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MMORPG?知ってますけどなにか?  作者: でーぶ
異世界突入!?
23/83

第22話 さて、動き始めるわけですけれど?みんな準備はいいですか?

上空からギルドハウスが移動してしばらく後、撤収も無事に進み最後の部隊が帰還の途についた。

後備えとして置かれていたシュヴァーベン領軍の指揮官が起こした問題の後始末と、その部隊の取り扱いに時間をとられ、結局ジョフル将軍直下の部隊が最終部隊となったのだが。

魔獣侵攻阻止の戦場であったモルダヴィア大砂漠から離れ、ポントス暗黒海を左に見ながら海岸に沿って南西方向へと移動を開始。

今作戦のために臨時連合司令部がおかれている城塞都市、アストラカーンへと向かう。

その旅程の途中、ジョセフ・ジョフル将軍は各部隊からの損害報告のまとめを確認し、到着後の諸事を考え下準備を行っていた。


「各国軍、領軍の被害報告は纏まったか?」

「はっ、滞りなく。ですが…」


馬車の中、移動中でも書類仕事が出来るようにと設えられた簡易の執務席で、順調に仕事をこなしてゆくジョフルであるが、その傍に仕える事務官の顔色は幾分さえない。


「ああ、冒険者ギルドの連中との件か?あれはもう気にせんでいい。俺のほうで始末はつけた」


アラマンヌ王国シュヴァーベン領が領主、レフィヘルト辺境伯公子ヴォルフラム・フォン・レフィヘルト。

領軍の部隊長である彼による、冒険者ギルドの使者に対する狼藉と、それに対するギルド側の報復行動といった件である。

幸い撤収作業の見回りを行っていた自分自身でそれを確認していたために、たいした問題にも発展しなかった。

と言うよりも、自分でさっさと話を収め、大きな話にさせなかったというわけだが。

それでも一応、公子とその取り巻きは拘束してあるし、公子の父であるレフィヘルト辺境伯による監視役が一部始終を見ていたらしく、今後公子の扱いに関しては辺境伯家は一切関知しないので好きに処分してくれ、というような言質も得る事が出来た。

