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ハーレムな隣人
作:瀬戸 孝輝



Phase28: 災厄燃ゆ -幕僚雑談-


「こりゃまずいっすね」

思わず噛み締める力が強くなる。ぱきりと咥えていた物が半ばで折れてしまう。折れたソレにはもう咥えて振る価値が無いと、口の中へと消えて行った。
玉城の視線は確かに目の前の試合に向いてはいるが、実の所その肉弾戦を目に収めてはいない。ただ目線を向け、意識は他の所へと向っている。思い描くは体育祭勝利の青写真だが、彼女には既にそれが不明瞭になっている様に感じられた。目前の試合の行方で云々と言う訳ではない。この試合を落とそうが、青写真がそのまま現実のものへとなる可能性は十二分に高いものだったのだが。
目線を少しずらして、自分の隣のスペースをうかがう。先程まで朝霧が声を張り上げていた所だ。既に彼女は其処にはいない。無意識に溜息を一つ吐いていた。

「私だって行きたかったっすよ?」

誰にも聞えない小声で独り言つ。
青写真がかす理由わけは他でもない。青陣営の旗手であり、精神的支柱であるりゅうの長期離脱の可能性が高い事だ。勿論未だ確定と言う訳ではない。彼の着ていたシャツに血が滲んでいる様に見えたのは錯覚かもしれない。
だが、玉城は考えてしまう。彼があの程度の衝撃で怪我する程、華奢なボディとは到底思えないという事。だからこそ、あの傷は体育祭前に負ったものだろうし、高い確率であの時のものであろうと。そうであるのならば、彼は決してこの場に戻る事は無い。否、彼自身は戻ってこようとするだろうが、自分達が彼を担ぎ上げ、戦場に再び出す事は避けねばならない。無茶をする人間を止めるには周囲の力が必要となる。
目前の試合が自陣営の敗北で終焉を迎えるだろうという事がほぼ確定的になったのを確認し、玉城は次の戦場の準備の為自分の手帳を引っ張り出す。多少御菓子の匂いと欠片がへばり付いたシンプルな手帳。ソコには今体育祭の戦術等々がびっしりと刻まれている。その細かな記述から次の競技に関するものを探し出し、作戦実行に必要な人物を探そうと駆け出して行く。何しろ参謀役の片割れは未だ敗戦濃厚の戦場に佇んでいるのだ。玉城にのみ与えられた仕事と言える。
抱える荷物から新たな相棒ポッキーを取り出し、次々と命令を渡していく。今はただ自分に任せられた役割を忠実にこなしていく。

「そうそう。そこで君が練習通り先に……」

描いていた青写真は霞がかっていたとしても、先に進まない限り霞が晴れる事は無い。
その事を玉城は確りと理解していた。




「と言う様に『R.U.R.』で初めてその言葉が出てきたんだよ。とすると、アレの発祥はチェコという事にならないのか?」

「残念ながら、その理屈で言えば古代ギリシャが発祥という事になるだろう。二千八百年も前の叙事詩に掲載されている。二十四段中の十八段、通称『武具製もののぐづくりの段』、鍛冶の神へパイストスの館に居た筈だ。黄金の少女のソレがヘパイストスの傍に仕えていたというくだりがある。恐らくはアレが最初の記述だろうよ」

「そうなのか。それは知らなかったな。しかも黄金の少女タイプとはなぁ。つくづく神ってのは良い趣味してるよ。どうせなら、某万能文化云々に登場する美少女タイプとか、ベクトルは違う方向を向いてるけど電磁力とか日輪の力で稼動しちゃう巨大メカタイプとかが登場してくれると、俺としては大満足だなぁ」

「お前を満足させる為に科学技術は発展している訳ではないからな。だがしかし、そういう夢想が科学技術を大きく飛躍させるトリガになる事は充分に考えられる」

「だろ? 妄想力は偉大なんだぜ? そうすると……メイドロボが出来るのは何時頃だろうな?」

「大方お前が妄想しているメイドロボというのは、タスク統合型とでも言えるヒューマノイドだろう? もしそのメイドロボに任せたいタスクの結果だけを求めるのならば、タスク分散型とでも言える個々のタスクに適したロボを複数使用すればよい。これならば、炊事以外は早晩達成されるのではないか」

