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昆虫族の能力

 砦の中は意外と快適で急造された建築物だというのに、内装や設備にも不備は見当たらない。

 国境の要となる砦なので飾り付けられてはいないが、物が少なく清潔感がある。

 この砦に在中している兵士の九割がゴキブリ族と訊いていたので、彼らのベースとなった昆虫のイメージが先行して、汚いであろうという思い込みがあったのだが……反省しなければならない。


「ここだここだ。お前らは下がっていいぞ」


「隊長! 一人では危険すぎます!」


 隊長室と共通語で描かれた扉の前で、隊長であるゴフリグと兵士たちがもめている。

 まあ、得体の知れない人間の道具も奪わずに一対一で会話する。警戒して当たり前だよな。


「おいおい、お前ら誓いを忘れていないだろうな。ゴキブリ族の誓いは絶対だ。丁重に扱うと決めたのだ。それに、お前らに心配される程、俺の腕は落ちぶれてないぞ?」


 そう言われると、言い返すことができないようで、渋々だが彼らは引き下がった。


「すまんな。まあ、入ってくれ」


「わかった」


 兵士たちの視線を背に感じながら俺は開け放たれた扉から中に入る。

 中は隊長専用であろう机と椅子が一式。壁際に本棚。

 来客用らしきソファーと長机があるだけで、殺風景な部屋だった。

 後ろ手で扉を閉め、いざという時のことを考慮して隅から隅まで観察を続ける。


「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうだ」


 足首に巻き付けてあった糸でソファーとその周辺を探り、何もないことを確認すると静かに腰を下ろす。


「かなり警戒心が強いようだな。結構、結構」


「相手を疑わなければ生きていけないような環境だったからな」


 生きていくことだけで精一杯だった贄の島での出来事を忘れることはない。

 辛い日々だったというのに、あの生活を懐かしむ自分がいることに少し驚いている。


「ほう、それは興味があるな。まあ、尋問とは銘打っているが実際はただの雑談だ。あまり、警戒せんでいいぞ。さて、話せる範囲で構わないが……まずは、名前を教えてもらえるか」


「土屋紅だ」


「ツチヤクレナイか。少し変わった名だな、まあいい。では、素性とバッタ族と共にいることとなった経緯でも聞かせてもらおうか」


 さて、ここからが問題だ。

 転移者であることは……当たり前だが伏せておく。定番の島からここに流れ着いた設定でいいだろう。嘘ではないからな。

 バッタ族の出会いを説明するなら……ガレー船から助け出した場面も必要だが、そこは適当に誤魔化そう。相手が突っ込んできたら正直に話すか。

 逃げる道中の話は協力して罠を張って撃退したことにしておく。これはバッタ族にも言い含めておいた。

 蟷螂団との関係は、気まぐれにより助けて貰ったことになっている。

 一応、打ち合わせもしておいたので彼らの供述と食い違わない筈だ。


「ええとだな――」


 頭の中で組み立てておいたシナリオ通りに、事実を交えた話を口にする。

 誰かが言っていたのだが、嘘を吐く場合、真実を混ぜることにより信憑性が増すと。

 言っておくべきことを全て伝え終わり、相手の反応を窺う様に視線を向ける。

 ……何度見ても、ゴキブリだな。巨大なゴキブリが腕組みをするという違和感が目について、相手の精神状態を察することもできない。

 失礼な話なのだが、直視するのもちょっときつい。

 この大陸には獣人もいるようだが、そっちであれば抵抗なく受け入れられるだろう。どうしても昆虫が混じっていると嫌悪感と言うか、生理的な拒絶反応が前に出てこようとする。


「バッタ族と共に追手を振り切ってきたというところだけは、納得できたな」


 中々鋭いようで。

 こういう相手は敵に回すべきではないが、真実を打ち明ける程、信頼のおける相手ではない。


「まあいい。色々都合もあるだろう。土屋よ、今後どうするつもりだ? セグバクトインへ入国したいのであれば、少々難しいが考慮する余地はある」


 どうしたいかと問われてもな。予定ではバッタ族と同じくセグバクトインの首都にでも向かい、呪いを解く情報収集をする予定だったが。


「未だに判断しかねているところでね。こちらからも質問をしていいか?」


「構わんぞ」


「セグバクトインで魔法や、その類いの知識が豊富な者はいるか?」


 俺の目的は呪いを解く方法。別に昆虫人の国を観光したいわけでもない――まあ、怖いもの見たさで、それなりに興味はあるが。


「ふむ。昆虫人というのは昆虫の特徴を受け継いでいる為、身体能力が優れている。それは知っているか?」


「ああ、それはジョブブたちから聞いた」


「それに加え、それぞれの昆虫の特徴に付随したギフトを生まれつき得ることができる。魔法に関しては、飛行能力に長けた一族が風使い。土の中に潜る生活をしていた昆虫が元となっている者は土使いといった感じで、使い手と呼ばれる存在はいるが、魔法を発動できる者はいない」


