3.文章作法
【文字数】
11000字ほど
【作者コメント】
本題は2からなので、そこから読んでも問題はありません。
ただ、少なくとも1から読んだ方が話に入りやすいと思われます。
【目次】
0.承前
1.前座:作法を守る意義
2.四つの原則について
3.締めくくり:わたしがイタズラ書きした話
0.
今日も今日とて古典部である。
先日話したような理念はさておき、この部活、実際の活動はただ本を読むだけである。それもわたしの場合、先輩が貸してくれる本や、紹介してくれたネット小説を読むだけ。手ぶらでオッケーな実に緩い活動内容である。
緩い活動内容であることは、どうも司書さん方にも知られているようで、鍵を貰いに来たわたしに「毎日毎日、飽きないねえ」となんとも言えない感想をこぼしたものである。
いや、飽きるものだろうか。飽きなくて当然ではないかと思う。読書に飽きることがあるのなら、本の虫などという生き物はとうの昔に絶滅している。少なくとも赤い本に載っていることだろう。
とはいえ、確かに、本を読むだけならちょっとしんどい活動内容ではないか、というのも一理あるだろう。
五人以上(部活を立ち上げる際の最低人数)で雁首揃えてひたすら読書というのは、なんというか、空間的にちょっとアレな感じは否めない。図書室でやれよ、なんでわざわざ別室で部活としてやるんだよ、という話である。
そう考えると、創設者を含めた部員らが早々に飽きたのもむべなるかな。むしろ早い判断は正しいのかもしれない。
ダベるだけの部活として成り立つのなら、それはそれで継続しそうな気がするけど、先輩が人数合わせで参加したことを思うに「気の合ったメンツで始めた部活」というわけでもないのだろうし。ダベるにしても、気心知れた面々でないのなら、ちょっとした緊張感のある面倒くさい空間になりそうだ。人見知りのわたしには難易度高すぎ、御免被るところである。
なら、そんな部活になぜわたしは参加しているのか、とふと考えてみた。
別に読書をする分には図書室でも構わないし……って、まあ、諸事情でちょっと構うもんだから図書室はないにしても、図書館で構わないだろう。ネット小説なんて、それこそ帰って自分の部屋で読めば済む話である。
図書予備室の鍵を開け、換気でもするかと窓を開けかけた手が、不意に止まった。
別に突如雨が降り出したわけでもないし、しばらくぶりに元カノのことを思いだしたわけでもないが(※1)……そんなネタはさておき、こうして当たり前のように先輩より先に来て、先輩を待っているわたしがとてもおかしく感じられるではないか。
それは笑えてしまうようなおかしさであり、怪訝なおかしさでもある。
……なら、いっそ徹底してしまおうか。
突き抜ければ見えるものもあるだろう、たぶん。
なぜか備え付けてあるお茶のセットでも使って(たぶん、本来は会議か何かで供されるものなのだろう)、遅れてくる先輩をもてなしてやろうじゃないか。
そんな、自分でも意図不明、経緯不明なもてなしを受けて、先輩はちょっとビックリしていた。
その後、ゆっくりと「ごくろうさま」と労(ねぎら)われて、なんとなくではあるけれど、こういうのも悪くないなと思った。
1.
