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ダークゴブリンとバッタ族

 相手の心を読み取れなくなったので、作戦の一部を変更することにした。

 ダークゴブリンへの『精神感応』は諦め、糸をバッタ族の女性に伸ばす。糸から伝わってくる感触で、誰かの脚に触れたことがわかる。

 問題はここからだな。

 今までなら『精神感応』で相手が何者であるか読み取れたのだが、方向からしてバッタ族の女性である可能性は高いが、万が一ということもある。

 糸で体を弄るという手もあることはあるが、一応相手は女性だ。相手が異種族であっても、そういった行為は避けておきたい。


「ブールル。バッタ族の特徴って顔以外に何かないかい?」


 顔まで糸を伸ばすと、流石に気付かれる可能性が高くなる。もっと、安全な場所で間違いのない特徴があれば、確認も楽になる。


「そうですね。ああ、女性は男性と違って、背中に羽がありますよ。あまり距離は飛べないのですが、少しなら飛翔もできます」


 ほおおう。男と女とでは体のつくりも異なるのか。

 色々と違いが興味あるが、今はその情報だけで充分だな。


「羽が妙に敏感とかないよね?」


 獣人相手だと尻尾や耳がやけに敏感で性感帯だという展開を、漫画や小説で腐るほど目にしてきた。それに似たような事がバッタ族や昆虫人にもありかねない。

 猫好きにしてみれば、耳や尻尾を触られたら嫌がるだけで、尻尾の付け根付近が気持ちいい筈なのだがと、声に出さずツッコミを何度入れてきたことか。


「え、ええ。四枚の羽根があるのですが、閉じている時に上にくる羽は少し硬いので、感覚は殆どありませんよ」


 それなら、大丈夫そうだ。

 糸を足から上へと這わす。足の触感としては少し硬い筋肉質な感じだ。そこは男のバッタ族と同じで脚が発達しているのだろう。

 農作業をしている最中で忙しなく動いているから、細い糸が足を伝っても気づくことはない筈だ。

 種族特徴として太股がかなり太いのでズボンが合わないのかもしれないが、太股は剥き出しか。その上に短パンらしき感触があるな……って、変態じゃないぞ。そんな気は全くない。

 こっちが背中側で間違いないよな。途中で膝裏らしき部分があった。なら、この先が背中で、ここら辺に……っと、あった、あった。この部分が羽か。


「羽があった。じゃあ、声を掛けるか。ブールル腕に触れてもらえるかい」


「はい、わかりました」


 俺が声を掛けるより、知り合いであるブールルがやった方がいいに決まっている。

 心の声は基本的に当人の声質と同じなので、相手も受け入れてくれるだろう。


『声は出さないでください。ブールルです』


 糸の先にいる相手が体を小さく揺らしたのが伝わってきた。


『我々を助けてくれる人の力を借りて、直接心に語り掛けています。そっちの声を聞くことができませんので、一方的な会話になるのは予め、ご了承ください』


 俺や長であるジョブブ以外にも丁寧な口調なのだな、ブールルは。


『貴方にしか話しかけていませんので、後程、皆さんにも伝えておいてください。我々男性陣は全て解放されて、少し離れた場所に潜んでいます』


 体が小刻みに何度も揺れている。どうやら、頷いているらしい。


『ええと、今背中に糸を伸ばして、それを通じて会話させてもらっています。あ、見ないでくださいね。見張りに怪しまれると困りますので。それで、こちらの質問に、はい、なら糸を一回引っ張って、いいえ、なら二回引っ張ってもらえますか』


 くいっと一回糸が引っ張られた。


「返事があった。わかってくれているようだ」


『はい、伝わりました。ありがとうございます。では、休憩時間はいつでしょうか。もう終わりましたか?』


 糸が二回、引かれた。


「いいえ」


 ブールルにはわからないので、簡潔に伝える。


『では、もう少しでしょうか。大体で良いので、休憩までの時間を10分の単位で教えてもらえませんか。30分ぐらいなら三回糸を引くという具合に』


「二回だな」


『20分ぐらいですね。では、休憩の際に皆さんにも伝えておいてください。休憩中に行動を起こすのは警戒されかねないので、休憩が終わって作業を開始してから10分後にこちらは行動を開始します』


