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決闘

 兵士が逃がすまいと、蟻の昆虫人が入る隙間もないぐらいに密集して、俺を取り囲んでいる……蟻の昆虫人を見たことはないが。

 手首と足首に仕込んでおいた糸は地を這い、兵士の足へと巻き付かせている。

 越者らしいゴフリグ隊長は少し離れた場所から何が楽しいのか、口元らしき部位を緩ませて眺めているだけで、手を出す気はないようだ。


「土屋殿。ご命令を頂ければ、蹴散らしますが?」


 物騒なことを口にするキマリカも兵士たちに取り囲まれているのだが、余裕綽々といった風だ。兵士たちは蟷螂団の実力を把握しているようで、顔は緊張で引きつっている。


「いや、まだいい」


「蟷螂団を従えているのか。中々面白い男だ、うむ」


 声に真剣みが無い。楽しそうだなゴキブリの隊長よ。腕を組みながら何度も頷くな。

 幻聴だろうが、動く度にカサカサ音がしている気がしてならない。


「人間と昆虫人の仲はここまで悪くないと、バッタ族から聞いていたのだが?」


「ああ、確かに……最近まではそうだったか。運が悪かったな」


「ということは、人間との間に何かしらのトラブルが発生したと」


「そういうことだ。悪いが尋問させてもらうぞ。無駄な抵抗はしても構わないが、その場合、骨の二三本は覚悟してくれ」


 さて、どうするか。

 こちらのスキルを把握されていない今なら、この包囲網を抜け出すことは可能だろう。だが、そうなるとバッタ族たちの処遇が心配になる。


「あー、拷問や処刑をする気は微塵もないぞ。もし、怪しいところがあれば、関所を通さずに、お引き取り願うだけだ」


 相手の心を読めない現状では、自分の感覚を信用するしかない。

 おそらく、嘘は言ってないだろう。兵士は兎も角、ゴフリグ隊長は話も通じそうだ。

 捕まったとしても、スキルを活用すれば逃げられるだろう。

 念には念を入れて、離れた場所で見物しているキマリカに糸を伸ばし『精神感応』で、『三日、接触が取れなかったら契約は破棄ということで。その場合は前金だけとなります。ご了承ください』とだけ伝えておいた。

 目を見開きこちらを凝視しているが、無視をさせてもらう。

 俺の持つ魔石が惜しいと考えるなら、もし捕えられたとしても逃げる手助けをしてくれるだろう。保険のようなものだ。


「わかった従――」


「待ってください隊長! 人間なんて、この場で処分しましょう! こうやって大人しい振りをして、仲間を騙し殺した人間は信用できないっ!」


 声からして若者らしき兵士が叫ぶように声を張り上げ、俺の言葉を遮り隊長へ意見している。

 その若者に同調するかのように、兵士たちの殺気が膨れ上がった。

 今の言葉から察するに、人間が罠にはめて兵士を殺したというところか。詳細は不明だが。


「ほう、キサマは隊長である俺の命令が聞けぬわけだ」


 ゴフリグ隊長がひと睨みしただけで、兵士たちがすくみ上がっている。

 このまま捕まったら、兵士たちが早まって何をしでかすかわからないな。なら、動くしかないか。


「どのような遺恨があるかは知らないが、納得がいかないというのなら俺を処分したいという兵士と手合せさせてくれ。少しはストレス発散になるだろう。もし、死んだとしても怨まない。その代わり、俺が勝ったら所持品はこのままで、話をさせてもらう。それでどうだ? あんたも俺の実力を計りたいのだろう?」


 そう提案すると、ゴフリグ隊長は触角を左右に揺らした。昆虫の顔なので表情は読めないが、何処となく嬉しそうだ。


「ふむ、そうだな。一方的な虐待になるのであれば止めるところだが……そうはならんか。お前ら、この勝負に負けたら、こやつを丁重に扱うと誓えるか? ゴキブリ族の名に懸けて」


「はっ、誓います! ゴキブリ族の名に懸けて!」


 念の為に誓いの言葉を放ったタイミングで『同調』を発動させておいた。

 これで俺の周囲にいるゴキブリ族は、この誓いを守ろうとするだろう。

 心配そうに見つめるジョブブとショミミには笑顔を向けておく。俺の実力を承知しているとはいえ、不安なのだろう。

 キマリカは俺の能力を確かめる、いいチャンスとでも思っているようだ。手ごろな大きさの岩に腰かけ見学する気らしい。


「なら代表者を、とっとと決めろ」


 兵士たちが集まり相談が始まっている。どうやら、俺を倒したいと思っている兵士は十二名といったところか。話し合いが続き、三名に絞られたがそこから進まない。全員我が強いようで、譲る気が無いようだ。