どうも彼の素行はかなり問題になっていたらしく、今回の戦でどうにか(・・・・)したかったのだが、常に後方だった為にどうにも出来なかったのだろう。

そして、先の監視役というのが、そのどうにか(・・・・)する役目の人物だったのだろう。

ともあれ、ジョフルの権限で、公子とその取り巻きご一行は特別仕立ての馬車で辺境伯領へと送り返される事になる。

御者は、件の公子の監視役の者が責任を持って(・・・・・・)請け負うと言っていた。

おそらくその馬車は帰還途中に何者かの襲撃を受けて、至極残念な事であるが、搭乗者はその命を散らす事になるだろうと思われる。

まあそれは推定される未来の事である。

ともかく、これで問題はなかったことに出来るはずである。

ギルドに対しての詫びはまた改めて行うと告げては来たが、帰り際に渡された品々がその意義をぶち折りそうである。

「一杯あるから気になさらずに」とギルドマスターであると言う人物に持たされたそれらは、これまでに見た事も聞いた事も無いような物ばかり。

名をシアというそのそのエルフ女性は、実に美しく、凛として、それでいて儚げであった。

ジョフルとしては、成り行きとは言え帰還して間もない冒険者ギルドの本来のギルドマスターである彼女と知己になれたのは重畳であった。


「しかし…」


それだけ呟いて、続く言葉は己の咽喉で押し殺した。

もしも、あと少しだけジョフルの自制心が貧弱であったなら、彼の声帯は周囲の空気をこう震わせていたかもしれない。


『…冒険者ギルドの連中は、なぜああまで美人美形だらけなんだ。いや、実に目の保養になるが。軍引退して領地子供に継がせたら、ギルドに入れてもらえねえかなぁ』


貴族生活が肌に合わない、と言っていたのは、亡き実兄への言い訳ではなかったようである。







「館首魔導砲、発射準備」


シアの声が全館に響き渡る。


魔道(マギウス)ドライブ内、圧力上げろ。非常弁、全閉鎖」

「圧力上げます。非常弁、全閉鎖」

魔導砲マギウスランチャーへの回路、開け」

「回路、開きます」


シアの指示に、アマクニが答え順次操作を進める。


「魔導砲、薬室内圧力上がります」

「全魔力、魔導砲へ。強制注入機作動」


武器管制を行うヘスペリスが、計器類の数値の上昇を告げる。


「魔導砲、安全装置解除」


ギルドマスターとして、シアが兵装の安全装置を外す指示を出す。


「安全装置、解除。セーフティーロック、ゼロ。圧力、発射点へ上昇中、あとゼロ、2。最終セーフティ、解除。圧力、限界へ」


ヘスペリスは指示通りに動き、滞りなく準備を続ける。


「敵ギルドハウス、確認したよ〜。前方、10レウガ《約22km》〜」


熊子が索敵を終え、その位置を告げてくる。


「魔導砲、用意。カレアシン、操縦をヘスペリスに」


熊子の報告に頷き、シアは操縦を担当するカレアシンからヘスペリスへと操縦桿を渡すように指示を出した。館首魔導砲は、進行方向に向けてしか撃てない為だ。


「ヘスペリス、渡したぞ。うまくやれ」

「お任せください。館首を目標に合わせます、ターゲットスコープ、オープン。電影クロスゲージ、明度20」


ヘスペリスの前に、光学式の照準器がせりあがり、光の十字を刻む。


「目標速度、ゼロ。まあ、あっちは普通のギルドハウスだし」


当然だよねと言う熊子。


「魔導粒子出力、上昇」


アマクニの声に、シアが頷く。


「発射10秒前。対ショック・対閃光防御」


そして、ギルドマスターの発射宣言が告げられた。


「5、4、3、2、1、0、発射」


ヘスペリスのカウントダウン終了に被さるように、画面上にテロップが流れる。


『これよりギルドvsギルド戦の開始を宣言します。両陣営は…』


テロップが流れ終えるのを待たずに、極大の火線が敵ギルドへと伸びてゆき、見事に突き刺さる。

そして、盛大に火柱を上げたのだった。


『ゲルマニウム・ガミラシウム連合のギルドハウスのステータスが0になりました。戦闘は終了しました。勝利ギルドは「シアとゆかいな下僕ども」です。お疲れ様でした』





「ってのをやっただろ?あれも元ネタは同じだ。ヲタなら知っとけよ…ってお前らはそっち系は知らんのかぁ」


過去、ゲーム内におけるギルド対抗の戦闘において、浮遊城(天の磐船)による大規模攻撃により開始早々に勝利した際の記憶を穿り返させる。

まあ、実際のところこのようなシーケンスは必要なく、シアが魔力を注ぎ込んでしまえばいいだけの話な訳だが。

「様式美は大事」という彼女の一言で行われたことだった。

ちなみにこの一件により、同様の発射または発動までに時間が必要とされる儀式魔法の類いが戦闘開始以前から詠唱開始、戦闘開始と同時に発動という手法が乱発したため、次回のアップデートにて、戦闘開始前の詠唱は発動キャンセルというパッチが当てられたという。


