僕が小さかったころ、ある噂が流行った。駄菓子屋においてあるなぞの商品、アクマドロップスの噂だ。アクマドロップスは四角い缶の箱の中に甘いドロップがたくさん入っているのだがそのパッケージがとても怪しい。その名のとおり缶の両面に悪魔っぽい絵が書いてあって、とてもこわい顔をしている。その商品は駄菓子屋の奥の隅のほうにあって、僕はそのそばを通るたびにびくっとしてしまう。見られていると思うのだ。そんななぞの商品はなんと30円。そのころのお小遣いで十分買える価格ではあるが、やはり手が出ない。その商品の噂とは一粒そのドロップをなめるたび、その晩とても恐ろしい夢をみるという。そして最後の一粒をなめおえると、その人は消えてしまうのだという。悪魔に食べられるという説もある。そしてその噂は僕の住む地域では有名になった。もちろん大人たちは信じないが、まだ幼い僕は少し信じていた。でもそれと同時にぜひ一度なめてみたいとも思った。怖いものみたさならぬ怖いものなめたさが日に日に大きくなっていった。
この日も自宅の学習机で宿題をしながらそんなことを考えていた。くるくる考えが頭を回っているとごはんよと母が僕を呼んだ。四人家族でわりと裕福な家庭であった。僕には弟がいてまだ言葉も覚えはじめだ。とてもかわいい時期で僕も弟が大好きだった。夕食を食べる姿だけでみんな和む。電話が鳴って母がとる。来週祖父母がこの家にやってくるという。どこか外出するのだそうだ。公園へ行こうか町へ行こうか話し合っている。来週が楽しみだ。まさに幸せを絵に描いたような風景である。この瞬間だけはあの忌まわしきドロップのことを忘れた。
次の日、学校の授業中ずっとドロップのことを考えていた。以前に比べてあまり噂されなくなったが、僕の心には嫌になるほどこびりついている。先生が僕を当てた。はっと気づいて、あわてているとクラスのみんなが笑った。僕も笑いながらなんとかごまかした。学校の帰り、友達と別れた後、駄菓子屋に寄った。あれを見に行くためだ。やはり見られている気がする。もちろん買わなかった。
次の日もまた次の日も駄菓子屋に寄った。一週間くらいたったころ、物好きもいるものだ、アクマドロップスが買われていた。もともと5つしかなかったが3つになっていた。おお、と思わずうなってしまった。さらに一週間たったころまた2つ売れて残りひとつになっていた。そのとき心の中で葛藤が起こる。もしこのままこれが売れてしまえば、このドロップを口にできないまま一生を過ごしてしまうかもしれない。せめて一回はなめてみたい。気づくと僕は30円を払って、アクマドロップスを手にしていた。やったと思う反面こわさもあった。でもこれが自分のものとなった今、うれしさのほうが少し上回っていた。
その日の晩はなめることができなかった。そのかわりその悪魔を抱いて寝た。そのドロップを机に隠したまま、一週間がたっていた。ついにこの日、口に入れる決心をした。缶を振って出てきたのは白だった。なめてみるとスースーするが、とても美味しかった。癖になりそうな味だった。なめ終わるともうひとつなめようと思い、手を伸ばしたがこわい夢のレベルが上がりそうだったのでやめた。その晩僕はやはりこわい夢をみたはずだ。というのもこわいという感覚だけあって実際の内容は覚えていない。とにかくこわかったけど説明はできない。そんな感じで別に決めたわけじゃないけど一週間に一粒ずつなめていた。缶のこわい顔にも慣れてきた。缶の中には信じられないくらいたくさんのドロップがはいっていた。50粒は入っていたと思う。もちろんその数こわい夢を見たが、やはり感覚だけで詳しいことは覚えてないし、こわさにもなれつつあった。ただその美味しさに飽きることはなく、週に一度僕を幸せな気分にさせてくれた。
でも物事には終わりがあるのだ。ついに残りひとつになってしまった。噂のことなんて忘れていた。最後のひとつを学習机のライトに照らしてみた。きれいだ。色は白。少し寂しい思いにも浸りながら、ゆっくりと口に入れた。やはり美味しさは変わらない。僕は君に出会えてよかった。アクマドロップスありがとう。ふと見たパッケージの顔もどこか寂しげに見えた。僕は涙を流していた。
ごはんよと母が僕を呼んだ。僕には弟がいてまだ言葉も覚えはじめだ。とてもかわいい時期で僕も弟が大好きだった。夕食を食べる姿だけでみんな和む。電話が鳴って母がとる。来週祖父母がこの家にやってくるという。どこか外出するのだそうだ。公園へ行こうか町へ行こうか話し合っている。来週が楽しみだ。まさに幸せを絵に描いたような風景である。
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