 強さはダークゴブリンよりは上。ダークホブゴブリンと同等程度だと考えている。『気』の大きさと身のこなしで判断するならだが。

 奴らと違う点は、こっちは軍事教育を受けているということか。

 もし、相手のステータスを覗き見ることが可能で、レベルや数値が同じだったとしても、同じ強さということにはならない。

 ゴキブリ族特有のスキルを有している可能性もある。


「一人じゃなくていいぞ。いいよ、全員で」


 この発言に兵士たちの視線が集中する。

 おー、気が乱れているな。殺気も更に上昇したか。


「調子に乗るなよ、人間ごときが」


 兵士たちが息巻いている。そこでダメ押しといくか。


「害虫ごときが人間に勝てると思うなよ」


 追加で煽ってみた。

 黒い筈の表皮が赤黒く染まっている。怒り心頭といった感じだな。

 兵士たちが、こんなに容易く引っかかるのには訳がある。そもそも、冷静な判断が下せる者は、こんな理不尽な戦いに参加していない。

 俺と戦うことを決めた面子は全員、感情的なのだろう。

 参加しない兵士たちの中には、冷静に状況を見守っている者も少なくない。ああいうのが相手だと苦労しそうだ。

 まあ、それとレベルが上がった『同調』により怒りを増幅させられたら、冷静な判断など吹き飛ぶ。

 贄の島で同調を上げておいたのは正解だったな。発動回数が増えたのでこうやって間をおかずに使用できる。


「互いに問題が無いなら、一向に構わんが……本当に良いのだな人間よ」


「ああ、構わない。そうだ、これだけの人数差があるのだから、10メートル程、距離をとってもいいか?」


 兵士たちは頷き動き始める。俺が砦に近い位置に立ち、彼らは砦で俺を挟むように陣取った。俺が逃げ出さないか警戒しているのだろう。

 この人数差で飛び道具を使うことを躊躇ったようで弓兵はおらず、全員が片手剣を装備している。


「では、恨みっこなしといこうか。勝負開始!」


 全員が一斉にこちらに向かって走り寄って来る。陽の光を反射して体がてらてらと光っているのは、ゴキブリの特徴である油が表面を覆っているからだろう。

 無策で突っ込んでくるなんて、思う壺だな。

 俺は腰に装着しているアイテムボックスから、5リットルは液体が入る巨大な容器を取り出す。

 それを兵士の人数分だけ取り出し、糸の先端に括りつける。

 人の目には見えない細い糸を気で強化して操り、容器を持ち上げる。相手には容器が浮いているように見えるだろう。


「何処から取り出した!?」


「重力系の魔法で操っているのかっ! 怯むな!」


 一瞬速度が落ちたが、そのまま突っ込んでくる。俺の煽りと『同調』の効果が残っているようだ。冷静な判断力を失い、突進するのみ。

 ゴキブリの遺伝子が組み込まれているだけあって、かなりの速度で迫ってくる。三人の中で、体二つ分は仲間を引き離して、こちらへと突っ込んでくる兵士がいる。丁度いい。


「死んでも怨むなよ」


 容器の一つを相手の顔を目掛け投げつける。

 だが、コントロールが外れて近くの岩へ激突し、容器が壊れ中に入っていた液体が零れ落ちる。


「何か中に仕込んでいたのかっ!」


 奴らに感づかれてしまったが今更策を変える時間は無い。

 次の容器を今度は命中精度を上げる為に速度を落として投げつける。その容器をゴキブリ族の兵士は避けるのではなく、剣で切り捨てた。


「どうだ、この剣技!」


 自分の腕を見せつけるつもりで切り落としたのだろうが、そんなことをすれば中の液体が弾け浴びることになる。大量の液体を浴びた兵士が顔を押さえている――が、直ぐに立ち上がると、再び走り始めた。