「そういえばそういうのもありましたが…。そういわれてみればそうでしたねとしか」

「あー、そういえば。っていうか、あれ元ネタあったのねぇ。てっきり爺の戦時中の実体験からだとばかり」


力説するカレアシンに対し、右から左といった感じに聞き流している様子のヘスペリスと呉羽。

どちらもそう言った方面にはまるで興味が無かった為に、国民的アニメといわれても概略程度しか知らなかった。


「そこまで歳じゃなかったわ!っていうか、第二次大戦中の戦艦には艦首に大口径砲は無ぇ!」


そしてカレアシン的には、基本どころか本能にでも刻まれているのではないか?というレベルなので、許しがたいという思いでいっぱいだった。


「そんな事言われてもねぇ。私、戦艦とか言われてもよくわからないし…。」

「戦艦等に興味を持つのは男の子と相場が決まっております。その点私は当時から中の人は女の子でしたので」


二人としても、興味ないから仕方ないじゃない、的なスタンスであった。

そう言われては、カレアシンとて趣味に合わない物が多々あるわけだし、そうキツくもいえない。

ヲタクの基礎知識じゃね?と言っても、年代も違えば性別も違う。

呉羽は間違いなくヲタクなのだが、方向性が違う、というべきか。

ヘスペリスに至っては元の世界では同性なのに異性なのだから、カレアシンにしてみればはなっからよくわからない世界の住人なのである。


「あー、もういい。まったく、シアは『広く浅くがヲタクの最適解です!』って言ってたが、マジそうなのかもしれんなぁ。にわかってのとはチト違うしな、シアの場合」


カレアシンはそう言って肩をすくめ、元の世界で初めて『オフ会』と言うものを行った時のことを思い浮かべた。



正直初めて元の世界で顔を会わせた…というか、寝たきりだったので見舞いに来てもらったのだが。

その際に彼女を見た最初の印象は、『儚げな娘』であった。

彼女と一緒に来ていた二人の男女…いや、二人とも男だったわけだが、そちらはまあちょっと変わった奴だなとは思ったが、印象としてはそれほど強烈なものではなかった。

引きこもりの変態(ロリコン)紳士など、今の世の中(ネット上)なら掃いて捨てるほどに居るし、もう片方の女性もどきにしても、昨今流行の『男の娘』と言う奴だろう。

リアルで見ることになるとは夢にも思っていなかったが、事前に『そういうのもあるのか』と認識している分、理解に苦しむ存在ではない。

まあ、棒と玉をとっくに取り去っていたとは思ってもいなかったが。

しかし、シアは違った。

元の世界の名は、なんだったろうか。

覚えているはずなのに、既に記憶の奥底から引っ張り出す事さえ億劫に感じる。

ともかく、彼女の存在自体がこの世界から隔絶しているように見えたのは、年寄りゆえの取り越し苦労と言う奴だったのだろうか。

寝たきり老人とは言いつつ、ネットは出来るしゲーム内ならば色々と会話も楽しめる。

ヘルパーの方に食事と下の世話を済ませてもらって礼を言い、後は眠くなるまで時間をつぶすだけの毎日。

ゲームを起動させ、街の広場で露店を開くと目の前を様々なキャラクターが行きすぎる。

会話文が視界を埋め、時折目の前でキャラクターが突然現れたり消えたりして驚くこともある。

そんな喧騒を眺めているだけで、寝たきりの日々が多少は苦痛ではなくなる。

露店を開いているとは言え、店頭に並べているのは主にそこら辺で雑魚を倒せば普通にドロップするような貧弱なアイテムであり、そうそう客は来ない。

それらに混じってごく稀にやる、ガチャで出てきたレアアイテムをこっそり並べている。

まあ、これは気に入った奴にだけ売るようにしているので、値付けは「応談」である。

別に高級高性能なアイテムを扱いたいわけではなく、ただ人の営みに混じりたかっただけなのでその辺りはどうでも良かった。

だが、そんな時に声をかけてきたのがシアだった。


「こんちはー。儲かりまっかー」

「あ?あー、ぼちぼちでんなぁ。っと、関西の人かい?」

「んにゃ、生まれも育ちも東京都内。んでも親が関西でねー、なんとなく」


初めての会話はそんなたわいも無い掛け合いだった。

毎日のように露店を開き、他人と触れ合う事で、まだ生きてる事を実感したかった。

ただそれだけだ。

妻はとうに逝き、子は生せなかった。

後添いを、と周りから言われ続けたが、その気は無かった。

今際の際に「私が死んだら、出来るだけ早く後妻さん貰ってくださいね」などと言われてハイそうですかと探せるものかと思う。

実際その言葉が無くとも、再婚をすることは無かったとは思う。

