罠と解除方法
間違って次の話を先に上げてしまったので、急いでこの話も投稿します。
本日は二話連続投稿ですので、お間違いなく。
二人と別れてから二時間が経過した。
「すみません。僕もきつくなってきました。これ以上は……」
殆ど人間と変わらないコックルーでも、ここまで近づくとかなりきついらしい。
強風が向かい側から吹きつけてきているので、村のある谷が近いのだろう。
「ここまでで大丈夫だ。あとは真っ直ぐ進むだけだろ?」
「はい、そうなります。もう少し進むと上り坂になってきます。かなりの勾配ですので気を付けてください。道の脇には木々が生い茂っていますが、その中には出来るだけ入らないようにしてください。殺虫草は魔物にも少なからず影響を与えていますが、あまり影響を受けない魔物も存在します。言い換えれば、その臭いに耐えられる魔物は強敵だということです」
「忠告感謝するよ。じゃあ、行ってくる」
「私は殺虫草の影響がない、少し離れた場所で潜んでいます。三日は待ちますので、情報を得られなかった場合でも一度戻ってきてください」
それは事前に打ち合わせていた通りなので、今更確認することもないか。
正直、劣者である彼が一人で魔物が徘徊する場所で待つというのは、あまりに無謀だと考え、密かに蟷螂団へ警護を依頼している。
さて、他人の心配はこれぐらいにしよう。
ここからは一人だ。意識を切り替えて、神経を研ぎ澄まさなければならない。
暫く進むと、足元に変化が生じた。
緩やかだが地面に勾配がついてきたようだ。吹きつける風も強さを増している。
贄の島で北の森に生えていた木々ほどではないが、樹齢がかなりいってそうな大木が道の脇にちらほら見えてきた。
大木の足元に生えている雑草が、おそらく殺虫草なのだろう。
見える範囲の草の大半が同じ形をしている。これだけの数があるなら、昆虫人が近づけないのも納得だ。
今、歩いている道は村へ繋がっている唯一の一本道だそうで、道から逸れて森に入ると村に辿り着くどころか、抜け出すことすら困難だという話だ。
俺が進んでいるのは草が一本も生えていない、地面がむき出しの道。
異世界では人々が通るだけの道――それも、辺境の村へ繋がる道など整備されていないのが当たり前だというのに、地面が妙に滑らかだ。
整地作業をしたのかと思うぐらいに平らなのだ。いや、正確には少し湾曲している。道の中心部が凹み、両端は少し盛土をしている。
道幅は俺が横に三人寝転んでも少し余裕がある。長さもかなりあるだろう。
傾斜角度が徐々にきつくなり、少し前かがみにならないと歩くのが困難になってきている。
整備されている地面に足を踏み入れてから、かれこれ20分は過ぎている。
地面は不自然なぐらいに真っ直ぐ伸びている。これだけの距離を進んだが道も相変わらず綺麗なままだ。
「人口百人程度の村で、これだけ大掛かりな整地作業が可能なのか?」
しゃがみ込み、地面に手を触れるが硬く押し固められたような感触がする。
これはあれかな……。
思い当たることはあるのだが、確信が持てないので保留だ。
兵士たちが様々な罠にかかったとの情報を得ているが、今のところ罠が発動した気配はない。
尤も、見えない細さの糸を何本も先に進ませ、地面や進路方向を念入りに調べているので、罠があったとしても回避する自信はある。
これだけの強風が吹きつけてくる状況。風上から矢でも放てば射抜きたい放題だろうに。実際、昆虫人の多くが風上からの矢で射殺されたという情報を得ていた。
さて、そろそろ罠なり、攻撃を仕掛けてくるなり、何かしらのリアクションがありそうなものだが。
そんなことを考えながら進んでいると、先に進ませておいた糸に何かが触れた。
丁度足首の高さに張られた紐がある。地面の色に合わせているので、注意深く見ていないと引っかかるかも知れないな。
俺も良くやる紐や糸が引っ張られたら発動する系統の罠か。
敵に回ってみて初めてわかるが、やられると面倒臭いな。糸使いが無ければ普通に引っかかっていそうだ。
このまま、罠を無視して進むか、あえて起動させてみるか……触れた途端に相手に侵入が伝わる情報伝達系の罠の可能性もある。
それならば、触れずにいた方がいいのだが、同じ罠を活用するものとして非常に興味がある。ここは罠に飛び込んでみよう。
勿論、俺が自ら踏むのではなく、こんな時の為に用意しておいた、キビトさん一号に頑張ってもらうことにする。
アイテムボックスから等身大の丸太を抜き出す。この丸太、ただの丸太ではない。細長い丸太を四本手足のように繋いでいる。
それに糸を繋げ、人間のように手足を動かし、ぎこちない動作ではあるが歩かせる。
俺は木に登り、枝の上から操りながら様子を窺う。
キビトさん一号は予定通り、罠であろう紐に足を引っかけた。
鳴子のように音が鳴るという訳でもなく、これといった変化は見えない。
罠が不発だったのかと、内心がっかりしていると……耳に何かが届いてきた。
何か重い物がすれ合うような音が聞こえたと思うと、乗っている木の枝が微かに振動する。
「これは、王道の……」
徐々に大きくなる騒音と振動に恐怖を覚えるよりも、期待感が増していく。
目を凝らし道の先を見つめていると、小さな点が見えた。
それは、次第に大きくなり、何であるか完全に見極められる距離まで迫った時は、かなりの速度に到達していた。
粉塵を巻き上げ、地響きを響かせ迫るのは――球体の巨大な岩。
その岩は道の中央でぼーっと突っ立っているキビトさん一号を容赦なく粉砕し、速度を落とすことなく俺の前を通過して、下へと転がっていった。
地面が綺麗に均されていたのも、この岩が転がった結果もあるのだろう。
一本道からの岩転がし。単純だが効果のある攻撃だ。
にしても、今の岩は真球に近かったな。転がりやすく岩を丸く加工するというのは理解できるが、あそこまで真ん丸にするのは手間がかかりすぎる。
使い捨ての罠に、そこまでするものか?
