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新たな昆虫人

 砦から現れた昆虫人は全員同じ種族のようだ。パッと見ただけで昆虫人であることが良くわかる。

 昆虫族に共通しているのだろう、バッタ族やカマキリ族と同じように頭から長く伸びた触角。

 全員が茶色に染められた革鎧を着こみ、そこから伸びた手足は筋肉質でありながら少し細い印象を受ける。皮膚は影のように黒くありながらも艶やかである。

 何と言っても一番特徴的なのは、その頭と全体のフォルムだろう。

 頭は三角形のおにぎりを上から少し押したような形で、本来なら首があるべき場所が体に埋もれているのか顔と同じ太さなのかはわからないが、無いように見える。

 そして、その頭と胴体を繋げた輪郭が卵型をしている。

 その全てを踏まえて、相手が何の昆虫を組み込まれた人間なのか、予想が付いた。


「ゴキブリか……」


 ハッキリ言って、ゴキブリに鎧を着させて二足歩行させた、センスのないアニメのような外見をしている。バッタ族やカマキリ族より、昆虫寄りだと言える。

 人間と同じような目や口があるので本物のゴキブリよりコミカルに見え、愛敬すら感じさせるのだが、背筋がぞわぞわする感覚は今まで生きてきた経験による反応なのだろう。

 よく見ると鼻が無いな。ゴキブリ族はそういうところも昆虫に近いのか。


「ゴキブリ族をご存知でしたか。彼らは繁殖力があり、環境対応力も高く、病気にも強いそうです。故に昆虫人で最も繁栄している種族だと言われています。兵士等の軍事関係の仕事に就くことが多いですね」


 ショミミの説明を聞き、素直に納得してしまう。

 ゴキブリがベースなら、生命力が溢れる個体が生まれるのも理解できる。

 そんなゴキブリ族の兵士が手にした武器を構え、こちらへとにじり寄ってきているな。隊列を組み、鍛え上げられた乱れのない足並みだ。

 相手の警戒心を煽るような行為は控えるべきだと考え、全員が敵対する意思がないことをアピールする様に両腕を挙げておく。

 蟷螂団は念の為にキマリカを除き、周囲に身を潜めたまま姿を現していない。


「我々はゴブリン族に捕まっていた者だ! 何とかここまで逃げてきた。保護を求めたい!」


 ジョブブが代表者として大声を張り上げ、自分たちの立場を明らかにする。


「皆の者、隊列を崩すな! 貴様らは川沿いの村に住んでいたバッタ族か」


 兵士の中から立派な口髭を蓄えたゴキブリ族の一人が、一歩前に進み出てきた。

 他の兵士と比べて少し立派な鎧を身に着けている。おそらく隊長クラスなのだろう。他の兵士たちが武器を下ろすことなく指示に従っている。


「ああそうだ。ゴブリン族の奴隷となったが、相手の隙をついて逃げ出してきた」


「ふむふむ。よく無事で……と歓迎したいところだが、追手の方はどうなっている?」


 髭を指で挟みしごきながら、半眼の冷たい視線をこちらへ飛ばしている。


「ここにいる蟷螂団の力を借りて、何とか振り切ってきた。流石にここまで追ってこない筈だ」


「ほうほう、確かに噂に名高い蟷螂団のリーダーと特徴は同じようだが」


 その噂がどういった内容かは知る由もないが、相手の目つきが鋭くなったことを考慮すると、良くも悪くも有名であるのは確かなようだ。

 俺は現在フードを深く被って、バッタ族の中に紛れている。ここまでの功績は全て蟷螂団の手柄にすることに決めていた。

 俺の能力を隠しておきたいというのが主な理由だが、人間の地位が低いらしいので、俺がやったというより蟷螂団に助けてもらったといった方が、スムーズに事が運ぶと考えたからでもある。


 追手についてなのだが『捜索』のポイントでは森と平地の切れ目付近に敵が集まってきている。砦の周辺は障害物のない平地なので、それ以上進軍すれば砦の兵士も気づくだろう。

 ギリギリのラインでこちらの動向を見守っているのか。


「ふむふむ。振り切ったか……ん?」


 人を訝しむような目つきはそのままに、隊長らしきゴキブリ族が後方へと振り返る。

 駆け足で近づいてきた兵士が、男にそっと耳打ちをしているが、何を言っているのかは全く聞こえない。

 ちらちらとこちらに視線を向けながら、横柄な態度で何度も頷いている。


「物見からの連絡によると、確かに追手らしきゴブリン族がこの近くまで迫ってきておるようだ。お主たちの言い分に間違いはないように思える……」


「だったら、早く保護してくれ。こちらには疲労している者もいる。ゆっくりと休ませてやりたい」


 必死なジョブブの物言いに隊長らしき男は、これといった反応を見せない。

 ただ、じっと何を考えているのかわからない目でバッタ族を見つめている。


「そうだな。元々はセグバクトインの国民だ。受け入れるべきなのだろうが……そうもいかなくてな。わしでは判断がつかん。いやぁ、助けたいのは山々なのだが、奴隷となった者を簡単に通したとなれば、示しがつかなくてな。困った困った」