連理の枝とは言い過ぎかもしれないが、それほどに好いていたのだといまさらながらに思う。

その後生涯一人身を貫いて、後は死を待つのみと時間を浪費する毎日を送っている最中、まさかこのような出会いがあるとは夢にも思わなかった。


「ね、店主さん。私ね、ギルド立ち上げようと思って人集めしてるんだけど、ぶしつけで悪いんだけど、どうかな」


ぽかんと返事も出来ずに居た俺を責める事が出来るものなど居まい。

ただのキャラクター、ゲーム内アバターが、これほど眩しく見えたのは初めてだった。

寝落ちしたのかと思えるほどに動かない俺に、目の前にしゃがみこんだ彼女は焦りからかいろいろな事を矢継ぎ早に話してくる。

我に帰った俺は、ギルドの立ち上げに協力する事となり、創立メンバーの一員として幹部登録される事となった。

副ギルドマスターの視線が恐ろしく痛かったのが不思議だったが、その理由がわかるのはかなり後になってからである。

そんな感じでギルドを興したのだが、当然のように「オフ会しようぜ」と言う流れになっていった。

幸い初期メンバーのほとんどが関東近郊住まいで、集まるのにそれほど苦労は無いと思われた。

俺以外は。

なにぶん寝たきりである。

ちょっとした外出もかなりの手間と下準備に金、そして同行する者の理解が必要となる。

なので残念ながら不参加を表明したところ、「じゃあ、じーさんのところでお見舞いオフ会って事でw」などと言う流れになってしまった。

どうしてこうなった。

正直、今の状況を見せたいとは思わなかったし、リアルに寝たきりの自分を見られるというのはそれだけで辛いものがある。

それでも既に来る気満々なギルドマスターと、ちょうど時間が空いてるという二人も併せて来訪を告げてきた。

そして、出会う。


「はっはっは、若いくせにこんな爺の話について来れるたぁ、見上げたもんだ」

「いやあ、恐縮です。て言うか、今時の同世代の人たち相手だと逆に話せなかったりするんですけどね!」


それはそれで難有りだな、とは思うが。

傍で待つ二人はそんなこと無いと首を振っているが、実際はどうなのだろうか。

とりあえず、楽しいひと時を過ごせたのだけは確かであった。


そして、ゲーム内ではギルド活動が増えた露店屋生活が結構あわただしくものんびりと続く事になる。

しかし、今時の若い娘が沖田艦長ネタをノータイムで切り返してくるとは思わなかったぞ。


「ここで全滅してしまっては明日のギルドを守るものがいなくなってしまう。明日のために今日の屈辱に耐えるんだ それがギルドマスターだ」

「ここで逃げたら死んでいった仲間に顔向けできません。ギルマスだったら、戦って戦って戦い抜いて、一人でも多くの敵を倒して死ぬ。それが責任者ってもんでしょう」


まあ、負けそうなフリをして楽しんでいたので、その後調子に乗って突っ込んできた敵ギルドのメンバーをタコ殴りにして逆転勝利したのはいい思い出だ。

そんなこんなで今に至るまで続くギルドメンバーとの縁は、ちょっとやそっとでは切れないものだなぁと思う。


例えそれが、俺の趣味をことごとく「興味ない」と言ってのける副ギルマスと旧ゲーム内での元嫁であったとしてもである。






『何しかめっ面してるンよ、ドラゴンのおっさン』

「ああ?ああ、何だ貴様か。黙ってろ、剣には関係ない」


海に浮かんだギルドハウスの尖塔の上から、陸――モノイコス王国――を臨んでいると、肩越しに声をかけてきた物が居た。

あの時どさくさに紛れて連れてきたと言うか持ってきたと言うか勝手について来たというか。

口先がやけに達者な喋る魔法剣であった。

銘は刻まれていたのだろうが、削り取られていて今は読む事が出来ないで居る。


『関係無いンよと言われてもよォ。俺様的にはあんたの側が一番マシな感じでサぁ』


この剣、成り行きでココまで来たのはいいが、どうにも放置プレイで肩身が狭かったのである。


『普通サ?俺様みたいな魔法剣様が手に入ったりしようもんなら結構な大騒ぎな訳よ。それが何?ココの人たちてっば「あ、しゃべってるー」的な感想だけでスルー?おかしくネ?って言うカおかしいよネ!この世の世間一般の常識的に考えテ!』

「まあなぁ。でもよ、逆に考えてみな。お前みたいなのでも普通なんだよ、ウチのギルドじゃあよ。なんか嬉しくなんねぇか?」

『嬉しイ?嬉しいネぇ…。その考えはなかったが、どっちかって言うと「ステキ!是非私に佩刀させて!」って言われたイ。出来れば腰のくびれた胸のデカイ足の綺麗な美人なねーちゃん剣士あたりに』

