料理と神話
「一見、肉の塊に衣をつけて焼いたように見えるな……ソースも何もないけど、このまま食べろと?」
簡素な革鎧を着こみ、頭にはカボチャを乗せた様な大きな帽子を被った若者が、不安そうな視線をこちらへと向けている。
中性的で年齢より幼く見える青年の怯えた表情と言うのは、一部の女性には受けそうだな。
こういう外見の相手を何ていうのだったか。確か乙女ゲー好きな女友達がこんな感じのキャラクターに対して言っていたな。ああ、思い出したショタ系だ。
「土屋さん。私は肉類が苦手なのですが。少量なら食べられますけど」
「ああ、ショミミのは根菜を丸めて揚げた物だから大丈夫。ジョブブに食べられる物と食べられない物を事前に聞いていたから、いける筈だよ。乳製品は問題ないって話だし」
バッタ族のショミミでも食べられるように、挽き肉が入ってないコロッケにしておいた。
「私のは、案内役の彼と同じようね」
「キマリカは肉も平気なんだろ? だったら、試しに食べてみてくれ」
三人は複雑な表情を浮かべながら、渋々と言った感じで料理を口へと運んでいく。
案内役の若者が男の意地を見せつけるように先陣をきって、口内に半分まで侵入している肉の塊を噛み千切った。
「はうぅっ」
半分に裂かれた肉の断面から、閉じ込められていた肉汁が飛沫となって前方に飛び散る。
「えっえっ、何だこの溢れ出す液体は……口の中に何とも言えない濃厚な味が広がる。衣をつけて、ただ焼いただけに見えたのに、噛めば噛む程、濃厚な味わいの汁が溢れ出てくるじゃないかっ!」
一気に飲み込んだ若者がこちらに慌てて視線を向けている。
「それは肉汁だよ。表面をコーティングすることによって、旨みのエキスでもある肉汁を内部に封じ込めたんだ」
「しかし、それだけではこの味が成り立つとは。ソースが一切かかっていないというのに、肉からはしっかりとした味付けが」
ああ、その事か。異世界だからそういった概念がなかったのだろうな。
「それはね、肉に予め下味をつけたんだよ!」
「し、下味をっ!?」
「そうさ、先に作っておいたタレに食べやすい大きさに切った鳥の肉を入れ、暫く漬けていたのさっ」
「まさか、そんな料理方法が存在するとは。それに、これ程、分厚い肉の塊だというのに中まで火がしっかり通っている。焼いて火を通すにしては、料理時間がそれ程かかっていなかったようなのだが。それにじっくり焼いたにしてはパサパサになっていない」
彼は中々わかっている人のようだ。実際自分でも料理をするのだろう。指摘が的確だ。
「料理方法が焼くではなく……揚げるだからね」
「あ、揚げるっ!? あの大量の油はその為にっ!」
驚愕のあまり両腕を天高く上げ、まるで万歳をするかのようなポーズのまま、後方へと倒れた。その顔は幸福で緩み、目もうっとりとしている。
そんな彼に満足しながら、俺はショミミに視線を移した。
黙々とコロッケを食べていたショミミは俺と目が合うとにこりと笑い、
「あ、このコロッケ? 美味しいですね。サクサクで。後でレシピ教えてもらっていいですか」
喜んではいるようだが、結構普通の反応が返ってきた。
内心少しがっかりしながらも、次はキマリカへ顔を向ける。
「まあ、普通に美味しい方なのでは? 高級レストランには劣りますが、安い定食屋ぐらいは何とか。あ、期待されているのであれば申し訳ないですわ。私は彼のようなノリはできませんわよ?」
まだ倒れている彼をちらっと確認したキマリカは、大きなため息を吐いた。
「まあ、普通そうだよな。いや、美味しかったらそれでいいんだ。コックルー、協力ありがとう。もういいよ」
「あ、もういいんですか。いやー、楽しかったですよ。僕こう見えて劇団に入っていまして、リアクションには定評があったんです」
