低調なリズムで呼吸をする空調の音がする。それ以外は、まったく静かで、ときどき小さな水音がするだけだった。
完璧に調節された気温と湿度。人間にとっては幾分か低い温度に設定されたその空間は、実験棟の地下にあった。
青白く光度の落とされた蛍光灯の反射する蒼いタイルが、生き物の腹のように鈍く光っている。
扉は重く閉ざされていて、外の光は完全に閉ざされている。
コツコツと靴音がよく響くのは、壁に敷き詰められたタイルのせいだ。
巨大水槽の中の澄んだ水は循環しているため常に清潔に保たれている。
その中を銀色の目玉をした大きなグロテスクな魚が数匹泳いでいる。
この部屋の主は、まるで外にいる人間を逆に監視しているように錯覚させる。
脇の下に変な汗が滲んでくる。この環境は魚のためには完璧だが、人間は長くは居られない。顔は、ボーリングの玉ぐらいで、体はその半分くらいしかない魚の名はギンバエギョ。最近発見された新種の深海魚だ。光のない深海で育った魚の多くは眼球が劣化しているのが普通だが、この魚には異様な眼球が四つも付いている。
それはまるで蠅の目玉のようにギョロギョロと動く。
実験ではこの目が本当に光を捉えるための器官なのかを確かめるはずだった。
そのために、特別に最高の環境を実験棟の地下に作った。
「本当に気分が悪くなる」
「早いとこ終わらそう。なんか寒くなってきたし。」
「やっぱり見られているのかな」
初老の男性がペンライトをぐるぐると回転させる。
魚の眼球は光を追っているようではないが、ギョロギョロと動く。
明るさを落としたり、逆に強くしたりしてみても特に強い反応はなかった。
「やっぱりコレは眼ではないのか」
「そうかもしれないですね」
若い研究員は、魚と眼があった気がしてすこし顔を逸らした。
「猫の眼みたいに暗くしたら見えるんじゃないですか?」
「そうかもしれない」
初老の男が同意する。
「おい、蛍光灯も消してみよう。」
若い男は赤外線で暗くても見えるようにしてあるカメラを水槽に向けた。
「準備できました、消してみてください」
パチ
完全な闇がこの部屋を支配する。
研究員は何も見えない完全な闇の中で水槽の方向を見ていた。
「もう……いいか?」
「いいだろう、電気をつけろ」
蛍光灯がつき、徐々に目が光に慣れてくる。
厚い水槽のガラスには、赤黒い血が広がっていた。
「なんだこりゃ、なんで血が・・」
見ると魚たちは一匹残らず、研究員のいた側のガラスに突進したらしく、分厚いガラスにも傷が入っていた。
そして、すべての魚は正確にその場所を目指し大きな尖った歯を見せて口を開けて死んでいた。
後になって、その実験の様子を撮影したビデオを見ると、ギンバエギョの眼球は、しっかりと獲物である研究員を捕らえていた。若い研究員は、そのあとすぐに研究所を退職し、初老の男はその恐怖から精神に異常をきたし始めて入院した。それ以来、その地下は立ち入り禁止となり、そのビデオも持ち出し禁止資料として厳重に保管されている。 |