「なんと言う贅沢な糞剣だ。溶かしてやろうか?」


言いつつ口の端からちりりと青黒い炎を吐き出す。

竜人としての種族スキルである火炎放射(ブレス)攻撃をちらりと見せる。

レベルにもよるが、範囲的には本物の竜に劣るとはいえ、攻撃力としては同等かそれ以上である。

カレアシンのレベルなら、下手な剣など跡も残さず蒸発するだろう。


『いやあ、俺様なんかを普通に扱ってくれるだなんて、なんて心の広い御仁が多いところなんだゼ、ココは。―――すンませンでした、勘弁してクださい、口が過ぎました』


カレアシンが深呼吸じみた動きで胸に大量の空気を送り込んでいるのを感じたのか、魔法剣は平謝りであった。


「はあ、まったく。厄介ごとが減ったと思や、雪達磨式に利子がついて戻ってきやがる感じだぜ」


ぼふん、と不完全燃焼のブレスを吐き、カレアシンは視線を遠くに戻す。

今彼がここにいるのは、留守を預かっているからである。

シアら幹部連中は、モノイコス王国の港湾地区に建てられているギルド本部へと足を運んでいた。

そのまま王国の王都であるモノイコス城塞都市へと入り、王へ謁見するためである。

小さいながらも独立国家として存在するこの国の後ろ盾のおかげで、今のギルドは組織として真っ当に成立できているのだ。

ギルドマスターとして先ずはこの国の王へ礼を言わねばならないというシアの言葉に、呉羽らも同意し謁見の約束を取り付けたということだ。

しかし、とカレアシンは思う。

これまでは互いに持ちつ持たれつでやってきていたが、これから先はどうなる事やら。

下手にココの王様が変な野心なんかを持ったりしてはたまった物ではない。

ウチのギルドのマジックアイテムやら何やら全てを利用すれば、冗談抜きで、この小国がエウローペー亜大陸全土を席巻しうると彼は考えて居る。

まあ、どんな条件を出してこられても、そんな事態にはなるとは思わないし、面倒ならとっとと尻に帆かけて逃げ出せばいい、そう思ってもいるのだ。

王も王子も本当に王族かと思えるほどに能天気で、能力こそあるが、人が良すぎるのではないかと逆に心配するほどだ。

国境の山脈の向こう側で王国を包む様に位置するゴール王国や、海沿いに東へと進めば見えてくる大ゴート帝国など、この国を巻き込む戦争がいつ起こってもおかしくは無い立地である。

その地勢的な不利を外交だけで生き延びてきたあたりは賞賛に値するが、ひとたび桁違いな力を手に出来るという事がわかれば、どう出るか。

この謁見で、もしシア達を人質にでも取られ、このギルドハウスを引き渡せといわれたら、断る事などできるのだろうか。

いや、まあ、あいつらを拘束できる奴らがいるって言うならば、そもそもこんな小国に甘んじているわけが無いんだが、と自分の心配性加減に嫌気が差すのであった。


「おじいちゃんは心配性、か」

『ンだ?おじいちゃンって程の歳なンかい?』

「やっぱ溶かすかこいつ」

『ごめンってばよ』





「大至急、改善が必要だわ」

「そ、そういわれると、そうかもしれないけれど…」

「私どもは最早慣れてしまっていましたから…」


シアがとてつもないほどに脂汗を垂らしながら、眉をしかめていた。

そんな彼女を左右の二人はどうにかなだめようと悪戦苦闘をしていた。


「慣れるって…。慣れるのにどれくらいかかった?」

「私はそうねぇ、なんだかんだで半月くらい?」

「私は一週間で慣れました。背に腹は代えられません」


呉羽とヘスペリスの応えに、シアはウームと腕を組んで悩み始めた。


「仕方ない、今回は我慢よ私。次までにどうにかする事にしましょう。アマクニ呼んでおいて」


モノイコス王国港湾地区のギルド本部内、ギルドマスターの個室にて。

シアはそう決意した後、ゆっくりと席を立ち、とある個室へと足を運んだ。





「一番の難敵は、トイレだったとは。意外な落とし穴だったわね」

「このヘスペリス一生の不覚。ぼっとん便所に慣れて早20年以上です。これが普通と暮らしに染まってしまった自分を恥じております」

「いや普通だから。そう深く考えちゃ駄目よぉ?元の世界の私の実家なんて、ぼっとん便所でおまけに家の外に設置されてたわよ?夏に田舎行った時の、夜のトイレなんて地獄よ」


手の平サイズの蜘蛛が、蛾が、そこらじゅうを飛び回っていたのである。

今ならばなんとも思わず用を足せるかもしれないが。


「シアは根っからの都会ッ子ですから、厳しいかもしれません」

「かもねぇ。大丈夫かしら」


そんな事を言い合う二人の耳に、「ひぃぃ~~~」と細い悲鳴が聞こえた。


「何か半泣きですが」

「…おつり(・・・)でも貰ったのかしら」


あわててトイレへと向かう二人を、シアは涙目で迎えるのであった。



「溜まってるモノの上で、虫が…バッタみたいな虫がぴょーんって、ぴょーんって」

「下見てはいけませんよとあれほど言ったでしょうに」

「バッタではなくカマドウマと呼称される昆虫であります。その辺りの生物層は元世界と同じと言うのはありがたいと言うかめんどくさいと言うか」


お手洗いに入るために、長い髪をひっつめているシアの頭を抱きかかえ、なでなでして嬉しそうにしている呉羽と、事細かにイラン知識を伝えてくるヘスペリス。

もうその辺はどうでも良かったシアである。



「ぴょーんて!」

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