ズズズと音を立てながら茶を飲む。飲みながら、わたしはネット小説を読んでいた。
携帯片手に、というのはいささか不作法であるが、そういう部活なのだから構うまい。
今日先輩が紹介してくれたネット小説は恋愛物の短編で、これはするりと読めてしまった。恋愛物は惚れた腫れたで物語が完結するものだから、短編でも充実した内容が作りやすいのかな。なかなかの逸品だった。ごちそうさまでした。
これが、先輩のメインジャンルである異世界物――冒険だの政治だの――となってくると、どうも短編と馴染まないのか長編が多く、読むのに腰を据えねばならない。
男性向け小説特有のむずがゆさにうずうずしつつ読み進め(物にもよるが、女性キャラへの違和感がね)、末に未完で「この連載小説は未完結のまま 約1年以上 の間、更新されていません。」だなどと目次にあるのを確認したときの脱力感は、なんとも切ないものがある。
東雲さんではないが、わたしは短編小説を愛しているといってよい(※2)。いや、短編でなくとも構わないから、ぜひとも完結した小説を作者のみなさんには多く書いてもらいたいものだと、読み手らしく無責任に思うところである。
手隙にランキングをぽちぽち。
上から順にてきとーに覗いていってるのだけど、いつもながらに疑問が。こういうときは、とりあえず先輩に頼ればいい。
「あの、先輩」
「なんだ」
「この小説なんですけど」
携帯を示しつつ、隣の席まで移る。
妙に姿勢良く読んでいた先輩は(先輩が言うには、これが作品への礼儀なのだとか。変な考え方である)、左肘を突いてこちらに視線をやってくる。いや、こっちじゃなくて携帯を見ましょうね。
「そいつはまだ読んでないが」
「いやいや、そうじゃなくて。感想聞いてるんじゃなくて」
「なら、なんなんだ」
「いやですね」
えっと、あれはなんと言ったか……そうそう。
「これって、どうして字下げしてないのかなと」
「字下げね」
携帯を覗き込んでから、「ああ」と一つうなずく先輩。
「作文の基本だよな。段落の最初は一マス空けましょう」
「そうですよね。横書きだからって別にルールは変わらないと思うんですよ」
ふと思いついて、元の席に置いてあった鞄から「ミサ曲 ラテン語・教会音楽ハンドブック―― ミサとは・歴史・発音・名曲選 ――」を取り出して(ちなみに、ちっともハンディでないサイズである)、開いてみせる。
「ほら、横書きでも字下げしてますし」
「まず君の鞄の中身について訊きたいところだけど、聞いてもわからないだろうからさておこうか」
やれやれと肩をすくめ、先輩は本を押し返した。
「君が趣味の話題を放り込んできたわけだし、ついでにそのジャンルで例えてみようか。君の話によると、コーラスというジャンルではそれほど音程が正確でない団体が多いんだよな」
「アマチュア団体が中心のジャンルですからね。プロでも外すときは音外しますけど」
「なら、そうした音の外れたところを指して、君はこう訊くのかな。『どうして音を外してるんですか?』とな」
「いや、訊きませんよ。実力不足か、練習不足か、集中が切れてやっちゃったか。どうせそのへんでしょうから、わかりきってますし」
わたしは目を瞬かせて、先輩を見つめた。何が言いたいのか、いまひとつ受け取れない。
先輩はお茶でのどを整えてから、話を始めた。
「つまりだな、君は同じ問いをしているんだ。わかりきったことを訊いてどうするんだ」
「え、そうなんですか、これ」
「部分的なら単なるミス。全体を通して字下げされてないなら、実力不足だよ。字下げが必要だってわかってないんだ」
え、でも、必要ですよね。これ、いいんですか?
戸惑いを隠せないそんなわたしに、先輩はやや渋い顔をして続けた。
「ネット小説はあくまで素人の文章だ。プロを基準にして、洗練されてないだなどと目くじらを立てるものじゃないよ」
「……うーん、そうですか? 先輩が紹介してくれたネット小説には、あんまりこういうの、なかったですけど」
「そりゃ、字下げもしていないような作品は良し悪しに関わらず、勧めてないからな」
なるほど。
道理で、自分で新しい作品を探す度に見かけるわけだ。
「でも、それって結局、先輩、目くじら立ててるってことなんじゃ」