 話の内容の割に口調が軽い。それに、あの目尻が下がった顔……そういうことか。


「土屋殿……おそらく、通行料として何かを寄越せと遠回しに言っているのでは」


 そっと近づいてきたキマリカが耳元に口を寄せ、囁く。

 やはりそうか。本来なら、着の身着のままで逃げてきた彼らを見て、渡せるものは無いと理解しそうなものだが、蟷螂団がこの場にいることで何かしら価値のある物を所有しているのではないかと、かまをかけているのか。


「通行料は……すまんが今は払えん。後で必ず、払うと誓おう!」


 通行料がどれ程の金額か知らないが、俺なら簡単に払えるとわかっていて、借りようともせずに、後で払うと言うところが彼らしい。


「金が無いか。逃げる際に盗んできた物でも構わんぞ。何もないという訳ではあるまい」


 そう言って、隊長は厭らしい視線をキマリカへ向ける。


「あら、この人たちは何も持っていませんわよ」


「ならば、貴様らは無償でバッタ族を助けたというのか? 金の為なら同族でさえ殺し、敵であろうと触角を振ると言われている蟷螂団がなぁ」


「ええ、そうですわ。同じ昆虫人同士ですもの。助け合いの精神ですわ」


「はっはっは。これは面白いことを言う」


「ほっほっほ。私、冗談は苦手でしてよ」


 乾いた笑い声を上げ、両者が見つめ合う――と言うよりは睨み合っている。

 ゴキブリ族とカマキリ族の化かし合いを、もう少し眺めていたい気もするが、追手のこともある。ここは俺が口を挟ませてもらうか。


「おい、何をやっている!」


 決断した俺が一歩踏み出すより早く、怒鳴り声が平原に響き渡る。

 規則正しく並んでいた兵士の石垣が割れ、彼らより一回り大きい個体が姿を現した。


「な……なんだ……」


 その姿に俺は思わず息を呑み、全身を覆う鳥肌と寒気に身震いする。

 そこには――巨大なゴキブリがいた。

 ゴキブリ族の兵士も大概ゴキブリに似ているが、今現れた個体は、ほぼゴキブリだ。

 兵士たちは目や鼻や口といった部位は人間なのだが、目の前のこいつはそこも昆虫寄りだ。

 人の体に近いパーツは手足ぐらいだろうか。黒光りしていて、細かい毛がみっしりと生えているとはいえ、腕の感じは昆虫よりも人に近いだろう。

 ただ……腕が四本あるが。


 まあ、わかりやすく例えるなら、人と同じ大きさのゴキブリの手足をもいで、人間の手足をくっつけた感じか。それに、鉄製の鎧を無理やり着させた……何か、戦隊ものでこういう敵見たことあるな。


「ゴッシ何の騒ぎだ、説明しろ」


「ご、ゴフリグ隊長! はっ、今、ご説明に上がろうかと――」


「言い訳をするな。さっさとしろ」


 姿勢を正し、直立不動のまま説明を始めるゴッシと呼ばれた男。その前で四本の腕を組み、話を聞きながら視線はこちらへと向けているゴフリグ隊長。

 あの男の瞳はバッタ族を一通り観察すると、一度キマリカで視線が停滞するが、直ぐに移動してから俺に向けられている。

 鋭い眼光に思わず身構えそうになるが、今は気配を抑え経緯を見守るしかない。


「あの男……越者ですわ」


 いつの間にか俺の隣に戻ってきていたキマリカが、隊長から視線を逸らさずに俺にそう説明した。


「越者?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。


「はい。ベースとなった昆虫の特徴を多く受け継いでいる者のことです。一族で一人か二人いるかどうかの確率で産まれることがあります。外見はご覧の通り同種に比べて、より昆虫に近くなります。そして、それは見た目だけの変化に留まりません。昆虫としての性質や特殊な能力も色濃く受け継いでいるそうですわ。故に、その身体能力は同種族を凌駕し、味方や敵からも恐れられる存在となります」


 この鳥肌も、巨大なゴキブリというグロテスクな姿に戦慄を覚えただけではなく、ゴフリグ隊長から感じる秘められた気に体が反応してしまったのだろう。


「ちなみに、補足なのですが、越者と反対の劣者という存在もいます」


 れつしゃ? 言葉の響きで判断するなら、能力の優れた越者に対して優劣の劣なのだろうか。


「劣者は越者とは真逆で、人に近い者を指します。見た目は殆ど人間と変わらず、昆虫としての特性や能力も殆ど受け継がれていません。頭に触覚がある程度なので、頭さえ隠していれば人間と区別が付きません。身体能力も昆虫人より劣る為、侮蔑の意味も込められて劣者と呼ばれています。産まれる確率は越者よりは高いのですが、かなり稀なようですわ」