「それじゃ駄目なんだよっ! お前には『男の夢』ってのが理解出来んのか?」

「『男の夢』とあたかも男の総意の様に語らないで欲しいのだが……鵜飼が何を求めているのか知りたくもないが、お前が望むヒューマノイドの様にタスクを一つの作業因子エージェントに集中させるのは工学的に危険な設計だ。分散させて管理させた方がリスク回避の面でも望ましい。それにその妄想に聞きたいのだが、例えばそのヒューマノイドが掃除する時、どんな道具を利用していると考える?」

「そりゃ当然、掃除機でも使ってー」

「それはエネルギ面から見ても非効率的だ。それならば、掃除機なりタスクに特化したロボをインテリジェント化させて、タスクをこなした方が矢張り望ましい」

「くっ……だからだなぁ! 『男の夢』ってもんがあるだろっ!」

「知らん」

「ぬぅ! お前には愛でたり萌えたり愛したりしているモノがないのかっ!」

「……如何してそういう話になる。しかし、愛しているモノか……」

「そう愛しているものだっ!」

「……愛しているモノ、愛して止まないモノ」

「さぁ、吐け! 正直に吐けっ! 思いの丈をぶちまけてしまえ。俺はお前がどんな趣味嗜好を持っていたとしても気にしない。例え、金髪ロリ幼女が堪らないとか眼鏡のお姉さん系美人OLがイイッとかのほほんとした若未亡人しか眼に入らないだとか言っても全然構わない。ポニーテールが良いとかちょっとした髪留めが堪らないとか着物姿に溢れるリビドが止まらないといった部分的嗜好でも勿論大歓迎だ。さぁ、誰に憚る事も無い。君は君の思いに正直になればいい。さぁさぁさぁ!」

「そう! さっさと吐いた方がボクも良いと思うんだよっ!」

「……突然現れて最初の一言がそれか、朝霧」

外の騒がしさと青春の匂いから切り離された救護用テント。
未だ帰還しない聖教諭を待つ間、鵜飼と実に下らないマニアックな談義を行っていたのだが、今迄姿すら見せなかった朝霧が突如話に割り込んできた。一体何がコイツの心の琴線に触れたのだろう。質問の答を話せと脅迫染みた視線が実に痛々しい。
男の嗜好を知って何をするというのか。そういう嗜好を理解して、そうある様に自身の姿を漸近させていくというのだろうか。それでは駄目なのではないか、と私は個人的に考えている。言葉にするのは困難だが、その嗜好対象というのは作り上げて達成されるというよりも、初めからそうあったからこそ、そういう存在であるからこそ嗜好対象足り得るのではないか。漠然とそう捉えている。

「……確かに髪を結い上げた和服姿の女性には眼が行く事もあるが」

「それだ。それが俺の求めていた回答だ」

「りゅ、りゅうくんってそういうのが好みだったんだ……」

「ちなみに悟史の好みだが、髪はセミロングからショートボブの黒髪で、活発な明るい女性だったはずだ。具体的過ぎず、抽象的過ぎず。模範解答の一種とも言える」

「否、それって今の時代結構……あ」

私の言葉の意味する所を悟ったのだろう、意味有り気に嘆息する鵜飼。その分かっていますという顔に何故か苛立ちを感じる。奴の顔から、人を不快にさせる因子でも放出されているのだろうか。
一方の朝霧は特に気にする事も無い。私としては、つい口を滑らしてしまった事に反応して欲しくは無かったのでこれ幸いである。
話の流れに切れ目が生じたので、ここで話題転換をしておく。これ以上、今の失言を取り上げられ、話を続けられても厄介である。早々に会話のディフェンスラインを上げる事にする。

「朝霧。斯様な場所に如何して来たのだ? 私の状況ならば救護委員辺りに聞けば事足りると思うが」

「む! ボクが心配して来てあげたのに、その言い草はないんじゃない?」

朝霧に対するディフェンスはどうも対処を間違えた様である。頬を膨らませる様はリスを彷彿とさせる。そこに威厳や突き刺す敵意は感じられない。ただ、何とか睨みつけてる事は理解出来る。これ程、怒りの表情が様にならない奴もそうはいまい。
私と朝霧との小競り合いに苦笑を浮かべ、鵜飼が横合いから朝霧に質問する。曰く、聖教諭の姿を見ていないか、と。こちらに緩い睨みを向けつつ、彼女はその問に答える。