「おう、そうだな」
「えー」
二律背反ではないか。
そのへんどうなのよ、と目線で訴えかけると、先輩は再び片肘を突いてこちらを見やった。いつものラフな姿勢。でも、先程のようなぞんざいな応対ではない。話に本腰を入れ始めたらしい。
「自分がどう感じたかはともかく、他人にそれを押しつけたりしないってだけの話だよ、単にな」
「うーん? 自分が正しいと思ってることを勧めるのは、そんなに悪いことなんですかね」
作者さんだって、間違ってるのを教えてもらった方がありがたい気がするんだけど。
しかし、先輩は首を横に振った。
「誰だって自分の意見を持ってるものだ。この文体だって、仮に不勉強が理由だったとしても、自分のやり方なんだ。それに他人が口出ししたって、あんまり良い結果を産まんよ。本人が必要だと思って学んだなら別だがね」
とてもイヤそうに言っていたので、気になって訊いてみると、どうもこの手の話に経験があるらしい。
文章作法――と言うらしい、この類のことを――上のミスを指摘して、訂正されなかった例が少なからずあるのだとか。
感想を書くのもそれなりに時間をかけたものであって、それが無視されるのは読者として特にイヤなところだ、とかなんとか。
「ああ、これ、前回話していたリスクの話にダブりますね。読者の指摘でミスに気づくってあの話と」
「そうだな。ただ、読者の指摘だからって、延々字下げして回るなんてのは面倒な上に虚しい作業だ。全然、これっぽっちも楽しくない作業だよ。訂正が面倒なのは理解できる。しかも、横書きの小説では往々にして改行が頻繁になされ、段落という単位で見るまでもないから、字下げをするメリットはあまりないとくる」
だがね、と先輩は言う。
「たとえば、日本人は食事の前後で手を合わせるわけだが、それに対してこう言ってる人を見かけたらどう思うかな――『いただきます? そんなのは知らない、オレはオレのやりたいやり方で食事をする』」
「あー、なんか、言いたいことがわかった気がします」
それはちょっと、なんというか、うん。微妙である。
端的に言うと、超ダサい。
「作法を守るってのは、礼儀みたいなもので、そこで活動する上では必須だと思う。だから、その点がおろそかになっている作品を君には紹介しないし、個人的に好かない。そういう話だな」
「思いっきり目くじら立ててますね、先輩」
「だってね、君。考えてもみてくれ」
片眉を跳ね上げ(こういう芝居がかった仕草が妙に上手い先輩である)、やや皮肉げに先輩は言う。
「字下げだろ。そんなに大した作法か?」
「いや、まあ、そうですけどね」
にしてもえらくトゲトゲしい先輩であった。
軽く引くわたしに、先輩は渋い顔をして冷めた茶をあおった。いや、わたしの入れたお茶が渋いみたいなんでやめてください、そういうの。
「君には改めて言う必要もないだろうが、ここでおさらいしておこうか。ネット小説でよく見かける文章作法上のミスについて」
「はあ」
いや、話すのなら聞くけども。でもおさらいってなんだ。
このテーマで話したかったのだろうな、となんとなく感じるわたし。わたしの質問が呼び水になっちゃったかな。
そんなわたしを顧みず、ホワイトボードの前に移った先輩はふんぞり返って言った。
「題して『これで初心者は卒業! 初級文章作法講座』」
「は、はあ」
キュッキュと音を立てて楽しげに題を書く先輩に、わたしは思った。
それにしてもこの先輩、ノリノリであると。(※3)
2.
ボード上部に「これで初心者は卒業! 初級文章作法講座」なるお題を書き、下にはマルイチして「字下げ」。
「では一つ目。先ほど挙げた字下げだな」
「はい」
「セリフを表すカッコや、キャラクターの考えていることを示すカッコでは段落の字下げを行わない。それ以外では一文字下げて段落を始める」
二つのカッコ、鍵括弧である「」と括弧である()を書いて、矢印。隣に「これは例外」と書き足している。
そういうところはえらく丁寧である、先輩ってば。いや、結構なことなんですけどね。
「やや特殊なパターンだが、地の文に置かれたセリフや強調したい言葉にカッコを使うことがある。地の文でこうしたカッコを使う場合、冒頭に来ると、字下げを省略する場合もある。が、この場合も字下げを行う方が正しいようだ」