「はい」


 相手の心が読めるなら……は、もう言うまい。面倒なのは確かだが。


『不意打ちで、何人かを一気に仕留めますので、動きがあったら皆さん集まっておいてください。出来るだけ、そちらに敵が行かないようにしますが、万が一の場合はお願いします』


 適当な指示に聞こえるが、彼らに言わせると、これでいいらしい。

 ジョブブから聞いた話なのだが、バッタ族の女性もかなり身体能力が高いそうで、この人数が集まれば、そう簡単にやられることは無いと断言していた。その言葉を信用するしかない。


『では、休憩後、行動を移す直前に、もう一度声を掛けますので、いつもと変わらない感じで過ごしていてください』


 最後に一度糸が引かれる感覚が伝わってきたので、『精神感応』をそこで止める。


「後は時を待つだけか」


 相手に気づかれぬように、少しずつ距離を詰めておく。





 距離が縮まったことにより両者の気も捉えることが可能になった。

 それでも『捜索』で位置を確認した方が確実なので『捜索』を切ることは無い。

 休憩時間に入ったようで、バッタ族の女性が固まって談笑しているように見える。

 だが、それはカモフラージュで、俺が話しかけた女性によって状況の説明がされている最中らしい。

 時折、バッタ族の数名が体を大きく揺らしているのは、驚きが隠しきれなかった証拠のようなものだろう。

 かなり、近づいたので視力も増した俺の目には、ダークゴブリンとバッタ族である女性の姿を確認できている。


「でかいな……」


 彼女たちの第一印象は、その一言だった。

 周辺で警戒しているダークゴブリンと見比べて、バッタ族の女性は頭一つ分以上、背が高い。多分、低くても身長が180前後だろう。俺と同じか少し低い程度。

 同じバッタ族の男性は170前後。女性の方が高身長のようだ。

 そう言えば、ショウリョウバッタはメスの方が、オスに比べて体が大きかったな。その特徴を受け継いでいるわけか。

 そして、驚いた点は、まだある。隣に潜むブールルのように顔が尖っているショウリョウバッタではなく、かなり人間に近い。頭に短い触角はあり、目は人間よりも少し大きくて真円に近く、瞳が小さい。

 それ以外は人間の女性と大差ない。目が特徴的だが、それ以外は美人と言っても問題ない容姿だ。


「ブールル。男女でかなり見た目違わないか?」


「ええ。そう言えば伝えていませんでしたね。女性の顔は人に近く男性の顔はバッタに近いのですよ。故に美的感覚が男女でかなり異なっていまして……女性は我ら男性の顔が好みではないらしく、それも少子化の原因でして」


 何というか、切実だな。

 人に近い顔で、あの男性陣の顔は受け入れがたいのもわかる。

 今、一瞬だけ、ほんの一瞬、瞬き一回するよりも短い時間だけだが、ジョブブの妹を嫁にやる発言を勿体ないと思ってしまった。まあ、俺には桜がいるので、別に惜しくはないが。