 使い系と魔法系のスキルは、スキル表で選ぶ時に目を通したので理解はしている。

 大雑把に言えば、無から魔力により生み出すことができるのが魔法。

 そこにある物を利用して、操ることができるのが使い手と呼ばれる、風使いや、土使いといった能力。


「昆虫人は魔法が使えないのか?」


「ああ、そうだ。その代わり、優れた身体能力と多種多様なギフトが生まれつき与えられているがな」


「ちなみに使い系の能力は、風と土のみか?」


「いや、ごく一部だが水使いもいるぞ。火使いの昆虫人はいないとされている」


 火を操る昆虫か。確かに、俺の知識にもそんな昆虫は存在しない。俺が知らないだけで、実際はいるのかもしれないが。いたとしても、かなりのレアだろう。

 『闇使い』が存在するのなら、話を聞いてみたかったのだが、その類いもいないか。


「じゃあ、魔法に関しては詳しくないのだな……なら、獣人はどうだ? 奴らも魔法は使えないのか」


「奴らも昆虫人と似た体質だからな。元となった獣の能力を受け継ぎ、相応しいギフトも所有する。奴らも、風使い、土使い、水使いはいるらしい。ただ、ある程度は魔法が使える者も存在する。一説によると動物と人間は昆虫に比べて近い存在であるから、人間が使える魔法の才能を持つ者も産まれるとかどうとか」


 昆虫族よりかは可能性がありそうだが、あまり期待はできないか。


「魔法に関して調べるなら、昆虫人と獣人は当てにはできないということか」


「何が目的かは知らんが、魔法に詳しい者を探すならば人間……もしくは、魔族だろうな」


 魔族は昆虫人や獣人を作り出した存在だ。友好的な関係を結べるとは思えない。

 となると、人間になるのだが。

 そういや、人間で思い出した。


「兵士たちが人間に対して、嫌悪感を抱いていたようだが、理由を教えてもらってもいいか?」


「それか。まあ、隠すような事でもないか。砦を抜けて川沿いを一週間ほどかけて北に進むと、人間だけが暮らす村があってな。そこは、昔から昆虫族と薬草の取引をする間柄だったのだ。まずまず良好な関係であった筈なのだが、二か月ほど前になるか。いつものように道中の護衛に少数の兵士を引き連れて、商人が馬車で向かったのだが、誰一人帰ってくることが無かった。不審に思い十名の兵士を向かわせたのだが……戻ってきたのは、たった一人だけだった」


 その時のことを思い出したのだろう、苛立ちを隠そうともせずに、指で机を何度も叩いている。


「話によると。迎えに来た村人に、兵士と商人が病にかかり療養中だと聞かされ、向かったところを不意打ちされ、命からがら逃げだしてきたとの事だ。人間の思わぬ反逆に、昆虫人としては怒り心頭で、次に百人以上の兵を送り込んだのだが……罠にはまり四分の一近くの兵を失い撤退した」


「色々とおかしな話だな。何で、その村は昆虫人に敵対したんだ。実は、迫害を受けていたとか」


「いや、そんなことはない。そもそも、この大陸にいる人間の殆どが奴隷扱いされているという現状があるにも関わらず、昆虫人は村の存在を認め薬草を買い付けているのだ。税金が少し多いと嘆かれることもあるが、村の危機に関しては兵を送り守るという確約を結んでいる。それは、村人も納得済みだ」


 少しの不満はあるが、急に敵に回るほど険悪ではなかったと。ゴフリグ隊長の言い分を全て信じるなら、という前提条件が付くが。


「まだおかしな点はある。そこの村にはかなりの猛者でも存在するのか? 罠にはめたとはいえ、警戒して向かった三度目の兵士たちを返り討ちにしたのだろう」


「いや、特に能力に優れた人間はいないらしい。平凡で、大人しい村人ばかりだと聞いていた。人口も百人に満たないとの話だ。何故、このような展開になったのか皆目見当がつかない」