ちょっとわかりづらいが、地の文――ト書きとも言うところ――の中で用いられるカッコの話である。
わかりやすく言うと、物語のド頭でメロスが激怒したとする。このメロスという人名に強調の目的でカッコを付けるなら、場合によっては字下げを省略していることもあるが、普通は字下げする、ということだろう。
ここで一つ疑問。
「はい、先輩」
「なんだ」
「この正しい、正しくないの基準はどこから来てるんですか」
「教科書に依ってる。間違ってる場合は出版社か、認可した文科省に文句を言ってくれ」
教科書通りということらしい。
無料で使えるテキストを使うのは悪くない方法だろう。そういう貧乏性なところはわたしのポリシーにも合ってるし。ただ、文章講座的な本は巷に溢れているし、そうした本も参照しなくてよいのか、と思わなくもない。
そのへんをツッコんでみた。
「教科書をなめちゃいけない。そんじょそこらの物の本より網羅的に、しかも丁寧に書いてあるぞ。基礎固めにちょうどいい」
とまで断言してから、先輩は付け加えた――「って、おじさんが言ってた」。
おいおい。いきなり信憑性がガタ落ちだよ。
「そこは許してもらいたい。物書きじゃないんでな」
「ああ、あくまで読者として、聞きかじった話だと」
「まあな。別に読者が文章作法を云々しちゃならん理由はないしな。むしろ物書きが読者に云々されていること自体が問題なんだし」
一応、言い分をほぐしてみた。
字下げに疑問を持ったわたしも読み手だし――聞くところによると、読み専なんて言い方をするらしい――、読者のみんながみんな書き手ではない。気にするのは大多数がそんな読み専たちなのだ。
書いてないやつが文句を言うな、というのは、スポーツ紙の記者に「ならお前がやってみろ」とわめき散らすスポーツ選手のようで、ちょっと道理が通らないだろう。
うーむ。整理してみると、意外にわからないでもない。信憑性の目盛りは少し上げておこうか。
「さて、それじゃあ二つ目にいこうか」
こっちの理解を待っていたようだ。相変わらず丁寧な先輩である。
次は、マルニと書いて「記号の後の空白」。
「記号ですか?」
「基本はエクスクラメーションマークとクエスチョンマーク。ビックリマークとハテナマークだな」
「ああ」
「こうした記号の後は、一文字空白を置く。たぶん、一番守られていない文章作法だろう」
題の下に書いたのは「あん! だめ、だめェ! いくゥ……!」。
おいこら、おい。
「おい、先輩」
「このように、官能小説でもきちんと作法が守られていて……なんだ」
「先輩の基準がわからないんですけど。いっつもあれだけ下ネタ避けておいて、なんで平然と下ネタを飛ばすかな」
「世間的には、官能小説というと下に見る向きもあるだろう。正しくない判断だと思うが、とにかくそうした作品でもきちんと守られている作法だ、という例示だよ。学術的見地からの話だ。下ネタじゃない」
「うわ、思っくそ屁理屈ですね……っていうか、先輩、アウトじゃないですか、官能小説読むの」
「問題ない」
自信に満ち満ちた態度で、先輩は告げた。
「例示の元ネタは『官能小説「絶頂」表現用語用例辞典』だ。官能小説そのものじゃないからセーフだ」(※4)
セーフじゃねえよ。普通にアウトだよ。
わたしの視線をスルーして、なんの問題もなかったかのように先輩は話を続けた。でも、やっぱり気にしてるのか、例は消していた。言いたかっただけなのか。そうなのかこの野郎。
「ここで記号と称したのは、世の中には様々な記号があるからだ」
「……」
「ハートマークや音符マークなど、一般的な記号は商業作品でも使われている。顔文字も近年は使用される傾向があって、タイトルにも用いられているな」
実例として「絵文字→オーフェン」「顔文字→はがない、のうりん」「顔文字タイトル→RPG W(・∀・)RLD ろーぷれ・わーるど」と提示する。(※5)
「これらの使用を各々がどう思うかはさておき、すでに一つの手法として認知されていることは確認しておいていいだろう。それも商業作品において、だ」
「…………」
「まあ、こうした特殊な記号は置いておくにしても、ハテナマークの後に一文字空白を置いているかどうかは、わかりやすい素人玄人の目安になるな」