となると考えられるのは、村には土使い、もしくは土魔法の使い手がいる。
面倒だな。土使いの有能さは……ゴルホから教えられた。
「さて、気合を入れ直すか」
アイテムボックスから新たなキビトさんを取り出すと、一号と同じように先導させた。
二号、落とし穴に落下。
三号、設置されていたボウガンのような物に針鼠にされる。
四号、上空から降ってきた液体を全身に浴びて緑色に染まるが無事。どうやら、殺虫草を絞った液体のようだ。
そのまま前進を続けるが、再び落とし穴が口を開け墜落。
五号、六号、七号、八号と破壊され続ける。罠を一切回避しないので、消耗が激しい。
キビトさんの在庫もつきそうなので、いい加減罠に引っかかるのはやめようかと考えていると、
「まさか、この罠を抜けて訪れる者がいるなんて……者? んー、木の魔物か。面倒だな」
戸惑う声が響いてきた。
かなり村に近づいていたようだ。道の先に多くの人が並んで立っている。
男ばかり十数名。老人はいないようだが、中学生ぐらいから五十代らしき男性の姿も見えた。
手には鍬や木の棒、お手製の槍らしき物を構えているが、動きがぎこちなく素人感が溢れている。顔には怯えの色が広がり、反乱を考えている村人にしては覇気がない。
自主的に反乱を企てたというよりは、誰かに扇動されていると考えるべきか。
一人目立つ格好の奴がいるな。一歩前に踏み出しているところから見て、声を発した者だろう。
歳の頃なら、二十歳前後か。やせ気味で、前髪が長く目元が完全に覆われている。
格好は白のロングコートと言うよりは、白衣だろうか。足元には既製品のシューズを履いている。日本人なら誰もが知っているメーカーのロゴも見えた。
「転移者で間違いなさそうだ」
どう見ても強そうには見えないが、転移者なら何かしらのスキルがあるのだろう。
そして、自信があるから前に進み出ている。
「ああいう魔物は、この世界に多いのか?」
「い、いえ、賢者様。私らも初めてみます」
他の村人にも確認を取っているようだが、全員が首を横に振っている。
まあ、土屋紅オリジナルのキビトさんだから見覚えが無くて、当たり前なのだが。
それにしても賢者様か。中々痛々しい呼ばれ方をしている。相手が勝手に呼び出したとは思うが、自分から賢者を名乗っているのであれば神経の図太さが尋常じゃないな。
「言葉が通じているのか? それとも……こういうのが一番面倒だ」
取り敢えず、何かしらのリアクションをしておいた方がいいか。
キビト君九号は、他のキビトシリーズと違い肩、肘、膝に球体の関節が存在するので、それなりになら人間らしい動きができる。
頭を右手で掻き、相手に頭を下げるような動作をさせておく。
予想外の低姿勢ぶりに、村人が騒めいている。
こうやって時間を稼ぐのはいいが、問題はこの後だ。
糸で操りながら、キビトさん九号に村を調べさせるという手もありはありだが……糸の存在に気づかれてしまうだろう。
このまま何もせずにキビトさん九号には退いてもらい、闇夜に乗じて潜入するというのが妥当かもしれない。問題は相手が少なからず警戒している状況なので、少し厄介だな。
今のところは糸の存在に気づかれていない。距離もまだ結構離れている。
相手が軽い混乱状態のうちに回収するか。
キビトさん九号にペコペコと何度も頭を下げさせると、背を向けそこから撤退させる。途中何度も振り返り、手を振るという芸の細かさも見せておく。
このまま遠ざかり、ある程度距離を進んだら道から逸れて木々の間に紛れ込ませるか。そうしたら、不自然でもないだろう。
順調に離れていくキビトさん九号だったが、突如その体が燃え上がった。
炎により糸が焼け落ち行動不能となり、前のめりに倒れ込む。その背には何本もの矢が突き刺さり、キビトさん九号は燃え続けている。
風上からの火矢か……この追い風だ、矢の飛距離も伸びているのだろう。強風の中でも火が消えないのは、火矢の先に油を染み込ませた布でも巻いているのか。
「ふん、私が怪しい魔物を見逃すわけがないだろ。やれやれ、罠も張りなおさないと……面倒極まりない、ああ面倒だ」
どうやら、白衣の男の口癖は面倒らしい。
敵対する意思のない相手を後ろから襲う……いい性格をしている。
神経質そうな顔でぐちぐちと今も愚痴を零している。それを周囲の村人が必死になって褒め称え持ち上げている。
このやり取りを見ているだけでも、性格の悪さが滲み出ているな。
どんな力があるのかはわからないが、この白衣の男は村人を力で支配している。物理的な力なのかスキルの力なのか、それとも別の何かがあるのか。
確定事項が無いので、勝手な予想で決めつけるのはやめておこう。
都合のいいことに白衣の男が何人か引き連れて、道を下っていくようだ。罠の修復でもするのだろう。
姿を隠したまま、観察を続けさせてもらうとするか。