「おかげで楽しめたよ。やっぱり、異世界に来たのなら一度は料理で活躍したいよな」
今回の茶番劇は予め、大袈裟に反応してくれとコックルーに頼んでいたことだった。こんな馬鹿げたことに付き合わせたのには、一応理由はある。
異世界転移のジャンルで定番と言われている展開。
まずは、チートと呼ばれる高性能スキルを貰って無双。これが一番多いのではないだろうか。
次に使えないと思ったスキルが実は凄い能力だった。不遇職、使えないスキルだと思わせておいて実は――とんでもなく強い! というのも良くある流れだろう。
後は、頭の良い人が地球の兵法を利用して軍師として活躍。
錬金術師のように何かを作り出す能力を有効利用する。と言った作品が多く見受けられる。
そして、意外と多いのが料理人として活躍する話だ。異世界は料理があまり熱心に研究されていないので、日本で当たり前に食べられている料理を作っただけなのに、異世界人に感動され、もてはやされるという流れ。
そう……それを、俺は一度試してみたかったのだ。
贄の島では、俺たちより先に転移させられた者がいたので、オーガ村でも多種多様な料理があり、腕を振るう機会はなかった。
ならばと、この大陸で料理を披露し、異世界人に感動を与え、好評であれば露店を引いて世界各地を回るという展開もありではないかと、そこまで夢想していたのだ。
だが、実際蓋を開けてみれば、この世界は料理が美味しい。
この島まで連れて来てもらった船で食べた料理も魚介類が豊富で、出汁がでていて満足のいく味だった。
砦で出された食事も品数は少なかったが量も多く、味も堪能させてもらった。
予定と違い、普通に美味しい食事を前に俺は思わず、料理をおごってくれたゴフリグ隊長に本音を漏らしてしまう。
「予想外に、美味しいな……」
「当ったり前だろ。食事は生きるうえで大切なことだ。それを疎かにしてどうする。それに、ここは砦だからな。娯楽も少ない。なら、せめて美味いものを食いたいと思うだろ。専任の料理長も雇っている。国境を守る要だからなここは。補給物資も充分に行き渡り、料理にも拘れるってもんだ」
言われてみれば、その通りか。
現代日本に比べたら娯楽の少ない世界だ。簡単に満たすことのできる食欲を重要視してもおかしくはない。
後に知ったことなのだが、あの砦で活躍している料理長の腕でも首都では、それ程、活躍できなかったそうだ。以前は料理店を経営していたそうだが、あまり繁盛しなかったらしい。
この世界で料理によって活躍したいなら、それこそ日本で繁盛している店の料理人レベルでなければ厳しいようだ。
ちょっと、料理が好きで土日は自分で作っている程度の俺では手も足も出ない。
異世界料理無双は夢想で終わるか。まあ、これも、食文化が未発達の異世界だったら、俺の望みも叶ったのだろうな。
日本だって江戸時代やそれより先の時代で、現代日本と同じ料理店があったら繁盛するだろう。外国の料理なんて当時の日本人にしてみれば異世界料理のようなものだ。
料理で活躍する未来を少しだけ夢見ていた俺はそれでも諦めきれず、その雰囲気だけでも一度味わいたいと考えた。
そこで、今回、反乱を起こした村への道案内をしてくれることになった、昆虫人のコックルーが明るくノリのいい人だったので、自己満足の為に、一芝居してもらう約束を取りつける。
……流石に、ここまでノリノリでやってくれるとは思わなかったが。
起き上がったコックルーは、頭から落ちた帽子を被り直し、白く輝く歯を見せ笑顔を見せる。帽子を失った頭には二本の触角が見えたが、それ以外は人間と殆ど変わりない。
今回、反乱を起こした人間の住む村への道案内役に選ばれたのがコックルー。
殺虫草が群生しているので、普通の昆虫人では近づくのも辛いらしく、劣者である彼なら人間に近いので影響が少ない。
