救急車だろう。
その音が遠く、駅のある街のほうから聞こえてきた。
小生は救急車というものに乗ったことが無い。それはとても幸運で有り難いことなのだろうことは解っている。しかし、最近になって小生は救急車に乗って何処かの精神病院へ搬送されなくてはならないのではないかというくらいにオカシくなってきた。
例えば、小生、人間に対していつも猜疑心を持って接してしまいそれがだんだんと酷くなり周りの人間が小生を殺そうと影で暗躍しているのではないかという妄想を抱いてしまい、その恐怖に耐えられず家で棒きれを振り回して暴れてしまった。
「A! 止めなさい! どうしたんだ!」
小生の父様はそう言って止めようとしたのだが、小生は止まらなかった。止められなかった。
花瓶は割れ、ティーセットが砕けて、リビングは整った空間から歪な空間へと変化した。小生はそこに居ることは出来ないと思い家を飛び出した。
そして今に至るのである。
小生は中心街から離れて民家の少ない地区に来ていた。山の斜面に家が散在していて街のような圧迫感はなかった。
日がだんだんと暮れていた。小生は小道の脇で倒れている老婆を発見した。老婆は小生の足音に気づいたのか顔を上げて小生を見、言った。
「おにいさんん、きき救急、車を呼んでくださいい。むむねがくくぅるしゅううて、」
「くぅるしぃぃい」
小生はそんな姿の老婆を見下げていた。そしてあるものが小生の中で渦巻いたのだ。
「助けて欲しいのは僕のほうだっ! 救急車で楽になれるなら呼んでやるよ!」
小生は携帯電話を取り出して救急の番号を押した。
「だかな、僕はどうなるんだ! 救急車に乗れば僕は助かるのか!? 甚だ疑問だね!
」
「ぅうぅ」
老婆は呻く。
「所詮人間は自分のことしか考えられないのさ! 世界は救えない! 僕は救えない! あんたも救えない! みんな救えない!」
老婆は目を閉じていた。確かめてみると、息をしていなかった。死んでいた。
「救えないんだ! はははははははははははははははは」
サイレンが聞こえる。 救急車のようだ。
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