきたく、こうして参りました。」
「うむ。その子もいずれはこの柳井流を継ぐ存在。柳井流の恥じぬような立派な名前をつけてしんぜようぞ。」
「ありがとうございます。」
十蔵は深々と頭を下げた。
元々十蔵の名も祖父にあたる十乃助が命名したものだ。
柳井家ではその時の師範が生まれてきた子の名付け親になるのが慣わしであるのだが、一応の儀式としてこうしたやりとりは必要なのだ。
「む・・・・・・。」
十兵衛は目を閉じちいさく唸った。
「・・・では、心の準備はよいか?」
「お願いします。」
十蔵は汗で湿った手のひらを握り締めた。
十兵衛は、げほとひとつ咳払いをし、十蔵の目を見据えた。
「うむ。大翔、大輝、もしくは蓮というのはどうじゃ?」
「・・・・・・って、モロ最近の流行の名前丸パクリじゃねーか!!」
「ダメかの?」
「もっとなんかこーふさわしい名前あんだろ?」
「では玖里主はどうかの? あ、耶琥武なんてのはどうじゃ?」
「もっとアカンわ!!てゆーか代々『十』がついた名前なんだからご多分に漏らすな!!」
「いいか、十蔵。こういう話がある。
あるところに猫だけの村があり、ニャッ太とニャー子もそこに住んでおった。
『こんにちは、ニャー子ちゃん。』
『あら、ニャッ太くんこんにちは』
そこへ同じ学校に通う優等生のニャン吉くんがやってきた。
『やあ、ニャッ太くんにニャー子ちゃん。』
さらにガキ大将のニャン助もやってきた。
そしてニャー子の親友ミャー子もやってきた。
なんとニャッ太のお父さんのニャン蔵と近所に住むニャン丸さん、郵便配達のニャ・・・・・・
どうだ?もうこのアニメは崩壊の危機じゃ。バリエーションなんてすぐ尽きちまうんじゃよ。」
「わかりづれえよ!」
「そんなに言うなら、今流行りのネットで公募でもしたらどうじゃ?」
「そんなことしたら、どーせ『チンコ』とか『ウンコ』とかろくな名前こねーよ!!」
「チンコ・・・・・・どういう漢字じゃ?」
「どーでもいいよ!!」
「朕香?」
「どーでもいいっていってんだろ!!」
「ううむ。しかしよくよく考えてみれば、今こーやって焦って名前を付ける必要もないのではないか?」
「は?と言いますと?」
「うむ。小説なんかも全て出来上がってから、その話に合った題名をつけることはよくある事じゃろ?
ということは死ぬ間際にその人の人生に合った名前を付けるというのはどうじゃ?」
「ものすごい画期的な案か、若しくはとてつもないバカか!!」
「いかにも面白そうなタイトルだけつけてたった6行でほっぽりだすとか、よくありがちじゃしのお(笑)」
「悪ィか!!オレは形から入るタイプなんだよ!!」
「というわけで二代目十蔵に決定した。」
「いきなりか!!ってゆーかオレはどーすんだよ!!」
「亜満騨でいいじゃろ」
「ふざけんな!!しかもアマンダって女の人の名前だよ!!
ってかもういいです。帰らせてもらいます。」
「亜満騨・・・・・・。」
十兵衛の差し出した手は空しく宙を掴んだ。
カコン
遠くで鹿おどしが響いた。
カコン
静寂がまた辺り一面を包んでゆく。
何事も無かったかのように、ただ粛々と・・・・・・。
完
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