「………………」
「……いや、まあ、唐突な下ネタは悪かったから、そうにらまないでくれ」
「わかればよろしい」
わたしが鷹揚にうなずくと、先輩は嘆息した。
「君だってネタ振りするくせに」
「何か言いましたか?」
「いや、要らない言葉だった。聞き流してくれ」
一つ首を振って気を取り直した(らしい)先輩は、確認を取った。
「二つ目の項についてはもういいか?」
「ハテナの後ろを空けるやつは訓練されたアマチュア作家だ、ってことですよね」
「ああ、もうそれでいいよ。だいたい合ってる。で、三つ目だ」
マルサン、で提示されたのは「ダッシュと三点リーダ」。
「どっちもさっぱりなんですけど。なんの話ですか?」
「横棒と点々のことだ」
ダッシュの下に「ー」「―」、三点リーダの下に「…」が書かれる。なるほど、こいつらにはそんな名前があったのか。
エクスクラメーションマークといい、先輩は妙な名前をよく覚えているものだとわたしは感心した。
「横棒は言葉を延ばす場合に用いるのが一般的だが、これには二種類あって、カッコの一種として用いるダッシュが後者だな。これは特に副題に使うことが多い。本や論文のタイトルなどで見かけるあれだ。セリフの最初や最後にダッシュを使う場合は、ある種の余韻や時間経過を表す表現として用いられている」
例示として「えー! うそでしょ!?」。実に単純な例示である。
もう一つ書き加えたのが「あなたが犯人だったなんて――!」。なるほど、衝撃を受けているその感覚が余韻としてダッシュに残っている、ような気がする。
「ここで気にしておきたいのは、言葉を延ばす場合を除いて、ダッシュは基本、二つセットで用いる点だ」
「二つ? ああ、二つ目の例ではそうしてますね」
「そうそう。二つ、ないしは三つとも聞くが、実例で見るかぎり、二つで統一して問題ないだろう」
余白に大きく「二つセットで!」。
「あ、じゃあ、三点リーダも二つセットですか?」
「察しがいいな。そう、こちらも二つセットで用いる。沈黙や余韻を表す表現だが、この両者を二つセットで使っているかどうかも、作者の腕前を判断する材料になるな。漫画では一つで使われていることも多いが、小説では二つが基本だ」
例示として「嘘だろ……」「ざわ……ざわ……っ!」。
なんというか、後者は違った表現な気がしてならないが、余韻的なものは読みとれなくもない。
「余談だが、この三点リーダというやつが曲者でな」
「く、曲者っすか」
「そうなんだよ。言いよどんでいる表現として用いるのは悪くないんだが、ページ内を三点リーダだらけにする作者が時々いるんだ。それだとクドすぎる。三点リーダが余韻として機能せず、無駄遣いしてしまっている。これは非常に素人臭い例だな」
「つまり、ここぞ、ってところで用いろと」
「その通り。漫画ではビックリマークを複数使ったりしてるし、三点リーダも頻繁に出てくる。その感覚で逐一記号や三点リーダを挿入する人もいるけど、小説と漫画は違ったコンテクストで出来ているからね、くどくなるのは避けられない」
言いたいことはわかる。
漫画はコマ割りで場面場面の重要度を整理しているけど、小説はそうじゃない。文章だけで説明しないといけない。特にネット小説は、ここぞというシーンで改ページ、という手法も使えない。(※6)
そんな小説で漫画的な過剰表現を多用してしまうと、厚化粧が過ぎると言うことだろう。
納得したわたしが一つうなずくと、うなずきを返した先輩は話を続けた。
「では、四つ目。これはやや特殊な作法だ」
マルヨンに書かれたのは「括弧内での句点の省略」。
「句点は大丈夫だな?」
「あれ、どっちがどっちでしたっけ? 句点って、ピリオドでしたっけ、カンマでしたっけ」
「ピリオドの方だ。『藤岡弘、』じゃなくて『モーニング娘。』の方だな」
句点の上に「。」を書き足す先輩。なんか、すいません。
「ここまではハッキリ正しいと言える作法について話してきたんだが、この作法は正式なものではない。慣例的なものだ」
「はあ、それで、その省略というのは」
「マルイチで二つの括弧を話に出したが、あの二つの括弧内で文が終わるとき、句点を省略できる。まあ、百聞は、だ。例を見てくれ」