 それを見た他の兵士はチラリと一瞬視線を向けただけで、こちらへと走る勢いを落すことなく向かってきた。


「土屋さん! ゴキブリ族は油で覆われた毛があるので、水分を弾きます!」


 ショミミの叫びを耳にした兵士たちの顔が喜色の笑みを浮かべる。


「馬鹿めっ! 水に薬物か毒でも溶かし込んでいたのだろう。残念だったなっ!」


 勝ち誇る彼らにも容器を投げつけたのだが、その全てを剣で切り落とされた。鍛え上げられているらしく、剣の腕は中々のようだ。

 割れた容器を見て、中身の見当がついていたのだろう。初めに液体を浴びた兵士も、自分たちは平気なことを見せつける為に、あえて中の液体を浴びたようだ。


「くそっ! 効き目がないのかっ」


 そのまま勢いよく走り込む彼らに、俺は悪態を吐きながらも何度も液体の詰まった容器を投げつけるが、ことごとく切り捨てられる。


「自信の元であった策が通じずに、自棄になったか!」


 あと数歩の位置まで近づいてきた彼らを見つめ、俺は思わず口元が緩んでしまう。


「なんだと。一体、どういうことだ……」


 驚愕するゴフリグ隊長の視線の先を追うと、そこには液体で濡れた体を地面に投げ出し、痙攣を続ける兵士たちの姿があった。


「これは、毒物か!? いや、しかし、あの水に毒物を溶かし込んでいたとしても、我らゴキブリ族に通用するわけが」


「あれは別に毒物ではないさ。日本のご家庭になら何処にでもある食器用洗剤だ……と言っても、この世界の人には馴染みがないか。あいつらは今、窒息状態だ」


 俺の所有しているアイテムの一つ『調理道具一式』には、スポンジや食器用洗剤も含まれていた。それも業務用で使われる5リットルサイズの詰め替え用洗剤が。

 水に溶かした昏睡薬を相手に飲ますという手も考えはしたのだが、実行には移さなかった。ゴキブリが水を弾くという知識があったからだ。

 一時期、我が家でゴキブリが繁殖して、その対応として生態についてかなり調べたことがある。日本人は極度にゴキブリを嫌うので、参考になる書物やネットの情報は幾らでもあった。


 主婦やゴキブリに悩まされた経験のある人なら、知っているのではないだろうか。ゴキブリに洗剤を掛ければ死ぬという豆知識を。

 ゴキブリは体に細い毛が生えていて、その毛は油に覆われている。その為に、彼らの体はテカって見えるそうだ。水を掛けても油が水を弾き効果が無い。

 ちなみに水溜りにゴキブリを入れると、体の油で浮くらしい。

 そんなゴキブリに油汚れに強い洗剤を掛けると、油が溶け呼吸口が詰まり、息ができなくなって窒息する。

 つまり今のゴキブリ族兵士の状態だ。


 初めに投げつけた容器はあえて外し、中身が何らかの液体であることを相手に見せつける。その事により次発の速度を落とした容器を切り捨てやすくした。

 ただ避けたのならば、無論、他の手段も考えていたが。


「このまま放置したら本当に死ぬな……ぶっかけておくぞ」


 アイテムボックスから取り出した水の詰まった樽を、相手の顔ではなく胴体部分に掛けておく。

 革鎧の脇腹付近に穴が開いているのを確認すると、そこに入り込んだ洗剤を優先的に洗い流した。


「お主、我らの呼吸口がそこにあるのを知っていたのか」


「ああ、だってお前たち鼻がないだろ?」


 呼吸口が口や目の近くに無く、胴体にある昆虫が当たり前に存在する。

 人間の感覚だと、目や口付近に鼻のような呼吸口があると考えてしまうが、見た目も人と異なる生物だ。その感覚を当てはめてはいけない。

 まあ、この知識もゴキブリ退治の方法を調べた時に知ったのだが。

 兵士の顔に向けて投げつけていたのも、相手に本命である呼吸口狙いを悟られないようにする為だった。


「完敗だ。気に入ったぞ、人間! おい、お前ら。ぼーっと見てないで、バカどもの体を洗い流してやれ!」


 兵士たちが倒れている者たちを担ぎ上げると、川の傍に作られた溜池のような水たまりに、兵士たちを放り込み、脇腹付近を念入りに洗っている。

 全員の気は少し弱まっているが、消えていないので大丈夫だろう。

 同じ種族と言うだけで八つ当たり気味に殺しに来た相手なので、万が一の事態に陥っても自業自得だとは思っているが。

 正直な話、三人相手なら普通に戦っても勝てる自信はあった。だが、昆虫人の生態を確かめる為にあえて奇策で勝負させてもらった。

 対応できる自信があるからこそ、今後を踏まえて実験をする余裕があった。ギリギリの実力差ならば、普通に戦っていた可能性が高い。


 ゴキブリ族――特に隊長であるゴフリグには、実力の全てを明らかにしない方がいいだろう。今の戦いで、アイテムボックスの存在と糸を操るということは気づかれてしまっただろうが、身体能力がどの程度なのか隠しておけば、相手も迂闊なことはできない。

 アイテムボックスや糸を使うことを隠し、身体能力だけでねじ伏せる展開も考えたのだが、自分は一切動かずに倒しきった方が、インパクトがあると判断した。


 慎重に慎重を重ねて、疑うことを止めない。

 それが、贄の島で失敗を繰り返し学んだことだ。

 その代償は……あまりに大きかったが。


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