「むぅ……うん。さっき、グランドで試合に見入ってたよ」

「……」

呆れて物も言えない。確かに彼の教諭は悟史に対して、憎からぬ思いを抱いている事は十分に承知ではあったのだが。

「マジかよ。聖ちゃん天然にも程があるぜぇ。それだからハーレム住人の一人に……ってなぁ、朝霧ちゃん。若しかして若しかすると、りゅうの逆鱗に触れちまったか」

「うん……こりゃ一波乱ありそうだね、はは」



胡坐あぐらをかき、片方の掌を顔に当て顔を伏せる生徒と立ち竦み、小刻みに震える教師。
怯え怯えさせる立場が逆であれば、その態度もまた然り。生徒たる彼が体の一部を微妙に動かすだけで、教師たる彼女はびくりと体全体で大きく反応してしまう。またそういう反応を彼は逐一理解しているのだろう、彼女がそういう反応を見せる毎に彼の纏う雰囲気が重くなっていく。
彼女は彼が何をしようとしているのかを知っている。
何もこういう状況になったのはこれが初めてではない。今迄も何度かあったことではある。その度に自身に戒めてはいるのだが、サトシを目にするとその誓約も薄くなってしまうのである。
生徒――りゅう――が掌をずらし、半眼を教師――聖――へと向け、気だるげに口を開く。その視線の鋭さに聖は小刻みな振動すら無意識に止めてしまう。正に蛇に睨まれた蛙である。

「聖先生」

「は、はい!」

「私は何度も教師である貴方にこうして諌めているのですが、若しかして今迄の私の説明では納得されていないものだったのでしょうか」

「い、いいえ。そういう訳では」

「理解はしているのだけれども、衝動的にとでも? 私には理解出来ない所ですが、恋愛というモノはそういう理性の範疇に収まるものではないという認識が実しやかに囁かれている様ですので、ご他聞に漏れず聖先生もそうなのかもしれませんが」

「れ、恋愛とかじゃなくて」

「いえ。何度も私の見解をご説明したと思いますが、別に教師が恋愛してはいけない等と大それた事を言うつもりではありません。何せ、このご時勢、恋愛礼賛主義とでも言うべき風潮です。どのような恋の形も受け入れられる様な時代です。教師と生徒等別段珍しくも無い」

「だ、だから」

「ただ……だからといって、仕事を放棄なさるのはよろしくない。教師とは身分であり、役職だ。身分としての高校生とは訳が違う。職場は学校であり、学校側から給料を渡されているのです。ならば、プロフェッショナルとしての自覚を持って頂きたい。恋を御旗の印に立てる、欲に駆られる前に、そのプロフェッショナルの意地を以ってプロフェッショナルの仕事を行って頂きたい」

「……あ、あう」

「そして、仕事を全うした上で、プロフェッショナルの矜持と照らし合わせても、恋愛というモノをする余地があるのでしたら、それはもうご自由に為さって下さい。詰まる所、周囲の迷惑を考えなければ、恋愛というのは当人同士の問題ですから、私がどうこう言える話では無いのです」

「……」

「宜しいですか、聖先生」

「……」

「先生?」

「……う、ううっ!」

突如としてテントから逃げ出していく聖。りゅうの言葉に思い当たる節でもあったのか、涙を湛えて、否、振り零しながら走り去ってしまった。
テントに残された三人は唖然としながらも、一つの事に気が付く。それはこの場所に男二人が永い事居座っていた理由であり、聖を待ち続けていた理由でもある。

「で、どうするの? そのキズ」

「ああ。俺のは安静にしてれば、数日で治るだろうけどよ。お前のはどうなんだ?」

「……致し方あるまい。朝霧、その簡易デスクの上にある私の携帯電話を渡してくれないか」

りゅうは受け取った携帯電話を片手で扱い、電話帳から或る人物を呼び出す事になる。
その人と彼らとでまたひと悶着あるのだけれども、それはまた別の話である。








難産でしたorz
一週間後と言いつつ、少しオーバしてしまいまして……申し訳ございませんです。
さて、今回話を読まれて『それは違うんじゃないか』と思われた方も当然いらっしゃると思います。
私も皆様全てに分かってもらえるとは思っておりません。ただ、こういう考えもあるんだ程度には思っていただければ幸いです。

(最近の教師不祥事事件には、プロフェッショナルの意識が足りないんじゃないかと思ったものでして。











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