そう言って括弧書きで先輩は「月が綺麗ですね」と書いた。夏目漱石ですか。わたし、死んでもいいってことは特にないですよ。(※7)
で、省略、省略……あー、はいはい、そうだ。確かに括弧の文が終わるところは、ピリオドを打たない。「綺麗ですねマル」、ではなく「綺麗ですね」。
こう、思い返してみれば、小説を読んでいて見かけた記憶がない。
なるほどね、と文例をじっと見ていたわたしに、先輩は気まずそうにぼそりと付け加えた。
「……文例は気にしないでくれ」
「え、うわ……いや、本当に引くんで、ちょっと顔赤らめるの止めてもらえますか。あ、いや、本気でしたら、その好意は嬉しいんですが……」
「そういうからかいは止めようか。本当に、止めようか。単なる文例だ」
ちぇ。なんだよ、つまんないの。
憮然としてる先輩に言いたいんだけど、わたしだって憮然としてるよ。文例悪いよ。こんなの出した先輩が悪いよ。
「仕様がないな、文例を変えるか」
「いや、続けてください。意味はわかりますし」
「……まあ、そうだな」
なぜか渋い顔をする先輩。
もしかすると、渾身のギャグを外したのかもしれないが、このギャグがどう面白いかわたしにはわからん。許して欲しい。
でも、下に書き足した(今日、曇りなんですけど……)はちょっと面白かった。一コマネタにありそうなパターンだ。捻りが足りないけど。
「この、括弧内の文末で句点を省略する慣習は、教科書でも言葉を濁している。小説なんかだとそうした例も多いよ、くらいにしか書いてないから、明らかなルールではないらしい」
「しかるべき行政機関が、喜々として設定してそうなイメージがありますけどね、そういうルールって」
「聞くところによると、官公庁では省略しない規定らしい」
なんと。じゃあ、そっちが正解なんじゃなかろうか。
「だがね、ここでの話はあくまでネット小説の話だ。素人が書くにせよ、小説の話だ。その範とすべきは商業作品の小説であって、官公庁の書類の規定ではないだろう」
「うーん。それってどうなんですかね。微妙じゃないですか?」
「そうなんだ。正直、微妙なんだ。省略するかどうかは各々の判断に任せるべきだろうな。一応、そういう慣習がある、という前提は置いておきたいが」
「ネット小説が商業作品の慣習に従う必要があるかどうかなんて、それこそ微妙ですよ」
まあな、と応えてから、先輩は一つ首をかしげ、付け加えた。
「ただ、この小説投稿サイトの名前を見ると、このへんの文章作法は踏まえておいた方がいいと思うが」
「……あー」
あー、まあ、そうですかね。
思いがけず、深く納得してしまった。
プロという意味でなる(なれる)かはさておき、とりあえず、なろうって言っちゃってるしなあ。
3.
先輩はマジックの蓋を閉めた。
「以上で終了だ。お疲れさん」
「あ、四つで終わりですか」
「細かく見れば色々あるが、大きくはこの四つ。この四つの原則さえ守れていれば、だいたい大丈夫だな。これであなたも素人作家を卒業だ」
「なんですか、そのキャッチコピー」
「じゃあ、あなたの素人臭さが脱臭されるぞ!」
「勢い付けて言われても。臭いって言われてるみたいで、なんかイヤですよそれ」
すまんすまん、と謝り、席に着く先輩。
こちらを眺めながら、最後に一つ、付け加えるように言った。
「器ばかり立派でも仕方ないが、貧相な器では美味い飯も美味しく頂けないものさ。ふさわしい器がある。それが文章作法だよ」
先輩はちょっと考えてから「作法をわざと外すのは、奇抜な器を使う店のようなものだ。作法を知らないのは、器に気をつけない店だな」とさらに付け加え、締めくくった。
器か。これがね。
わたしはもう一度ホワイトボードを眺めた。
「字下げ」「記号の後の空白」「ダッシュと三点リーダ」「括弧内での句点の省略」。
確かに、見かけるかもしれない。この四つのミスは。
ふと携帯の画面を立ち上げてみると、ページを開いたままになっていた投稿小説が見えた。字下げはさっき見たとおり、されてない。記号はまだ出てこないな。あ、ダッシュが一つだ。
なるほどね。うん、今日は普通に勉強になった。ネット小説に多い誤りを理解してどうするという話ではあるが、わたしの質問には十二分に答えてくれた。まあ、ちょっと話しすぎだし、ちょっと要らない例も多かったけど。
