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傷を抱えて
作:睡蓮華



第一章 〜出会い〜


 昼の喧騒が遠くなる職員室前、池谷直哉いけたに なおやは担任の先生を待っていた。
 高校2年の直哉は2年生にしては珍しくネクタイをしっかり締め、着崩すことなく制服を身に着けている。高校生にしてはしっかりしすぎているが、あえて言うならさらさらした黒髪の前髪が目にかかっているのが気になるくらいだ。
 そんな直哉が先生を待っているのは、次の授業に使う資料を教室に持っていくよう頼まれたからだ。彼は係りでもなければ学級委員でもない。ただ運悪く先生の目の前を通り過ぎてしまった不運な一生徒である。
 何を考えるでもなく待っていると、職員室の扉が開いて30代後半ほどの男性教師が進路と書かれたプリントを抱えて出てきた。
「待たせたな、池谷。じゃぁ、これを教室まで持って行ってくれるか?」
 教師は直哉にプリントを渡そうとすると、後ろから誰かが話しかけようとする気配がした。教師は直哉の後ろにいる生徒に気づくと、プリントを持ったまま生徒に話しかけた。
「どうした?水無月」
 直哉が振り向くと、そこには女子生徒がおどおどした様子で立っていた。
 2年から同じクラスになった子だが、女子の中でしか交流を持とうとしないため会話をしたことすらあまりない。黒く少しウェーブのかかった長い髪を垂らし、大きな目を持っているため、一見すると人形のようだ。しかし今は、何を話すべきか迷っているのか、手を胸の前で握り声も出さず口を開閉している為、人形は人形でも腹話術の人形のようだった。
 しかしそう思ったのは一瞬のことだった。
「すみません、先生に少しご相談がありまして、よろしいですか?」
 彼女の雰囲気が変わったかと思うと、今までのおどおどした様子は見られなかった。大きい目を少し細め、どことなく人を拒絶するような雰囲気を出していた。
 しかし、教師はその変化に気づくことなく、水無月に笑顔を見せる。
「あぁ、いいぞ。ちょっと待ってろ」
 持っていたプリントを直哉に渡すとよろしくと言い、水無月と共に職員室へと消えていった。
 直哉は違和感を持ちつつも気のせいだと言い聞かせ、教室に向かって歩き始めた。


 直哉の教室は校舎の一番上、3階の奥のほうだった。しかも、1階の職員室から一番離れたところにあり、教室から職員室までの道程はなにかと辛いものだ。
 2階の途中まで来ると、持っているプリントの束に違和感を感じた。なんとなく横から見るとそこには違う学年の名簿が挟まっている。
 なぜこんなところに挟まっているのかは知らないが、名簿がないのはいろいろと面倒なことになりかねない。
 せっかくここまで上ったのにと思いつつも、職員室まで戻ることにした。
 職員室に近づくと、ちょうど水無月が帰るところだった。
 先ほどの人を拒絶するような雰囲気はなく、元の人形のような愛らしい表情に戻っている。
 直哉の姿に気づくと一瞬表情が強張った。すぐにでもここから離れたかったのか、彼女は駆け足で直哉の横を通り過ぎて行く。
 足音が遠ざかりそうになったとき、なぜだか直哉には彼女に声を掛けなくてはという思いに駆られた。
「あっあの、水無月さん」
 呼び止めると、彼女はビクッと体を震わせ止まった。
 呼び止めておいて馬鹿だと思うが、自分が何を言うべきなのかわからなかった。ただ咄嗟に呼び止めてしまったようなものだ。
 何を言おうか考えていると、彼女はゆっくりと振り返ってきた。
「何?池谷君」
 振り向いた彼女は、職員室前で見たあの細めた目をしている。その表情には先ほどの愛らしさはほとんどない。あるのはどこか人を軽蔑したような表情だけだ。
 彼女の目を見ていると、ふとその目からなぜか傷付いているような色が見えた。それは一瞬のことだった為、本当に傷付いてるような色だったのかはわからない。それでも、今彼女に何かを行ってはいけないという気にさせる。
「いや……、なんでもない」
「ふふっ。変なの」
 細い目をさらに細めながら笑うと、じゃぁねと背を向けて教室へと歩いていく。
 直哉はなぜあそこで呼び止めてしまったのか、そして彼女に何を言おうとしたのか未だに疑問を持ちつつも、職員室の方へと向かっていく。
 彼女のあの一瞬見えた、傷付いた目が未だに頭の中に残っている。
 ふと、後ろから何かに見られているような気配を感じた。気配を感じた方、彼女が教室へと戻っていった階段を見る。
「……!」
 ちょうど彼女が階段へと上っていくところだった。しかし柱から消えるその瞬間、あの細い目がこちらをじっと見ていた。その目は先ほどとはあまりにも違い、冷たくそして何かを探るような目だった。


 彼女は何者なのだろうか。
 女子高生であることに変わりはないが、彼女の抱えているものはいったい何なのだろうか。なぜ彼女は、あんなにも冷たい目をするのだろうか。
 高校2年の夏。それは不思議な表情を残して終わろうとしている。
 そしてこの出来事こそ、彼女と彼との初めての出会いだった。












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