 税の取り立てや昆虫人の対応に不満が募り、ついに爆発した。という動機なら思いつきもするが、だとしても、ここまでの敵対行為に踏み切るものだろうか。

 何らかの起爆剤――罠にはめ撃退する程度の頭脳はある人材を手に入れたというのが妥当な考えだろう。それにしても無謀な判断だと思うが。


「次はいつ進軍する予定なんだ」


「それなのだが……暫くは見合わせている」


 意外だな。相手の手の内は伝わっているのであれば、今度こそ楽に勝利を収められるはず。

 策というのは相手が知らないからこそ有効なのだ。手を知られてしまえば効果は激減する。同じ罠は通用しなくなるので、次々と新しい策で迎え撃たなければならない。

 俺が策にはめられるのも相手が能力を知らないからだ。全部知り尽くされた状態で、罠にかけるなど至難の技だろう。


「何故だ? 慎重に行動すれば今度こそ勝てるだろうに」


 堅固な要塞でもあれば話は別だが、ただの村なら木の塀で囲むぐらいが精一杯。

 ちゃんと対応策を考えて行けば、容易く勝てると思うのだが。


「それがだな。村へ繋がる道にいつの間にか、キラセプを植えていたのだ」


「キラセプ?」


「ああ、別名を殺虫草という。虫除けの元になる草なのだが、その草から放たれる臭いを嗅ぐと昆虫人は目眩、吐き気、頭痛に襲われるのだ。それが村まで続く一本道の周辺に、みっしりと植えられている。正直、村まで辿り着くことすら困難なのだ」


 一応、対応策はあるのか。

 だが、そんなものどうとでもなると思うのだが。


「ならば、除草するなり燃やすなりすればいいのじゃないか?」


「そこは、殺虫草の厄介なところでな。切ったり燃やしたりすると、その匂いが増すのだ。それこそ、死者が出るぐらいにな。おまけに、村は谷の合間にあるので強烈な風が常時、吹き下ろしている。火をつけても直ぐに消え、臭いは風下にいる我々へ届くことになる」


 立地条件を見据えた上の行動。

 昆虫人相手なら強気に出られる条件が整っているようだが、敵対して庇護下から離れて、村は存続できるものなのだろうか。

 食料や生活必需品といった疑問が頭に浮かぶが、俺が口出す権利もないだろうと口には出さなかった。


「国としては反逆の意思を見せた村を放っておくわけにもいかないのだが、今のところ打つ手が無くてな。少なくとも、殺虫草が枯れる冬までは現状維持となっている……かなり、上からせっつかれてはいるがな。どうしようもないものは……どう……ん……ああ、そうか」


 諦めきった口調だったのだが、何かを思いついたらしく四つの手を打ち合わせている。

 ゴフリグ隊長の昆虫の目がじっと俺を見つめている。今回も、嫌な予感しかしない。


「土屋、我々に協力してくれないか。報酬は出す」


「予想はつくが、言ってみてくれ」


「あの村を調べてきてほしい。同じ人間なら相手も油断するだろう。土屋ならば、殺虫草の影響も受けぬ。別に問題を解決してくれだとか、村を壊滅させてくれとは言わない。少しでも情報が欲しいのだ」


 国の隊長格に恩を売る絶好のチャンスではある。

 『隠蔽』のスキルを得ている自分なら、忍び込むことも逃げ出すことも、そう難しいことではない。危険と判断すれば、直ぐに逃げればいい話だ。


「もし、受けてくれるのであれば、セグバクトインへの入国許可書を出そう。それに、魔法について詳しい者も調べておく。どうだ?」


 条件は悪くないどころか、好条件だ。

 受けておくか。戦えと言うなら話は別だが、調べるだけなら何とかなるだろう。

 慎重な行動を心掛けているが、勝負どころを誤っては意味がない。


「わかった。その依頼受けるよ」


「おお、そうか! 助かった、感謝する!」


 そう言って差し出された、テカテカと黒光りする手を握り返すのを少し躊躇ったが、失礼が無いように強く握りしめる。

 感想としては……予想通り少しヌルヌルしていた。


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