 少しだけ昆虫の能力があるということか。レベルの低い身体能力スキルを所有した人間のような存在と考えてもよさそうだ。


「ただし、劣者にはもう一つ特徴――正確に言えば劣者の特徴とは言い難いのですが、特殊な点がありまして……昆虫人は異なる種族、人間、魔族、獣人は勿論ですが、バッタ族とカマキリ族といった昆虫人でも、同族以外と子を成すことはできません。ですが、劣者同士であれば、それが可能なのです」


「となると……父と母が違う種族なら、産まれてきた子はどっちの能力を受け継ぐんだい?」


「息子なら母、娘なら父という確率が高いようですが、これは結構ランダムらしいですわ」


 そういや、人間も顔は逆の性別の方に似ると聞いたことがあるな。


「そして産まれた子も、やはり殆どが劣者になるのですが、極、稀に両親の昆虫としての能力を強く受け継ぐ者が現れます。見た目は劣者と同じく人と殆ど変わらないのですが……能力が桁違いです。両親の元となった昆虫の優れた能力を得るようで、その力は越者を凌ぐとまで言われています。その存在のおかげで、劣者は虐待を免れていると言っても過言ではありませんわ」


 なるほど。劣る存在ではあるが、レアケースが存在する為、周りの昆虫人も迂闊に手は出せないわけか。


「ちなみに、両者の力を所有している者は何て呼ばれるんだい? 同じく劣者なのかい」


「いえ、交雑種と呼ばれています。あ、そうそう。この国の将軍にも一人いますわよ。交雑種が」


 交雑種という特別な存在がいるのか。覚えておこう。

 こちらの話が一区切りついたので、ゴキブリ族の隊長たちの会話へ真剣に耳を傾ける。

 それとはなしに聞いてはいたのだが、隊長かと勘違いしていたゴッシが実は下っ端で兵士の中では年長者なだけだったというオチで、ひたすら言い訳をしながら説明をしているだけだった。


「お前の言い訳は除外して、おおよその話は理解できた。ご苦労だったなバッタ族よ。衰弱している者は治療室へ案内してやれ。他の者も疲れておることだろう。充分な食料と寝床を提供するように」


 見た目に反して、理解力のある上司のようだ。

 配下の者もキビキビと命令に従い動いている。なら、俺もこの人波に紛れて通らせてもらおうか。

 人間だと警戒されるかと思ったが、劣者という存在がいるなら、フードを被っておけば街中でもそれ程、怪しまれないだろう。


「ただし、一族の代表者、蟷螂団、そして――そこの男はここに残ってもらおう」


 ……俺の事だよな。確認するまでもなく視線が完全に俺を捉えている。

 しらばっくれてもいいが、立場が悪くなる未来しか見えないか。

 心配そうに見守るバッタ族の面々に「大丈夫だよ」と視線で先に行くように促した。

 渋々ながら、ジョブブとショミミ以外のバッタ族が砦に入ったのを確認すると大きく息を吐いた。

 まあ、そう上手くはいかないよな。


「自分の事でしょうか?」


「ああ、そうだ。貴様、何者だ? バッタ族の劣者にしては内包されている力が……取り敢えず、フードを外してもらおうか」


 俺と同じように気を見ることでもできるのか。上手く隠しているつもりだったが、これを見抜かれるのであれば、抵抗するだけ無駄っぽいな。

 もったいぶる必要もないので、目深に被っていたフードを払いのける。


「やはり、触覚が無いか。まさか、交雑種か……いや、それにしては」


「人間ですよ。小さな島から、この大陸へ流れ着いたところで彼らと会い、同行させてもらっています」


 変な嘘はつかない方がいいだろう。見抜く類いのスキル――この大陸ではギフトだったか。それを所有されていると立場が悪くなる。

 大切な部分をかなり省略しているが嘘ではない。


「ほぅ、人間か」


 ゴフリグ隊長は眉尻をピクリと動かす程度の反応だったが、他の兵士の反応は違った。


「キサマ! 取り囲め!」


「人間がおめおめとっ!」


 今にも飛びかかるのではないかと思わせるレベルの殺気を放ち、槍の穂先が一斉に俺へと突きつけられる。


「やめろ! 土屋は俺たちの恩人だっ!」


「そうです、やめてください! ゴブリン族から解放してくれたのがそこの土屋さんです!」


 兵士と俺の間に割って入ろうとした、ジョブブとショミミが兵士たちに組み伏せられている。

 事前の情報では人間は昆虫族と対立していなかった筈だが。軽んじられてはいたが、ここまでの敵対関係ではないとのことだった。

 それが一触即発の状態だ。話が大分違う。違い過ぎる。


「たまには、スムーズに事が進んでも罰は当たらないと思うのだが」


 手を挙げて無抵抗を装い、愚痴を零すしかなかった。


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