劣者である彼は事前に聞いていた通り、人間にしか見えず、帽子を被っていたら昆虫人とは思えない。
「でも、お世辞抜きで美味かったです。まあ、うちの料理長には敵いませんが」
だよな。俺もそう思う。
コックルーのリアクションを見て満足していたが、自分はまだ食事をしていないことを思い出し、料理を口にする。
ああ、普通に美味いな、から揚げは。
好物を口にしながら、俺は今後の見通しに頭を悩ませている。
偵察を頼まれた村まではまだ距離がある。本来はコックルーと二人で向かう予定だったのだが、キマリカとショミミが付いてくることになった。
二人は昆虫人なので村の近くまではいけないが、ギリギリまでお供したいとのことだったので、受け入れることにした。キマリカは兎も角、ショミミは意外と頑固なので説得するのは時間の無駄だと判断しただけだが。
この世界の常識や、まだ得ておくべき情報もあるので、彼女たちには道すがら情報収集に付き合ってもらっている。
「あ、そうだ。全員に訊いておくけど、闇属性の魔法に詳しい人に心当たりはないかい?」
「う、うーん。すみません、田舎の村なので、そういうのはちょっと」
ショミミが申し訳なさそうに頭を下げている。
「昆虫人は魔法が苦手ですからね……生憎、心当たりがありませんわ」
鎌の手で頭を掻きながら、キマリカが頭を捻っている。
「申し訳ありません。僕も、わからないです」
隊長も知らなかったのだ、下っ端のコックルーが知る由もないか。
魔法については、やはり昆虫人に期待をするのはやめた方がいいな。桜の状況は魔法やそれに準ずる呪いのようなものだと考えている。それを解く鍵があればと思ったのだが。
ダメで元々、こっちも訊いておくか。
「なら、呪いについてわかることは無いか。闇属性やそれについての伝承でも構わない」
そう言うと、三人がほぼ同時に顔を見合わせた。同時に何か思い当ることでもあったのだろうか。
「あ、あの。私たちが闇属性と呪いと聞いて真っ先に思い浮かべるのは――闇と光の神々の戦争です」
何故か、少し身を縮ませて、おずおずとショミミが口にした。
「あー、確か大昔に神々の争いがあったとかいうお伽話だったか」
オーガの村で少し聞いたことがあったな。良くある神話系の話だったので聞き流していたが。
「ええ。この大陸に住む者なら誰でも知っている物語です。少し長くなりますが、聞きたいですか?」
「他にすることもないし、良かったら聞かせてくれるかい」
旅路の良い暇つぶしになるだろう。
「はい。遥か昔、この世界には二人の神が存在し、我々を見守ってくれていました。光の神は喜び楽しみといった、正の感情を司る神でした。そして、闇の神は怒り哀しみといった負の感情を司る神でした」
光と影。陰と陽。対照的な神か。うんうん、定番の流れだよな。
「二神はお互いに尊重しながら、この世界のバランスをとっていました。だが、平穏な日々は続きませんでした。闇の神が楽しいことばかりをしている光の神に嫉妬し、光の神を滅ぼそうと考えたのです」
何というか、闇の神は極端だな。それに、嫉妬にしては行動的過ぎるだろ。 あ、キマリカが離れたところでヘルハウンドの群れに突っ込んでいる。
本来なら助けに行かなければならない数なのだが、何度かキマリカの戦いぶりを見ている俺たちは全く心配していない。
有名な傭兵団という肩書は伊達ではなく、舞うように相手の攻撃を避け、鎌を振るう度に相手の首が胴体と切り離されていく。
鎌の部分は骨と皮膚が一体化しているそうで、切れ味は鋼鉄をも上回るそうだ。
おまけに、カマキリ族は風使いのギフトを所持しているそうで、風を体に纏わすことにより矢等の遠距離攻撃を逸らすことも可能らしい。
攻撃の際に風を飛ばすこともできるらしく――お、今から見せてくれるのか。