「そろそろ、休憩も終わるようです。女性陣が少し辺りを見回していますが、ゴブリンたちには、ばれていないようです」


 バッタ族の女性に話は伝わったようで、何人かが自然な感じを装いながら忙しなく周囲を見回している。

 農作業が開始され、全員が近い場所に固まり、少し大きな声で談笑をしているようだ。

 どうやら、俺たちが行動しやすいように、あえてゴブリンたちの注目を引くような言動を繰り返しているのか。

 自分たちが危険な状況になるのを覚悟の上での行動。その勇気に応えないとな。


「じゃあ、相手に連絡もしておいたから、一気に行くぞ」


「はい!」


 お馴染みの丸太を糸で取り出し、相手の注意がバッタ族に向いている隙に空高く舞い上がらせる。そして、豪雨を連想させるような丸太の雨をゴブリンたちへと降らせる。

 ドゴッドゴッと丸太が地面を抉り突き刺さる音と、ダークゴブリンの解読不能な叫び声が畑へ響く。

 今の一斉射撃で八体が行動不能に陥った。バッタ族の女性を巻き込まないように考慮しているので、彼女たちの近くにいた残りのダークゴブリンは無傷で生き残っているが。

 状況が掴めないのだろう、あたふたと辺りを見回しているだけで、バッタ族を助けに来た仲間からの攻撃とすら思っていないようだ。

 まあ……空から丸太が降ってきて、奴隷の仲間からの攻撃か! という発想には瞬時に辿り着けないよな。


 それだけ隙があれば充分だ。

 気配を殺し、丸太が埋め込まれた地面とは逆方向に進みながら、糸を伸ばす。集中力を失っているダークゴブリンの首に糸を巻き付け、一気に締め上げていく。

 相手が混乱していることと『隠蔽』スキルの高さにより、全く気付かれることなく、敵を始末できている。ただのゴブリンよりも能力が高いとはいえ、隙を突き不意打ちすれば、こんなものだろう。

 俺が手を出していない敵も何体か気が消えている。ブールルが上手くやっているようだ。


 念の為に『捜索』スキルでダークゴブリンとバッタ族の数を確認しているが、ダークゴブリンの数は順調に減り、バッタ族の数は変動が無い。

 ここまですると、流石に気付く者もあらわれたようで、武器を手にバッタ族の女性へと駆け寄っている。

 彼女たちの身柄を確保するつもりか。


『ブールル! 女性たちに向かうゴブリンの足止めができないか!?』


 俺からは距離があるので、間に合いそうにない。

 連絡用に足首へと括りつけておいた糸を通して声を届けたのだが、焦る俺とは裏腹にブールルから返ってきた言葉は簡潔な一言だった。


『あ、大丈夫です』


『な、何が?』


 場の状況に相応しくない、焦りが全く感じられない冷静な返答に、思わず間の抜けた言葉を返してしまった。

 俺の問いに対する答えはブールルからはなく、代わりに爆音と共に吹き飛ばされるダークゴブリンたちの体が物語っている。

 走り高跳びの背面跳びのような格好で、次々とダークゴブリンたちが吹き飛んでいる。

 爆音発生源は――バッタ族の女性が集まっている場所で、近寄るダークゴブリンたちを軽々と蹴り飛ばしていた。


 足の残像が見える目にも留まらぬ速さの蹴りが、相手の顎や腹に炸裂し、ゴブリンの体が宙を舞っている。

 余裕の感じられる体捌きで、ダークゴブリンを蹴散らしていくバッタ族の女性を眺めながら、ブールルに声を送ることにした。


『これって、俺たちの助けは必要だったのか?』


『すみません、万が一ということもありますので。バッタ族は女性の方が身体能力に優れていまして、普通に戦えばダークゴブリン如きに倒されることはありません』


『もしかして……彼女たちが逃げ出さなかったのは……本来の意味での人質は……男性の方だったのか?』


『お恥ずかしい限りですが、その通りです。なので、ジョブブから女性の強さを口止めされていました。申し訳ありません』


 女性より弱いことは自覚しているが、それを認めるのは男として屈辱なのだろう。

 気持ちはわからなくはないので、その点に関しては黙っておくか。


『何にせよ、これで取り敢えずは仲間の救出は達成したと考えていいのか』


『そうですね』


 逃げ出そうとしていた何体かのダークゴブリンを縛り上げ、バッタ族の女性が今までの鬱憤を晴らす様に、見張りを蹴り飛ばしていくのを眺めていた。

 どの世界でも女性は強いということか。こっちは物理的にだが。


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