先輩、たぶん、こういう授業っぽいの好きなんだろうな。たまにある、生徒が教師役をするような類の授業は、喜々としてこなしていることだろう。
「……ああ、先輩」
「なんだ」
「質問に答えてくれて、ありがとうございました」
「いやいや」
お礼ついでにホワイトボードを消す係を引き受けてみた。
先輩が茶碗を片づけに出ている間に(高性能な電気ケトルがある割りに、部屋には水道がないのだ。片手落ちである)、粗方消し終えてから、ふとイタズラ心が湧いた。お茶の件といい、どうも今日はそんな日らしい。
ボードには、二つのセリフだけが残っていた。
「月が綺麗ですね」
(今日、曇りなんですけど……)
うむむ。曇りでは風情がないな。ここは「雨」に書き変えておこう。
書き直して、二人が相合い傘を差している絵を一つ。「人類は衰退しました」(※8)の妖精さん風にデフォルメしたカップルだ。せっかく上を向いてもらったし、雨をぽつぽつと描き加え、そうだな。黒雲も描こうか。黒々と塗りたくろう。
届かないのでちょっと背伸びして、雲の上に月を描く。満月だ、存分に照ってもらおうじゃないか。内にウサギさんも書いておこう。
うん、良い出来映えだ。手を伸ばしすぎて筋を痛めそうになったけど、その甲斐あって、素敵な絵ができた。
特に雲の上の月が良い。いつだって月は綺麗なんだ。曇りでも雨でも、見えたり見えなかったりしても、綺麗なのは確かなことだ。夏目漱石は良いことを言うと思う。
ただ、まあ、遠回しすぎて意味不明だけどね。実に男性らしい告白である。正直そういうロマンとか要らないから。お呼びじゃない。普通の意味でアイラブユーと言えばいいのにね。
戻ってきた先輩は、面食らった顔でまじまじとホワイトボードを眺めてから、「これは君が?」と当たり前のことを訊いてきた。
わたしがうなずくと、先輩は珍しく苦笑いらしき笑みを浮かべて、誉めてくれた。良い出来だ、と。
うん、やっぱり、悪くないと思う。
ちなみにこの落書きは、翌日ちゃんと消しました。ほんのはかない命だったけど、まあいいや。写メも撮ったしね。
わたしによるネタ・元ネタ解説。
※1
山崎まさよしの歌である「全部、君だった」の歌詞が元ネタ。
※2
森橋ビンゴ・著の「東雲侑子は短編小説をあいしている」のこと。
全三作のシリーズで、主人公・三並英太くんのシリーズ最後の告白には激しく感動したが、先輩の「こんな甲斐性のある高校生なぞおらん」という言葉に台無しにされた。この恨みは忘れない。
良い作品を紹介してくれたことでトントンにしてやる。ありがたく思え。
※3
人気長寿テレビ番組「世界丸見えテレビ特捜部」の定番フレーズである。
主に、ドッキリ番組の仕掛け人に対するコメントとして使われる。
※4
この辞典(名を記すこともはばかられるな……)はなかなか面白いらしい。
シチュエーション別に実例を示しているのだそうだが、読み進めていると、変な笑いが起こってくるらしい。
なんなら貸すぞ、という先輩の言葉に、わたしはセクハラという鋭利な凶器をチラつかせた。
※5
順に「魔術士オーフェン」「僕は友達が少ない」「のうりん」「RPG W(・∀・)RLD ろーぷれ・わーるど」。
どれもライトノベル作品である。省略形以外も念のため記しておこう。
※6
改ページが使えるサイトもあるが、ここではノベルライターにビカムしよう的なサイトに絞った話なので、省略している。
ちなみに、この改ページという手法は、「はがない」や「のうりん」が得手とする手法である。挿し絵との合わせ技で、なかなかインパクトのある表現をしてくれる。
わたしのお勧めはのうりん4の300ページほど。あれほど最低で男前なセリフもあるまい。ほんっっと最低。でも笑っちゃったよ、畜生。
※7
夏目漱石、二葉亭四迷のお二方のアイラブユーネタである。
二葉亭四迷の方は、正確には正しくないみたいだけど。まあ、所詮はネタである。
※8
そういうタイトルの作品があるのだけど、そこに出てくる妖精さんがまた可愛らしい小人なのだ。
可愛かったから、ちょっと描く練習をしてた時期がある。余談だけどね。