まだ相手との距離があるというのに振るわれた鎌の斬撃は風を纏い、間合いの外にいるヘルハウンドを両断している。
一切危なげのない戦いだ。放っておいても大丈夫か。
ショミミもちらっと視線を向けただけで、平然と続きを口にしている。
「光の神もむざむざ倒されるつもりはありません。配下の天使や光の従神を率いて闇の神に抵抗しました。闇の神も下僕である悪魔や魔物たちを操り、この世界を巻き込んだ戦争が始まったのです。その戦いは何十、何百年も続いたと言われ、最終的に光の神は闇の神を幾つもの体に引き裂き、別れた体をこの大陸の様々な場所に封印しました」
光の神が勝つのか。この大陸を見ている限りでは闇の神が勝利を収めていそうなのだが。
「光の神も闇の神を封印するのに全ての力を使い果たし、長き眠りについたと言われています。大地に封印された闇の神の欠片は、今も光の神を呪い、怨嗟の声を上げ続けているそうです……これが、世に言う、闇と光の神々の戦争です」
こう言ったらなんだが、何処かで聞いたことがありそうな、オリジナリティーが感じられない物語だ。
こういう話は封印で誤魔化すのが多い傾向があると思う。ちゃんと、光の神が滅ぼしておけば、スッキリするのだが。
「今も各地には闇の神の体が眠っていて、その影響でこの大陸には闇の靄が噴き出していると言われています」
そう言われると、創作された話だとは思えなくなるな。
実際、こうして大陸には常時闇が吹き出ている。そして、ダークゴブリンや闇の影響を強く受けているであろう魔物も存在している。
精神感応を発動させたときも、例えようのない負の感情の塊が蠢くような感覚があった。ただの物語だと、安易に考えるのは止めた方がいいかもしれない。
「そうそう、その話の補足のようなものなのだけど、ダークゴブリンや闇属性の魔物は闇と光の神々の戦争で、闇の神側についた魔物の生き残りって話よ」
一方的な虐殺が終わり、戻ってきたキマリカが追加説明をしてくれた。神話の信憑性が増した気がする。
何でもありの異世界だ。地球の神話とは成り立ちが違うのかもしれない。実際、神と自称する女教師もどきの存在も知っている。
神々の戦争が実際に起こっていたとしても不思議ではない。
そんなことを考えながら暫く進んでいると、二人の様子がおかしくなっていた。
「あっ、そろそろ、きついかもしれませんわ……」
「すみません、私も限界が……」
口元を布で覆っている二人の顔色が悪くなっている。
どうやら、村の周辺に群生している殺虫草の匂いが流れてきているようだ。
俺も意識して嗅いでみるが、さっきまでと変わらないように感じる。
「お二人はここで、離脱した方がいいと思われます。僕はまだ大丈夫なので、村の近くまで同行します」
コックルーに従うべきだな。これ以上は二人の身も危険だろう。
「二人ともありがとう。ここまででいいよ。キマリカこれが追加の報酬だ、受け取ってくれ」
大きな色付きの魔石二つをアイテムボックスから取り出し、手渡しておく。
顔色は悪いが、目元が嬉しそうに弛んでいる。
「この代金は、ショミミを無事に送り届けることも含まれているから忘れずに」
「承知しておりますわ。お任せくださいませ」
お金が絡んだ場合のキマリカは信頼できるだろう。ここで彼女を見捨てれば俺との縁が切れることぐらい、彼女なら理解している。
「残念ですが、これ以上は足を引っ張ってしまいますね。土屋さんが無事お帰りになるのを、ずっと、ずっと待っています。決して、無理はなさらないでくださいね」
純粋な好意を向けてくれる彼女に俺は小さく頷いた。桜がいなければ彼女と付き合う展開もあったかもしれないが……今の俺には関係のないことだ。
「じゃあ、二人とも……またな」
二人に背を向け俺はコックルーと共に前へと進む。
背中に視線を感じるが、振り返ることはなかった。